#8 地上戦
私は今、哨戒機という、空に浮かぶ不思議な乗り物に乗っている。
私の隣にはカルメラが、その後ろにはノエリア、その横にはローゼリンデという娘がいる。
前には、この哨戒機を操るパイロットと、例のあの男、アードルフが乗っている。
「現在、王都の西方180キロを飛行中。高度1500、速力400。」
「レーダーには反応がない。少なくとも、空中には魔獣はいないようだ。」
彼らが現れて、すでに1週間が経った。王都の外には、2隻の駆逐艦が駐留している。
特に彼らは、我々に対して何か過大な要求をしたり、あるいは武力による威圧をすることもない。ほぼ毎日のように、王族や貴族らを相手に交渉とやらを行なっている。
一度、私は駆逐艦の中に招かれた。エレベーターという上下に移動する乗り物、常に20人ほどが働く艦橋という場所、そして、食堂というところにも出向いた。
見たことがない食べ物ばかりだった。なんだ、あのハンバーグとかいう食べ物は?とても柔らかい上に、ソースというものの作り出す絶妙な味。あれが肉とは、とても思えなかった。
一緒に出された野菜の鮮度も悪くない。どうやったら、こんな閉ざされた場所であれほど新鮮な野菜を出すことができるのか。しかも彼らがいうには、この駆逐艦の食堂というところは質的に劣る料理ばかりだという。あれで劣った料理だとは……ともかく、我々にとっては何もかも、不思議なところであった。
そしてカルメラとノエリア、それにバレンシアはローゼリンデという娘にそそのかされて、アニメというものに興じている。動く絵が魅せる物語に、女魔術師どもは皆、夢中になった。
このため、この3人の上級魔術師は、地上に降りたあの駆逐艦2130号艦という空飛ぶ船に毎日通いつめている。夜になるとカルメラのやつは、私にあの船での出来事ばかり話す。
そんな1週間が過ぎ、我々は王国のはずれにある街、リバスに向かっている。
ここ最近、どういうわけか魔獣の出現頻度が多くなっている。近隣の街でも被害が出ていると聞く。そこで、彼らの艦隊から駆逐艦が何隻か派遣され、魔獣の排除にあたっている。
そのおかげで、王都周辺は魔獣からの襲撃に備えることができた。が、王都より遠くの、辺境にある街や村がどうなっているのか、我々にも分かっていない。
そこで、この王国で王都から最も遠い辺境の街、リバスへ向かうことになった。
「まもなく、リバス上空!」
パイロットが叫ぶ。私は窓の外を見る。鬱蒼とした森が切り開かれ、石垣で囲まれた街、リバスが見えてきた。
が、すぐに異変に気付く。街に周囲には、何か所か煙が上がっている。なにかが起きているようだ。
「なんだ、あの煙は!?」
アードルフ殿も気づいたようだ。この哨戒機はリバスの街に近づく。私は、目を凝らす。
見えてきた。低い石垣を挟んで、人々と魔獣とが戦っている。槍や弓矢、そして中級魔術師らが魔術を唱えて、魔獣を足止めしている。
「何かいるな、大きな獣のようだが……なんだ、あれは!?」
「あれは……トゥルッフ・トゥルウィスだ。」
「と……トゥルッフ……なんだって!?」
「トゥルッフ・トゥルウィス、イノシシの化け物だ。あれがいるということは、その周辺に数頭の手下がいるはずだ。」
いくら大型のトゥルッフ・トゥルウィスでも、王都ならば堅固な城壁に阻まれて、街の中に入ることはできない。城壁の前で立ち往生している間に、我らの魔術を放つか、城壁の上から大きな石をぶつけて仕留める。
が、ここは低い石垣しかない。大型のあのイノシシの化け物を食い止めるには物足りない。
だが、矢も槍もやつの身体を貫けない。中級魔術師の放つ魔術も効いていないようだ。
「哨戒機の砲撃で撃てば、一撃で……」
「いやダメだ!兵士達が近すぎる、この状況で撃てば、犠牲者が出るぞ!」
パイロットを制止するアードルフ殿。
「いや、だがあのままではもっと犠牲が出るぞ!トゥルッフ・トゥルウィスに石垣を乗り越えられたら、あの街はおしまいだ!」
「分かっている!私は、あの石垣の後ろに降りる!」
「はぁ、なんだと!?」
私はアードルフ殿を止める。
「おい!やめておけ!大変なことになるぞ!」
「あれを石垣から引き離し、哨戒機の砲で撃つ。それしかない。」
