#37 崩壊世界
轟音と暴風が支配する世界で、私たちは対峙していた。
崩れゆく岩山の上、必死の形相で結界を張っていた魔族の男、レキアサグ。
彼の手から放たれようとしていた攻撃魔法の光は、オーガスタ殿の一喝によって霧散した。
『レキアサグ! 早まるでない! その者たちは敵ではない!』
拡声器を通した王の声が、暴風を裂いて届く。
レキアサグは驚愕に目を見開き、我々の背後――巨大な質量を持って岩肌に食らいついている駆逐艦2130号艦を見上げた。
そして、防護スーツを着たオーガスタ殿が、私の隣に進み出る。
「オーガスタ様、な、なぜここに……人族と共にいるのです?」
「助けに来たのじゃ! この世界はもう終わる。生き残った者たちを残らず連れて、向こうの世界へ共に逃げるのじゃ!」
レキアサグは困惑し、視線を彷徨わせた。
無理もない。これまで見下していた人族が、見たこともない巨大な石造りのような船に乗って現れ、救助を申し出ているのだ。理解が追いつかないのは当然だろう。
だが、時間は待ってくれない。
ズズズン……足元の地殻が、崩れ始める。視界の端で、集落の端にあった石造りの倉庫がバラバラに舞い上がり、そのまま虚無の闇へと吸い込まれて消滅した。
「議論している時間はない! とにかく、飛び乗れ! 話はそれからだ!」
私はヘルメットのバイザー越しに叫んだ。
「我々は地球097遠征艦隊、駆逐艦2130号艦の副長、アードルフ少佐だ。貴殿らの王、オーガスタ殿の要請により救援に来た。生き残りは何人だ! 動けない者はいるか!?」
私の剣幕に押されたのか、あるいは足元の崩壊に死を悟ったのか、レキアサグは杖を下ろして叫び返した。
「……全部で30人だ。この広場にいる者たちと、あそこの集会所に怪我人が数名……だが!」
彼は悲痛な表情で、集落の奥にある洞窟を指差した。
「子供たちが、逃げ遅れた子供たちが5人、あの洞窟の奥に取り残されている。岩崩れで入り口が塞がれ、私の魔力では退かすことができなかった……!」
「なんだと……!?」
洞窟がある岩壁は、今にも崩落しそうなほど亀裂が走っている。虚無への侵食が最も進んでいるエリアだ。
「よし、状況は把握した! 手分けするぞ!」
私は即座に通信機で指示を飛ばした。
「エンリケ、カルメラ! 魔術師隊は広場の避難民を誘導し、駆逐艦へ収容してくれ! 怪我人の搬送には哨戒機を使う!」
『了解した! おい、魔術師隊! もたもたするな、結界を展開しつつ移動だ! 我ら王国魔術師の底力を見せてやれ!』
エンリケ殿の檄が飛ぶ。
王国魔術師隊の面々が、杖を掲げて広場へと散らばっていく。風除けの結界を展開し、怯える魔族の老人や女性たちを誘導する。
かつては敵同士だった両者が、生き残るために手を取り合う姿。それは、この極限状況における唯一の希望の光景だった。
「ヨーゼフ大尉! 重機隊は集会所の瓦礫を撤去し、中にいる者を救出せよ!」
『了! 岩の破砕なら任せてください!』
人型重機が唸りを上げ、崩れた岩石に削岩機を当てる。
元々、人型重機とは断崖絶壁の岩を共鳴破砕し、その岩石を調査、採取するために開発されたようなものだ。それを軍用に武装したのが、我が艦に搭載されている。
だから、左腕にはその岩石の共鳴数を割り出し、破砕する機械が備わっている。
『共鳴数、解析! 破砕、開始!』
やがて、洞窟の入り口が開かれる。
そして、私はノエリアと、共に哨戒機に乗り込んだレキアサグに向き直った。
「我々は子供たちを助けに行く。レキアサグ、案内しろ!」
「し、しかし、あそこはもう……!」
「諦めるな! 諦めたら、そこで終わりだろう!」
私は躊躇するレキアサグの背中を叩き、走り出した。
ノエリアも杖を握りしめ、私の後に続く。
「行くわよ、レキアサグ! あんたの王が待ってるんだから、意地を見せなさい!」
洞窟の入り口は、巨大な岩によって完全に塞がれていた。
さらに悪いことに、洞窟のある岩山自体が、虚無の引力によって徐々に傾き始めている。
