漸く俺は腹を括った
何かがおかしい。
ハンドルを回してボウガンの弦を引きながら俺は胸中を過る違和感に、必死にその理由を問い質していた。
経過は順調だ。
ライルは危なげなくヘイトコントロールを熟しているし、火力要員であるラクーンも確実にシャンタク鳥を倒せている。
なのに、裡からは警鐘が絶え間なく鳴り響いていた。
氷塊を生み出したシャンタク鳥にボルトを放ち、それが命中して硝子を引っ掻くような鳴き声をあげた瞬間、俺はその答えに漸く辿り着いた。
「こいつら、全部子供だ」
最初に遭遇した個体が標準的なサイズだったから気付くのが遅れたが、後から現れた4匹は最初の個体に比べ一回り小さい。
シャンタク鳥は複数の個体を産み、幼い内は親元で育てられ親が狩ってきた餌を使い狩りの練習をする。
そうして狩りを覚え成熟すると親元を離れ独立し番を見つけるか或いはそこから己を頂点とした群れを造る。
「マズイッ!?」
奴等が先のシャンタク鳥の子供なら最低でももう一体親が居る。
ライルは多めにボルトを用意していたようだが、残りのボルトの本数から考えてこれ以上の継戦は危険と考えるべきだ。
もしかしたら二人のどちらかが『武神』等の強力な戦闘スキルを所持しているなんて展開もあり得るが、そんな都合よい展開を当てにした者の末路は屍を晒すのが常だ。
「ライ…」
『Ki!Ki!Ki!Ki!』
引くべきと進言しようとしたその直前、ラクーンが更に一体のシャンタク鳥を仕留め、それを見たシャンタク鳥が上空高くに避難して仲間を呼ぶ特殊な鳴き声をあげた。
「ライル!! すぐに逃げろ!!」
その鳴き声に燻っていた警鐘が幻聴を疑うぐらい激しく掻き鳴らされ、反射的にそう叫んだ。
だが、気付くのはあまりにも遅すぎた。
信じられない速度で現れた巨躯に、俺は最悪の最悪を引いたと確信した。
「なんでクームヤーガが、しかも『スキル持ち』居るんだよ…?」
5メートルは軽く超える巨体に反し全く音を発てず現れたクームヤーガに、その理由を察して人生最悪の日かと喚きたくなった。
極稀に『スキル』を持った魔物がいる事は知っていたし、『赤光』に属して居た頃に何度か戦った事もあるが、そういった手合は例外無く強敵であった。
しかも今回に至ってはスキルが無くてもAランクの正真正銘化け物だ。
今すぐ逃げろと本能が背中をせっつく最中、クームヤーガが『魔眼』をラクーンに向けたのを見てしまった。
――――今ならあの二人を見捨てれば生き残れる。
本能が邪悪な企みを囁くが、しかしそのお陰で頭が冷えた。
「アイツ等と同じになってたまるか!!」
自分の事だけを考えれば正しかろうが、しかしそれは俺を利用し尽くしたトールと何が違う?
死にたくは無い。
だけど、恥知らずにもなりたくは無い。
二人は自分達の都合で偶々俺を助けた形になっただけだが、それでも助けられた事実は変わらない。
『テメエはもっと我儘に生きろよ』
村を引っ張り出した直後にカールマンに言われた台詞を頭に過ぎらせ、俺は無意識に答えていた。
「今からそうする所だ!」
三人が誰も欠けずにこの苦境を生き抜く。
今この場で最も贅沢な我儘に俺は手を伸ばす。
だがしかし、そうしようにもクームヤーガに対抗する手段が手元には無い。
『闇金』で二人にステータスを付与しようにも『闇金』は触れた対象にしか『貸付』は出来ない。
だったら自分にはと言えば、自身には『貸付』は出来ないとロバに『貸付』を行う前に試しているため確認済み。
「考えろ…」
視界の先でクームヤーガから主人を守ろうとしてラクーンに放り投げられたライルの姿を見ながら思いつく限りの手を並べ広げるが、役に立たない『スキル』と火力の足りないボウガンに貧弱な自身しか使えるものは……
「…待てよ?」
ふと、ボウガンにも『貸付』出来ないのかと考えが過ぎった。
魔物が『スキル』を得るのだから動物にも『ステータス』を与えられるのはまだ解る。
しかし今回は相手は無機物だ。
本体に木材を使っているから植物だとこじつけるのは流石に無理が過ぎる。
だが、
「迷っている暇なんかない!」
失敗するかもで立ち往生していたら何も変わらないと、俺は『スキル』を発動させる。
「『闇金』発動!
ボウガンに『貸付』しろ!」
『警告、対象からは利息を徴収出来ない可能性が高いです』
「構わないからさっさとやれ!」
頭の中に響いた『声』に出来るという事実さえ知れればいいと俺は『闇金』に残っている全ての【レベル】とステータスを投入する。
『レベル限界到達。これ以上は貸付出来ません』
「ならもういい!」
忠告を聞き俺は『貸付』を中断して弦を張っておいたボウガンにボルトを装填してクームヤーガに狙いを定める。
ボウガンの【レベル】を上げたことでどんな変化が起きるか全くの未知数。
だが、今の俺に出来るのはこれしか無い。
「頼むから、コイツでくたばってくれ!!」
祈りながら俺は引き金を絞る。
次の瞬間、オーガに殴られたときより凄まじし衝撃と鼓膜を引き裂くような轟音を発ててボルトが放たれ、飛翔したボルトはクームヤーガを穿いていた。
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