だから俺を巻き込むな
キリの良いところをと考えてたら分量が想定の倍近くに…
「お話中のところ申し訳ありません」
昼食の饗しを受け、今後の予定の再確認をしていた俺達にヴェインが告げてきた。
「間もなくお嬢様が到着なさりますので、もう暫こちらでお待ち頂けますでしょうか?」
「わかった」
先んじてウェスタがそう言い下がっていくヴェインに俺は尋ねる。
「俺達が行ったほうが早くないか?」
「たわけ」
以前から形式張る意味が分からなかったついでの質問にウェスタは軽く呆れた様子で嘯いた。
「あれは私達に会うための身支度をしているから動くなという意味だ」
「そんな必要あるのか?」
ウェスタは兎も角、俺は貴族の某だって訳でもないのだから必要ないだろうに。
「貴族の体面というものだ。
この先貴人とのやり取りも増えるだろうから少しは学んでおけ」
そう切るウェスタに、そんな予定は微塵もねえよと内心で反論する。
「あの服似合ってたんだがなぁ」
ベールで顔を隠していたから魅力が半減していたという意見もあるだろうが、色も含めワンピースにカーディガンの組み合わせを着こなしていたエリシールは中々良いと思えた。
「貴様は、それを本人に言ってやれ」
「いや無理だろ」
『権謀術数』が無くったってペンドラゴン伯爵に八つ裂きにされる未来が普通に見えるわ。
何故か残念な者を見る目をしたウェスタにそう返していると食堂のドアをノックする音が響き再びヴェインが姿を表した。
「誠に申し訳ありませんが、もう少々お時間を頂けたらと」
「何があったのだ?」
別に構わないと口にするより先にウェスタが訝しいと問を向ける。
「実のところ少しばかり厄介なお客人が押しかけて参りまして、そちらの対応にお嬢様が追われてしまっておいでなのです」
至極真面目な様子でそう告げるヴェインに、俺はウェスタに尋ねる。
「言われた通り待っていたほうが良いか?」
「難しい所だな」
言い様からおそらく貴族絡みなのだろうとウェスタの考えを仰ぐと、そう答えを返してからウェスタはヴェインに質問を投げ掛けた。
「相手を聞いても構わないか?」
「アラン殿下でございます」
「…は?」
ヴェインの答えにウェスタは固まってしまう。
「アラン殿下って、エリシールに一目惚れしてペンドラゴン伯爵を怒らせた王族だよな?」
「ああ」
エリシールの別名『ペンドラゴンの嬰鱗』が広まった事件を引き起こした張本人であり、現在は謹慎と王家に連なる素質の見直しも兼ねて東部にある王家の所有領の管理を担わされていた筈だ。
「あの阿呆が…」
固まっていたウェスタがふるふると震え出し、怒りを抑えきれないという様子でヴェインを問い質した。
「アラン殿下は何処に?」
「エントランスホールの方に」
「そうか」
ギュッと拳を握りしめ、ドレスの裾を翻しエントランスホールへと向かった。
「俺達も行ったほうが良さそうだな」
「そうだな」
平民が関われるとは思わないが、知らない所で変な話に流れが向かわれても困ると後を追う。
そうしてすぐにエントランスホールに辿り着いた俺は、そこで言い合う男女の姿を見つけた。
「お引き取り下さいませアラン様。
お客様をもう長く待たせているのです」
「そんな者待たせておけばいいじゃないか。
僕と君の大事な話を済ませる方が先だろう?」
「そんな予定は私にはありません」
「寂しい事を言わないでくれエリィ。
君と僕の仲じゃないか」
………なんだこれ?
一見すると痴話喧嘩にも見えない事はないが、聞こえた範囲ではエリシールに言い寄っているようにしか思えない。
「何をしているんだアイツは…?」
真っ先に飛び出したウェスタはまるで異次元の珍獣でも目にした様に困惑した限り。
「エリシール!!」
埒が開かなそうだと見て、とりあえずエリシールに呼び掛けてみる。
「っ!?
アッシュ様!!」
するとエリシールは驚いた様子で振り向き、俺を見るやアラン殿下をほっぽり出して俺に駆け寄ってきた。
「どうしてこちらに…?
ヴェインにお待ち頂くよう言付けていた筈なのに」
「様子がおかしかったから少しな」
ウェスタが闖入者の名前を聞いて真っ先に飛び出したと言うより先に肩を怒らせアラン殿下が俺に食ってかかってきた。
「貴様、今僕のエリィを呼び捨てにしたな!?」
少し前に似たような姿を見たが、どう答えるか考えている間にエリシールが割って口を開く。
「お止めくださいアラン様。
アッシュ様は私が招いた客人です。
無礼を働くならそれは私への侮辱とお考え頂きます」
え? いや、俺ただの平民なんだが?
「それに私はあなたの物では断じてありませんし、敬称は不要と私からお願いしたのですからアラン様が苦言を訂される謂れはございません」
いや、そんなこと無かったはずなんですが?
「何よりも、アッシュ様は私の懊悩を晴らして頂けると約束して頂けた尊き御方。
幾らアラン様が王家に連なろうとアッシュ様の振る舞いに口を挟む権利はございません」
あのぉ、君の中で俺の評価ってどんだけなんですか?
「なんて事を言うんだエリィ…」
まるでこの世の最後を目にしたかの様に狼狽え始めるアラン殿下に、助けを求めようとウェスタに視線を遣るも、
「………」
口と目を○○○と並べ完全に放心してやがった。
「それと、アラン様にエリィ等と呼ばれる理由はありません。
そう呼んで構わないのは父様と兄様。 そして、」
ここぞという時に役に立たねえと内心叫んでいたらエリシールが更なる火種を投じてくれやがった。
「アッシュ様だけです」
「なんで?」
「そんな…っ!!」
唐突な愛称呼びの許諾に混乱する俺だが、そんな暇は取らせてもらえない。
「アッシュと言ったな?
