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#7 意思疎通

「どうもあの男、私は好きになれないわ。」


彼を男爵と引き合わせた後に、ノエリアがボソッと呟く。


「だろうな。どう考えても、お前とは絶対に合わないな。」

「そうだよ!一体、何が楽しくて生きてるのかしら、あの男は!まあ、身体目当てだけの男よりはマシだけどさ、私と気があうことは、まずないわね!」

「まあ、別に合わせる必要もないだろう。いずれは自分の星とやらに帰る男だ。それまでの付き合いだよ。」


私はノエリアを諭す。どうにもこいつは、すぐに感情を表に出すところがある。気に入らない相手には、そのことがつい態度に出てしまう。


「でもさ、一緒にいたローゼリンデとかいう女はいい人だったよ!私のこと、すごいすごいって感心してくれるんだよ!」

「なぜだ?なぜ、お前のことなんかを持ち上げるんだ?」

「そりゃあ私、上級魔術師だよ?うらやむのは当然でしょう!」

「いや、あいつらの方が、はるかに強い魔術を持っている。ノエリアの魔術なんて、たいしたものではないだろう。」

「ううーん、でもさ、あの女の人はさ、私に会えて嬉しいって言ってたくらいだよ?でも、そうなんだよね。どう考えても、あいつらの方がすごいよね……じゃあ、なんであんなに私のこと、喜んでいたんだろう?」

「うーん、よく分からんな。しかし、そのローゼリンデという娘も、お前が制御不能な魔術しか放てない魔術師だと知ったら、幻滅するんじゃないのか?」

「ううっ……エンリケ、きついところ突いてくるわね……」


それにしても不思議な連中だ。そのローゼリンデという娘にしても、強大な力を持っているはずなのに、なぜかその力をふりかざそうとはしない。

空には今も、相変わらずあの駆逐艦とかいう船が留まっている。だが、あの船も我々に何かを仕掛けてくる様子もない。

王都の人々も、昨日まではあの船のことを警戒していたが、だんだんと慣れてきたようで、今は普段の生活を続けている。得体の知れない巨大な船が王都の空に浮かんでいるというのに、静かなものだ。

あれには100人もの人が乗っているとアードルフ殿は話していた。だが、今まで接したあそこの住人は、誰一人として我々に威圧的な態度を取ろうとはしない。


彼らの目的は、何なのだ?本当に同盟を結ぶことが目的なのか?確かに言葉通りの行動しかしていないが、私には違和感しか感じない。我々の感覚では、やつらの思想はとても理解できそうにない。


「ところでさ、エンリケ。カルメラはどこに行ったの?」

「ああ、彼女は今、王都を駆け巡っている。」

「王都を?なんで?」

「あんな大きな船が空に浮いていれば、だれしも不安に思うだろう。その不安を消しにまわっているのさ。」

「ふーん、でもどうしてカルメラなの?」

「そりゃあ、上級魔術師の言うことなら、皆、信頼してくれるからだ。」

「そうなんだ。じゃあ、私でもよかったんじゃない?」

「私とカルメラ以外に、まともに人々を説得できる上級魔術師がいるのか!?」

「うへへ……ちょっと私には、無理だよね……でも大変ね、カルメラも。昨夜は誰かさんの相手をさせられたというのに、その日の朝には王都中を回る羽目になるなんてね。」


……なんだこいつは。昨晩、私とカルメラが一緒だったことを、どうして知っているんだ?

ノエリアから皮肉な一言を浴びつつ、私は街を巡る。すると正面に、セサルが歩いているのが見えた。

そしてその横にはもう一人いる。ああ、あれはセサルの婚約者、パトリシアだ。


「あれ?エンリケさん、何やってるんですか、こんなところで?」

「それはこっちの台詞だ。何をしているんだ?」

「いやあ、今日はさすがに魔獣は現れないだろうと思って、久しぶりにパトリシアと一緒に街を歩いているんですよ。」


セシルの言葉に、黙って横でうなずくパトリシア。彼女は人見知りが激しい。私は何度か顔を合わせたことがあるが、未だに警戒されているのか、ほとんど口を聞いたことがない。


