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#38 雷光突破

「全艦、最大戦速! 撃ち方やめ、バリアを展開したまま突入に集中! 敵陣中央を突破せよ!」


 私の無茶な命令に、艦隊は即座に従った。従わざるを得ない、といった方が正しいかな。ともかく10隻の駆逐艦は、矢のように一塊となり、30隻の敵艦隊のど真ん中へと突っ込んでいく。

 それは、一歩間違えれば死地への突撃であり、同時に唯一の活路への助走でもあった。


「被弾! バリア減少率15パーセント!」

「構わん! 進路そのまま! 増速しつつかわす!」


 敵の砲火が雨あられと降り注ぐ。艦が激しく揺れ、悲鳴のような音が響く。正面のモニターには、敵艦隊の艦影が映る。

 通常通り戦っていれば、損害は免れない。が、敵の予想を遥かに超える速度で突っ込むことで、かえって命中率は落ちる。数発の直撃をどうにかバリアシステムで弾いた我々はついに最高速力に到達し、そのまま30万キロ離れていた敵艦隊30隻へと肉薄する。


「ノエリア、準備はいいか!」


 私は艦橋から、上部甲板へのエアロックに待機しているノエリアに通信を送った。


『……もう、信じらんない! 本当に、こんなごつい服を着たまま外に出ろっていうの!?』


 通信機から、ノエリアの悲鳴に近い抗議が聞こえる。

 無理もない。生身の人間が、船外服を着たままとはいえ宇宙空間での艦隊戦の只中に外へ出るなど、正気の沙汰ではない。

 だが、敵を突破した後、敵の追撃を逃れるためには、ノエリアのあの魔術が必要だ。理論上は、可能なはずだ。


「ロルフ大尉、スーツの状態は?」

『問題ありませんよ。機密性、温度調整ともに正常。特注の杖も持たせました。いつでも彼女は出撃可能です』

「ではノエリア、お前は今、この宙域で最強の魔術を持つ存在だ。すれ違いざまの一瞬のタイミングで、その力を行使しろ」

『分かってるわよ! にしてもさ、もうちょっと言い方があるんじゃない?』

「そうだったな。ノエリア、頼みにしている。頑張れ」

『……まあいいわ、今日はそれくらいで勘弁してあげる。にしても、もうちょっと……んなことより、ちゃんと打つタイミングを間違えず教えてよね!』


 マイク越しに、エアロックが開く音がした。ノエリアは船外服に身を包み、艦の上部甲板へと躍り出た。

 彼女の視界には、満天の星々と、迫り来る敵艦隊の砲火、そして眼下に輝く青白い中性子星が映っているはずだ。


「敵艦隊との距離、あと1万! 30秒後に、敵陣中央に到達します!」


 相手もこちらの無謀な突撃に動揺しているのか、陣形が乱れ始めている。だが、砲撃は続く。その火力は、依然として脅威だ。

 ここで敵の「目」を封じなければ、今度は我々が追われる側になる。

 その目を封じるための技を、ノエリアは持っている。


「今だ! ノエリア、頼む!」


 私は祈るように叫んだ。


『見てなさいよ、連盟のへっぽこども! これが上級魔術師ノエリア様の力よ!』


 ノエリアの声が響く。

 彼女は真空の宇宙で、杖を高く掲げた。


『……我が雷神の精霊よ……我が前に、空を切り裂く(いかずち)を顕現し、邪悪なる者を灰塵と化せ!出でよ、橙黄雷電槍(アムヴァーサンダーランス)!』


 琥珀色の雷光が、彼女を中心に渦を巻いた。

 その輝きは、後方で光る中性子星にも劣らないほど強烈なものとなり、漆黒の宇宙を照らし出す。

 彼女が杖を振り下ろした瞬間、宇宙空間に網の目のような雷光が奔った。

 それは物理的な破壊力というより、電磁パルスとなって敵艦隊を襲う。

 ノエリアの雷魔術は、いつも以上の魔力が込められている。今回用いた杖には、ロルフ大尉により効率的に魔力の元、すなわち周囲のエーテルが集められるよう細工されている。

 その分、ノエリアにとっては大きな負担になるが、効果は絶大だ。

 そのノエリアの放った雷魔術は、ちょうど横切った敵艦隊に散らばる。それがセンサー類を麻痺させて、一時的だが敵の「目」を眩ませる。


 真空ゆえに音はないはずだが、なぜかバリバリと鼓膜に幻聴のような轟音を響かせた。

 すれ違いざまの至近距離で、規格外の雷撃を浴びせられた連盟軍の艦艇。

 その敵船体表面に電光が走り、センサー類が麻痺し始めた。

 それが証拠に、敵艦隊の砲撃が止んだ。


「敵艦隊、沈黙! 成功した模様!」

「やったか……進路そのまま! 敵の『目』が復活する前に、全速のまま大きく迂回、中性子星めがけてスイングバイする」


 艦橋に歓声が上がる。

 ノエリアの一撃は、一時的ながらも30隻の艦隊の「目」を瞬時にして無力化したのだ。


「それからロルフ大尉よ、ノエリアの回収を急げ!」

『もうやってますよ、少佐殿』


 敵陣の中央を突破した我々は、中性子星の重力を使って急旋回し、そのままその巨星めがけて突入を開始する。


『収容完了! エアロック閉鎖!』


 ふらふらになりながら艦内に戻ってきたノエリアを、カルメラたちが抱きかかえる映像がサブモニターに映る。それに応えるノエリアの姿が見える。よかった、無事だった。


「全艦さらに加速! 中性子星重力の脱出速度に到達!」

「そのまま中性子星を迂回しつつさらにスイングバイで増速、敵を振り切り、我々の支配域へ向かうぞ」


 混乱する敵艦隊と、死の星を尻目に、我々は加速しつつそのまま空間の彼方へと飛び去った。

 レーダーから、敵の艦隊が消失する。中性子星が陰になって、あちらを捉えられない。が、逆に言えば、あちらもこちらを捉えられないということだ。今ごろは、復活したセンサー類で我々を探している頃だろうが、いるはずの我々を捉えられずにいることだろう。


