#35 慢心
『軍属の者に告ぐ! 軍司令部より緊急招集! 総員、戦闘配備!』
先ほどまでののどかな休日の空気は、瞬く間に霧散していた。
メインストリートに設置されたスピーカーから、無機質な警報が鳴り響く。
道行く人々は不安げに空を見上げ、非番の兵士たちは血相を変えて基地へと走る。
私とノエリアもまた、手をつないだまま、人波を縫って宇宙港へと急行していた。
「アードルフ、どういうことなの!? オーガスタちゃんが宣戦布告って、冗談よね?」
「私もそう思いたいが……エンリケからの報告だ。間違いはないだろう」
走りながら、私は唇を噛み締めた。
オーガスタ殿とは、これまで良好な関係を築いてきたはずだった。定期的な物資支援、魔獣たちの食糧事情の改善、そして何より、彼女自身の「スイーツ」への執着。
それらが彼女を、そして魔族たちを、我々との共存へと繋ぎ止める鎖になっていると信じていた。
だが、それは私の甘い見通しだったのか。
「彼女は魔族の王だ。その誇りと野心が、我々の与えた『餌』ごときで満たされるはずもなかった、ということか……」
宇宙港のゲートをくぐり、専用車でドックへと向かう。
そこにはすでに、エンジンを始動させ、微かな唸りを上げる駆逐艦2130号艦の威容があった。
艦橋に駆け込むと、そこはすでに重苦しい空気に包まれていた。艦長席のハルトヴェッヘ大佐が、私を見るなり短く頷く。
そして、作戦テーブルの周りには、鬼のような形相のエンリケ殿と、青ざめた顔のカルメラさんたち魔術師隊の面々が集まっていた。
「ようやく来たか、アードルフよ」
エンリケ殿が、食って掛かるように叫んだ。
「だから言ったのだ! 魔族を信用するなと! やつらに武器や餌を与え、力をつけさせた結果がこれだ!」
「ちょ、ちょっとエンリケ、言い過ぎじゃない?」
「いや、エンリケの言う通りだ。想定が甘すぎた」
私は頭をうなだれた。まさに、エンリケの言う通りだ。
空の魔族を平定するために、我々は地の魔族を利用した。その過程で武器を提供し、彼らはかつてないほど強大になってしまった。
陸、海、空、この星の全ての魔獣が、今やオーガスタ殿という一人の王の下に集っているのだ。
その力を持てば、野心を抱くのも無理はない。
「現況は、どうなっているか?」
私が顔を上げると、オペレーターの一人がメインモニター映像を映し出す。
「はっ。一時間ほど前、王都の通信網および我々の周波数帯に対して、地の魔族の王オーガスタ殿より、以下の声明が発せられました」
モニターには、玉座に座るオーガスタ殿の姿が映し出されている。
その玉座は、我々が建築廃材とプレハブのパーツを組み合わせて提供したものだが、彼女が座るとそれなりに威厳があるように見えてしまうのが不思議だ。
彼女は新しいドレス――先日、私がノエリアと共に選んで贈ったものだ――を身に纏い、傲然と脚を組んでいる。
『……カンタブリア王国、いや、この地上を統べるすべての人族よ』
その声は、いつもの愛嬌のあるものではなく、冷徹な響きを帯びていた。
『我ら魔族は、長きにわたり不安な日々を送り、住む場所を追われ、時には飢えに苦しんできた。だが、今は違う。空を覆う翼、地を揺るがす牙、海を閉ざす顎。この星の全ての力は、今や妾の手の中にある』
彼女の背後には、一角狼のウォーレン、イノシシのバイロン、ヘルハウンドのタバサ、そして先日降ったばかりの空の覇者、ケツァルコアトルまでもが控えている。
まさに、魔獣のオールスターだ。
『汝ら人族の文明、そして星の彼方より来訪せ地球097らのもたらした技の数々。それらには敬意を表そう。じゃが、この星の主が誰であるかは、はっきりさせておかねばならん』
オーガスタ殿が、画面越しに我々を指差した。
『よって、我ら魔族はここに「魔族帝国」の建国を宣言する。要求は以下の通りじゃ。
一、大陸の西半分を魔族の領土として割譲すること。
二、人族は魔族に対し、毎月一定量の食糧および嗜好品、特に甘味を献上すること。
三、宇宙港の街の、魔族の自由な通行の出入りと居住権の確保』
「……は?」
思わず、呆けた声が漏れた。周囲のクルーたちも、顔を見合わせている。
領土割譲はまだ分かる。建国宣言も、百歩譲って理解しよう。
だが、二つ目と三つ目はなんだ?
