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#33 空の覇者

「高度3000! 目標、ケツァルコアトル! 距離9000!」

「対空警戒、厳となせ。奴の放つ雷撃はの威力は馬鹿にならないぞ。直撃すれば、レーダーをはじめとするセンサー類が一時とはいえ、使い物にならなくなる」


 艦橋に、緊張したオペレーターの声が響き渡る。それを受けて私は、命令を飛ばす。

 私は副長席で、正面のモニターを凝視していた。そこには、雲海を切り裂くように飛翔する、巨大な影が映し出されている。

 全長はおよそ200メートル。翼を持たず、しかし風をまとい、蛇のような長い体をくねらせながら空を泳ぐ伝説の魔獣、ケツァルコアトルだ。

 空の魔族の中でも、最高位に位置すると言われる「天空の覇者」。それが、我々の最後の標的だった。


「エンリケ、配置は!?」

『こちら魔術師隊、全員配置についた! いつでもいけるぞ!』


 無線機から、エンリケの力強い声が返ってくる。

 彼ら魔術師隊は今、駆逐艦2130号艦の上部甲板に設置された、特設の「魔術師砲台」にいる。それはロルフ大尉が開発したもので、魔術師たちにエーテルを直結させ「空淡蒼爆炎(ホリゾンブルーエクスプロージョン)」を最大効率で放つための、砲身付きの囲い小屋だ。

 生身で成層圏近くの暴風に晒されているわけではない。厚い鉄板で囲われた中に、5人の上級魔術師がいる。


「よし。ではオーガスタ殿、説得の準備は?」

「いつでも構わんぞ……ふあぁ、それにしても眠いのう。朝のスイーツがまだか?」


 副長隻の隣に座るこの自称魔族の王からは、相変わらず緊張感のない声が届く。だが、その手元にはしっかりと、拡声用のマイクが握られている。


「行くぞ! 作戦開始、まずは奴の機動力を削ぐ! 全艦、牽制射撃開始!」


 私の号令と共に、展開していた10隻の駆逐艦から発進した哨戒機隊から、一斉にビームが放たれる。

 ただし、直撃コースではない。ケツァルコアトルの進路を塞ぐように、光の壁を作り出すのだ。

 驚いた魔獣が、鎌首をもたげて急上昇する。


「今だ、エンリケ!」

『よし、見せてやろうぞ、人族の魔術の力を!』


 モニター越しに、甲板に乗せられた砲台の砲身が動くのが見える。その中で5人の上級魔術師が砲身につながるエーテル増幅機能付きの棒を握りしめ、エンリケが詠唱する。


『……我、ならびに我に従う魔術師の力に契りし精霊たちよ……我の前に集い、あらゆるものを焼き尽くす蒼き業火を涌現し、彼の邪悪なる者を昇華せよ! 出でよ! 空淡蒼爆炎(ホリゾンブルーエクスプロージョン)!』


 人族の持つ最強の攻撃魔法が、ケツァルコアトルに放たれる。

 が、その狙いは攻撃ではない。ケツァルコアトルの周囲の気圧を急激に変化させ、その浮力に乱れを引き起こすことが狙いだ。

 巨大な魔獣の側面に放たれた青い光の帯が走り、その脇には目に見えるほどの真空の渦が発生する。

 風を操り空を飛ぶケツァルコアトルにとって、翼となる「風」そのものを奪われることは、手足を縛られるに等しい。


『グオォォォォッ!』


 悲鳴のような咆哮を上げ、天空の覇者がバランスを崩し、落下を始める。そこへすかさず追い打ちをかけるべく、第2段階へと進む。


「重機隊、出撃。第2段階に移行」


 私が無線で呼びかけると同時に、2130号艦の格納庫から5機の人型重機がカタパルトで撃ち出される。そのまま彼らは上空で集結しつつ、ケツァルコアトルに向かう。

 彼らは真空の渦に翻弄されもがくケツァルコアトルに肉薄すると、その巨体を囲い込む。その周辺を、巨大な金属の輪で囲んだ。

 それは、ロルフ大尉が一晩で作り上げた金属製の蓄電型の輪、つまり中に浮かぶ「避雷針」だ。

 空の王者は、落下しつつもこの未知の「敵」に向かって雷撃を放つ。

 ノエリアも雷魔術の使い手だが、それをはるかに上回る威力の一撃を、人型重機の一体に向けて放った。

 が、それは宙に浮かぶ輪に吸い込まれる。無論、駆逐艦にも人型重機にも当たらない。

 何度か雷撃を加えるが、空の避雷針に吸い込まれ、この大型の空の魔獣は何もなすことができない。


「よし、このまま高度を1000まで下げるぞ」


 雲を突き破り、落下していくケツァルコアトル。その落下地点には、地上から睨みを利かせる数百の魔獣たちが待ち構えていた。

 一角狼、ヘルハウンド、そして先に下ったガルグイユやディアブロスの群れ。

 彼らは一斉に吼え、空の王者を威圧する。

 そして、ここでようやくとどめの一声が放たれた。


『聞け! 空の覇者よ! (わらわ)は地の魔族の王、オーガスタである!』


 駆逐艦の外部スピーカーから、最大音量で王の声が轟く。


『もはや勝負はついた! このまま無様に墜落し大地の藻屑となるか、それとも(わらわ)の配下となり安住の地を得るか、選ぶがよい! もっとも、選ぶ時間も力も、そなたにはほとんどないがな』


 墜落寸前、高度1000メートル付近で、ケツァルコアトルは観念したように体を丸めた。あれは、恭順の姿勢だ。つまり、オーガスタに屈した、ということを示している。

 金属の輪を外すし、人型重機を遠ざける。そこでようやくバランスを取り戻し、この空の魔獣はゆっくりと地上へ降り立ち頭を垂れた。


「終わったな」


 私は深く息を吐き、帽子を直した。これでガルグイユ、ディアブロス、ワイバーン、そしてケツァルコアトル。主要な空の魔族4種族すべてが、我々の管理下に置かれたことになる。

 長かった「空の最強魔族恭順作戦」は、成功で幕を下ろす。


「おい、スイーツは当然、もらえるんじゃろうな」


 この魔族王のわがままを満たすこと以外は、であるが。


 ◇◇◇◇◇


 どうやら、勝利に終わったようだ。あれが、この世界、いや、この星の表面に現れた最後の空の魔獣だ。それを魔族王であるオーガスタに従わせたということは、つまり今こちら側にいる魔族や魔獣はすべて、オーガスタの配下となったということだ。

 もちろん、そのことは悪いことではない。言ってみれば、暴走する魔獣を統制するための体制が出来上がった、ということだ。となれば、魔獣どもと無益な戦いをせずとも済む、ということでもある。

 もっとも、それはあの魔族の王がおとなしくしていれば、の話ではあるが。

 その点だけは、どうしても私自身、引っかかる。

 無論、その反乱とやらをやった張本人が、それを懸念するのも妙な話ではあるのだが、なればこそ、懸念するのは当然であろう。


「ねえ、エンリケ、どうかしたの?」


 そんな私を、怪訝そうに見上げるのは、ミレイラだ。


「いや、これで当面の間、魔獣との戦いは終わったはずだと、そう思ってはいるのだがな」

「そうね。新たにフォルトンから魔獣が飛び込んでこなければ、という条件付きだけど」

「本当に、それだけだと思うか?」

「えっ、どういうこと?」

「いや、私の考えすぎだな。忘れてくれ」


 そうミレイラには告げたものの、どうにも胸騒ぎというやつが止まらない。

 このまま、平和裡にことは進むのだろうか?

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