足元からは、ガラスが割れるようなピキピキという音が絶えず響き、空間そのものが悲鳴を上げているようだった。
「ここだ! この奥に子供たちが!」
レキアサグが岩を叩く。大人が数人がかりでも動かせそうにない巨岩だ。
「どいてろ! 爆破する!」
私は腰の剣銃を取り出そうとした。その目盛りを、目一杯上げる。
だが、ノエリアがそれを制した。
「ダメよアードルフ! こんな不安定な場所で爆発なんかさせたら、洞窟ごと崩れちゃうかも!」
「確かにそうだが、他に方法がない。どうする?」
「私に任せて」
ノエリアは前に進み出ると、懐から私が持たせた避雷針付き指示棒を取り出す。
シュッと先端を伸ばし、岩の隙間――最も脆そうな亀裂に突き刺す。
「レキアサグ! 中の子供たちに聞こえるように叫んで! 『壁から離れろ』って!」
「わ、分かった! おい、みんな! 壁から離れろ! 入り口を開けるぞ!」
中から、微かに子供たちの返事が聞こえた気がした。
ノエリアは深く息を吸い、杖を構えた。
「……我が雷神の精霊よ……。破壊ではなく、穿つ力を我に貸したまえ!」
彼女の杖に、琥珀色の魔力が集束する。
だが、いつものような荒れ狂う稲妻ではない。細く、鋭く、針のように研ぎ澄まされた光だ。
「貫け! 穿孔雷撃!」
バチッと放たれた雷撃は、指示棒という避雷針に吸い込まれ、岩の亀裂内部を一瞬で超高温に加熱した。
岩盤の内側で急激な膨張が起こる。パンッ! という乾いた音と共に、巨岩が綺麗に割れ、崩れ落ちた。
爆風も振動も最小限。見事なコントロールだ。
「すごい……これが、人族の魔術か……」
レキアサグが呆気にとられている。
私はニヤリと笑い、ノエリアの肩を抱いた。
「どうだ、私の妻は優秀だろう」
「もう! 惚気はあとにして! 急ぐわよ!」
開いた穴から中へ飛び込む。洞窟の奥、震えながら身を寄せ合っている5人の子供たちがいた。
頭に小さな角が生えている子、背中に翼がある子。種族は様々だが、皆、恐怖に瞳を潤ませている。
「大丈夫か! 助けに来たぞ!」
「レキアサグ様!」
子供たちが泣きながら駆け寄ってくる。レキアサグは彼らを抱きしめ、そして私の方を見た。その目からは先ほどまでの敵意や不信はなくなり、信頼するまなざしに変わっていた。
「感謝する、アードルフ殿」
「礼は、ここから脱出してからだ。走るぞ!」
私は一番小さな子供を抱き上げ、出口へと走った。
レキアサグとノエリアもそれぞれ子供を抱え、あるいは手を引いて後に続く。
洞窟を飛び出した瞬間だった。
ゴゴゴゴゴと、背後で洞窟のあった岩山が音を立てて崩れ落ちた。
そのまま、赤黒い虚無の渦へと飲み込まれ、跡形もなく消滅する。
間一髪だった。
「急げ! 艦へ戻る!」
暴風の中を駆け抜け、我々は哨戒機のハッチへと滑り込んだ。
艦に戻ると、格納庫は避難してきた魔族たちでごった返していた。
廊下に座り込む者、安堵して泣き出す者、物珍しそうに艦内の設備を見回す者。
衛生兵やクルーたちが、彼らに毛布や温かいスープを配って回っている。
「生き残り全員、収容完了!」
格納庫の責任者が叫ぶと同時に、ハッチが閉鎖された。
私は息を切らせながら艦橋へ駆け上がった。
「状況は!?」
「最悪だ、副長!」
艦長が、険しい顔でモニターを指差した。外部カメラの映像には、この世の終わりが映し出されていた。
我々が接舷していた岩山だけでなく、周囲の空間そのものが歪み、収縮している。
空の裂け目はさらに広がり、そこから覗く「無」の領域が、世界を侵食していた。
「固定アンカー、強制排除! 最大戦速で離脱する!」
艦長の号令で、爆砕ボルトが作動。ワイヤーが切り離される。
自由になった艦体は、重力子エンジンを全開にして上昇を始めた。
僚艦の9隻も同様に、避難民を収容して離脱にかかる。
「重力震、臨界突破! 空間崩壊まで、推定あと30秒!」
「全速前進! 振り切れ!」
艦が軋みを上げる。
後ろを見れば、つい先ほどまで我々がいた場所が、すでに虚無に飲み込まれて消えていた。
