表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/39

#37 崩壊世界

 轟音と暴風が支配する世界で、私たちは対峙していた。

 崩れゆく岩山の上、必死の形相で結界を張っていた魔族の男、レキアサグ。

 彼の手から放たれようとしていた攻撃魔法の光は、オーガスタ殿の一喝によって霧散した。


『レキアサグ! 早まるでない! その者たちは敵ではない!』


 拡声器を通した王の声が、暴風を裂いて届く。

 レキアサグは驚愕に目を見開き、我々の背後――巨大な質量を持って岩肌に食らいついている駆逐艦2130号艦を見上げた。

 そして、防護スーツを着たオーガスタ殿が、私の隣に進み出る。


「オーガスタ様、な、なぜここに……人族と共にいるのです?」

「助けに来たのじゃ! この世界はもう終わる。生き残った者たちを残らず連れて、向こうの世界へ共に逃げるのじゃ!」


 レキアサグは困惑し、視線を彷徨わせた。

 無理もない。これまで見下していた人族が、見たこともない巨大な石造りのような船に乗って現れ、救助を申し出ているのだ。理解が追いつかないのは当然だろう。

 だが、時間は待ってくれない。

 ズズズン……足元の地殻が、崩れ始める。視界の端で、集落の端にあった石造りの倉庫がバラバラに舞い上がり、そのまま虚無の闇へと吸い込まれて消滅した。


「議論している時間はない! とにかく、飛び乗れ! 話はそれからだ!」


 私はヘルメットのバイザー越しに叫んだ。


「我々は地球(アース)097遠征艦隊、駆逐艦2130号艦の副長、アードルフ少佐だ。貴殿らの王、オーガスタ殿の要請により救援に来た。生き残りは何人だ! 動けない者はいるか!?」


