都合のいい夢を俺は見てるのではないか?
私が捻くれ者なので、アッシュ君はいい思いをする対価としてひどい目に合わせないと納得出来ないという。
席を立つアリシアと追従するアンドを尻目にベールを被り直したエリシールは、我先にと接触しようとお互いを牽制する貴族達をすり抜け被告席につながる階段へと向かう。
「お待ちくださいペンドラゴン様」
傍聴席から続く階段を背筋を伸ばしたまま降りて来たエリシールをしかし警備の騎士が留めた。
「貴女様が奴の弁護人だという事は重々承知しておりますが、しかし犯罪者である者に無闇に接触なさるのはお控え下さい」
「彼は容疑者であって罪人ではありません」
至極真っ当な意見を盾に行手を阻む騎士にエリシールは正論を翳して真っ直ぐ反論する。
「しかしですな…」
騎士の気持ちも分かる。
『ペンドラゴンの嬰鱗』と呼ばれる彼女の存在は文字通りペンドラゴン辺境伯の『逆鱗』と言って間違いない。
そもにしてエリシールが有名になった最大の理由は類稀なる美貌だが、それは元来のモノではない。
『祝福:容姿端麗』
それがエリシールの宿した『スキル』だ。
効果そのものは毒や麻痺などの状態異常を完全に無効化するという非常に強力な『スキル』なのだが、この『スキル』の副次効果こそが最も強烈であり、世の女性が血眼で獲ようと躍起になり教会に参ずる理由なのだ。
その副次効果とは、『美しくなる事』。
容姿端麗の名に偽りなくその美しさは男女問わず魅了し、歴史に残る美女は例外なくこの『スキル』を宿していたと言われる程。
それほどまでの美しさに加え、エリシールは辺境伯の娘という高い位の家に生まれ、然しながらその気性はたおやかにして高潔と非の打ち所も無く、仮に『スキル』の恩恵が無かろうと引く手数多の存在だ。
そんな出来過ぎた娘を父アルフレッド辺境伯はいたく可愛がっており、容姿や地位を目的にエリシールを手に入れようと画策した者は例外なく恐ろしい目に会わされたそうだ。
噂では第二王子がエリシールの美しさにトチ狂い強権を振り翳そうとしたが、怒り心頭となったアルフレッドに決闘を挑まれた挙げ句『神薬』を必要とする程に叩きのめされ、それでも怒りの矛を納められぬ辺境伯を鎮める為に王が直接謝罪をしたとかいう話まである。
余談だが、その美しさ故に実は娘ではなくアルフレッドの妾なのではという邪推も流れた事があったのだが、その事態に憤慨したアルフレッドはアストルフォとエリシールと共に『神勇教』の大本殿にまで赴き、公の場で十数人の『真実看破』の持ち主と教皇の前でエリシールが二人と血の繋がった親族であること、そしてエリシールが清らかな身であることを宣言して疑惑が過ちである事を証明した事もある。
そんな万が一があってはならない存在故に騎士達が過剰に警戒するのは正しいと思う。
決して彼等がエリシールと犯罪者の容疑者である俺が会話をするのが妬ましくて邪魔をしている訳ではない。
……多分。
「ならば、私が傍でエリシールを守ろう」
と、禅問答になりかけていた所にブリギッド王女が介入してきた。
「し、しかし…」
「私では役者不足だと?」
「そんな事は!?」
なおも濁す騎士に試すような口振りでそう尋ねたブリギッド王女に騎士は渋々といった様子で道を開ける。
そして手を伸ばせば触れるギリギリの所まで近付くと、エリシールはスカートを両手で摘み軽く膝を落とした。
「改めてお久しぶりですねアッシュ様」
ゾワリッ!?
エリシールがそう口にした瞬間、凄まじい量の殺気が俺に降り注いだ。
「ッッッ!!??」
全方位から向けられた殺気に背中が粟立ち悲鳴が漏れそうになるが、必死に飲み下し耐える。
「貴様、カーテシーに対して返事はどうした?」
微動だにしないで固まる俺に、ブリギッド王女は呆れた様子でそう言った後、ふと周りに視線を向け「ああ」とごちた。
「成る程。塵も積もればというやつだな」
そう言うとブリギッド王女はその怜悧な瞳をスゥッと細めた。
すると、全方位からの殺気が消えた。
「これで少しはマシになっただろう?」
「あ、ああ、はい」
どうやらブリギッド王女は『スキル』の力かなにかをやって殺気を遮ったらしい。
そうして腕を組みさり気なく腰に差した剣の柄を掴みながら「さっさとしろ」という目で催促するブリギッド王女から視線を外し、改めてエリシールを真っ直ぐ見据える。
「えっと、一つ確認なんだが、人違いってことは無いよな…?」
エリシールを間近で見た記憶はあるが、それは死にかけていた際の事であり何らかの勘違いから俺が別人と見間違えている可能性は高い。
そもそもにして、彼女を助けたとはどういう意味だ?
俺の困惑にしかしエリシールは「いいえ」と答えた。
「間違いなくアッシュ様は私をお救いになられました。
では初めに、私とアッシュ様が初対面ではない事を明らかにしましょう」
そう言うとエリシールは一歩前に進み「お手を」と手を差し出した。
「え、ええ、え…」
もしかして触れと…?
無理無理無理!!
昨夜軽く湯浴みしただけの俺がこんな綺麗な女性の手を触るとかそれだけで死ぬ理由として十分すぎるだろ!?
「さあ、余り時間がありませんから」
「死ねと!?」
急かすエリシールについ本音が出てしまう。
「貴様、童貞か?」
そのやり取りを間近で見ていたブリギッド王女が残念なものを見る目を俺に向けながらそう口にした。
「王女が何を言ってんだ!?
つうか童貞じゃねえ!?」
反射的にそう声を発し、サァーッと血の気が引く音が聞こえた。
これ、運良く無罪でも不敬罪で死刑かな?
人生終了の階段を幻視する俺が愉快なのかブリギッド王女は頬を緩め鼻を鳴らす。
「フッ、肩の力は抜けたようだな?」
「え?」
「今の物言いは特別に見逃してやる。有り難く思えよ?」
そう言うと再びエリシールから「さあ」と促す声が掛けられた。
「……っ、分かりました」
全部終わっても闇討ちに怯えなきゃなんないのかと内心諦めつつ、俺は恐る恐るエリシールの手をそっと握った。
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