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俺は信じるだけだ。

まずはジャブから。


そういえばトールの視点で見たら、これまでの展開って底辺から引き上げてくれた心酔していた女が昇進と同時に蒸発した挙げ句、蹴落とした男に肩入れして自分を破滅させるために暗躍しているようなものなんだよな。


まあ、発端がトールが悪いで終わるから同情する理由はないけど。


 日が昇り、牢から出された俺は手と足に枷を嵌めた状態で法定に続く薄暗い廊下に待たされていた。


「いよいよか」


 ライルから時間を引き伸ばせと言われているが、アドバイスを貰う時間もなかった俺にどうやれというのか?

 しかし悩んでいても仕方ない。

 ライルが上手く進めてくれることを信じて俺はなるべく時を稼ぐために耐えよう。


「被告人を席に」


 覚悟を新たにした所でそう光が差す先から声が聞こえ、両脇の騎士が俺を引き立てようと強引に腕を掴んだが、俺は身を捩って抵抗する。


「自分で歩ける」


 そう言って自ら廊下を抜けた。

 廊下の先は高い壁に囲われたそれ程広さの無い空間となっていた。

 正面の上段には席に座るアリシア。

 左手側に貴族らしい膨れた腹の男と並んで笑いを隠しきれない顔で見下ろすトール。

 そして右手側には、上流階級の人間らしい何人かと共に思いもよらぬ人物が居た。


「第一王女様だって…?」


 第一王女ブリギッド。

 現国王マース陛下の二人目の子にして第一王位継承権を有する傑女だ。

 吟遊詩人からは建国王アリアンロッドの再来とも、聖剣が人の姿を象ったとも謳われる凛としたその容姿に加え、『恩恵:軍師』『恩恵:勇猛』『恩恵:カリスマ』の3つの効果を併せ持つ複合スキル『祝福:英雄』という凄まじく高性能な『スキル』を持ち、更には国内で最も厳しい審査をくぐり抜けた知と武を兼ね備えた最精鋭のみが入団する事を許される『銀の車輪』団を率いる隊長でもある事から平民からの人気も高く、俺でさえ何事も無ければ彼女が次代の王だろうと確信していた。

 理想の王族を絵に描いたような人物が俺の裁判に顔を見せた事に戸惑っていると、ガッ! と後頭部を殴られた。


「さっさと歩け」


 そう騎士に言われ、俺は立ち止まってしまっていたことに気付く。

 どうやら騎士も俺が臆したからではなくブリギッド様に驚いて硬直していたのだと察したらしく、口調は硬いが無理矢理被告人席に引きずる様子も無く奥に苛立ちは見えなかった。


「すまない」


 そう断りを口にし俺は改めて中央の被告人席立った。

 そうして立ってみると、自分が闘技場の戦闘奴隷になったような錯覚を覚えた。

 まあ、死を望まれる側と言う点では似たようなものかもしれない。


「それでは審議を開始します」


 アリシアの宣告と同時に、一切の音が止んだ。


「被告人アッシュ。

 貴方には『勇者法』第4項、『勇者一行への悪意的策謀並びに謀殺容疑』が掛かっています。

 この容疑を容認し判決に服すつもりがありますか?」


 人形の様な一切の感情を見せない瞳で俺を見ながらそう確認するアリシアに、俺は真っ直ぐ応えた。


「容疑の一切を否認します」


 途端、右手側からザワリとどよめきが広がりトールが苛立たしげに立ち上がり怒鳴った。


「ふざけるな!!

 『勇者』である俺の足を引っ張っておいてよくも…」

「静粛に」


 タンッ! と木槌を打つ音が響きトールの詰りが遮られる。


「原告は発言の前に挙手を。

 それと、本件には直接の関係はありませんが一つ注意をしておきます」


 有無を言わさぬ視線に固まるトールに向けて、アリシアは淡々と告げた。


「原告トール。

 勘違いしているようですが、貴方は『勇者』ではありません」

「………は?」


 その言葉に間の抜けた声を漏らすトール。

 同時にトールだけでは無く俺や後ろの騎士を含む全員から動揺が広がっていた。


「『勇者』と呼ばれる御方は只一人。

 魔王を討ち、神とその身を合一された主上のみです」

「な、…だっ、…っ」


 その通達に口をパクパクと開閉して言葉を探すトールに対し、いっそ無慈悲とも聴こえる澄んだ声が響く。


「貴方は『勇者』様ではなく、その輩である四英雄の後続として『勇者一行』を担うことを許されているのです。

 履き違え続けるのであれば、『勇者法』第6項、『勇者偽造』の嫌疑に掛けねばならなくなることを自覚するように」

「っ!?」


 一歩踏み外したら自分こそが裁かれる側になると言われ、トールは青褪めながらふらついた様子で席に戻る。


「では進行を続けます。

 被告人アッシュの容疑否認を確認したため、これより審議に入ります。

 原告は被告人の罪状証拠の提示をお願いします」


 アリシアの進行に応え、隣に座っていた貴族が立ち上がる。


「お初に御目に掛かりますアリシア大神官様。

 私はブルガルド・バルベルト男爵と申します。

 本日はこのような機会でのご挨拶となる事を」

「前置きは不要です。

 罪状証拠を提示せず美麗賛辞を並べるだけならば退室してください」


 胡麻をするような長々しい挨拶を遮りかなり辛辣なことを告げたアリシアに、ブルガルドと名乗った男は頬を引き攣らせてから「分かりました」と羊皮紙を取り出す。


「では始めに、被告人の動機とそれに伴う被害状況の確認から始めさせて参ります」


 そう、事の始まりを語りだすブルガルドの台詞を聞きながら、俺もまた記憶を正確に思い出そうと躍起になっていた。



なんで称号が『勇者』ではなく『勇者一行』だったのかはこれが理由でした。


『勇者法』は『勇者一行』の特権であると同時にあんまり調子に乗ったら偽勇者扱いされて潰されるという罠。


余談ですが作中でアリシアが語ってた通り歴代の『勇者一行』にそんな罠に引っ掛かる馬鹿は居ませんでした。


歴代の各々は普通に気付いて自重するか、気付かずとも真っ当に『勇者一行』としての任を果たしてましたから。


なので、嘆かわしいとは罠に引っ掛かる馬鹿が現れたという意味もあったんですね。


という訳で、アッシュではなくトールにチェックメイトが掛けられつつ次回へ。


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