世界が、後ろから消しゴムで消されていくようだ。
「出口の亀裂へ向かえ! 座標設定!」
だが、航海長からの悲鳴のような報告が上がった。
「ダメです! 入り口の座標がズレています! 空間の歪みが激しすぎて、元の場所へ繋がっていません!」
「なんだと!?」
入ってきた時の亀裂は、すでに嵐にかき消され、形を変えていた。
あそこへ突っ込んでも、王都の上空に出られる保証はない。下手をすれば、次元の狭間に永遠に閉じ込められるか、岩盤の中に実体化して圧死するかだ。
「逃げ場なし、か……!」
エンリケがつぶやく。艦橋の空気は、絶望に染まりかけた。だが、私は諦めない。
私の隣にはノエリアがいる。守るべき人々がいる。そう簡単に、ここで終わるわけにはいかない。
と、その時だ、私はふと、別の亀裂が目に映る。
あれは以前、宇宙に放り出されたそれと同じもの。現に、周囲の砂塵を吸い込んでいる。「虚無」のそれとは、挙動が違う。
それを見た私は、艦長にこう具申する。
「艦長、提案があります」
「聞こうか」
「11時方向に、未知の亀裂が見えます。挙動から推測するに、宇宙空間につながっているようです。このままここにいれば100%、我々は死にます。ならば、座標不明でも構わない、わずかな望みをかけて、この閉鎖空間の外へ飛び出すしかありません」
前回は、この星の外周に飛び出した。今度も同じとは、限らない。
つまり、どこに出るか分からない。ブラックホールの近傍中かもしれないし、何もない虚空かもしれない。
だが、座して死を待つよりはマシだ。
「……確率は?」
「生存確率は五分五分。ですが、ここに留まるよりははるかに高い確率です」
「よろしい。貴官の運に賭けよう」
艦長は即断した。
「全艦に通達! これよりあの亀裂に突入する! 総員、衝撃に備えよ!」
警報音が鳴り響く。
私はノエリアの手を握りしめ、シートベルトを締めた。ノエリアも、震える手で私の手を握り返してくる。
「大丈夫だ。必ず帰れる」
「うん……信じてる」
モニターの中で、虚無の壁が目前に迫る。
世界が闇に覆われる、その寸前。
「両舷前進一杯!」
視界が白光に包まれた。身体が引き伸ばされるような感覚。意識が遠のく中、私は強く念じた。
どうにか、生き延びさせてくれ。
……光が収まり、感覚が戻ってくる。艦の振動は収まっていた。
にしても、静かだ。
恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた計器類の明かりがあった。
「……生きてるか?」
「う、うん……なんとかなったみたい」
隣でノエリアが安堵の息をつく。
エンリケたちも、青い顔をしながらも無事なようだ。
そして私は、窓の外を見る。そこには、星が無数に輝いている。
つまりここは、宇宙空間だということは分かった。
「状況報告。周囲の星図を照合し、現在位置を特定せよ」
艦長の声が飛ぶ。オペレーターたちが慌ただしく。
「現在位置確認中、周囲に障害物なし。大気圧ゼロ。宇宙空間です」
モニターに外部映像が映し出される。そこは、満天の星々が輝く宇宙だった。
つまり、崩壊する世界からの脱出は成功したのだ。
「やったか……!」
艦橋に歓声が上がろうとした、その時だった。
「高重力源探知! 距離5億キロ!」
「なんだ!?」
レーダー手が叫ぶ。
モニターの端に、青白く輝く極小の星が映っていた。
小さいが、凄まじいエネルギーを放っている。
「スペクトル解析……これは、中性子星です!」
「中性子星だと!?」
中性子星。
巨大な恒星が最期を迎えて爆発した後、その中心核が極限まで圧縮されて残った星の死骸だ。
直径はわずか数十キロだが、その質量は太陽の数百倍にも匹敵する。
が、逆に言えばそこは、宇宙の交差点。ワープに用いるワームホール帯が無数に存在する場所。どこの中性子星か分かれば、帰る道はおのずと得られる。
「星図解析、まだか? この場所を特定し、帰還経路を割り出すぞ」
「はっ!」
