#39 挙式
半年が過ぎた。
王都の西、宇宙港の街のすぐ外に、宇宙港の街と同様に高い壁で囲われた特殊な場所ができていた。
通称「魔族街」と呼ばれるそこでは、救出された魔族らと魔獣の一部が、我々と共生を模索するために集められ、コミュニティを築いていた。
そこで長を務めるレキアサグは、持ち前の器用さを活かして工芸品を作り、それをこの街のショッピングモールの一角で販売している。
かつて反目しあっていた者たちが、一つのテーブルで食事をし、笑い合っている光景は、今や日常のものとなっていた。
ところで、オーガスタ殿といえば、あの反乱以来、王国辺境の高地に数少ない魔族と、多くの魔獣らとともに住んでいる。
反乱の際の反撃に懲りて、山に引きこもった? そんなわけがない。
彼らは隣国との交易に魔獣を使い、また人々を運ぶ運輸業に従事している。
交易船や自動運転車を使えば事足りるレベルのことだが、敢えて彼らに「仕事」を作った。それがつまり、魔族や魔獣の生きる術となる。
それが功を奏し、そのオーガスタ殿の領地、彼らが「魔帝国」と呼ぶその地に宇宙港が作られた。そこは、全長5000メートルを超える戦艦をも収容可能な巨大ドックを構え、一大軍事拠点となりつつある。
オーガスタ殿が、その街のショッピングモールに通っているのは、言うまでもない。
数を減らした魔族だが、その街で職を得て新たな生活になじみ始めていた。いずれ、魔族と人族の区別など、ほとんどつかない日が来るかもしれない。
地球862の8割の国が、すでに同盟交渉を終えて「連合」側についた。残る2割も、時間の問題だ。
そして、カンタブリア王国に、最初の「艦隊」が誕生する。
艦隊といってもたった10隻だが、「地球862防衛艦隊」と命名され、星域内の哨戒任務に就くことになった。
徐々にではあるが、この星も「宇宙」文化が浸透しつつあった。
そして迎えた今日。
街の中央広場にある教会で、一つの結婚式が執り行われようとしていた。
それはつまり、延び延びになっていた、私とその伴侶とが「夫婦」として正式に宣言を行う場でもある。
抜けるような青空の下、鐘の音が響き渡る。
教会の扉が開き、新郎新婦、つまり私とノエリアが現れた。
純白のウェディングドレスに身を包んだノエリア。
そのデザインは、地球097の最新モードと、王国の伝統的な刺繍技術が融合した特注品だ。
彼女の輝くような笑顔に、参列者たちから歓声が上がる。
その隣には、正装の白い軍服を着た私がいる。
通常の軍服とは違う着慣れない服に、少し気恥ずかしさを感じながらも、私は胸を張っていた。
参列席には、エンリケやカルメラ、バレンシア夫妻、セサル夫妻はもちろん、角を生やしたレキアサグや、とびきり豪奢なドレスを着たオーガスタ殿の姿もある。
さらには、教会の外の広場には、正装(首輪に蝶ネクタイ)をした一角狼のウォーレンや、リボンをつけたヘルハウンドのタバサたちが鎮座し、尻尾を振って祝福してくれている。
艦長のハルトヴェッヘ大佐やローゼリンデ中尉、ロルフ大尉たちも、最前列で拍手を送っている。
そんな彼らに見守られながら、私はノエリアと腕を組み、真紅の絨毯の上を歩く。
「なんというかだな、その……綺麗だぞ、ノエリア」
私は小声で囁いた。
ノエリアは頬を染め、悪戯っぽく笑い返した。
「ふふ、ようやく素直になれた。そういうアードルフも、恰好いいよ」
祭壇の前で、私たちは手を取り合う。
すでに籍は入れているが、こうして皆の前で誓いを立てることは、やはり特別だ。
本来ならばもう少し早くすべきだったが、あまりにいろいろとあり過ぎた。そしてようやく今日、その日を迎えることができた。
やがて、式が執り行われる。
「汝、アードルフはこの者を妻とし、いかなる苦難が起ころうとも、死が互いを分かつまで共に生きることを誓うか?」
神父の問いかけに、私は迷いなく答える。
「誓います。たとえ世界が消えかけようとも、この手だけは離さない、と」