「まさかお前、囮になるというのか!?」
「バリアシステムも、それに銃もある。丸腰ではない。石垣から引き離すくらいなら、私一人でなんとかなるだろう。」
「おい!ちょっと待て!」
地面すれすれまで降りた哨戒機から、アードルフ殿は扉を開けて飛び出していった。
◇◇◇◇◇
地面に降りた私は、早速行動に出る。
まずはあの、トゥルッフなんとかいう馬鹿でかいイノシシを、こちらに引き寄せねばならない。
私は、銃を構えた。そして、あのイノシシの化け物に向けて、一発放つ。
銃声に気づいたイノシシ野郎は、私の方を振り向く。私の挑発にまんまと引っかかり、私めがけて突っ込んでくるその大型イノシシ。
よし、このまま引き寄せて、最大出力で撃ってもいいな……などとこの時、私は考えていた。
が、それは甘かった。
敵の方が、一枚上手だった。
突然、私の横から何かが飛び出してくる。私は、とっさに腰のスイッチを押す。
携帯バリアが作動し、それを吹き飛ばす。みればそれは、やや小ぶりのイノシシ。とはいえ、人の背丈よりもずっと大きなイノシシだった。そんなイノシシが、私を取り囲むように何体も現れた。
しまった、囲まれた。
たじろぐ私に向かって、あの親玉のイノシシが突っ込んでくる。この親玉、体長はゆうに10メートルを超える。高さも4メートル近い。あんな化け物を、こんな対人向けバリアだけで防げるのか?
命の危機を感じた瞬間、私の傍らを赤い大きな炎が噴き出す。その直後、哨戒機が私の前に現れた。
ハッチは開いており、中からエンリケ殿が手を伸ばしていた。
「掴まれ!」
私はとっさに、エンリケの手を掴んだ。
◇◇◇◇◇
やはりな、トゥルッフ・トゥルウィスには、7匹の仲間がいると言われている。無論、今回も子分がいた。
案の定、アードルフのやつは囲まれてしまった。あれだけの数を相手では、いくらやつの持つ強力な魔導具でも、トゥルッフ・トゥルウィスの突進を食い止められないだろう。
「おい!こいつをアードルフに寄せろ!」
「ええっ!?エンリケ殿、何をするんですか!?」
「アードルフを助け出す!」
パイロットに向かって、私は指示を出す。この哨戒機の出入り口から身を乗り出し、杖を向けた。
「カルメラ!」
「なに!?」
「もしもだ、私が外した時は、お前の水魔術を使わせてもらう。」
「わかったわ!」
「ええーっ!?カルメラさんって、水の魔術使いだったの!?」
「そうよ、ローゼリンデ。言わなかったっけ?」
「ねえ、エンリケ!私の雷の魔術じゃダメなの!?」
「ノエリアの魔術では当たらない!お前はダメだ!」
この中で信頼できる魔術師はカルメラだけ。だから私は、後衛をカルメラに託す。その間に、パイロットはアードルフのところに哨戒機を寄せる。
私は出入り口から身を乗り出し、呪文を唱える。
「……我が炎の精霊よ……我が前に、万物を焼き払う紅蓮の炎を具現し、醜悪なる悪魔を昇華せよ!出でよ、紅炎光槍!」
杖の先に、紅色の輪が生じる。徐々に輪は小さくなり、紅い光が輝きを増す。
その一点に集まった紅の光を、あの男のすぐ脇に向かって放った。
紅い光の槍は、その脇から飛び出してきたトゥルッフ・トゥルウィスの手下の1匹に当たる。その身体を貫き、大地に刺さる紅の炎の槍。
私は、アードルフに手を伸ばす。
「掴まれ!」
私の呼びかけに、すぐに応じるアードルフ。私はやつの手を握り、引っ張り上げる。そして、扉を閉じる。哨戒機の床に倒れこむ私とアードルフ。
その直後、地面で大爆発が起きる。トゥルッフ・トゥルウィスの手下の何匹かが巻き込まれる。だが、トゥルッフ・トゥルウィスはまだ健在だ。
私の魔術の炎に恐れをなし、その場で立ちすくむトゥルッフ・トゥルウィス。私は、アードルフに言う。
「今だ!やつを倒せ!」
「わ、分かった!」
アードルフは立ち上がり、パイロットに指示を出す。
「砲撃準備!目標、大型イノシシ!」
「砲撃準備よし!装填開始!」
キィーンという音が響く。しばらくこの音が鳴り響いた後、ビームという魔導が放たれる。
強烈な魔導がトゥルッフ・トゥルウィスに直撃する。やつの大きな体は青白く光り輝やいた後に、爆発四散する。