「つまりやつは、スイーツとタダ飯をよこせ、といいたいのか?」
「どうやら、そのようですな」
艦長が、呆れたようにため息をついた。
『回答期限は、明日の正午。それまでに良い返事がなければ、我ら魔族連合軍は王都へ進軍し、実力をもってこれを奪い取る。以上じゃ!』
映像がプツリと切れる。艦橋に、重苦しい沈黙が落ちた。
「舐められたものだな」
エンリケ殿が、わなわなと震える声で言った。
「大陸の半分だと? 我がカンタブリア王国の領土が大部分が含まれているではないか! それに、なんだあのふざけた要求は! 挙句に、甘い菓子を好きなだけ寄越せだと!?」
「しかし、彼らは本気なようだ」
私はモニターに、現在の衛星画像を映し出した。
王都から西へ50キロ。かつて我々が遭難した「黒い山」の麓を中心に、無数の熱源反応が表示されている。
「見てください。一角狼、イノシシ、ヘルハウンド……それに上空にはワイバーンとガルグイユの編隊。総数、およそ一万」
「い、一万……!?」
ノエリアが息を呑む。
それは、王都の正規軍を遥かに上回る数だ。しかも、その一体一体が、人間にとっては脅威となる魔獣である。
さらに、彼らは我々が供与した武装――簡易ビーム兵器やバリア発生装置――で強化されている。
「冗談半分、本気半分、といったところでしょう。彼女は自分の力に酔っている。そして、我々が『まさか本気で撃ってはこないだろう』と高を括っている」
「甘く見られたものね」
カルメラさんが、冷ややかな声で呟いた。
「どうするの、アードルフ。あなたの奥さんが贈ったドレスを着て、あの魔族の王はあんなワガママを言っているのよ?」
「当然、対抗する。これから戦闘、いや、敢えて言うならばそれは『躾』をしかける」
私は帽子を被り直し、艦長に向き直った。
「艦長。駆逐艦2130号艦、および配下の第21小隊全艦の出撃許可を願います。あと、上空にある攻撃衛星を10基ほど、使用許可を進言できますか」
「おい、相手は一万の魔獣軍だぞ。たった10隻で足りるか?」
「殲滅戦ならばむしろ、1隻で十分でしょう。ですが今回の目的は『鎮圧』。殺さずに、その侵略の意志を挫く必要があります。そのためには、圧倒的な『絶望』を見せる必要があると考えます」
「……よかろう。本作戦を、貴官に委ねる。ただし、宇宙港とその街、およびこの王国の住人には指一本触れさせない」
「了解しました!」
出撃準備が進む中、私は格納庫へ向かった。
そこでは、整備員たちが慌ただしく人型重機の最終調整を行っていた。
全高9メートルの鋼鉄の巨人。
今回は作業用のアームは取り外し、ビーム砲に加え対暴徒鎮圧用の催涙弾を装填したガトリング砲が装備されている。
「アードルフ!」
背後から呼び止められる。ノエリアだ。
彼女はすでに、魔術師のローブに着替えていた。その手には、私が贈った「避雷針付き指示棒」が握られている。
「私も行くわよ」
「危険な任務だ。今回は空からの砲撃だけでは済まない。相手は地上部隊をも繰り出そうとしている」
「だからこそよ! あんた、魔獣たちを殺さないように手加減するんでしょ? だったら、私の雷で痺れさせるのが一番手っ取り早いのよ」
言い出したら聞かないのが、ノエリアだ。それが良いところでもあり、悪いところでもある。
そんなノエリアの後ろから、カルメラが援護する。
「ノエリアはオーガスタちゃんのこと、嫌いになれないのよ。あんなに楽しそうにスイーツの話をして、一緒に買い物をして。だから、私が止める、友達として、ひっぱたいてでも止める、そういう覚悟なのよ」
それを聞いた私は、覚悟を決めたその上級魔術師を連れていくことを決心する。
「……分かった。だが、私のそばを離れるなよ」
「当たり前でしょ。私はあんたの妻であり、私が守るんだから」
ノエリアが、私の左手をぎゅっと握る。薬指の銀の指輪が、格納庫のライトを受けて微かに光った。