貴様、エリィとどんな関係なんだ!!??」
眦を釣り上げ怒気を通り越して殺気混じりの視線を向けるアラン殿下。
「いや、俺は「アッシュ様は私の初めてを捧げた御方です」なんて?」
そんなもの捧げられた記憶は…あ゛、
「もしかして、神薬の時?」
「はい。
あの様な場で不躾だとは解っていましたが、急を要しておりましたので我慢出来ず…」
そう、紅くなった顔を隠すようにベールで覆われた顔を多い背けるエリシール。
そっかぁ…。
そういやペンドラゴン伯爵もその事にかなり怒り狂っていたし、よくよく考えたら貴族令嬢が異性と唇を重ねるような出来事なんてあるはずも無いわな。
「そんな…こんな下郎にエリィの純潔を………」
エリシールの言葉に狼狽しながら数歩後退ったアラン殿下は、再び俺に殺意をぶつけてきた。
「よくも、よくもエリィを辱めてくれたな!!」
「いや、あのさ」
「御託は十分だ!!」
まだ何も言ってねえよ。
「いい加減になさいませアラン様!!
これ以上は私への、曳いてはペンドラゴン家への宣戦布告と受け取りますよ!!」
なんでかエリシールまでもが激昂してとんでもない事を口走り始める。
見てないで助けれとライル達を見るも、ライルは「すまん無理」と言いたげに手を振りいつの間にか卒倒していたウェスタを介抱するためヴェインまでもがエントランスホールから逃げていく最中だった。
「退いてくれエリィ!
そいつを殺せない!」
「殺したいならまず私を斬りなさい!!」
で、二人は二人で俺を挟んで修羅場真っ最中。
「どうしろってんだ?」
「貴様!!」
途方に暮れていたらバシリと胸に何かがぶつけられた。
特に痛くも無かったから何だと思い足元を見ると、そこには投げつけられたらしい白い手袋が落ちていた。
「エリィを賭けて決闘だ!!」
「嫌だよ」
怒鳴りつけるアラン殿下につい素で拒否してしまった。
「何?」
拒否されると思っていなかったのか呆気にとられた様子で問いただすアラン殿下。
「決闘から逃げるというのか!?」
「逃げる逃げない以前に意味が無いだろ」
「ふざけるな!!
どちらがエリィに相応しいか「どっちも相応しくねえじゃん」はぁ!?」
だんだん面倒くさくなってきた俺は取り繕うのをやめて思ったまま口にする。
「俺は平民でアンタはエリシールに嫌われている。
どっちが勝とうが得るもんなんかねえよ」
身分違いの恋とか読み物には少なく無いが、実際にそんなもん罷り通りはしない。
それにアラン殿下…面倒だからアランでいいか。
アランはペンドラゴン伯爵をブチ切れさせた前科があるんだから婚約が認められる可能性はほぼ無い。
「第一、あんた思い違いをしてるだろ」
「思い違いだと!?」
「『僕のエリィ』だの『エリィを賭けて』だの、エリシールは物じゃねえ。
エリシール・ペンドラゴンって、一人の人間だろうが」
惚れて言い寄るのは自由だけどさ、本人の意思を完全に蔑ろにして好き勝手やって良い理由にはなんねえよ。
「アッシュ様…」
そう間違いを指摘すると、なんでかエリシールは感極まった声で俺の名前を口にした。
それを聞きアランは益々殺気を脹らませる。
「貴族に、王家の人間に歯向かう意味が分かっているんだろうな?」
感情を表すようにじわじわと腰に提げたレイピアへと伸びていく手を視界に収めながら俺は決定的な引き金になると分かっていて感想を口にする。
「そこで身分を嵩にするのは格好悪いと思うぞ?」
「ッ!!」
刹那、ゆっくりと伸びていた手が素早く柄を握り、抜き放たれた銀光が横薙に軌跡を描く。
が、その軌跡は威力を乗せきる前に抜いたイクリプスで受け止めながら踏み込み、アランの体幹を狂わせて力が入らないよう抑え込みながらそのまま鍔迫り合いに持ち込む。
「アラン様!!」
怒声を向けるエリシールに耳を貸す様子もなくアランは柳眉を歪めながら怨嗟の声を漏らす。
「何故だ…?
なぜ貴様なんかがエリィの心を占めているんだ?」
「さてなぁ…?」
そのことについては俺のほうが知りたいよ。
状況こそ拮抗しているが、腐ってもアランは王族。
『ステータス』の後押しもあってズラしてやった体幹を直し鍔迫り合いを有利な状況に傾けつつある。
今の状態を維持しようにも持って十秒かそこら。
どうにか打開策をと思考を巡らせていたのが不味かった。
これ以上の鍔迫り合いを嫌ってか唐突にアランが手首を捻り剣を引いたのにほんの僅かだが反応が間に合わなかった。
(腕一本でどうにかやり過ごす)
再び翻る銀光に無傷で済ますのを諦めた俺だが、そこに割って入る影が二つ。
「いい加減になさいませアラン様」
一人はエリシール。
アランの首筋に護身用らしき刃渡りの短いナイフを突きつける。
「流石にこれ以上は静観できないよ」
そして、もう一人は俺を庇うようにアランに対峙したトールであった。
唐突な再開はなんの前触れか?
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