#9 宇宙へ
「はあ~!?宇宙だって!?」
エンリケ殿が私に向かって、吐き捨てるように言う。
「そうだ。駆逐艦2130号艦は補給のために、これよりこの星系の小惑星帯に駐留する戦艦デアフリンガーに向かう。その際に、あなた方にも同行願いたい。」
「なぜだ?なぜ、我々に同行など求めるのだ?」
「2つの目的がある。」
「なんだ、目的とは?」
「ひとつは、この星の人物に、宇宙というところを知ってもらうことだ。」
「なんだ、我々でなくてもいいんじゃないか?」
「いや、あなた方が多くの住人から信頼を得ていることは、あのリバスの街で思い知った。それにもう一つ、あなた方の魔術が宇宙でも使えるかどうかも調べておきたい。」
「……それは、どういうことだ?」
「この宇宙で、魔術や魔導、魔法といったものが存在する星のことを調べてみた。すると、2種類の魔術が存在するらしい。」
「2種類?」
「この星由来の何かから力を引き出すタイプの者、そして、宇宙にも普遍的に存在するものを利用するタイプの者がいるらしい。」
「何だって?それは、どういうことだ!?」
「前者の場合、宇宙に出た途端に魔術が使えなくなる。後者は、宇宙でも使用可能。あなた方がどちらのタイプか見極めるには、宇宙に出てみるしかない。」
「だが、そんなことをする意味はあるのか?」
「ひとつだけ、大きな意味がある。」
「なんだ、それは?」
「力の源が、どこにあるかが分かる。場合によっては、それを強化する術が見つかるかもしれない。」
「強化……だと?魔術を、強化できるというのか!?」
「あなた方だけではない。もし力の源や、その引き出し方を知れば、この王都にいる中級、下級魔術師の力も上げられるかもしれないのだ。魔獣というものが存在する限り、魔術師達の魔術を強めておくことは、決して悪い話ではないと思うが。」
しばらく考え込むエンリケ殿。彼は応える。
「……分かった。行こう。」
「では、明朝0700(まるななまるまる)……いや、日が昇る時刻に集合、すぐに出発する。」
「承知した。」
王都にある魔術師の詰所で、私はエンリケ殿に宇宙行きの約束を取り付けた。私自身の興味ももちろんあるが、この星の「魔術」に、連合の代表者会議が強い関心を持ったことが今回の提案の発端だ。
私も先日知ったのだが、数年前から我が地球097の艦艇でも配備が始まった「改良型重力子エンジン」というのは、ある星に住む魔女の研究が発端で生み出されたものらしい。そんな事情があって、魔術や魔導、魔法といった、人知を超えた存在の研究は、この連合側では盛んなようだ。
そして今、その矛先が、この星に住む魔術師にも向けられた。
私は、訪問予定の戦艦デアフリンガーに一報を入れる。「魔術師殿、訪問を了承、受け入れ準備に入られたし。」と。
電文を送った後、私は主砲身の整備状況の確認の為、艦首付近に出向く。その帰りに、食堂横を通ると、ローゼリンデ中尉と3人の女魔術師が騒いでいた。
「そうなんだよ!やっと続きが手に入るんだ!」
「へぇ~!楽しみだなぁ!いよいよハナエが魔王の側近、アマイモンとの対決を迎えるんだろ!?」
「そうなのよ。いいところで終わってるから、気になって仕方がないわ。」
「地球097に住んでる友人からのメールだと、もう魔王との対決が始まろうとしてるんだって!」
「ええ~っ!?なにそれ、やば~い!」
「……ちょっと待って……それってアマイモンが倒されちゃうっていうネタバレでは……」
魔法少女アニメの話をしているようだな。でもあの魔術師3人、話し口調がこちらの文化に染まりすぎていないか?