「よし、行こうか。エンリケたちも待っている」
◇◇◇◇◇
翌朝。
王都サンタンデールの西方、およそ50キロ。広大な平原に、魔族連合軍の陣形が展開されていた。地平線を埋め尽くすほどの黒い影が並ぶ。
一角狼の咆哮、ワイバーンの羽ばたき、重い足音を響かせる巨大イノシシたち。その光景は、まさにこの世の終わりを告げる悪夢のようだった。
その中央、一際巨大な一角狼ウォーレンの背に据えられた御輿の上で、オーガスタ殿は扇を揺らしていた。
「ふふふ、壮観じゃのう。これだけの軍勢、あのアードルフ殿といえども、容易には手出しできまい」
『オーガスタ様、本当にやるのですか? 人族との全面戦争を』
ウォーレンが、不安げに念話を送る。
「心配するな。これは交渉じゃよ、交渉。少しばかり脅して、要求を通すだけじゃ。彼らは賢い。無益な血を流すよりは、大人しく要求をのむ方を選ぶはずじゃ」
彼女は本気でそう思っていた。圧倒的な数を背景にすれば、我々が妥協すると。
だが、彼女は一つ、決定的な勘違いをしていた。
地球097遠征艦隊が、なぜ「対話」を選んできたのかを。
それは、我々が弱いからではない。本気を出せば、この星の生態系ごと消し去ってしまうほどの力を持っているからこそ、慎重に振る舞っていたのだということを。
「……む? なんじゃ、あれは?」
オーガスタが空を見上げる。
分厚い雲が、パッと吹き飛ばされる。かと思うと、地上に向けて次々と、何かが落下してくる。
それが着弾するや、猛烈な粉塵を巻き上げて、一万の軍勢の行く手を阻む。
「な、なんじゃあれは!?」
それは、オーガスタが知らない兵器だった。衛星軌道上には、長さ8メートル、重さ200キロを超えるタングステン製の槍を数十発抱えた衛星が数十基、存在する。
それらが撃ち出す重力兵器は、一発で核兵器一発分に相当する爆発力を発揮する。
そのうちの10基から一発づつ、「神の杖」と称されるその槍が放たれた。
『ぜ、前線より報告、およそ一千もの魔獣が、瞬時に消滅いたしました!』
伝令の魔獣からの念話での知らせを受け取ったウォーレンが、オーガスタに報告する。
「な、なんじゃと……あんなものが、妾の頭上に落ちたなら、妾はスイーツどころではないではないか」
この期に及んでスイーツか、とウォーレンが呆れたのは当然だろう。だが、事態はオーガスタにとってさらに悪化する。
雲の切れ間から、灰色の巨体が姿を現した。
一隻、二隻……いや、全部で十隻。
駆逐艦2130号艦を旗艦とする、第21小隊だ。
全長400メートルの石砦のような巨体が、不気味な低音を響かせながら空を滑り、魔族軍の頭上へと降下してくる。
その威圧感に、空を飛んでいたワイバーンたちが恐慌をきたし、道を開けるように散開した。
『あーあーっ……魔族連合軍に告ぐ』
空から、拡声器の声が降り注ぐ。
『私は地球097遠征艦隊、第21小隊所属、駆逐艦2130号艦副長、アードルフ少佐だ。オーガスタ殿、直ちに軍を解き、黒き山へ撤収せよ。一時間以内にそれが履行されないと判断された場合、先ほどの「神の杖」をさらに十発、陣形中央に叩き込む。これは最後通告である。異論は、認められない』
オーガスタ殿は、空に向かって声を張り上げた。
「人族の分際で、何を言うか! 我らの要求を飲むまでは、一歩も引かぬぞ! 数を見よ、アードルフ! 汝らの船が幾ら強かろうと、この一万の軍勢を相手に、王都を守り切れると思うか!?」
彼女が扇を振り下ろすと、呼応して数千の魔獣が一斉に咆哮を上げた。
その音圧だけで、大気が震えるほどだ。
『……いや、そのうち一千がすでにやられているだろう。つまり「神の杖」による攻撃を十度繰り返せば、それは魔獣族の全滅を意味する。オーガスタ殿、貴殿を含めて、だ』
スピーカーからの声は、冷徹だった。