 私の剣幕に押されたのか、あるいは足元の崩壊に死を悟ったのか、レキアサグは杖を下ろして叫び返した。


「……全部で30人だ。この広場にいる者たちと、あそこの集会所に怪我人が数名……だが!」


 彼は悲痛な表情で、集落の奥にある洞窟を指差した。


「子供たちが、逃げ遅れた子供たちが5人、あの洞窟の奥に取り残されている。岩崩れで入り口が塞がれ、私の魔力では退かすことができなかった……!」

「なんだと……!?」


 洞窟がある岩壁は、今にも崩落しそうなほど亀裂が走っている。虚無への侵食が最も進んでいるエリアだ。


「よし、状況は把握した! 手分けするぞ!」


 私は即座に通信機で指示を飛ばした。


「エンリケ、カルメラ! 魔術師隊は広場の避難民を誘導し、駆逐艦へ収容してくれ! 怪我人の搬送には哨戒機を使う!」

『了解した! おい、魔術師隊! もたもたするな、結界を展開しつつ移動だ! 我ら王国魔術師の底力を見せてやれ!』


 エンリケ殿の檄が飛ぶ。

 王国魔術師隊の面々が、杖を掲げて広場へと散らばっていく。風除けの結界を展開し、怯える魔族の老人や女性たちを誘導する。

 かつては敵同士だった両者が、生き残るために手を取り合う姿。それは、この極限状況における唯一の希望の光景だった。


「ヨーゼフ大尉! 重機隊は集会所の瓦礫を撤去し、中にいる者を救出せよ!」

『了! 岩の破砕なら任せてください!』


 人型重機が唸りを上げ、崩れた岩石に削岩機を当てる。

 元々、人型重機とは断崖絶壁の岩を共鳴破砕し、その岩石を調査、採取するために開発されたようなものだ。それを軍用に武装したのが、我が艦に搭載されている。

 だから、左腕にはその岩石の共鳴数を割り出し、破砕する機械が備わっている。


『共鳴数、解析! 破砕、開始!』


 やがて、洞窟の入り口が開かれる。

 そして、私はノエリアと、共に哨戒機に乗り込んだレキアサグに向き直った。


「我々は子供たちを助けに行く。レキアサグ、案内しろ!」

「し、しかし、あそこはもう……!」

「諦めるな! 諦めたら、そこで終わりだろう!」


 私は躊躇するレキアサグの背中を叩き、走り出した。

 ノエリアも杖を握りしめ、私の後に続く。


「行くわよ、レキアサグ! あんたの王が待ってるんだから、意地を見せなさい!」


 洞窟の入り口は、巨大な岩によって完全に塞がれていた。

 さらに悪いことに、洞窟のある岩山自体が、虚無の引力によって徐々に傾き始めている。

 足元からは、ガラスが割れるようなピキピキという音が絶えず響き、空間そのものが悲鳴を上げているようだった。


「ここだ! この奥に子供たちが!」


 レキアサグが岩を叩く。大人が数人がかりでも動かせそうにない巨岩だ。


「どいてろ! 爆破する!」


 私は腰の剣銃を取り出そうとした。その目盛りを、目一杯上げる。

 だが、ノエリアがそれを制した。


「ダメよアードルフ! こんな不安定な場所で爆発なんかさせたら、洞窟ごと崩れちゃうかも!」

「確かにそうだが、他に方法がない。どうする?」

「私に任せて」


 ノエリアは前に進み出ると、懐から私が持たせた避雷針付き指示棒を取り出す。

 シュッと先端を伸ばし、岩の隙間――最も脆そうな亀裂に突き刺す。


「レキアサグ! 中の子供たちに聞こえるように叫んで! 『壁から離れろ』って!」

「わ、分かった! おい、みんな! 壁から離れろ! 入り口を開けるぞ!」


 中から、微かに子供たちの返事が聞こえた気がした。

 ノエリアは深く息を吸い、杖を構えた。


「……我が雷神の精霊よ……。破壊ではなく、穿(うが)つ力を我に貸したまえ!」


 彼女の杖に、琥珀色の魔力が集束する。

 だが、いつものような荒れ狂う稲妻ではない。細く、鋭く、針のように研ぎ澄まされた光だ。


「貫け! 穿孔雷撃(ドリル・ライトニング)!」


 バチッと放たれた雷撃は、指示棒という避雷針に吸い込まれ、岩の亀裂内部を一瞬で超高温に加熱した。

 岩盤の内側で急激な膨張が起こる。パンッ! という乾いた音と共に、巨岩が綺麗に割れ、崩れ落ちた。

 爆風も振動も最小限。見事なコントロールだ。


「すごい……これが、人族の魔術か……」


 レキアサグが呆気にとられている。

 私はニヤリと笑い、ノエリアの肩を抱いた。


「どうだ、私の妻は優秀だろう」

「もう! 惚気はあとにして! 急ぐわよ!」


 開いた穴から中へ飛び込む。洞窟の奥、震えながら身を寄せ合っている5人の子供たちがいた。

 頭に小さな角が生えている子、背中に翼がある子。種族は様々だが、皆、恐怖に瞳を潤ませている。


「大丈夫か! 助けに来たぞ!」

「レキアサグ様!」


 子供たちが泣きながら駆け寄ってくる。レキアサグは彼らを抱きしめ、そして私の方を見た。その目からは先ほどまでの敵意や不信はなくなり、信頼するまなざしに変わっていた。


「感謝する、アードルフ殿」

「礼は、ここから脱出してからだ。走るぞ!」


 私は一番小さな子供を抱き上げ、出口へと走った。

 レキアサグとノエリアもそれぞれ子供を抱え、あるいは手を引いて後に続く。


 洞窟を飛び出した瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴと、背後で洞窟のあった岩山が音を立てて崩れ落ちた。

