仕組まれた罠
「あがぁ。ぐ、ぐぅ」
そこには豪華な馬車と一緒にユークライノが瀕死の状態でいた。
手や腕はあらぬ方向に折れ曲がっており、足は左足が馬車に潰されていた。幸いと言っていいのか、頭は直撃を避けていた。だがそれでも大怪我をしており、このまま放置されていると危険な状況に変わりはなかった。
こんな状況でも、いやこんな状況だからこそだろうかユークライノの思考は冷静に働いていた。
「『ライf-』」
ユークライノは冷静に少しでも傷を治そうと回復の魔術を使おうとするが事故の衝撃で喉が潰れたのか、魔術の詠唱が出来ない。
・・・あぁ、喉が潰れているのか。
これでは魔術が使えないな。どうするか。助けも呼べないな。
ユークライノはいつもの尊大な思考回路が嘘のように心は穏やかだった。
・・・私はここで終わりなのか?
もっと父上にもかまってほしかったな。ライナスや他の兄弟たちにももっと接していればこんなことにはならなかったかもしれない。
どうせ、今回のこの事故もあの女が仕組んだのだろう。
ユークライノは、メリッサが犯人であろうと決めつけていた。まぁ、実際そうなのだが。
あと、どのくらい持つかわからない中でユークライノは今回の事故について思い返していた。
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「では父上行って参ります」
「あぁ。ユークライノ気をつけて行ってくるんだよ。ほんとうはパパも一緒に行ってあげたいくらいだが当主としての仕事があるからね」
今日はユークライノとライナスの二人で隣国のパーティーに参加する日だった。
だが、一緒に行くはずのライナスの姿が見当たらない。
「父上、ライナスはどうしたのでしょうか?」
ユークライノがライナスがいつまでたっても来ないことに疑問を感じ、父親のアレキサンドルにライナスのことを聞くと
「いや、私も特に何も聞いていないが・・・」
アレキサンドルもライナスについて知らない様子だった。
そこへライナスの執事と母親のメリッサがやってきた。
「アレキサンドル様、ユークライノさんおはようございます」
「旦那様、ユークライノ様おはようございます」
「あぁ。メリッサかおはよう」
「ふんっ」
メリッサからの挨拶にアレキサンドルはいつものように返すが、ユークライノは嫌そうな顔をしながら悪態をつくだけだった。
メリッサはユークライノの態度に笑顔で対応している。いつもだったら少しは顔を顰めるくらいはするのだが、今日はそんなそぶりをしないで気味が悪いくらいの笑顔だった。
ユークライノはそんないつもとは違うメリッサに違和感を感じたが、あまり関わりたくないのもあるのでその場はユークライノが拍子抜けするくらいでおわった。
「それでメリッサ、ライナスが来ないのだが何か知らないか?」
アレキサンドルが先ほどから話題にあがっているライナスの剣についてメリッサに聞く。
「そうでした。そのことでアレクサンドル様のところへきたのです」
「ライナスなのですが、今日起きたら突然具合を悪くなってしまったようで、かかりつけの医者に診させましたらかなりの高熱を出しているらしく」
「なに?ライナスは大丈夫なのか?」
「はい。何日か安静にしていれば回復するだろうと、医者が言っておりましたわ」
「そうか。今回の隣国のパーティーの参加は難しそうなのか?」
「医者によりますと何日か療養が必要らしいので、期間的にみますとパーティーへの参加は難しいと思います」
ライナスが急にパーティーに出れなくなってしまうとユークライノが一人で参加になってしまうが、それだと公爵家の面子に傷がつくかもしれない。
というのも、隣国のパーティーにはほんとうは公爵家の当主が参加するのが相手国に対する礼儀となっている。
今回はアレクサンドルが国に残ってどうしてもやらなければ行けないことがあるため、ユークライノとライナスの二人の子どもたちが当主の代わりとしてパーティーに参加することになったのだ。
このことは半年前から決まっていたことだった。
貴族の当主が何かの理由でパーティーの参加が出来ないときは、代理のその貴族家の者が参加するというのはよくあることだった。
だが、なぜライナスがいないと公爵家の面子に傷がつくかもしれないのか。理由としては、当主の妻が代理で参加するのであれば一人でもよかったのだが、子どもとなると原則二人以上でパーティーに参加するのが貴族間の暗黙の了解だった。
「しかしどうするか。ユークライノ一人だけだと相手に何と言われるか・・・」
「父上、私一人だけでも面子は保たれるでしょう」
「それはなぜだい?ユークライノ」