『数で勝負が決まると思っているのなら、それは大きな間違いだ。それを貴殿に躾る必要があるようだな』
次の瞬間、駆逐艦の底部ハッチが一斉に開放された。
そこから飛び出したのは、10個の小さな点。
いや、小さく見えるのは、駆逐艦が巨大すぎるからだ。
それは、青白い降下スラスターを噴射しながら地上へと舞い降りる、鋼鉄の巨人たちの姿だった。
ズゥゥゥゥンという地響きと共に、10機の人型重機が魔族軍の後方、オーガスタがいる場所に着地した。
砂煙が晴れると、その姿が露わになる。
無骨な装甲、右腕には長大なガトリング砲、左腕には電磁警棒。
そして、その先頭に立つ指揮官機には、拡声器を手にした私と、杖を構えたノエリアが搭乗していた(正確には、重機の肩部に設置された特設コックピットだが)。
「な、なんじゃ、あのアレは……?」
オーガスタ殿が目を丸くする。
以前、彼女に見せたのは通常形態の人型重機だ。武装強化した仕様を見るのは、これが初めてだろう。
「たかが10体の人形などに屈するなど……」
オーガスタは手を振り下ろし、傍にいたトゥルッフ・トゥルウィス部隊を突進させる。巨大イノシシの群れが、地鳴りを上げて迫り来る。その質量攻撃は、城壁さえも粉砕する威力がある。
「アードルフ、来るわよ!」
「ああ、分かっている。全機、発砲を許可する。ガトリング弾装填、催涙弾、発射」
『了! 重機隊、全機、ガトリング砲発射します!』
10機の人型重機が横一列に並び、背後から襲い掛かってくる巨大イノシシに向けて、一斉に左腕を掲げた。
バババババッというけたたましい音と共に発射された弾は、イノシシの群れの前で破裂して巨大な煙の壁を形成する。
イノシシたちの突進が、煙の壁に突っ込んだ。
煙の中で、イノシシたちが次々と転倒していく。目が効かず、鼻水を流しながらその場で倒れ込む。
「なっ……!?」
オーガスタが絶句する中、アードルフはエーリク中尉に命じて、右腕の銃口をオーガスタに向けさせる。
そして、その魔族の王に向かってこう叫んだ。
『さて、返答を聞かせてもらおうか、魔族の王よ。生か死か。どちらが望みか? 無論、お前の選択は、主を失ったここ一帯に集結した魔獣たちにも適用されることになる』
「ひ、ひぃぃっ!?」
オーガスタ殿の顔色が蒼白になる。
彼女の目の前で、自慢の軍勢が、目に見えぬ兵器の犠牲となり、今はあの巨大イノシシの突進すらもいとも簡単に止めてしまった。
圧倒的な力の差は、誰の目にも明らかだった。
「空からの援護はどうなっておる! ワイバーン隊、上から叩け!」
彼女が空へ叫ぶ。だが、空の覇者たちは動けなかった。彼らのすぐ上空で10隻の駆逐艦が展開し、彼らを威圧していた。
『動けば撃つ。蒸発したくなければ、その場にて手を挙げろ』
艦隊からの冷徹な警告に、ケツァルコアトルさえも身動きが取れず、空中で硬直していた。
「そ、そんな……馬鹿な……」
オーガスタ殿が膝をつく。そして、両手を挙げた。攻撃開始から、わずか数分の出来事であった。開戦からものの数分で、彼女の野望は粉砕された。
◇◇◇◇◇
私はノエリアと共に重機を降りて、彼女の目の前まで歩み寄った。彼女の目前で止まる。今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。少し、催涙ガスを浴びたのかもしれない。
「オーガスタ殿」
私はひざまずいたこの魔族の王の前で、こう言い放つ。
「これが、我々の『力』だ。これまでは、貴殿らと友人でありたいと願い、この力を見せなかった。だが、貴殿がそれを侮り、あまつさえ我々の日常を脅かすというのなら、我々は容赦しない」
が、ノエリアが私の言葉に畳みかけるようにこう言い出す。
「言い方!」
いや、相手は王国領土の簒奪を企み、わがままを通し、一万の魔獣を率いて襲ってきた魔族の王なんだぞ。この程度の言い方で済ませているのはむしろ、穏便な砲ではないか?
