10 出会い (レスター)
レスター視点で過去編に突入します。
私がデイジー・フラネルと出会ったのは、彼女のデビュタントの夜会だった。
王家の離宮で開かれたその一際大きな夜会に、私は親戚の令嬢に頼まれて、エスコート役として参加していた。
煌びやかな会場で、デビュタントを迎えた初々しい令嬢たちが、楽し気に踊っている。
だが私と言えば、正直うんざりとしながらこの夜会に参加していた。
こうした社交の場はいつも同じ。華やかで美しい世界の裏に、醜い物を隠し持っているものだ。
それが苦手な私は、とりあえず親戚の令嬢とのファーストダンスを終えると、いつものようにさっさと会場の隅に身を置こうとしたのだが──
「レスター様、次は私と踊っていただけませんか?」
「次の夜会は参加されますの?エスコートを是非ともしていただきたいわ」
目ざとく私が一人でいるのを見つけた令嬢たちが、取り囲んでくる。
「悪いが人と約束をしていてね。失礼」
いつものことなので素っ気なく応対すると、それでも我先にと彼女たちが押し寄せてくる。
私はその逞しさに辟易しながら、彼女たちの体当たりをさらりと回避すると、さっさと人混みに紛れた。
本来ならばこうした夜会は御免被りたいが、侯爵家の子息としての立場もあるのでそうもいかない。だがその立場のせいで、毎回こうした苦行を強いられるのだ。
父は今を時めく宰相であり、エスクロスと言えば名門として名高い侯爵家。そして私はそこの嫡男で、いまだ婚約者のいない身である。
そうなれば独身の令嬢たちにとっては、私の姿が美味そうなごちそうにでも見えるのだろう。未だ取って食われていないのが不思議なくらいだ。
「はぁ……」
周囲に年配の客たちしかいなくなって、ようやく人心地つき、盛大にため息を吐く。
父からは見合いだのなんだのとせっつかれているのは事実だが、はっきり言って私の外側にしか興味のない人間と、生涯を共にしたいとはどうしても思えない。
今回の親類の令嬢のエスコートだって、半ば強引に押し付けられたのだ。あわよくば、という周囲の思惑が透けて見える。
「はぁ……」
これから先の事が思いやられ、何度目かの盛大なため息を吐いた、その時だ。
「あ、すみません」
すぐ近くで若い女性の声がした。人混みを掻き分けているのだろうか。つい漏れ出たような何気ない声。しかし私はその声に衝撃を受けた。
──軽やかに春の訪れを歌う、小鳥のような澄んだ美しい音色──
優しさが心の中に広がっていくような。
いつも笑顔で包み込んでくれるような。
そんな温かみのある声。
無意識に私はその声の主へと振り向く。そして同時に「しまった!」と思った。
先ほどのようにしつこく迫られる自分の姿を想像する。女性に興味を持たれるように自ら振舞うなど、私にとっては愚かなことだったから。
だからわざとらしく視線だけでも戻そうとしたのだが……
────出来なかった。
まだあどけなさの残る顔。
デビュタントの白いドレスを身に纏い、少し心許なげな様子。
──けれどその容姿は、誰にも負けぬほどの美しさだった。
豊かに波打つ亜麻色の髪は、絹糸のように艶やかで、真珠色の滑らかな肌の上を流れている。大きな瞳はまるで碧玉のように輝き、長いまつ毛が瞬きをするたびに、星が零れ落ちるのではないかと思うほどだ。
(美しい……まるで可憐な花のようだ──)
思わずその美しさに呆気に取られていると、彼女とバッチリ目が合った。
──あっ、と思った瞬間。
……彼女は私の存在など目に入っていないかのように、人混みを掻き分けていってしまった。
「えっ……」
予想もしなかった相手の反応に、思わず声をあげる。
これまで出会った女性というのは、宰相の息子であり侯爵家の嫡男である私に、必ずと言っていいほどすり寄ってくる者たちばかりだったからだ。
なのに彼女は、私に何の興味も示さず行ってしまった。
(今……確かに目が合ったのに……)
私は何故か、酷くがっかりした気持ちになり、自分でも驚く。女性にこのような感情を抱くのは初めてのことだった。
視線を向ければ、嫋やかな花のような人が、独りでバルコニーへ出て行くのが見えた。
(彼女は一体どんな女性なんだろう?)
彼女のことが無性に気になった私は、その後を追うことにした。
お読みいただきありがとうございました。
俗に言う一目惚れってやつですね。生涯を共にする人だからこそ、出会った瞬間にそれがわかって惚れるんじゃないかなと思います。




