デブの終わり
ここは大陸の中でも一、二位を争うほどに魔術の技術が進んでいる大国の一つアインバーク王国である。
アインバーク王国では一番権力がある王を頂点に、公爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵という順番に階級がある。それぞれが王を支えるためにある貴族階級だ。
その中でも4つしかない公爵家にはそれぞれ、その公爵家での象徴とでも言える魔術属性があった。
1つはクランバースト家の火属性
1つはウォータム家の水属性
1つはウィンベルト家の風属性
1つはマドル家の土属性
公爵家は代々、各々得意属性を訓練し続け精度を疎かにしないようにしてきている。それはひとえにこの魔術王国では実力こそ権力の証であるからだ。
そのため公爵家はもちろん、王国に存在する貴族家は能力が悪くなると今まで下にいた貴族がいつの間にか自分より地位が高くなっていることがあり得るからだ。
だが、近年では貴族家の地位が変動したことは一度もない。なぜかというと、魔術の能力とは家系、つまりは血統に依存するからだ。
なのでほとんどの貴族家は政略結婚という名の血統の保存を行っている。
普通に優秀な血を残そうとするのであれば政略結婚が一般的だが、世間ではほとんど知られていない、それこそ魔術が大好きな変態級の研究者やある程度の地位を持っている者でしか知らないようなことではあるが、他にも魔術をより進化したものにできる技術は存在している。
さて、少し回り道になってしまったがこの話は、アインバーク王国にある公爵家の1つである風のウィンベルト家に生まれた者の物語である。
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「おいそこのお前、菓子を取れ」
命令口調をあたりまえのように使い、少しこごもったような声で壁際にいたメイド服姿の女性に命令を出している子供がいた。
「はい。ただいまお取りいたします」
メイド服姿の女性は横暴な命令口調にも何も文句を言わずに言われた通りに、見るだけで胸焼けがしそうな砂糖たっぷりのお菓子をお皿に盛っていく。
「ふん」
命令を出した本人は出されたお皿からもくもくとお菓子を取り、無心で食べ進めている。
途中で砂糖たっぷりの紅茶も飲みながらお菓子を食べていると、ドアがノックされる音が聞こえてきた。
「兄上、ライナスです。入ってもよろしいでしょうか」
ドアの奥から部屋の主に向かって入室しても良いかの確認の声がする。
「ぼっちゃま、ライナス様が来られておりますが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
先ほどのお菓子をお皿に盛りつけたメイド姿の女性が兄上と呼ばれた人物に入室を許可するかの確認を取ると
「ち、しょうがない入れてやれ」
「かしこまりました」
悪態をつきながらも入室の許可をとるとノックをした人物が、背後に執事を伴いながらも部屋に入ってきた。
「兄上、失礼いたします」
挨拶と一緒に背後にいた執事が軽く頭を下げ、入室する挨拶をした。
「ユークライノ様失礼いたします」
執事が部屋の主人の名前を告げながら、入ってきた。
「兄上、おはようございます」
「あぁ、おはようというよりはもうこんにちはの時間だがな」
「ははは、知っていますよそのくらい」
「それよりも兄上、そろそろ一緒に外で剣術の稽古をしませんか?」
「断る。お前一人でやっていればいい」
弟と見受けられる者の誘いをそっけなく一刀両断し、お皿に盛ってあったお菓子を食べ進めている。そしてすぐにお皿の中のお菓子を食べ終わると、傍にいたメイド姿の女性におかわりを要求する。
「おい、さっさと追加を用意しろ」
「かしこまりました」
すぐにおかわりがお皿に盛りつけられ、またすごい勢いでお菓子を食べ進める。
「兄上、食べてばかりおりますといざという時に差し支えますよ」
ライナスが食べ過ぎについて注意をするが
「うるさい。私には魔術がある。それもお前では絶対に身に着けられないような才能つきでな」
そうなのだ。ユークライノは王国の貴族階級の中でも知られているほどの魔術の天才であった。
対して、弟のライナスは平凡よりは優秀だがユークライノと比べるといささか目立ちにくく、兄との才能の差をバカにされることもしばしばあった。
「確かに兄上は魔術の才が王国の中でも圧倒的ではありますが、剣も練習しておけばいざという時にためになりますよ」
「それに兄上が通われている学園でも剣術の授業はあるのでしょう?」
「私は8歳で飛び級で入学し、魔術の実力だけで10歳で卒業資格を貰っている」
「なので、私には剣術など必要がないのだよ。お前と違っていてな」
「ですが・・・」
ライナスはどうしてもユークライノと外で一緒に運動がしたいようだ。まだ幼いこともあり、ユークライノにとって言ってはならない禁句を口にしてしまう。
「ですがそんなに食べてばかりいると、もっと太ってしまいます!」
ピシッ!