「そうはいっても、あちらはこちらの事情など御構い無しに攻めてくるぞ。気を緩めるな。」

「でも、今はあの空に浮かんだ船が警戒してくれてるんですよね?昨日のように、ディアプロスが3体も現れてもあっさりやっつけてくれたし、大丈夫でしょう。」


なんだ、こいつもあの船頼みなのか。あれがいつ裏切るのか、知れたものではないぞ。我々魔術団が気を抜くわけにはいかない。


「いや、最後の要は我々だ。彼らなど、いついなくなるか分かったものではない。警戒を怠るな。」

「はいはい、昼には戻りますよ。」


そう言ってセシルは、パトリシアとともに街の市場の方へと歩いていった。


「そういえば、あと一人、バレンシアはどこに行った?」

「さあ……どうせいつものように、家に引きこもってるんじゃないの?」


まあ、そうだろうな。バレンシアが昼間に外を出歩くなど、考えられない。使用人に頼ってばかりで、買い出しすらしないやつだからな。それはそれで、困ったものだ。


にしても、あの船が来てからというもの、なんだか緊張感がなくなってきた気がするな。あのカルメラですら、どこか緩んでしまった。

王都の守りの要である魔術団が、いいのだろうか、こんなことで……?


◇◇◇◇◇


モンタネール男爵との会合は、極めて平和裡に、かつ順調に終わった。

今後の交渉官との折衝の事前取り決めは、概ね合意できた。ただ、交易によってどんな品が届くのかがわからない限り、交易交渉はできないと言われた。それについては交渉前に、その品の一部をご覧いただくことで合意した。


事前交渉を終えて、私とローゼリンデ中尉は建物の外に出る。そこは、王都の中心街だ。周りは賑わっている。

人口は3万人と聞いたが、意外に多いな。補給のために時々戦艦に立ち寄るが、その戦艦の中には400メートル四方、高さ150メートルの空間の街がある。その街に住む人々の数が約2万人。密度的にはこちらの方が低いはずだが、それでも思いの外たくさんの人がいるように見える。


「ねえ、副長。あそこで色々なものが売ってますね。」

「ああ。だが中尉、我々はここの貨幣を持っていない。残念だが、買い物はできないな。」

「そ、そうですね。困っちゃいましたねぇ。せっかくお土産を買おうかと思ったのに……」


などと話していると、後ろから声をかけられる。


「あの……もしかして、昨日、首なしの化け物に乗ってやってきたお方じゃないですか?」


私は振り返る。そこにいたのは、バレンシアさんだった。


「あれ?バレンシアさん……ですよね?」

「はい、そうです……」

「こんなところで、何を?」

「ええと、あの、食べるものがなくなったので、外に買い出しに……」

「ああ、そうだったんですか。」

「ええ、いつもなら使用人に頼むのですが、今日はあいにく不在で……」


なんというか、このバレンシアさんという人は、どことなく影がある人だな。


「あの、副長。こちらのお方は?」

「こちらは上級魔術師の一人で、バレンシアさんだ。」

「ええーっ!?この人も魔術師なんですか!?」


ローゼリンデ中尉の大声を聞いて、ビクッと反応するバレンシアさん。


「あ、あの、あなたは……」

「はい!私、ローゼリンデ中尉と申します!ええと、あの駆逐艦の主計科というところにいてですね……それで、この王都に魔術師がいると聞いたので、アードルフ副長のお供でついてきたんです!」