「理由としては二つ挙げられます。一つ目は私の魔術の腕前は隣国にも伝わっております。そんな私がパーティーに参加するだけで光栄と思う相手はたくさんいるでしょう。二つ目はライナスがいなくとも私一人でもパーティーくらい問題ないということです」
一つ目は確かにユークライノほどの魔術師がパーティーに参加すれば、一緒にその場にいるだけでも光栄と思う貴族たちは大勢いるだろう。魔術の実力があるものはどの国でも尊敬の目で見られるからだ。
二つ目の理由はあまり関係ないだろう。案の上メリッサの顔が少し歪んできている。
「そうですわね。ユークライノさんだけでも十分面子は保たれますわ。アレクサンドル様今回はライナスは欠席させていただいてユークライノさんにお任せしてもよろしいのではないでしょうか?」
「むぅ、ユークライノもほんとうにそれで良いのかい?」
「ええ私一人で大丈夫です」
普段会ったら必ずと言っていいほど相手を嫌っている同士のユークライノとメリッサが、息が合うほどの会話でそれも笑顔で話し合っていることにアレキサンドルは違和感をおぼえたが、二人ともユークライノが一人でパーティーに参加することを良しとするのならば今回はライナスは欠席の方向で進めることに決めた。
「わかった。二人ともそれでいいのなら」
アレキサンドルはライナスが隣国のパーティーを体調不良で欠席する旨を、執事に相手国に伝えるよう言う。
「ではユークライノ、すまないが今回は一人でパーティーへの出席を頼む」
「ええ、お任せください父上。私が完璧に勤めあげてみせましょう」
「ユークライノさん頼みますわね」
「・・・ふん」
「ユークライノもし危ないことがあったらすぐに戻って来るんだよ。お前に何かあったらパパは悲しい」
「はい。私は次期当主ですから、何かあったら一人でも戻って来ます」
「では父上そろそろ出発しますので。おい出発だ、馬車を出せ」
「かしこまりました。ハッ!」
アレキサンドルは相変わらずユークライノへ親ばかっぷりを発揮し、ユークライノも笑顔で受け答えをしながら馬車を出発させるよう指示を出す。
アレキサンドルたちに見送られながらユークライノが乗る馬車は出発していった。
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ユークライノが出発してからある程度たったころ、笑顔のメリッサとライナスの執事がいた。
「それで、ライナスの具合はどうなの?」
「はい。順調に回復しておられます」
「ふん。そうでないと困りますわ。そうなるようにライナスには体調を崩してもらったんですから」
そうなのだ。今回のライナスの体調不良は偶然ではなかったのだ。メリッサがライナスをパーティーに参加させないように執事に命令し食事に体調が何日か悪くなる毒草を盛っていたのだ。
なぜ最愛の息子のライナスにそんなことをしたのか?その理由は隣国へ行く道中でユークライノを暗殺するという目的があった。
なのでライナスが体調を悪くしパーティーを欠席させるよう仕組んだのだ。
「ふふふ。これで公爵家の次期当主はライナスのもの」
「ええ奥様。やはりライナス様が次期当主になるべきです」
「ほんとうにそうよね。アレキサンドル様はユークライノさんを溺愛しているから、このままではライナスが可愛そうだもの」
「ユークライノさんごめんなさいね。あなたは邪魔なの。遺体くらい残しておいてあげますから恨まないでくださいね」
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ここはアインバーク王国と隣国のちょうど境界近くである森だ。
そこにはウィンベルト家を出発したユークライノが馬車で道を走っていた。
馬車の周りには護衛の騎士数人と馬車の中にお付きのメイドがいた。
「おい。まだ着かないのか」
「もうすぐ王国の境界に着きますのでそこで一度ご休憩となります」
「なんだと?まだそんなところなのか」
「申し訳ありません。ユークライノ様の安全を第一としておりますので、どうしても馬車が遅くなってしまうのです」
「ふん、まぁそういうことならしょうがないか」
ユークライノは少し悪態をつきながらもメイドの言葉に納得をする。
そうしてそろそろ境界まであと少しである目印の崖近くまで到達した。この崖は馬車の操作を誤ると崖下まで落下してしまう危険な名所として有名だった。
だが気を付けていればそうそう落ちることはない。
「ユークライノ様、そろそろ崖に到達しますので少し慎重行きます」
「ああ」
崖まであと少しとのことで異変は起きた。
「ぐぁ!」
「!?総員戦闘準備だ!」