私の言葉に、会場から「ヒュー!」という冷やかしの声が飛ぶ。犯人は間違いなくローゼリンデ中尉だ。
「では、妻であるノエリアよ、そなたもこの者と艱難辛苦を共にし、死が分かつまで支え合うことを誓うか」
「誓うわ。というか、すでに散々な苦難にさらされてきたわけだし、あれ以上のものが訪れれば、の話だけど」
ノエリアがバカ正直に答えると、ドッと笑い声が起こった。神父の顔が少し歪む。
そして、互いの指輪を相手の左手薬指に付ける。当然、今度は意味を分かった上でノエリアの指にそれをはめようとしている。真っ白なその手に、銀色のリングに鋭い輝きを放つダイヤの指輪を、ゆっくりとはめた。
ノエリアも、私の指に銀色のリングをはめる。それが指に収まるその瞬間、私の脳裏にはあの中性子星域でのノエリアの放った魔術の輝きが過った。
それを見届けた人々、いや、魔族と魔獣もいるな、ともかくそれら大勢の種族らが一斉に拍手や雄叫びで賛美の意を表してくれる。
そんな温かな祝福に包まれながら、私はノエリアの顔を覆う薄いベールをまくり上げる。そして、誓いの口づけを交わした。
教会の外に出ると、色とりどりの紙吹雪と、魔術による光の粒が降り注いだ。
空を見上げれば、どこまでも高い青空が広がっている。
その向こうには、無限の宇宙が待っている。
そして、この足元には、大地が広がっている。
かつてはその狭間に異世界が存在したが、その別の世界に生きていた者たちと共に今、集っている。
かつては衝突し、やがて理解し合い、そして手を取り合った結果が、目の前のこの風景だ。
「ねえ、アードルフ」
「なんだ」
「これから、どうする?」
ノエリアが、私の腕に抱きつきながら聞いてくる。
「そうだな。まずは、約束のパフェを食べに行こうか」
「やった! って、ショッピングモールの店じゃだめよ。街外れにできた、あのお店がいいんだから」
「分かっている。それと、新婚旅行の計画も立てないとな」
「えっ、どこ行くの? やっぱり地球097?」
「ちょっと無理だな。遠すぎる。いつかは行きたいが、まずはこの星の体制が整ってからだ」」
私がそう言うのも、理由がある。
つまり、早い話が私はこの星の10隻を率いる「司令官」にされてしまった。今では、地球862防衛艦隊司令官、アードルフ准将だ。わずか半年で、少佐から准将にされてしまったというわけだ。
たった10隻しかいないとはいえ、艦隊司令官という重職だ。となると、長期にわたってこの星を離れるわけには行かない。少なくともあと2、3年は、そういう状況が続くだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、南方の海辺のある街に行かないか?」
「えっ、南!? いいね! そこって確か、澄んだ海の海水浴場があるんだよね! おまけに、南国特有の果物を使ったパフェも!」
「それにだ、いざという時にはその砂浜なら艦艇が着地可能だ。赤道に近いから、大気圏離脱も素早くできて……」
「あのさあ、なんだって挙式の真っ最中だというのに、軍務が頭から離れないわけ?」
「仕方がない、職業病だ」
「まったく、私ってば、なんだってこんな堅物を好きになっちゃったんだろう」
などと言いながらも、私の腕にしがみつくノエリア。こういう言動不一致は、彼女にはよくあることだ。
そして、複雑で、厄介で、強大な魔力を持ち、けれど愛おしい、この妻とともにこのあと、南の地に向かうことになった。
私とノエリアの、新たな生活が始まる。
ブーケトスで宙を舞った花束を、なぜか一角狼のウォーレンが見事にキャッチしてしまったのを見て、私たちはまた笑い合った。お前、狼の本能がつい出てしまったんだろう。意味分かってないな。
これにて、この華やかな宴も終わり。
……いや、むしろこれは新たな騒動の幕開けかもしれないが、私はそれほど悲観していない。
なんせ私の隣には、ちょっとやかましくて最強の魔術師な、最愛のパートナーがいるのだから。
(完)