「あ~あ、早く行きたいなぁ、その戦艦っていう船の中の街にさ!」
「でもノエリア、そういえば私達、スマホってやつを持ってないわよ?」
「ううーん、そうだよね。いつものように、ローゼリンデに見せてもらえばいいんだろうけどさ。でも、そろそろ私も欲しいなぁ……」
カルメラさんとノエリアさんのこの会話に、ローゼリンデがこんなことを言い出す。
「ああ、それじゃあ副長に頼んでさ、3人のスマホを買ってもらえないか、頼んでみるよ。」
「ええ~っ!?ほんと!?」
「ちょっとローゼリンデ、そんなこと簡単に言っていいの!?」
「……でも、私もそろそろ、それ欲しいかなぁ……」
「だーいじょうぶだって!こっちの都合でみんなを宇宙に連れて行くんだから、それくらいのこと頼んだっていいでしょう!?」
調子いいな、ローゼリンデ中尉よ。その説得するべき相手は、すでにここにいるのだが。
「ローゼリンデ中尉!」
私は、中尉に声をかける。
「はっ!?ふ、副長!?」
私がそばにいたことに気づいた4人、ローゼリンデ中尉は一瞬硬直するが、すぐに立ち上がって敬礼をする。私も、返礼で応える。
「……貴官の申し出はもっともだが、ひとつだけ問題がある。」
「はっ!な、なんでしょうか、問題って……」
「スマホを買って魔術師団の諸君に渡すのはいいのだが、充電はどうするのだ?」
「はっ!少なくとも彼女達は毎日ここにきてますから、その間で空間充電されるので、問題はないかと考えます!」
「そうか……どのみち、魔術団の皆を手ぶらで帰らせるわけにはいかない、何か用意せねばと思っていたところだ。では、今回訪問する魔術師団全員分のスマホを購入できるようにしておこう。」
「はっ!承知しました!」
私はローゼリンデ中尉と、食堂にいた他の士官の敬礼を受けながら食堂を出る。
どのみち、なんらかの手土産は用意せねばと考えていたところだ。あれこれ考える手間が省けて、私にとっても都合がいい。私は再び、通信士にこの件の打電してもらうため、艦橋へと向かった。
◇◇◇◇◇
翌朝。
日が昇るのと同時に、我々魔術師団は、駆逐艦2130号艦の下に集合する。
「いやあ、楽しみ!昨夜は楽しみ過ぎて寝れなかったわよ!」
「やっと行けるわね。私も楽しみだわ。」
「……うん、楽しみ……」
女どもがなにやら浮き足立っている中、セサルは落ち込んでいる。
「ああ、パトリシア……君を連れて行けないのは残念だ……なるべく早く帰ってくるから、ちゃんと待っててね!」
よほど婚約者と離れることが寂しいようだ。さっきからずっと、ここまで出迎えにやってきたその婚約者の手を握り続けている。セサルの言葉に、ただ頷く無口な婚約者。
「もうすぐ出航する。ここにいる……6人は直ちに乗艦せよ。」
「は?おい、宇宙に行くのは我ら魔術師団の5人だぞ!?」
「もう1人、セサル殿と一緒にいる人物も、行くのかと思ったのだが。」
「いや、かの者はセサルの婚約者で、我々の出発を見届けたら王都に戻る。」
「……魔獣が闊歩するこの城壁の外で、ここから城門までの700メートルを彼女1人、歩かせるというのか?」
あ……そうだった。アードルフの言う通りだ。ここから城門までパトリシア1人を歩かせるのは、確かに危険すぎる。
「時間がない。直ちに乗艦せよ。」
アードルフに急かされて、6人は駆逐艦に乗り込む。セサルはさっきまでの悲壮な顔はどこへやら、突如婚約者と一緒に宇宙に行けることになり、満面の笑みに変わっていた。
「やった!よかったね、パトリシア!一緒に行けるよ!」
「え、ええ……」
パトリシアの方はというと、半分嬉しく、半分不安といった表情だ。なんの準備もなく、しかも初めて乗りこむ未知の乗り物。いくらセサルと一緒とはいえ、奥手なこの娘が不安を感じないわけがない。
「では、私が皆さまを部屋まで案内しますね。まずは皆さまの荷物をお部屋まで運びましょう!って、あれ!?ちょっと、1人多くないですか!?」
「ああ、この娘か?パトリシアと言って、セサル殿の婚約者だ。」
「ええ~っ!?で、でも、部屋は5つしか取ってませんよ!?」
「ああ、ローゼリンデさん、僕とパトリシアは、一緒の部屋でいいから。」
「は、はあ……そうですか。では、そのように……」
「ああ、ローゼリンデ、私とエンリケも一緒でお願い。」
「はい、カルメラとエンリケさんも同じ部屋、と……って、ちょっと待って!いいんですか、同じ部屋で!?」
どさくさに紛れて、カルメラも私の部屋に来ると言い出した。まあ、すでに夫婦のようなものだから別に構わないのだけが、そういうことは早めに言っておいた方が良かったんじゃないのか?