短時間だが、いら立つ。なかなか場所の特定に至らない。そんな中、ようやく観測員の一人が場所を特定する。
「現在地、特定! 第12214中性子星、すなわち、地球862への航路上の中性子星域です」
場所の特定ができた。しかも思ったより遠くに飛んでいるわけではない。私は、安堵する。
しかしだ、不運はそれだけではなかった。安堵するのは、いささか早すぎた。
最悪の報告が、通信士から上がる。
「レーダーに感! 艦影30、距離、35万キロ!」
「なんだと!? 味方か」
「光学観測、艦色視認、赤褐色! あれは連盟軍の艦隊です!」
艦橋が、一気に凍りついた。
よりにもよって、我々がワープアウトした場所には連盟軍の哨戒部隊がいた。しかも、相手はこちらの3倍の30隻の艦隊ときた。
対する我々は、避難民を抱えた駆逐艦10隻。艦内には多数の魔族を抱えている。
しかも、その30隻は我々を捉え、こちらに急行しつつあるとのことだ。
「連盟艦隊、こちらに向かってきます! 急速接近中、あと1分で、射程圏内!」
なんてことだ、一難去ってまた一難。今日はついてない。
「なんてことだ、今日はとことん、運とやらに見放されたものだな」
エンリケが、乾いた笑いを漏らしつつ、言った。
「敵艦隊、まもなく距離30万キロ! 砲撃、来ます!」
モニターの中で、赤い光点が無数に輝き始めた。
敵のはっするエネルギー波だ。
「艦内哨戒、第一配備! 各員、砲撃準備!」
艦長の叫びと共に、無数の青白い光の筋が通り過ぎる。敵の第一射が、我が艦隊に届いたのだ。
いきなり初弾で当たることはない。が、第2、第3射ともなるとそうはいくまい。
「アードルフ……どうするの?」
ノエリアが、縋るように私を見る。私は冷や汗を拭いつつも、戦術マップを睨みつけた。
もはや、逃げ場はない。
後方には中性子星。前方には敵の艦隊。前門の虎、後門の狼。どちらに向かえど、いばらの道だ。
かといって、ワープすべきワームホール帯は近くに存在しない。まともに戦えば、何隻かは沈む。しかしどの艦にも、魔族らが乗っている。となれば、一隻たりとも失うわけにはいかない。
無傷で、この場を生き延びる手を考えなければならないとは……ただでさえ虚無に飲み込まれそうになったばかりだというのに、今度は宿敵に飲まれようとしている。
と、そんな極限状態の中、生き残る道が一つだけ思い浮かぶ。
それは、狂気とも言える作戦だ。
「……艦長、突入しましょう」
「は?」
艦長は、驚いたように私を見た。ノエリアも、その空気を察したようだ。
「敵艦隊の中央を強行突破します。そのまま中性子星方向に向かい、その重力を利用してスイングバイ、加速して敵陣を突き抜けます。それならば、敵を振り切れます」
「待て、無謀すぎるだろう。敵だって砲撃を加えてくるし、中央を突破できたとしても、追われるのが関の山だ」
「いえ、高速に移動する物体ならば、砲撃は当てられません。このまま、バリアを展開したまま高速移動、敵陣突破します」
「だが、その後はどうする? 反転し追いつかれるのがオチだぞ」
「いい目くらましの、良い方法があります」
そう言いながら、私はノエリアの方を見る。
「……何よ」
「ノエリアの魔術を、使わせてもらう」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってよ、どういうこと!?」
だが、私は確信していた。常識的な判断では、ここで死ぬだけだ。
非常識な状況には、非常識な作戦で挑むしかない。
「大丈夫です。彼女の力ならば、必ずやこの難局を打開できます」
私はノエリアを見て、ニヤリと笑った。
「……分かった。もうこうなったら、とことん副長に任せよう」
それを聞いた私はマイクを掴み、全艦に号令する。
「全艦に通達! これより本艦隊は、敵中突破を敢行する! 死にたくなければ、私の指示に従え、以上だ!」
直後、駆逐艦2130号艦が、最大戦速で加速を始めた。
目指すは、30隻の敵艦ひしめく、そのど真ん中。
我々の、生き残りを賭けた戦いが始まった。