 そのまま、赤黒い虚無の渦へと飲み込まれ、跡形もなく消滅する。

 間一髪だった。


「急げ! 艦へ戻る!」


 暴風の中を駆け抜け、我々は哨戒機のハッチへと滑り込んだ。


 艦に戻ると、格納庫は避難してきた魔族たちでごった返していた。

 廊下に座り込む者、安堵して泣き出す者、物珍しそうに艦内の設備を見回す者。

 衛生兵やクルーたちが、彼らに毛布や温かいスープを配って回っている。


「生き残り全員、収容完了!」


 格納庫の責任者が叫ぶと同時に、ハッチが閉鎖された。

 私は息を切らせながら艦橋へ駆け上がった。


「状況は!?」

「最悪だ、副長!」


 艦長が、険しい顔でモニターを指差した。外部カメラの映像には、この世の終わりが映し出されていた。

 我々が接舷していた岩山だけでなく、周囲の空間そのものが歪み、収縮している。

 空の裂け目はさらに広がり、そこから覗く「無」の領域が、世界を侵食していた。


「固定アンカー、強制排除! 最大戦速で離脱する!」


 艦長の号令で、爆砕ボルトが作動。ワイヤーが切り離される。

 自由になった艦体は、重力子エンジンを全開にして上昇を始めた。

 僚艦の9隻も同様に、避難民を収容して離脱にかかる。


「重力震、臨界突破! 空間崩壊まで、推定あと30秒!」

「全速前進! 振り切れ!」


 艦が軋みを上げる。

 後ろを見れば、つい先ほどまで我々がいた場所が、すでに虚無に飲み込まれて消えていた。

 世界が、後ろから消しゴムで消されていくようだ。


「出口の亀裂へ向かえ! 座標設定!」


 だが、航海長からの悲鳴のような報告が上がった。


「ダメです! 入り口の座標がズレています! 空間の歪みが激しすぎて、元の場所へ繋がっていません!」

「なんだと!?」


 入ってきた時の亀裂は、すでに嵐にかき消され、形を変えていた。

 あそこへ突っ込んでも、王都の上空に出られる保証はない。下手をすれば、次元の狭間に永遠に閉じ込められるか、岩盤の中に実体化して圧死するかだ。


「逃げ場なし、か……!」


 エンリケがつぶやく。艦橋の空気は、絶望に染まりかけた。だが、私は諦めない。

 私の隣にはノエリアがいる。守るべき人々がいる。そう簡単に、ここで終わるわけにはいかない。

 と、その時だ、私はふと、別の亀裂が目に映る。

 あれは以前、宇宙に放り出されたそれと同じもの。現に、周囲の砂塵を吸い込んでいる。「虚無」のそれとは、挙動が違う。

 それを見た私は、艦長にこう具申する。


「艦長、提案があります」

「聞こうか」

「11時方向に、未知の亀裂が見えます。挙動から推測するに、宇宙空間につながっているようです。このままここにいれば100%、我々は死にます。ならば、座標不明でも構わない、わずかな望みをかけて、この閉鎖空間の外へ飛び出すしかありません」