あの大型イノシシの、影も形も残さず吹き飛ばした。まさしくあれは、我らの空淡蒼爆炎そのものだ。
「弾着確認!目標、消滅!」
「まだあのイノシシの手下クラスがいる。以降、掃討戦に移行!」
「了解!」
哨戒機は低空を飛びながら、トゥルッフ・トゥルウィスの子分の化け物イノシシを探す。森へ逃げようとする子分を見つけ、再びあの魔導を放つ。
奴らは、我々の空淡蒼爆炎並みの魔導力を、続けざまに何発も放つことができる道具を持っている。しかも、魔術師でもない者がそれを放つのである。恐ろしい仕掛けだ。
しばらく飛び回り、魔獣を探索する。魔獣の姿がないことを確認すると、リバスの街に向かう。
「……すまなかった。」
と、突然、アードルフが私に謝る。
「どうした?」
「いや、あなたの忠告を聞かず、私は自身を危機に陥れてしまった。指揮官として、やってはならない行為だった。あのとき、あなたが魔術を放たなければ、私は……」
「いいんじゃないか、別に。」
「……なぜだ?」
「私も先導する側の人間だが、よく失敗する。だが、その度に仲間が支えてくれた。結果がよければ、それでいい。そう思わなければ、魔獣とは戦えない。」
「そうか……」
妙なやつだ。あのトゥルッフ・トゥルウィスを一撃で倒したというのに、なぜ私に謝る?私であれば、謝るどころか、功を誇るところだ。
「街の被害が気になる。すぐにリバスの街へと向かう。」
「了解!」
アードルフが、パイロットに命じる。我々を乗せた哨戒機は、リバスの街へと飛んでいく。
◇◇◇◇◇
ああ、最悪だ。
私としたことが、あろうことかイノシシ相手に猪突してしまった。
エンリケ殿が炎の魔術を使わなければ、私は今頃、死んでいたかもしれない。
だが、今はリバスの街の人々を救うのが先決だ。落ち込むのは、その後でいい。
街の方を見る。あのイノシシの化け物の突進を受けた石垣は、かなりダメージを受けている。
無数の矢、たくさんの槍の残骸、そしてあちこちに、焦げた跡が見える。火矢と魔術を大量に浴びせかけた結果だろう。
あれだけの爪痕を残した戦いだ。多くの住人が、傷つき倒れているかもしれない。哨戒機は、石垣のすぐ近くにある広場を目指す。
広場には、数人のけが人が見えた。血まみれのまま横たわる数人の兵士。生きているのか、死んでいるのかすら分からない。
その広場に、ゆっくりと哨戒機は着陸する。だが、広場に降り立つと、槍を構える兵士達に囲まれた。
「しまったな……やはりこの哨戒機は、魔獣だと思われているようだな。」
「大丈夫だ、私が出る。」
エンリケ殿が私の肩を叩いて、ハッチに向かう。
「おい!相手は槍で構えているんだぞ!?」
「大丈夫だ。これでも私は、王国では知られた上級魔術師だ。私を見れば、彼らも槍を引くだろう。」
まあ、そうだな。やつは王国でも最強の魔術師だ。ここは彼に任せたほうが正解だろうな。
ハッチを開く。それを見て、外の兵士達は一斉に槍を構える。すると、エンリケ殿が叫ぶ。
「我は王都サンタンデールの上級魔術師、エンリケである!この街の魔術師団の長に会わせて欲しい!」
それを聞いて、兵士達の後ろから一人の人物が顔を出す。
「な、なんです!?本当に、エンリケ様なのですか!?」
姿格好は、明らかに魔術師だ。同じように、水晶の埋め込まれた杖を持っている。
「おう、クレメンテか。久しぶりだな。」
「お、お久しぶりです!エンリケ様!」
どうやら相手は知り合いのようだ。それを聞いた兵士達は、一斉に槍をひく。
「ですがエンリケ様!なにゆえ、このような魔獣に乗っておられるんですか!?」
「これか。これは魔獣ではない。宇宙というところからやってきた人々の乗り物だ。」
「うちゅう?なんですか、それは?」
「遠く、星の国から参った者達の乗り物だ。見ての通り、トゥルッフ・トゥルウィスを一撃でやっつけられるほどの力を持っている。」
「そうですよ、なんですかあれは!?まるで、エンリケ様と4人の上級魔術師が魔力を合わせてようやく放つことができる魔術、空淡蒼爆炎ではありませんか!」
「ああ、彼らはあれを魔術とは呼ばない。ビームとかいう、武器の一種だそうだ。」
「武器!?あれが、武器なのでございますか!?」
