『星導』の道程その10
仕事が忙し過ぎるぅ…。
毎日残業とかメンタルが死ぬる。
「『貸付』た【レベル】を全て『徴収』する」
ゾンビの完全消滅を確認し、報告の為にヌクイズへの帰途を行きながらアッシュはイクリプスに『貸付』した全ての【レベル】を回収した。
『条件が満たされていません
開放された機能を凍結します』
するとイクリプスがそう発言して肥大化した本体を収縮。
飛び出したブレードやワイヤーも含めた全てを内側に引き込み『貸付』を行う前の形に戻ってしまった。
「『闇金』で戻るのだな?」
「予想通りで安心したよ」
ラクーンからの言葉に肩を落としてアッシュはそう答えた。
「便利そうなのにいいのか?」
「だからだよ」
強くなった武器を態々弱い状態にする不合理に向けられた疑問にアッシュは肩を竦める。
「色々と急激に追加されても手に余るだけで使いこなせる自信はまだ無いからな。
それに、【バスターモード】なんつう危険すぎる形態なんてそもそも使いたくもないし、なにより持ち運ぶにはサイズがでかすぎる」
ナイフよりやや大きい程度の通常状態に比べ『貸付』したイクリプスは短いショートソード並みにサイズを巨大化させた。
目立ちたくないと思っているアッシュにしてみれば厭う状態にさえ思えていた。
然しながら、それに対して不満げな顔をするものが一人。
「あんなにカッコよかったのに…」
言わずもがな、変形したイクリプスに心底魅了されたウェスタのボヤキである。
「なんなら『貸付』して譲ろうか?」
「お前は何もわかっていない!」
半分以上本気でそう尋ねるも、帰ってきたのは怒り混じりの罵倒であった。
「いいか? 格好良さというものは武器だけではなく使い手もセットで初めて格好良いというのだ!
実力が見合わない者が強大な武器を唯一渡り合う手段と強敵に立ち向かい勝利を勝ち取る!
そういうシチュエーションから得られるカタルシスは病をも退けるのだ!」
分かったか! と力説するウェスタに呆れの感情を抱くアッシュに構う様子もなくウェスタは「それに」と続ける。
「何度か貴様の稽古を見ていて確信したが、私とイクリプスは相性が良くない」
「そうなのか?」
「うむ。
自身で言うのもどうかと思うが、後ろで指示するより前に出て切伏せて回るほうが性にあっている。
故に多様な状況を見極めながら適切な距離を図り運用せねばならないその武器は間違いなく持て余すだろうな」
「まあ、そうだな」
幾種もある射撃仕様に属性変換。
内蔵されていたブレードや意識的に動かす必要があるワイヤー。
更にはこれらの現時点で判明している機能だけでなく、他にもどれだけの機能が眠っているか分からない状態なのだ。
何が入っているかわからないびっくり箱を底を目ないままに一国の王女が握って良い訳がない。
「だがしかし、必要な時のみ武器を開放するというシチュエーションも悪くない。
いや、寧ろ小気味良いな!」
頭の中で冒険譚でも妄想しているのか目を輝かせながら嘯き始めたウェスタに、体よく実験体にさせられていることに気にならない程度の不満を感じていたアッシュはもういいやと肩の力を抜けさせられたのだった。
〜〜〜〜
その後、事態解決の証言やら書類の作成やらといった後始末に追われる事になりアッシュの疑念が解消される機会は訪れる事もなく数日が過ぎ去った。
そうしたある日、ライルに一任していたシルバーノーツに牽かせる馬車が漸く納入されたと聞きそれを見に向かったアッシュは、実物を目にして目を疑った。
「なあライル」
「どうした?」
「これ、何?」
人数が人数なので大型の幌馬車になるだろうと思っていたアッシュの目の前に鎮座していたのは、6本の車輪を備え十人は楽に乗れるであろう4頭引きの乗合馬車であった。
アッシュに【レベル】を『貸付』され戦馬以上の身体能力を身に宿したシルバーノーツとはいえ、流石に一頭に牽かせる代物ではないし、何かの間違いじゃないかと問うアッシュに、サレット越しに困った様子を伺わせながらライルは間違いではないと理由を語る。
「俺も最初はもっと小さい幌馬車にするつもりだったんだぜ?
でもさ、シルバーの力が強すぎて実際に引かせてみたら車体のほうが持たなかったんだよ。
それで馬車職人の方が頭に血を上らせを入れちまってさ。
シルバーが全力で引いても絶対に壊れない馬車だって言ってこいつを寄越したんだよ」
「えぇ…?」
語られた経緯に言葉を無くすアッシュ。
「頑丈なのは有り難いけどさぁ、幾らしたんだよ?」
「押し付けるからって半値以下の金貨五百枚だって言われてつい…」
「五百枚かぁ」
ゾンビ討伐による特別報酬を全額出しても半分にも満たない超高額な買い物をさせられた事にアッシュはアゼリアの勝ち誇った笑い声を幻聴した。
「あのババァ、最初からこうなるって分かってて仕組んでやがったな…」
今にして思えば最初の話し合いの頃から馬車を買うよう誘導していた節があった。
旨味ばかりに目が行っていたが、シルバーノーツを連れて行かずとも牧場にでも預けておけばいいだけの話であったし、何なら『徴収』して元のロバにしてしまえば済んだ話だったのだ。
「今から返品って訳にはいかないよな」
「向こうからの値引きしてきてるのに返品なんて話になったら、矜持を傷付けられたって間違いなく拗れると思う」
「だよなぁ」
職人のプライドに対する頑なさは武器職人との交渉を押し付けられた際に嫌というほど思い知らされていたアッシュには、その後の展開が容易に予想出来た。
「しゃあない。
ババァの狙いを見抜けなかったこちらが間抜けだったんだ。
利息は付かないんだし、今回は勉強料として背負っておこう」
「本当にスマン。
ああ、でも、俺からもクーム・ヤーガの報奨金の残りを充てるから、残高は金貨百枚ぐらいで済むはずだぜ」
「いいのか?」
出してもらう事は有り難いが、しかしそんな大金をポンと放出すると言うライルにそう問いを向けると、ライルはカラカラと笑い飛ばす。
「そもそも、クーム・ヤーガを倒したのはアッシュじゃないか。
俺から見れば預かっていたものを返しただけだぜ」
余談だがクーム・ヤーガの報奨金は金貨百枚程だったが、希少部位である眼球に価値が付き合計で金貨二百枚となっていた。
「ああ、そんな事もあったっけ」
最初の出会いからまだ二月も経っていないはずなのにそれがもう何年も前の事のように思え、アッシュはこれまでの濃密過ぎる日々とこれから訪れるだろう更なる濃密な日々に思いを馳せ、ただ溜息だけを溢した。
今回で幕間は終わり、次回から三章を開始します。
ざまぁに陰謀にコメディにバトルにと濃密な内容を詰め込んでお贈りします。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら評価や感想をお願いします。