そのライナスの一言で部屋の空気が凍った。
部屋にいたメイド達は全員青ざめた表情をし、ライナスのお付きの執事も冷や汗を流している。
空気が変わったことを感じたのだろう、弟のライナスも自分が口に出してしまったことに気付き表情を硬くする。
「あ!いや、あ、兄上ち、違います」
ライナスはすぐに言ったことを否定しようと言葉を紡ぎだそうとするが、その時にはもう遅くユークライノの表情が険しさを増していった。
「何だと?もっと太るだと?」
少しずつユークライノの周りの空気が淀み始めている。
「貴様は私が太っていると言いたいのか?ただの側室の息子風情が?」
「いや、その。えっと」
ライナスが謝罪の言葉ひねり出そうとするが中々出てこないでいると、さらにユークライノの周りの空気の淀みが荒々しさを増していく。
見かねたライナスのお付きの執事が顔を青ざめながら間に入ろうとする。
「申し訳ありませんユークライノ様!先ほどのライナス様のお言葉はユークライノ様を思ってとのこと。何とぞ魔力を収めては頂けないでしょうか」
そうなのだ。ユークライノの周りの淀みは魔力なのだ。普通は目に見えるほど純正な魔力は具現化しない。魔力を介してそれを発動者の想像性と才能、そして操作性を用いることで火や水などの事象として初めて魔術として目に見えるものなのだ。
魔術ではなく、ただの魔力の量や資質のみで目に見えるほどに出来るものなど大陸、いや世界にもほんの一握りしかいない。
ユークライノの莫大な魔力がこの場で暴発すれば、部屋どころか屋敷ごと吹っ飛んでしまう可能性がある。
その事実をメイドや執事、そしてライナスは知っているため何としてでもユークライノの機嫌をとらなければならない。
そのため執事は強引にでも間に入って場を収めようとするが、まったくユークライノには効果がなかった。
「私を思ってのこと?ということは貴様も私のことを太っているとバカにしたいらしいな」
少しでも和ませようと間に入っていったが、それは逆効果でさらにユークライノの機嫌を悪くすることとなった。
執事は今の言葉をきいて青ざめさせていた顔を青を通り越して、白くさせていく。
「兄上!申し訳ございません!僕の言い方に誤りがありました!別に太っていると言いたかったわけではなくt・・・」
「黙れ!貴様らの言い分はきかん!」
ライナスの言葉を遮ってユークライノは激高する。そうして溜まりに溜まった魔力を開放しようとすると、急にドアが開き一組の男女が部屋に入って来る。
「ユークライノ!どうしたんだ!?何があった!」
男性の方がユークライノに駆け寄り焦りながらも話しかける。
「・・・父上」
どうやら男性の方はユークライノの父親であったようだ。
「どうしたんだい!?パパに何があったか教えてくれないかい?」
「・・・ライナスやこの者らが私のことをバカにしたのです」
「なんだって?それは本当なのかライナス?」
「い、いえあの、その私の言葉が悪かったというか何というか」
「旦那様!違うのです。ライナス様がただユークライノ様と剣の稽古をされたかっただけでして」
「お前は黙っていろ!」
「ヒッ!?も、申し訳ありません!」
父親は執事にかなり怒った様子で厳しい言葉をかけ投げるが、その一方でライナスには厳しい口調ながらも少し和らいだ感じで話かける。
「それで、ライナスは何と言ったのだ」
「あの、えっと、私が運動しないと太ると言ってしまいました・・・」
「そうか・・・」
父親は少し考えると、優しい口調でユークライノに話かける。
「ユークライノ、お前は太ってなどいないよ。少し人より成長が早いだけさ。あともうちょっとすればみんなお前と同じくらいに大きくなる。それにもし他の奴らがお前のことを悪く言っていたらパパが何が何でもお前を守るさ、だから魔力を抑えてくれないかい?」
執事やライナスに比べると怖いぐらいに親ばからしい声でユークライノにお願いをする。
「・・・父上がそう言うのなら」
ユークライノは父親には従うようで、今の言葉とともに少しずつ魔力を抑えていく。
「ありがとう。ユークライノはやっぱり賢い子だな。私も鼻が高いよ」
「もちろんです。父上と母上の子ですから」
ユークライノは父親の言葉に得意げにしかし、機嫌が直ったように言う。次に父親は厳し気に弟のライナスに話しかける。
「それとライナス」
「は、はい!」
「今回のことは目をつぶるが次はないと思いなさい」
「も、申し訳ありません」
「謝るのは私にだけじゃあないだろう?」
「は、はい。兄上申し訳ありませんでした」
ライナスは父親に促されユークライノに再度謝罪の言葉を言う。
「ああ。わかったお前の謝罪を受け入れよう。今後はもっと言葉を選んでから発言することだな」