「あ、ああ、そうなんですか……」

「ところでバレンシアさん!あなたは、どんな魔術を使われるんですか!?」

「ええと、あの……私は闇の魔法が得意なんですが……」

「ええーっ!?や、闇属性ですか!?その響き、カッコ良すぎですよ!!で、どんな魔術なんです!?」

「ええと、私が得意なのは、その、黒色破壊槍(ブラックネスジェノサイドランス)という魔術で……」

「うわぁっ!なにその痺れるような名前!いかにも破壊魔法って感じの響きですね!」

「は、はい……実際、黒く鋭い槍のようなものを無数に飛ばして、それで生きとし生けるものの命を奪うという魔術なので……」

「すごいすごい!すごすぎる!!さすがは上級魔術師!是非今度、見せて下さい!」

「あ、はい……いいですよ。でも、むやみに使うと人が死んじゃうので、使える時が来たら、是非……」


すっかり喜んでいるローゼリンデ中尉。普段の彼女からは想像もつかない活発さ、水どころか、栄養ドリンクを得た魚のようだ。


「そ、そうなんですか……魔術に興味を……」

「そうなんですよ!私、魔法使いの出るアニメは全部チェックしているので!」

「……あの、なんですか、アニメって?」

「ああ、ええとですね……こういうものですよ。」


そう言いながら、スマホでバレンシアさんに何かを見せているローゼリンデ中尉。

初めはぼーっとその画面を見ていたバレンシアさんだが、途中から目が輝き出す。何かが彼女の琴線に触れてしまったようだ。


「こ、これは……これが、アニメというものなのですか?」

「そうなんですよ!ほら、この魔法少女達がカッコよくて面白くて、戦艦に立ち寄る度に、最新話を手に入れて見てるんですよ!」

「わぁ……こ、こんなものがこの世にあったなんて……私もこれ、もっと見たい……」


おい、魔術師が、魔法少女に興味を持ってしまったぞ。いいのだろうか、そんなことして。彼女らの魔術に、なんらかの悪影響を与えたりしないだろうか?


で、3人で揃って、広場へと向かう。そこにいる哨戒機1号機にたどり着く。と、そこにはエンリケ殿とカルメラさん、それにノエリアさんがいた。


「あれ!?なんでバレンシアが一緒にいるの!?あんた、家に引きこもってたんじゃないの!?」

「ああ、ノエリア……実は食べるものがなくなって、それで……」

「使用人はどうしたの!?」

「うん、今日はいないの……」

「で、どうしてこの2人と一緒に歩いてるのよ!」

「いや、街でばったり会ったから……それで、このローゼリンデさんという方に、アニメというものを教えてくれてね……」

「は?アニメ?何それ?」


それを聞いたローゼリンデ中尉が、早速ノエリアさんにもスマホを見せていた。すると、カルメラさんもそのスマホに興味を持ったようで、4人でわいわいと話をし始めた。それを横目に、エンリケ殿は私に尋ねる。


「で、どうだったんだ、男爵様との会合は?」

「おかげさまで上手くいった。すぐにでも、我々と交渉に入ることになった。」

「そうか……」


こう言ってはなんだが、このエンリケという男、我々のことをあまり信用していないようだ。それが、態度に表れている。


「そうだ、エンリケ殿。一つ尋ねたいことがある。」

「なんだ?」

「昨日から気になっていたのだが、あの魔獣というやつは、一体どこから来るんだ?」


私は、あの魔獣という存在について尋ねてみた。

薄々感じていたのだが、どうみても、あれは普通ではない存在だ。いかに魔術師のいる世界とはいえ、生態系の上に成り立った生き物ではない。存在自体が破壊的過ぎる。そんなものが、とても太古の昔からいるとは思えない。


「我々にも分からない。だが、あれは空と地上の狭間から来ていると言われている。」

「空と地上の狭間?なんだそれは、低空から現れるのか?」

「いや、そういう意味ではない。言い伝えでは、空でも地上でもない場所、そんな場所から突然湧いてくるというのだ。しかし、それを実際に見たものはこの王国にはいない。もちろん私も見たことはない。」


不思議なことを言い出した。空と地上の狭間?どこなんだ、それは?

やはりここは、どこかおかしな星だ。なぜ我が地球(アース)097は、よりによってなぜこんな非常識な星を見つけてしまったのだろうか。

まあ、私は戦史関係のことが聞ければそれでいい。あとは、たいして興味はない。ローゼリンデ中尉は魔力というものに興味津々のようだが、私は別にそれについて知りたいとは思わない。

ただし、魔獣は別だ。安全保障上、懸念すべき問題であるがゆえに、私は魔獣について尋ねた。だが、この星の住人ですらもよく分かっていないようだ。いずれにせよ、なんらかの対策が必要だろう。