 それから数十分かけて航路上のワームホール帯に入る。ワープで中性子星域を抜けると、私は大きく息を吐いてシートに背中を預けた。

 全身が汗でびっしょりだ。

 艦長も、帽子を脱いで額の汗を拭っている。


「……寿命が縮んだぞ、副長」

「同感です。が、むしろ寿命は延びましたよ」

「ああ、そうとも言えるな。にしても、君の奥さんの雷撃には本当に驚かされたよ」


 艦長が苦笑する。私は副長席を立ち上がった。


「ノエリアの様子を見てきます」

「行ってやれ。今回の最大の功労者だからな、ちゃんとねぎらうんだぞ」


 私は艦長に敬礼すると、医務室へと急いだ。

 そこには、ベッドに横たわるノエリアと、心配そうに見守るエンリケたちの姿があった。


「アードルフ……」


 私に気づいたノエリアが、弱々しく微笑む。

 顔色は少し青白いが、意識はしっかりしているようだ。


「無茶をさせたな。大丈夫か?」

「うん……ちょっと魔力を使いすぎただけ。でも、すごかったでしょ? 私の一撃」

「ああ、凄まじかった。あんな雷、見たことがない。お前のおかげで、全員助かったんだ」


 私は彼女の手を握り、感謝の言葉を伝えた。

 ノエリアは嬉しそうに目を細め、そしてふと思い出したように言った。


「ねえ、アードルフ。帰ったら、ご褒美ちょうだいね」

「ああ、なんだ? またドレスか? それとも宝石か?」

「ううん。……特大のパフェ。フルーツがいっぱい乗ってるやつ」

「そんなものでいいのか? お前、今回で最大の功労者だぞ」

「そんなものがいいのよ。オーガスタちゃんやカルメラ、ローゼリンデちゃん、それに、あんたと一緒に食べるの」


 彼女らしい要求に、私は思わず吹き出してしまった。

 周囲にいたエンリケやカルメラ、それにオーガスタ殿も、つられて笑い出す。

 死地を脱した安堵感が、狭い医務室に広がっていった。


 それから三日後。

 我々はボロボロになりながらも、王都サンタンデールの上空へと帰還した。

 艦体はあちこちが焦げ付き、装甲には無数の傷が刻まれている。

 だが、10隻全てが帰ってきた。


 王都の上空にあった巨大な亀裂は、すでに消滅していた。フォルトンは完全に消滅してしまったが、幸いにもこちらの世界へ影響を及ぼすことはほとんどなかった。消滅時に、一瞬だけ強烈な爆風が吹き荒れたというが、3人の怪我人が出た程度だったという。

 こうして青空を取り戻した王都に、我々の艦隊がゆっくりと降下していく。


 宇宙港には、多くの人々が出迎えに来ていた。

 留守を守っていた軍人や街の住民たち。それだけではない、魔獣たちの(おさ)までもが集まっていた。よくまあ、ここへの入構を許可されたものだ。

 ハッチが開き、スロープが降りる。最初に降り立ったのは、救出された30名の魔族たちと、彼らを導いたレキアサグ、そしてオーガスタ殿だった。

 それを見た魔獣の(おさ)たちが、一斉に吠える。周辺住人は驚くが、そんな魔獣たちに手を振りながらオーガスタ殿が叫ぶ。


(わらわ)は無事に戻ったぞ!」


 あまり騒がないでほしいな。つい先日、自身がやったことを思えばあまり刺激的なことはしない方がいいんじゃないか。そう思う私だったが、そんな私に、あの魔族のリーダーが話しかけてくる。


「アードルフ殿」


 レキアサグが、深々と頭を下げる。そして、こう告げた。


「我らは、人族を見下していた。が、それが誤りであったと、強く実感した。なにせ貴殿がいなかったなら、我ら魔族の血筋は途絶えていただろうから」


 そう言って指差した先には、魔族の子供たちが親や仲間に抱きつき、帰還を喜んでいる。

 その光景を見て、エンリケが静かに私の隣に立った。


「……悪くない結末だな」

「ああ、そうだな」

「他人事のように言うが、お前の成したことだぞ」

「まさか。エンリケたち王国魔術師隊にオーガスタ殿、それに我が小隊がやったこと。私はただ、口を出しただけだ」

「その口とやらがなければ、今ごろはこんな光景、見ることはなかっただろうがな」


 かつては敵同士だった魔族と人間が、こうして集い、皆の帰還に歓喜している。

 そう思えば、私のあの無茶な作戦は、決して無駄ではなかった。


「しかし、これからが大変だぞ。彼らの住処も用意せねばならんし、食糧も必要だ。当然だが、その分働いてもらわねばならないだろう」

「分かっている。だが、エンリケよ。我々はもう広大な宇宙を相手にしている。あの程度の魔獣や魔族の働き口など、いくらでも作れるだろう」

「なんとまあ……楽天的なやつめ」


 エンリケは鼻を鳴らしたが、その口元は緩んでいた。

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