「「「はっ!」」」
急に矢が飛んできて護衛の騎士が一人やられた。
騎士たちは場に慣れているらしくすぐに戦闘配置についた。騎士たちが馬車を囲むように配置につくと森の中から身なりの悪い者たちがやってきた。
人数にして数十人はいるだろう。
「くっ盗賊か!?」
「あん?いいから金目のもんだせよ」
「貴様ら!この家紋が見えないのか!?我々に手を出せばどうなるかわかっているのか!?」
「知らねーよ、だが家紋があるってことは金目のもんがたんまりありそうだな。おい!てめぇらやっちまえ!」
「「「おぉ!」」」
「くっ総員戦闘開始だ!」
護衛の騎士と盗賊との乱戦となっている中でユークライノは馬車の中で落ち着いていた。
なぜかというと、この程度の盗賊たちであればユークライノ一人で対応が出来るからだ。なので騎士たちが危なくなったら助けてやろうと思っていた。
「ぐぁ!」
「く!大丈夫か!?」
「へっ、騎士様もたいしたことねけな。てめぇら一気にたたみ込むぞ!」
「「「おぉ!」」」
盗賊たちが騎士たちを圧倒しており、そろそろユークライノも助けてやろうと重い腰を上げた。
「やれやれ。なんのための護衛だ貴様らは?」
「ユークライノ様!?危険ですので馬車の中へ!」
「はぁ、私がやる」
「あん?てめぇが騎士たちの護衛対象k・・・」
「うるさい。風刃」
「ぐぁ!」
「なに!?てめぇら大丈夫か!」
ユークライノは相手の言葉をいちいち受け答えせずに攻撃をする。その結果として盗賊の3分の1が今のでやられた。
たったの一撃で仲間が大人数やられたことに盗賊はたたらを踏み、護衛の騎士たちはモチベーションが上がっていく。
ユークライノがいれば勝てると騎士たちが思っているとそれは突然起きた。
「ぐふっ」
「え?ユークライノ様?」
急にユークライノが血を吐いた。ユークライノの背後にはお付きでいるはずのメイドがいた。
メイドはアイスピックのようなものでユークライノの背中を刺していた。
「申し訳ありませんユークライノ様。これも仕事なので」
「貴様っ!メイドがユークライノ様に何をした!?」
「これからいなくなるあなた方には関係ないことです。あなたたち何をしているの。早く護衛の騎士たちをやっちゃいなさい」
「おぉ!すまえねぇな姐さん。作戦通りで助かったぜ」
「よしてめぇらあのお坊ちゃんがいなきゃ後は楽な仕事だ。いくぞ!」
その言葉とともに騎士たちは一人また一人とやられていく。
そうして最後の一人がやられると、残ったのは盗賊たちとメイド、息が少しあるユークライノ様だけだった。
「姐さん。あとはどういたしやしょうか」
「そうね、あそこの崖下に馬車ごと落とせば証拠が見つかるのも遅くなるわ」
「わかりやした。おいてめぇら最後の仕上げだ!」
そして馬車にユークライノは乗せられそのまま崖下に落とされていく。
「ふぅ。これでお仕事終了ね。あなたたち!これが今回の報酬よ。あとこのことは絶対に誰にもしゃべらないように」
「わかっていやす。しゃべったら俺たちもやべぇってことくらい」
「そう、わかっているならいいのよ」
「じゃあ騎士たちの遺体もユークライノの遺体も処分し終わったしここで解散よ」
「へい。またなにかあったらぜひ」
「わかったわ主人に伝えておくわよ」
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そうして冒頭のユークライノの独白に戻る。
事故はメリッサが仕組んだことで、ユークライノを亡き者へとする計画であった。
あぁ。あの時あの女の笑顔の意味をちゃんとわかっていればこうならなかったな。父上にももっと甘えていればよかった・・・。
「ッ!?」
なにも感覚がないほどの重傷にもかかわらず、急にユークライノの頭に痛みが走った。
その痛みはどんどん強くなっていく。
「ぐぁ、ぐぅ!」
その痛みとともにユークライノはあることを思い出した。
ああ。そうだったな。俺は前はユークライノじゃなかった。
地球のごく平凡な社会人だったな・・・。
・・・っじゃねぇよ!?え、なに?この状況で思い出す普通?
やべぇじゃん、もう詰んでるじゃん俺。・・・ってあれ?なんか眠くなっt・・・
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ユークライノが倒れているところに人影があった。成人男性くらいだろうか、そのこらいの人物がいた。
「ほぉ、まだ生きてるな。ま、何かの縁だ助けてやるよ」
そういって人影はユークライノに治療を施す。そして治療が終わるとユークライノの体重を物ともせず背負いあげ、どこかへと連れて行った。