 前回は、この星の外周に飛び出した。今度も同じとは、限らない。

 つまり、どこに出るか分からない。ブラックホールの近傍中かもしれないし、何もない虚空かもしれない。

 だが、座して死を待つよりはマシだ。


「……確率は?」

「生存確率は五分五分。ですが、ここに留まるよりははるかに高い確率です」

「よろしい。貴官の運に賭けよう」


 艦長は即断した。


「全艦に通達! これよりあの亀裂に突入する! 総員、衝撃に備えよ!」


 警報音が鳴り響く。

 私はノエリアの手を握りしめ、シートベルトを締めた。ノエリアも、震える手で私の手を握り返してくる。


「大丈夫だ。必ず帰れる」

「うん……信じてる」


 モニターの中で、虚無の壁が目前に迫る。

 世界が闇に覆われる、その寸前。


「両舷前進一杯!」


 視界が白光に包まれた。身体が引き伸ばされるような感覚。意識が遠のく中、私は強く念じた。

 どうにか、生き延びさせてくれ。


 ……光が収まり、感覚が戻ってくる。艦の振動は収まっていた。


 にしても、静かだ。


 恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた計器類の明かりがあった。


「……生きてるか?」

「う、うん……なんとかなったみたい」


 隣でノエリアが安堵の息をつく。

 エンリケたちも、青い顔をしながらも無事なようだ。

 そして私は、窓の外を見る。そこには、星が無数に輝いている。

 つまりここは、宇宙空間だということは分かった。


「状況報告。周囲の星図を照合し、現在位置を特定せよ」


 艦長の声が飛ぶ。オペレーターたちが慌ただしく。


「現在位置確認中、周囲に障害物なし。大気圧ゼロ。宇宙空間です」


 モニターに外部映像が映し出される。そこは、満天の星々が輝く宇宙だった。

 つまり、崩壊する世界からの脱出は成功したのだ。


「やったか……!」


 艦橋に歓声が上がろうとした、その時だった。


「高重力源探知! 距離5億キロ!」

「なんだ!?」


 レーダー手が叫ぶ。

 モニターの端に、青白く輝く極小の星が映っていた。

 小さいが、凄まじいエネルギーを放っている。


「スペクトル解析……これは、中性子星です!」

「中性子星だと!?」


 中性子星。

 巨大な恒星が最期を迎えて爆発した後、その中心核が極限まで圧縮されて残った星の死骸だ。

 直径はわずか数十キロだが、その質量は太陽の数百倍にも匹敵する。

 が、逆に言えばそこは、宇宙の交差点。ワープに用いるワームホール帯が無数に存在する場所。どこの中性子星か分かれば、帰る道はおのずと得られる。


「星図解析、まだか? この場所を特定し、帰還経路を割り出すぞ」

「はっ!」


 短時間だが、いら立つ。なかなか場所の特定に至らない。そんな中、ようやく観測員の一人が場所を特定する。


「現在地、特定! 第12214中性子星、すなわち、地球(アース)862への航路上の中性子星域です」


 場所の特定ができた。しかも思ったより遠くに飛んでいるわけではない。私は、安堵する。


 しかしだ、不運はそれだけではなかった。安堵するのは、いささか早すぎた。

 最悪の報告が、通信士から上がる。


「レーダーに感! 艦影30、距離、35万キロ!」

「なんだと!? 味方か」

「光学観測、艦色視認、赤褐色! あれは連盟軍の艦隊です!」


 艦橋が、一気に凍りついた。

 よりにもよって、我々がワープアウトした場所には連盟軍の哨戒部隊がいた。しかも、相手はこちらの3倍の30隻の艦隊ときた。

 対する我々は、避難民を抱えた駆逐艦10隻。艦内には多数の魔族を抱えている。

 しかも、その30隻は我々を捉え、こちらに急行しつつあるとのことだ。


「連盟艦隊、こちらに向かってきます! 急速接近中、あと1分で、射程圏内!」


 なんてことだ、一難去ってまた一難。今日はついてない。


「なんてことだ、今日はとことん、運とやらに見放されたものだな」


 エンリケが、乾いた笑いを漏らしつつ、言った。


「敵艦隊、まもなく距離30万キロ! 砲撃、来ます!」


 モニターの中で、赤い光点が無数に輝き始めた。

 敵のはっするエネルギー波だ。


「艦内哨戒、第一配備! 各員、砲撃準備!」


 艦長の叫びと共に、無数の青白い光の筋が通り過ぎる。敵の第一射が、我が艦隊に届いたのだ。

 いきなり初弾で当たることはない。が、第2、第3射ともなるとそうはいくまい。


「アードルフ……どうするの?」


 ノエリアが、縋るように私を見る。私は冷や汗を拭いつつも、戦術マップを睨みつけた。

 もはや、逃げ場はない。

 後方には中性子星。前方には敵の艦隊。前門の虎、後門の狼。どちらに向かえど、いばらの道だ。

 かといって、ワープすべきワームホール帯は近くに存在しない。まともに戦えば、何隻かは沈む。しかしどの艦にも、魔族らが乗っている。となれば、一隻たりとも失うわけにはいかない。

 無傷で、この場を生き延びる手を考えなければならないとは……ただでさえ虚無に飲み込まれそうになったばかりだというのに、今度は宿敵に飲まれようとしている。

 と、そんな極限状態の中、生き残る道が一つだけ思い浮かぶ。

 それは、狂気とも言える作戦だ。


「……艦長、突入しましょう」

「は?」


 艦長は、驚いたように私を見た。ノエリアも、その空気を察したようだ。


「敵艦隊の中央を強行突破します。そのまま中性子星方向に向かい、その重力を利用してスイングバイ、加速して敵陣を突き抜けます。それならば、敵を振り切れます」

「待て、無謀すぎるだろう。敵だって砲撃を加えてくるし、中央を突破できたとしても、追われるのが関の山だ」

「いえ、高速に移動する物体ならば、砲撃は当てられません。このまま、バリアを展開したまま高速移動、敵陣突破します」

「だが、その後はどうする? 反転し追いつかれるのがオチだぞ」

「いい目くらましの、良い方法があります」


 そう言いながら、私はノエリアの方を見る。


「……何よ」

「ノエリアの魔術を、使わせてもらう」

「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってよ、どういうこと!?」


 だが、私は確信していた。常識的な判断では、ここで死ぬだけだ。

 非常識な状況には、非常識な作戦で挑むしかない。


「大丈夫です。彼女の力ならば、必ずやこの難局を打開できます」


 私はノエリアを見て、ニヤリと笑った。


「……分かった。もうこうなったら、とことん副長に任せよう」


 それを聞いた私はマイクを掴み、全艦に号令する。


「全艦に通達! これより本艦隊は、敵中突破を敢行する! 死にたくなければ、私の指示に従え、以上だ!」


 直後、駆逐艦2130号艦が、最大戦速で加速を始めた。

 目指すは、30隻の敵艦ひしめく、そのど真ん中。

 我々の、生き残りを賭けた戦いが始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