「そうだ。巨大な山城のような船を空に浮かべ、空淡蒼爆炎と同等の魔導をたやすく放つことができる乗り物を操る、星から来た人々とはそういうものだ。」
「だ、大丈夫なのですか、そのような者と関わっても!?」
エンリケ殿は、ここの魔術師と話をしている。が、我々にはやることがある。
「ローゼリンデ中尉!」
「は、はい!」
「救急道具を持参!直ちに、負傷兵の治療に向かう!」
「了解!」
私はローゼリンデ中尉を伴い、広場の片隅にいる負傷兵のところへと向かう。
「どこへ行く!」
それを見た兵士の一人が、我々を制止する。
「けが人の救護だ!」
「けが人の救護、だと!?」
それを見たエンリケ殿は、その兵士に向かって言う。
「大丈夫だ、その者は信頼できる人物だ。直ちに案内せよ。」
「はっ!エンリケ様!」
さすがは上級魔術師だ。エンリケ殿の一言で、兵士は我々負傷兵のところへと案内してくれる。
そこにいたのは5人。だが、すでに3人は絶命していた。残り2人の怪我を治療する。
「い、いててっ!」
「ちょっとだけ、我慢してください!消毒します!」
ローゼリンデ中尉が一人の兵士の怪我を消毒する。それをみて、カルメラさんとノエリアさんも手伝う。
「ちょっとくらい、我慢しなさい!」
「そうだよ、あんた男だろう!?」
ローゼリンデ中尉も、いい仲間を持ったものだ。3人がかりで、2人の生き残った兵士の治療をする。私は消毒を終えた兵士に、貼り薬を貼る。
「しばらくこれを貼っておけ。2日ほど貼れば、かなり治るはずだ。」
「そ、そうか……」
なんだか、信じられないような顔でこちらを見る兵士。しかし、3人もの死者を出してしまった。もうちょっと早く到着していればこの3人も……
「アードルフ!」
エンリケ殿が叫ぶ。
「なんだ!?」
「いや……この者達に、お前達のことや宇宙のことを教えてくれないかと頼みたかったのだが……」
「ああ、分かった。行こう。」
私はタブレットを片手に、クレメンテという中級魔術師と数人の兵士達に、この宇宙と我々の話をする。
◇◇◇◇◇
「アードルフ、さっきお前、また後ろめたいことを考えていただろう。」
クレメンテとの話が終わり、哨戒機に引き上げようとするアードルフに、私は言った。
「ああ、確かにそうだ。我々がもう少し早く、あの広場に到着していればあの3人は……」
「気にすることはない。彼らは街の人々のために戦い、そして他の者の命を救った。誉れある死だ、悔いはなかろう。」
「おい!死んでしまえば、誉れも何もないだろう!」
「そんなことはない、我らはいつかは死ぬ。明日かもしれないし、数十年先かもしれない。だが、同じ死ぬなら誇りある死を選びたい。それは、我ら魔術師の目指す死だ。」
どうやら、アードルフは私の言葉に納得していないようだな。そういえば、彼らにとって死とはなんなのだろうか?彼らとて兵士だ。名誉ある死というものを、望まないのだろうか?
「……我々にとっては、生き残ることこそが名誉だ。たとえ軍人であっても、一人でも多く生き延びられるよう努力する。それが、我々の目指す姿だ。」
「そうか。だが、不死の者などおらぬのだろう?ならば、いつか迎える死に対して、貴殿らはどう考えているのだ?」
「うーん、分からない……とにかく我々は、今を懸命に生きる。ただ、それだけだ。」
それ以上のことは、私は特に言及しなかった。そういえば彼らの寿命は長く、多くの病気を治すことができるという。我々の王都でも、子の3人に1人は10歳を迎える前に死に、大人になっても多くが病で亡くなる。老人になれるのは、せいぜい7人に1人ほどだ。そんな我々と比べ、死とは無縁の生活を続けている彼らにとっては、死とは縁遠いもののようだ。私はアードルフとの会話で、それを感じた。
だが、ともかくもあのトゥルッフ・トゥルウィスの襲撃からこの街を守ることができた。人々も、アードルフらには感謝している。しかし、今を懸命に生きるのが彼らの望みならば、死んだ者達を嘆くより、多くの町の住人が救われたことを喜ぶべきだろう。紛れもなくこの街の人々の多くは、アードルフのおかげで生き延びられたのだ。私はそんな思いを抱きながら、哨戒機へと戻っていった。