部屋に荷物を置くと、6人はローゼリンデに連れられて、艦橋に向かう。
エレベーターで最上階に上がる。途中の階で人の乗り降りがあり、そのたびに勝手に開閉するこのエレベーターの扉にいちいち驚くパトリシア。そんな婚約者を抱き寄せるセサル。普段は頼りない男だが、婚約者の前では男らしさを見せつけていて、なかなか面白い。
艦橋に入ると、出航前ということもあってか、慌ただしい様子だった。
「よし、次に熱感知センサーのチェックだ。特に側面シールド付近のセンサーは、2週間前に応急処置したままだ。念入りにチェックせよ。」
「了解!」
そういえばアードルフは、この船の2番手の男だったな。なにやら入念に調べている。
「……よし、最終チェック、完了。出航準備よし!」
「ではそろそろ、艦長が現れますね。」
「ああ、そうだな。」
すると、アードルフとその部下の言葉通り、この船の最高位の男である艦長が現れる。
私はこれまで2度あっただけだが、やや飄々とした雰囲気の男だ。
「艦長!出航準備、整いました!」
「うむ、では出航する。ところで、こちらが魔術師団の皆さんか?」
「はっ!彼らは初めての宇宙への旅ゆえ、こちらにお越しいただきました!」
「そうか。初めてお目にかかる方もいらっしゃるな。私は、ハルトヴェッヘと申す。この駆逐艦2130号艦の艦長だ。あなた方を無事、小惑星帯の戦艦デアフリンガーまで送り届けますよ。」
「はっ!我ら魔術団一同、お世話になります!」
私は胸に手を当てて会釈する。他の4人とパトリシアも私に合わせて艦長に会釈をした。艦長は、彼らの流儀である、右手を額に斜めに当てる「敬礼」で返す。
「それでは、これより出航する。両舷微速上昇、駆逐艦2130号艦、発進!」
「機関始動!重力子エンジン、出力上昇!両舷、微速上昇!」
ウォーンという唸り音ののちに、この船は上昇を始める。前方にある大きな窓の外を覗き込む魔術師達。城壁に囲まれた王都が、徐々に小さくなっていく。
「レーダーに感!王都東、20キロ!高度120、速力40にて王都に接近する飛翔物体あり!30分後に到達見込み!」
「映像を映せ。」
「はっ!」
艦橋にいる一人が、何かを叫び出した。艦長の脇に立つアードルフのすぐ前にある大きなモニターと呼ばれる板に、何かが映る。
「最大ズーム!画像補正!映像、映します!」
徐々に鮮明になりつつあるその映像から見えたものは、メフィストフェレスだった。
「メフィスト……フェレス?なんだそれは?」
「中型の魔獣だ。空を舞い、人を食らう悪魔、それがメフィストフェレスだ。」
「そ、そうか……相変わらず、ややこしい名前だな。待機中の2111号艦に、撃退を依頼する。通信士、直ちに連絡。」
「はっ!ですが、すでに2111号艦でも同飛翔体をキャッチ、哨戒機が一機、迎撃に向かっているそうです。」
「……だろうな。参考までに、先のエンリケ殿の情報を伝えておこう。」
「はっ!」
我々の乗るこの駆逐艦は、この魔獣の登場にも構わず上昇を続ける。代わりに待機する別の駆逐艦が、あの悪魔の撃退に向かってくれているという。
私としてはやはり、確実に魔獣が撃退されているかどうかが気になって仕方がない。が、これから1週間、我々は宇宙への旅に出る。この間、魔獣の撃退を他の船に任せるしかない。
私の心配をよそに、王都はどんどんと小さくなっていく。不安そうに窓の外を眺める、私と4人の魔術師、そしてパトリシア。
空を見るとすっかり暗い。おかしいな、まだ朝だというのに、どうしてこんなに暗いのか?
「……ああ、もうここは宇宙の入り口だ。大気は薄いため、もはや青空は見られない。」
「そ、そうなのか?」
「そうだ、もうすぐ規定高度に達する。現在、高度3万7千、高度4万メートルに達し、僚艦と合流でき次第、大気圏離脱を開始する。」
「大気圏離脱?なんだ、それは。」
「この星の重力を振り切って、宇宙に出る。その際に、駆逐艦の機関を最大出力に上げる。猛烈な音と振動が襲ってくるが、気にしないでくれ。」
大気圏離脱などと意味不明なことを言い出すアードルフ。しかも、ものすごい音がすると言っている。どういうことだ?
