今ここで俺は人生最大の恐怖を更新した
そう俺に声を掛けてきたのは安易な感想が憚られる人物だった。
「体調は如何かしらん♡」
フレンドリーと言うには些か難のある口調でそう語る人物なのだが、多分男性なのだろう。
多分と付けるのは、身体だけは間違いなく男だからだ。
筋骨隆々とまでは行かないが必要な筋肉はしっかりと身に付いた細身の身体。
顔立ちも十人に問えば半分は美形と評するだろう端正な顔立ち。
但し、身に纏うのは女性向けだろう背中がガッツリ開いたセーターでありその顔にはこれでもかと女性向けの化粧が施され、見れば一目でその筋の人なのだと嫌でも理解するだろう。
「ええと…貴方が俺を?」
確認のために尋ねると「そうよん♡」と彼は肯定した。
「ライルちゃんからお願いされたからね。
あ、名前がまだだったわね。
私、マリリンって呼んで頂戴」
「はぁ…」
間違いなく本名では無いだろう。
が、下手に突けば藪蛇になるのは間違いなさそうなのでとりあえず聞き流すことにした。
「アッシュだ。
一応礼は言わせてくれ」
「お礼なんてそんなの、身体で払ってくれればいいわ♡」
「現金でお願いします」
今まで感じた事もない速さで危険信号が走り抜け反射的にカールマンから貰った金を袋ごと突き出していた。
「冗談よ冗談♡
そんな可愛らしく怯えちゃって…本当に食べちゃおうかしら?」
「本気で勘弁してください」
流れるように五体投地に移行する。
「何やってんだお前達は?」
男の尊厳を守ろうと恥も外聞も投げ捨てた俺に呆れた声が投げかけられる。
「ライル助けてくれ。
俺は、男として死にたくない」
「……あー、そういう事ね」
全力の命乞いに把握してくれたようでライルが執成してくれた。
「マリリンさん。
あんまり誂ってやるなよ」
「ごめんなさいねぇ♡
アッシュ君ったら本当に可愛いからつい悪戯したくなっちゃうのよ♡」
「はぁ」
溜息を吐くとライルは俺を立ち上がらせた。
「取り敢えず飯を食いにいこうぜ。
お前2日も寝込んでたんだからよ」
「えぇ?」
2日?
いや、覚えている限り2日で万全になるような負傷じゃなかったはずなんだ…あ、『回復』か?
『回復』ならば肉体的な損傷なら骨が折れても数分で繋がるし手足が切られても数日で元通りになる。
ただし、疲労や精神の疲弊には効果がないから寝込んでいたのもほぼそちらが原因だとすれば納得出来る。
「ほら、さっさと行くぞ」
「ゆっくりしてらっしゃ〜い♡」
マリリンの声を背に無理矢理引っ張られ、抵抗するのもどうかと悩んでいる内にあれよあるよという間に大衆食堂へと引っ張りこまれてしまった。
「悪いな。
マリリンさんは良い人なんだけど、色々アレだからさ」
「あー、うん」
昼飯時には少し早いらしく疎らな食堂で対面に座り、日替わりのランチメニューを注文したライルに些かも納得出来ず曖昧に返す。
「とりあえず回復おめでとう。
アッシュにも色々説明しとかなきゃならないことがあるし、お前も聞きたいことがあるだろ?」
「…そうだな」
とにかく分からない事が多過ぎる。
差し当たり、一番の疑問を俺は口にした。
「なんで町中で兜を外さないんだ?」
最初に出会った時と同じサレットを被り続けるライルにそう尋ねると、ライルは言い辛そうに言葉を濁した。
「…スキルがな」
「あ、」
言い難そうな態度に大凡を察して俺は話題を切り替える。
「そういえば此処は何処なんだ?」
「ん? ああ、ここはガーランド領のヌクイズだ」
「ガーランド領?」
ちょっと待て。
ガーランド領は王都から見て南西に位置する筈だ。
で、最初に向かっていた故郷の村は西部に当たるサクソン領。
頭の中の地図と照らし合わせても早馬でも4日から5日は掛かる程離れている。
「なんでそんな遠くに?」
「はぁ?」
何を言っているとばかりにライルは訝しげに声を上げた。
「お前と会った平原はここから歩いて1日もない距離だぞ?」
「ええと…」
あんまりな事実に手を出してライルを制し情報を纏める。
王都からサクソン領を目指していたのは間違いない。
サクソン領への街道から外れたことはなかったし、定期的に地図と星による方位確認も怠っていなかったから間違いはない筈。
だが、現に俺は目的地を大きく外れガーランド領に居る。
ライルの言葉が正しければ…。
「なあ、この数日でとんでもない速さで走るロバの噂って聞いてないか?」
「ロバ?
…ああ、酔っ払いが魔物と見間違えたとかなんとか」
それがどうかしたのかと問うライルに頭痛を覚えそうになった。
「いや、ああ、うん。
後で纏めて説明する」
「そ、そうか」
丁度ランチが届いたこともあり、一旦この話は流すことになった。
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