表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/39

#32 海の魔獣

 ヒッポカムポスとは、海獣である。と、オーガスタ殿より告げられた。

 が、当然、私は尋ねる。


「海の魔獣がいるなどとは、聞いていなかったぞ」


 が、それに対してオーガスタ殿はこう返答する。


「仕方あるまい。(わらわ)とて、知ったのはつい三日前のことじゃ」

「三日前?」

「50年以上前に死に絶えたとされるヒッポカムポスが、まさかこちらの世界で生き残っておったとは、斥候に出した一角狼からその話を聞いた時、(わらわ)とて驚くばかりじゃった」


 どうやらフォルトンでは、すでに絶滅した種族らしい。それがこの世界でのうのうと生き延びていた。そういうことのようだ。


「そもそも、フォルトンには海がない。ちょうど50年前に、あの裂け目が海の水をほとんど持って行ってしもうた。そんなところに、大型の海の魔獣であるヒッポカムポスなどいようはずがないであろう」


 確かにその通りだ。だからフォルトンでは、空と陸の魔獣のみが生き永らえた。


「しかしだ、そのヒッポカムポスは海という領域に棲んでいる。我々には関係ないだろう。我々の領域は空だ。しかもここの星の住人は遠洋航海をしない。せいぜい近海で、漁業をする程度だと聞いている」

「なればこそ、放置するわけにもいくまい」

「なぜだ?」

「やつはその人族の魚船を襲っているんじゃぞ。斥候の一角狼によれば、見事なまでの集団狩りであったと聞く。となれば、人族としては無視できぬ事態であろう」

「妙だな。そのヒッポカムポスとは大型の魔獣だと言っていた。そんなやつらがせいぜい数人程度が乗る魚船を襲ったところで、何の利益もないんじゃないか?」


 この星では、まだ大型船は発明されていない。多くても100人乗りが精一杯、通常は10人ほどの船がほとんどだ。さらに襲われたのが漁船となれば、せいぜい3、4人といったところだろう。


「人が狙いではない。その船に満と積まれた魚が目当てじゃ」

「……おい、なんで海の魔獣が、人が捕った魚を狙う必要があるんだ」

「あちこち動き回るよりも、じっと漁船の下で人が集めるのを待ち、それをを狙う方が楽だからだろうな」

「こ、狡猾な……」

「じゃが、裏を返せば知能を持った(おさ)がおる、ということでもある。魔獣だけではそこまでの狩りは思いつかぬからな」


 言われてみれば、その通りだ。集団で狡猾で統率的な行動をとるとすれば、その裏には必ず頭のいいやつがいる。


「つまり、そのヒッポカムポスの群れも仲間にしたい、と?」

「陸と空、そして海も制するとなれば、我らにとっても人族にとっても、悪い話ではなかろう。人族にとっては、海の安穏を得られるんじゃぞ」


 その前提として、この魔族の王が信頼に足る者、という前提付きではあるがな。もっとも、反乱を起こそうものなら、こちらが反撃、殲滅するだけのこと。その程度のことは、オーガスタ殿もわきまえていることだろう。

 今さら、共存共栄の道を自ら壊したところで、彼らにとって得るものは少ない。

 文化も思想も違う人と魔の間には、大きな狭間がある。が、それを言い出したら、宇宙から来た我らも同様だ。この三つの異文化が共存する道を探るしかあるまい。

 ともかく、海にそんな連中がいると聞けば、放っておく訳にはいかないだろう。


「なによ、また何か企んでるの?」


 自宅に帰り、カバンを抱えた私を出迎えるノエリアが、第一声でそう言い出した。


「なぜ、そう思う?」

「そういう表情の時は、たいてい何か厄介ごとを抱えていることが多いから」

「……顔に出ているのか?」

「もうどんだけアードルフの顔を見ていると思ってんのよ」


 と言い出すと、ノエリアのやつ、私に抱き着いてきた。


「……でも、よかった。また元通りの生活に戻れて」


 そんなノエリアの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。そうだ、そうだったな。一つ間違えれば、上級魔導師5人、反逆罪で罰せられるところだった。

 で、その結果として「王国魔術師隊」なるものを創設する羽目になったのだが、なんでいち駆逐艦の副長がこんな政治的なことまで頭を回さなきゃならないのか? おまけに今度の任務だ。海の上で、しかも魔獣と魔術師隊を使う羽目になりそうだ。やれやれ、私にどうしろと?