「規定高度に到達!僚艦の到着を待ちます!」
「僚艦の状況は?」
「現在、2121号艦から2129号艦の位置は、当艦の20キロ以内にいます。現在、こちらに向けて移動中!」
なんだ、仲間を待っているのか?などと気を取られているうちに、次々に駆逐艦が現れた。
その数、10隻というが……これだけ大きいと、たかが10隻といえ、圧巻される。
その光景を見て、セサルがアードルフに尋ねる。
「な、なんですか、あれは!?」
「いや、なんだと言われても、あれは駆逐艦だ。我がチーム艦隊の10隻の艦隊。」
「ち、チーム艦隊!?なんですか、それは!?」
「駆逐艦10隻で『チーム艦隊』と呼ばれる最小単位の艦隊を形成する。末尾が0の号艦がその10隻を束ねるリーダー艦と呼ばれる存在だ。つまり、当艦は2121号艦から2130号艦までの10隻の指揮権を持つ艦である。これを30隊余り、約300隻集まると小艦隊と呼ばれ、その小艦隊一つにつき、補給支援用に戦艦が一隻つく。我々が向かうのは、我々の小艦隊の旗艦である戦艦デアフリンガーという船であり、全長が4300メートルある大型の軍艦で……」
アードルフがとめどなく語り出したが、要するに300隻の小艦隊が3つ集まった1000隻の艦隊を中艦隊、それを10個束ねた1万隻で一個艦隊と呼ぶらしい。
で、チーム艦隊の艦隊長は、ここにいるハルトヴェッヘ艦長が務める。階級は大佐。そして小艦隊の艦隊長は少将が務める。中艦隊は中将が、そして一個艦隊は大将がその長を務めることになっているそうだ。
その駆逐艦には、一隻あたり100人いるらしいから、この10隻だけで1000人あまり。1万隻となると、戦艦と合わせて160万人もの軍人がいるという。
我が王国で最大の街、王都サンタンデールでさえ3万人しかいない。100万人を超える人々が、この空の遥か上にいるということが、私には到底信じられない。
長々と、アードルフのやつが艦隊のことを説明している間に、その10隻全ての準備が整ったようだ。我々の周りに、あの灰色の砦のような船が整然と並んでいる。
「僚艦、配置につきました!」
「よし、大気圏離脱を開始する。全艦、最大戦速!」
「全艦に信号!大気圏離脱開始、最大戦速!」
「両舷前進、第2(ふた)戦速!」
何やら慌しいやりとりが続いたのち、突然艦内にけたたましい音が鳴り響く。
グォーッという、ちょうどディアプロスの雄叫びを低く重くしたような音だ。と同時に、床や窓がビリビリと響きだす。
外を見ると、まるで外の風景が早馬に乗った時の景色のように、後ろに流れ始める。そして、徐々に地面が離れていく。
あっという間に、地面は見えなくなってしまった。後には、真っ暗な星空が広がる。
「うわぁーっ!ぱ、パトリシア!」
セサルは婚約者にしがみついて、ガタガタと震えている。しかし、あんな無口でひ弱な婚約者にしがみついても……と思いきや、意外にもその婚約者はセサルを胸に抱きしめたまま、気丈にも耐えている。
「ろ、ローゼリンデから聞いていたけど、こんなに揺れるなんて……」
そして意外にも、あのノエリアが比較的冷静だ。杖にしがみついて怖れの感情を隠しきれていない様子だが、それでもセサルよりは落ち着いている。
「ああ、やっぱりうるさいんですね、大気圏離脱って。」
「……ローゼリンデから聞いていなければ、私も今頃はセサルのように……」
元々、あまり動じることのないカルメラは、ここでも冷静だ。そしてバレンシアも、震える窓ガラスにぶつぶつと話しかけるように、独り言をつぶやいている。
「だーいじょうぶよ、こんなのあと2分で終わるわよ!にしてもあなた、初めてなのによく耐えられるわね!ねえ、あなた、なんというの?」
「……あの、パトリシアです……」
「ああ、そういえばセサルさんがさっきそう言ってたわね!よろしく!」
「はい……よろしくお願いします。」
この状況で、パトリシアに話しかけるのはローゼリンデだ。この娘は慣れたもので、特にこの状況を怖れている様子はない。一方、パトリシアはこの娘がちょっと苦手なようだ。
で、アードルフはというと、艦長の横でじーっと突っ立っている。さっきまでのおしゃべりはどこへやら、おとなしいものだ。
やがて、このけたたましい音は徐々に消えていく。と同時に、窓の外にはとてつもないものが見えてきた。
それはとても丸い。そして青白い。なんだあれは?
「……あれは、あなた方の星、近々、地球862と呼ばれる星だ。」
「我々の星だと?そういえば……以前見せてもらったような気もするが、あんなに雄大で、あれほど澄んだ青色をしているとは……」
「気づかないだけで、あなた方はずっと昔からあの丸い大地に住んでいたのだ。そして、あの星を連盟から守るために、我々の艦隊は存在している。」
その青くて丸い我らの大地は、あっという間に小さくなってしまった。
我らの王国を含む大陸は、とてつもなく大きい。王都から大陸の端まで、2か月はかかる。そんな大陸を乗せた大きな丸く青い大地が、もう見えなくなってしまった。なってしまった。
そんな速さで進んでいるというのに、目的地まで半日以上はかかるという。さらに彼らの住む地球097という星までは、3週間近くもかかると言われた。なんと、この宇宙の広いことか。
窓にへばりついたままの5人の魔術師と一人の貴族の娘は、その計り知れない黒い闇の深さに、ただただ呆然と眺めるだけであった。