私は私になれた。
『流石は王女殿下』
『彼』が姿を消し、その後宛がわれた教師は異口同音にそう、私を讃えた。
最初は何を当たり前な事をと疑問に思った。
私は何れ父の跡を継いで国を背負う身。
もしかしたら兄上か弟が継ぐかもしれないがそれはその時の話。
言われたことさえ出来ずにどうして第一王位継承者を名乗れるのか。
しかし、暫くしてからそれが違う意味を持つことに気付いてしまった。
彼らの目は私を化物を見るような恐れを孕んでいることに気付いたのだ。
彼等には倍以上も年の離れた娘が恐ろしくて仕方ないのだ。
今ならその理由も分かる。
嘗ての私はただ王族とは国の礎。
私は必要無く、ただ国を栄えさせる装置で在るべしと考えていた。
とはいえ家族を軽んじていた訳でもない。
父上も母上も私に無心の愛情を注いでくれていた事は十分理解していたし、姉弟仲も拗れてはおらず誰が跡目に就いても互いに支え合うと約束するぐらいに関係は良好だった。
しかしだからこそ、周りには私が理解出来なかったらしい。
『アレは身内以外を人とは考えていないようだ』
『あの怪物を王に戴けば国は恐ろしい事になるに違いない』
『あれこそ魔王の生まれ変わりなのかもしれない』
私が王族故に直接声に出してこそ来ないものの、私を讃えたその口が影でそう嘯く声が聞こえるようになった。
それに対し、私は畏敬だけでなく畏怖もまた必要な事だと怒る理由はないと取り合うことなく聞き流していた。
そうしていると、暫くして私の陰口を囁いていたとある貴族から国の安寧の為に私を外に出すべきという意見が上がった。
その意見に父上は大層怒り、以前から水面下で流れていた根も葉もない悪意の声を零していた者達を全て捕え彼等に重い罰を下そうとしてくれたが、しかし私はそう言った彼等に寛容を示した。
「恐れを抱かれるは上に立つ者として誉れと考えるべきと私は思います。
それに彼等は私を恐れても役目を蔑ろにする事はせず私に危害を加えようとはしませんでした。
城内の私への陰口は残念には思いますが、裡の恐怖を吐露する事さえ許さないと云うならそれは暴君の所業と考えます」
そう配慮を願い出た私に、父上はとても難しい顔をされた。
「お前の聡明さと懐の深さには王として嬉しく思う。
しかし、父親としては憐れに思う」
そう告げられた父上の眼差しが当時の私にはどうしても理解出来なかった。
しかし、理解出来ないのは『私』だけであった。
『ねえ、どうしてお父様の言葉を理解しないの?』
その日を境に、『私』だけに聞こえる声がどこからともなく耳朶に響くようになった。
最初は無視した。
私だけに聞こえる声など、そんなモノがある筈もないし、それを口にすれば頭がおかしくなったと思われ今後に支障をきたすと思ったからだ。
『嘘吐き。本当はもっと怖がられるのが嫌なだけなのに』
声はまるで『私』を見透かしているように王族に相応しい振る舞いをする度にそう私を批判した。
来る日も来る日もそうやって私の事を否定し続ける声に、ある日、私はとうとう決壊した。
「いい加減にしてよ!!
私は王女なの!! 王女らしくできなかったら駄目なの!!」
後に聞いた話によると、この時の私は『統合失調症』という心の病を患っており、放置していたら悪化して『乖離性人格障害』を発症していた可能性もあるほどの重篤な状態だったそうだ。
我慢の限界を超え激情をぶつけたにも関わらず、声は何故か愉しそうに応えた。
『じゃあ、王女じゃないあなたは何?』
「え?」
言われた意味が分からなかった。
『どうしたの?
なんで答えられないの?』
「え、あ、ああ…」
私はこの時、生まれて初めて恐怖というものを知った。
『言えるでしょう?
王女じゃないあなたが誰か、あなたを知っているなら誰でも言えるはずよ?』
「ひっ…」
追い詰めるような詰問に喉から掠れた音が零れ、はしたないと言うことさえ考えられず足を擦って後ろに逃げた。
そんな私に、背後から囁くように声が嘯いた。
『ねぇ? あなたは自分の名前も言えないの?』
プツリと古い糸が切れたような音と共に私は気を失った。
その後、私は療養の為に一時的に城を離れ、それを聞いて見舞いに来た『彼』により私は自分の状態を知った。
「貴女は真面目過ぎるのよ。
まだ子供なんだから、もっと自由になってもいいの」
再会した『彼』が女性のような振る舞いをしていたことに面食らう私に気を払う様子も見せず、『彼』は私に自らの状態を告げてからそう諭し、そしてそのまま私を抱えて城へと殴り込んだ。
「実の娘を潰しかけておいて放置するとはどういう了見だ糞餓鬼がぁ!!」
人は本気で怒ると斯様に凄まじい貌になるのかと呆気に取られる私の目の前で、『彼』に殴り飛ばされた父上と兄上は天井に突き刺さってシャンデリアの様にぶら下がった。
それだけで無く、私の誹謗を口にした貴族や止めに入ろうとした騎士達までもが同様に拳一本で地に伏し壁のオブジェと成り果てる地獄のような光景を生み出し、そんな『彼』の姿に私は恐れ震えるのでは無く馬鹿馬鹿しさに笑っていた。
王であれ貴族であれ人はどうあっても人以外にはなり得ない。
そんな当然の事実を『彼』は行動で私に示してくれた。
ただ、公然の場で国王に私に平謝りさせたのはやり過ぎだと思った。
だけど私も『彼』の事を悪くは言えない。
王家の娘だから失敗なんてあってはいけない。
人の上に立つのだからどんな誹謗も受け止めねばならない。
そんなことを真面目に考え、実践しようとしていた私は誰よりも滑稽で無様だったのだとやっと理解し、笑いながら泣いていたのだから。
その後、城に戻された私は自らを偽ることを止めた。
理想の王女と自身の本性であった意地悪な只人の娘をどちらも蔑ろにする事なくやらねばならない事とやりたい事を両方こなすよう心掛けた。
結果として「以前の方が万倍も良かった」と頭を抱える者達も居るが、それ以上に「人間らしくてホッとする」と好意的に受け入れてくれる者のほうが圧倒的に多く父上も今の方が良いと認めてくださっている。
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