 が、ふと妙案が思いつく。そういえば、味方には空飛ぶ魔獣もいるんだったな。となれば……


「あ、何かいい考え、思いついたでしょう!」


 察しがいいやつだな。私はこう返す。


「ああ、創立したばかりの王国魔術師隊に、魔獣を使った作戦だ。名誉ある戦いとなるはずだが、その分、大変ではあるがな」

「大変なのはいいけど、エンリケも納得できる作戦なんでしょうね?」

「最初は納得しないだろうな。まあいい、説得してみせる」

「頼もしいんだか、頼もしくないんだか……」


 などといいながらも、そのまま私の腕を引いて、ベッドにまで誘い込む。あのなぁ、まだ私は考えなきゃならないことが……と思いながらも、ノエリアが上に纏う一枚を脱いだ時点で、そんなことはどうでもよくなっていた。


 で、それから二日後のこと。


「おい、アードルフよ」


 王都内の騎士団詰め所の一つに王国魔術師隊5人を集め、作戦概要を説明するや、エンリケは不満げな表情に変わる。


「言いたいことは分かる。我々は、おとりではない、とそう言いたいんだろう?」

「それが分かっていて、なぜそんな役目を引き受けなきゃならんのだ!」


 ガンッと机をたたくエンリケ。だが私は、涼しげな顔でこう答える。


「一つ聞くが、最前線に立つことは、この国では恥か?」

「いや、そんなことはない。最前で戦うことは、特に騎士にとっては栄誉とされている」

「ならばこの作戦、栄誉なことではないか」

「いや、だからおとりというのはだな……」

「おとりではない、最前線だ」


 私がこう言い切ると、エンリケは黙り込む。そして座り、考えた。


「……そうだな。確かに最前線には違いない。しかし、海の上で本当に我々はその力を発揮できるのか?」

「大丈夫だ。私も、同行する」

「おい、同行するってお前、魔術が使えないだろう」

「本作戦における指揮官である以上、最前線に出るべきだ、と考えたに過ぎない。それに、この5人がいれば大丈夫だ」

「そうだよ、絶対に私がアードルフを守るんだから」


 ノエリアも加担してくれた。それを聞いたエンリケは、浮かない顔ながらもしぶしぶ了承する。


「……分かった。お前がその覚悟ならば、我らとて本気で向かわねばならぬな」

「相手は人族を襲って獲物を奪い取るという大罪を犯している。それを成敗し屈服させるのは、人族の者でなくてはならない。だからこそのこの作戦だ」


 私がそう結論付けると、ブリーフィングは終わる。


「私でもドン引きする作戦を、よくまああのエンリケを納得させたものね」

「言っただろう、説得してみせる、と」

「有言実行なのはいいけど、大丈夫なんでしょうね?」

「この世に、絶対はない。だが、成功確率は限りなく100パーセントに近い」

「……正直なのも、相変わらずね」


 呆れ顔のノエリアと共に、自宅へと戻る。

 その、二日後。


「……おとり、といったが、どちらかというとこれは『餌』だな」


 場所は、王都から西に30キロ離れたドーリア海。沿岸付近で、調達した現地の大型船舶に、王国魔術師隊とともに私はこの海の上に浮かんでいる。

 なお、船の上にはこれでもかといわんばかりに、魚が山積みされている。


「ヒッポカムポスをおびき寄せるためだ。やむを得んだろう」

「最前線というのは血生臭いというが、ここは魚臭いだけだな」

「血は流させない。むしろこの魚臭さを、守り抜いてみせる」


 といった直後、私も変な宣言をしたものだと少しだけ、後悔する。


「ところで、あそこにいる地の魔獣たちは何をしているんだ?」


 エンリケが、海岸の方を指差し私に尋ねる。沿岸沿いにずらりと並んだ一角狼とトゥルッフ・トゥルウィスの群れが、例の物を放り投げているのがここからも分かる。


「ああ、あれは対潜ソナーだ」

「た、たいせん、そなー?」

「海中には電波が届かない。だから、音波を使い探知する機械だ」


 などといっても、さっぱりだろうな。まあ、いずれ分かる。

 そろそろだな。そう思っていた時、無電が入る。


『アードルフ少佐、ソナーに感あり。11時方向、距離700、速力30。大型の生き物です』

「了解した。では、手筈通りに」

『はっ!』


 といっても、我が軍は一切手出しをしない。あくまでも、やつらを屈服させるのは王国魔術師隊と魔獣たちの部隊だ。


『距離100! 来ます!』


 そう無電から叫び声が聞こえたその直後、海から何かが飛び出してくるのが見えた。