「あのなぁ、ノエリア……」
「あのも何もないわよ! これじゃ、まとまる者もまとまらないでしょうが!」
相変わらず、自分の心に正直なやつだ。そのノエリアは、魔族の王に向かってこう説き始める。
「オーガスタちゃんさぁ、こんなことしてさ、アードルフたちに勝てると思ってたわけ? その気になれば、ここにいる魔獣と同じ数、いや、下手をするとそれ以上の空飛ぶ戦闘船を連れてくることだって可能な人たちなんだよ? 一緒に宇宙に行ったときに、教えてもらったじゃん」
「う、は、はい……」
「だったらさぁ、この辺でやめにしておかない? アードルフなら多分、艦隊司令とやらに何とか上手いこと言ってお咎めなしにしてくれるはずだからさ」
「……ほ、ほんとか、それは?」
おい、ノエリアよ、勝手に約束するな。なんで私の仕事を増やそうとするんだよ。
「それにさ、私、オーガスタちゃんともう一度、一緒にパフェ、食べたいなぁ」
その言葉が、なぜか一番効いたようだった。魔族の王は、わっと泣き出した。
「うわぁぁぁぁん! ごめんなさぁぁぁい! 慢心しましたぁぁぁ! もうしません! 許してぇぇぇ!」
自称300歳超えの魔族の王がノエリアに抱き着き、子供のように泣きじゃくる。そんなオーガスタを、やさしく撫でるノエリア。その姿を見た周囲の魔獣たちも戦意を喪失し、一斉にその場に座り込んだ。
やがて魔獣らは撤退し、元の魔族の地に戻っていった。
こうして「魔族の反乱」は、あっけなく幕を閉じた。もっとも、その後処理が大変だった。
当然、艦隊司令部ではオーガスタを厳しく処断すべきとの声が上がる。つまり、処せ、と。
が、私はその会議の場でこう言ってのけた。
「その魔族の王をなくしてしまえば、地上にいる魔獣すべてが敵に回ります。その選択は、むしろ我々に血生臭い印象を与えることとなり、地球862上の他国との交渉において障害となりうるのではないでしょうか?」
この発言が、物議を呼んだ。やれ少佐ごときが何を言うか、とか、その魔獣を残す方がかえって交渉の障壁になりうるのでは、などの罵詈雑言と反対意見の応酬を食らう。
が、総司令官が私の意見を受け入れ、一度は大目に見ようということでその場は収まる。
戦いはあっさりと終ったが、将官たちからの言葉が深く胸に刺さる結末だった。そんな私を、ノエリアがベッドの上で癒してくれる。
だが、本当の危機は、この直後に訪れることになる。
そんな軍勢の撤退から数日後の夕刻、不吉な音が空から響いてきたのだ。
バリバリバリバリッと、まるで世界の天井が裂けるような音が、王都上空に鳴り響く。
「ちょっと、アードルフ、あれ!」
ノエリアが空を指差す。見上げれば、王都の上空に、巨大な黒い亀裂が走っていた。
それは、かつて我々が飲み込まれたあの闇の裂け目よりも、遥かに大きく、禍々しいものだった。
が、それ自体は何かを飲み込んだりはしない。つまりあの先は、宇宙空間ではないということか。
ということはつまり、地上と空のはざまにあるという魔の世界、すなわちフォルトンか。
「もしかして、オーガスタ殿がまた何か……」
魔族の王だ、今度は王都に直接、フォルトンへの道を開き、直接攻撃に出るつもりなのかと私は考えた。
が、その時だ、スマホが鳴り出す。相手は何と、そのオーガスタ殿だ。
「もしもし、オーガスタ殿か。今、王都上空が大変なことになっているが、まさかあれはお前に仕業か?」
だがオーガスタ殿は、震え声でこう呟く。
『た、大変じゃ……フォ、フォルトンが……崩壊しておる……な、なんとかしてくれ』
オーガスタ殿の故郷である、天と地のはざまにあるという異次元世界フォルトン。
その崩壊が、ついに始まった。