にしても、ローゼリンデ中尉と3人の魔術師は、まだ盛り上がってるな。ローゼリンデ中尉にとっては、女子同士の会話を楽しんでいるようだ。

艦内にはほとんど女性士官がいない。我が艦の乗員108名中、女性はたったの5人しかいない。しかも、彼女の趣味に付き合える女性はいないと聞く。まさに中尉にとってここは、地上の楽園だ。


「おい、ローゼリンデ中尉、そろそろ帰投するぞ。」

「えっ?あ、はい!」


すっかり話に夢中で、私のことをすっかり忘れていたな。だが我々はここに遊びにきたわけではない。用が済んだ以上、帰還せねばなるまい。


「ああ、そうだ、エンリケ殿よ。」

「なんだ?」

「一つ言い忘れた。あなたにも伝えておかねばならない。」

「なんだ、その伝えなくてはならないこととは?」

「これより我が艦は、城壁外の西門のそばに着陸することになった。」

「なに、着陸!?あの大きな船が、地上に降りるというのか!?」

「上空に待機していると、燃料消費が多く補給までの間隔が短くなる。そこで男爵殿にお願いして、地上に降りる許可を頂いた。」

「あの船が、地上に降りるというのか?」

「ついでに明日、もう一隻やってくる。」

「もう一隻?何のためだ?」

地球(アース)097より、交渉官殿が派遣されることになった。明日の昼には到着する予定だ。我が艦のそばに降りることになっている。」

「そうなのか……それも、男爵様との話し合いの結果か?」

「そうだ。」


私は、淡々と決定事項をエンリケ殿に伝える。


「それから、明日以降は西門から入ることになる。他の乗員も、王都に訪れることになった。逆に、あなた方を我が艦に招待したいとも思っている。」

「……分かった。では、明日。」


連絡事項を伝えると、我々は哨戒機に乗り込む。


「じゃあ、また明日ね!」

「じゃあな、ローゼリンデ!約束忘れるなよ!」


この短時間で、すっかり仲良くなっていないか?タメ口で別れを告げるローゼリンデ中尉と3人の魔術師。


「なんだ、あの3人と仲良くなったじゃないか。」

「ええ、いい人たちばかりですよ、あの魔術師さん達。私、すっかり気に入っちゃいました!」

「だが、我々は仕事でここにきているんだ。あまり羽目を外すなよ。」

「何言ってるんですか!この星の住人との良好な関係を築くのは、とても大事なことですよ!?」

「いや、そうかもしれないが……」

「副長、考えてみて下さい!私達って、ここの人からどうみられてると思います?」

「どうって……そりゃあ変わった船に乗った訪問者というところか。」

「そんな生易しいもんじゃないですよ!彼らが魔術を駆使してようやく倒していた相手を、あっさりと撃退したんですよ!?そんなおっかない連中が、空の上にいる。いつその矛先がこっちに向けられるかと怯えているんですよ!?分かってますか!?」

「ああ、だからこそ魔術師団の人に、我々のことを触れ回ってもらったのだが……」

「私達は怖くないですよ~って、口頭で言われただけで、はいそうですかと思いますか!?んなわけないでしょう!なればこそ、もっとフレンドリーに、互いを認め合いながら接していかないとダメなんですよ!」

「そ、そうなのか……」

「ったく!副長は戦術や戦略にはお詳しいようですが、人の心というものをもう少し理解して頂かないと。」


ううっ、まったくの正論だ。言われてみれば、私には配慮が足りなかったな。ローゼリンデ中尉のあの魔術師達とのふれ合いは、そこまで考えての行動だったのか?


「えへへ、ノエリアちゃんにはこれでいいかな、ああ、こっちはバレンシアちゃんにぴったりね……」


……いや、そうでもなさそうだな。スマホを眺めながら、妙なことを口走っている。あれは本当に、魔術師相手に楽しんでいるだけだな。

しかし、ローゼリンデ中尉のいうことももっともだな。エンリケ殿も、私のことが計り知れないというようなことを言っていた。彼らが我々をどう見ているかと、もう少し考えて行動するべきだろうな。なにやらスマホを見ながらぶつぶつと呟いているローゼリンデ中尉を見て、私はふと考えた。

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