ユークライノは尊大な態度ながらもライナスの謝罪を受け入れた。
「では、パパたちはそろそろ部屋を出ていくよ。ユークライノはもっと好きなお菓子を食べながら休んでいなさい」
父親は優しい声をかけながら、部屋を出ていこうとする。それに続く形でライナスや執事、父親と一緒に入ってきた女性も部屋を出ていく。
部屋を出ていく直前女性は少しだけ開いたドアの隙間からユークライノを睨み付けていく。
完全にドアが閉まるとユークライノは、
「フン、あの女、何か仕掛けてくると思ったが案外何もしてこなかったな」
ユークライノは男性と一緒に入ってきた女性を思い浮かべながら、疑うような声色で女性に対して言う。
なぜ、母親と思われる女性にそんな疑うような言葉を言うかとなると、実はこの二人本当の親子ではないのだ。
ユークライノの本当の母親は別にいて、先ほどの女性はユークライノの父親の側室なのだ。そしてライナスはこの側室の子供でユークライノの腹違いの弟なのだ。
だからといって、ユークライノとライナスに対して父親の態度はかなり違う。それはひとえに今は行方がわからないユークライノの母親のことを父親は今でも愛しており、ライナスの母親とは政略結婚という理由があったからだ。
他にもユークライノには兄弟がいるが、その中でも父親に可愛がられているのは愛した女性とのたった一人の子供のユークライノだけであった。
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ところ変わって、先ほど部屋を出た父親たちについてだがここでも少し口論が起きていた。
「アレキサンドル様。ユークライノさんを可愛がるのはよろしいですけれども、少しはライナスや他の子どもたちにも目を向けてもらえないでしょうか?」
女性が父親の名前だろう。アレキサンドルに話しかける。
「だがな、メリッサ。今回はライナスが悪いだろう。ユークライノは体が他の子より大きいことを気にしているんだ。そのことをライナスは言ってしまったんだ」
今度はライナスの母親の名前だろう。メリッサにアレキサンドルは答える。
「母上。今回は私が悪いのです。兄上に対する敬意が足りていませんでした。なのであまり父上を責めないでください」
「ライナスの言う通りだ。メリッサ、ユークライノより実の息子のライナスが可愛いのはわかるが、今回ばかりは抑えなさい」
「・・・はい」
アレキサンドルがライナスが悪いということに結論づけると、メリッサはしぶしぶであるがアレキサンドルの言葉に頷いた。
「それでは私もここで失礼するよ。さっきは急なことだったからな、仕事を投げ出して来ているんだ」
アレキサンドルはその言葉とともに自分の部屋へと歩き出す。
「はい。それでは父上、この度は本当にありがとうございました」
ライナスのお礼の言葉と一緒にメリッサも頭を下げる。
アレキサンドルは軽く手を後ろ手に振りながらライナスの言葉に応えて、戻っていった。
アレキサンドルが去った後、その場にはライナスとメリッサだけが残った。
「ライナスお前は本当に優しい子ですね」
メリッサがライナスの頭を撫でながら、アレキサンドルがユークライノに言っていたようなとても優しい声で言う。
「あんな魔術だけのデブじゃなくて優秀なライナスが次期当主になれたらいいのに・・・」
「母上、兄上は僕よりもずっと優秀ですよ」
「でも、歳だって数か月しか違わないのにあの女の息子だからってアレキサンドル様もあの溺愛ぶり。あれだったら何があってもライナスを次期当主にはしないわ」
何とかライナスを次期当主にしたいメリッサは、ユークライノを排除する方法がないか考える。そしてあることを思いつく。
「ふふふ。ライナス、半年後に確か隣国でパーティーに招待されていましたよね?」
「?はい。私と兄上が行くこととなっております。でも、なぜ急にそんなことを?」
突然、半年後のパーティーの話になり疑問に思うライナスだったが、
「いいえ。何でもないのよ。そういえばライナスの次の晴れ舞台はどこだったかしらねと思ったの」
「ああ。そうでしたか。わざわざ私のためにそんな先のことにさえ気を配って頂いているのですね!」
「ええ。大事なライナスのことだもの当然よ」
ライナスは一瞬疑問が浮かんだが、母親を信頼しきっているので疑問のことはさっぱり忘れて会話を楽しんでいる。
「ええ、ええ。ほんとうに楽しみね・・・」
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半年後
「あ、がぁ。がはぁ」
そこには隣国に行っているはずのユークライノの馬車が崖の下でひしゃげており、中にいたはずのユークライノも瀕死の状態でそこにいた。