 イルカほどのサイズで、姿は竜に近いが、顔がまるで馬のようだ。一見すると手のようなひれ付きの前足に、長い尾。そんなものが2体、突如甲板に襲い掛かってきた。

 が、すでにこちらはその動きを読んでいる。


「……我が炎の精霊よ……我が前に、万物を焼き払う紅蓮の炎を具現し、醜悪なる悪魔を昇華せよ!出でよ、紅炎光槍(クリムゾン ライトランス)!」


 そう、無電が警告を出したあたりから、すでにエンリケが詠唱を始めていた。宙を舞う海の魔獣に、その火の玉が直撃する。

 もう一匹には、私が鉄製の槍を投げつけた。無論、それ自体もダメージを与えるが、その目的はそれではない。


「……我が雷神の精霊よ……我が前に、空を切り裂く(いかずち)を顕現し、邪悪なる者を灰塵と化せ!出でよ、橙黄雷電槍(アムヴァーサンダーランス)!」


 要するにあれは、避雷針だ。わざと帯電させてあるから、ノエリアの強大な雷魔術を引き寄せるのに十分すぎるブツだ。実際、現れた2体は、あっという間に壊滅する。

 が、無論、これで終わりではない。次々と海の魔獣が接近する。


『さらに海の魔獣、接近中! 数、およそ30!』


 と、さらなる数の魔獣の接近を、無電により知らされる。

 予定通り、だな。

 いきなり、2匹が瞬殺された。そのためか、彼らはこの船の周りをぐるぐると周回し始める。おそらく、タイミングを合わせて襲い掛かろうというのだろう。

 だが、残念だったな。こちらもおおよそ海獣の性質を把握しており、そういう策に出ることは想定済みだ。

 そしてここで、空の魔獣の集団が現れる。

 ガルグイユ、ディアブロスという大型の魔獣に加え、ワイバーンのような比較的小型の魔獣もこの海の上に姿を見せた。各々が持っているのは、長さ70メートルほどの鉄の板だ。

 ちょうどこの船をぐるりと囲む海の魔獣の群れの、その外側を囲うように彼らは円形に回り出す。

 そして、つかんでいた鉄板を一斉に落とした。

 それらは海に向かって落下し、次々と海底に刺さる。ここは水深50メートルほど。そんな場所で長さ70メートルの板。だいたい10メートルくらいは刺さるから、ぐるりと10メートルの壁ができる。

 しかもいやらしいことにこの鉄板、上端が内側に曲げられている。

 この異変に気付いたヒッポカムポスらは、動揺する。その鉄の壁を乗り越えようとジャンプするも、その鉄板の壁に阻まれる。

 要するに、だ。やつらを包囲してやった。

 もっとも、こちらの船もその包囲のど真ん中にいることになるのだが。


「さて、指揮官殿よ、これからどうするつもりだ?」


 エンリケが私にそう尋ねる。


「もうひと暴れして、やつらが弱まったところでとどめの一声を告げる。そういう作戦だっただろう」

「やれやれ……お前はつくづく、魔獣と魔術師使いが荒いな」

「こっちだって、最前線で付き合っているんだ。セサル!」


 エンリケが呆れ顔をする中、私は風の魔導師であるセサルを呼ぶ。


「な、なんだ?」

「そろそろやつら、一斉に襲い掛かってくるぞ。お前のその、風魔術が威力を発揮する時だ。それとカルメラ」

「何かしら?」

「同時に、水魔術も使いたい。その方が、威力が上がる」

「承知したわ」


 さて、追い詰められた海の魔獣は、こちらに矛先を向けてくる。窮鼠猫を嚙む、だが、易々と噛まれるつもりはない。

 ヒッポカムポスらが、あの鉄板越えを諦めた、その時だ。私は腕を上げ、二人に詠唱を促す。


「……我が風の精霊よ……我が前に、虚空を切り裂く暴風を顕現し、邪悪なる者を霧散させよ!  出でよ、翠緑旋風槍(エメラルド サイクロンランス)!」

「……我が水の精霊よ……我が前に、万物を断ち切る清冽せいれつなる水流を具現し、彼の邪悪なる者を浄化せよ!  出でよ、紺碧水流槍(サファイア ハイドロランス)!」


 風と水の魔術詠唱が、同時に唱えられる。その時、まさに30ほどの海の魔獣が一斉に襲い掛かってきた。

 そんな魔獣らに、まず風の魔術がぐるりと船を囲うように渦を発生させる。そこにカルメラの水魔術が加わり、まるで嵐のように水粒の壁を作り出す。

 さすがは上級魔術者だ。ハリケーンをも上回る強大な嵐で、とびかかってきた魔獣どもをはじき返す。バリアシステムを使ってはじき返すことも考えたが、今回の目的はやつらを「従属」させることであって、殲滅ではない。

 勢いよく弾かれたやつらは、まさに囲いの鉄板に叩きつけられて、そのまま海の中に落ちていく。それを見計らい、私は叫ぶ。


『あーあー……海の海獣、ヒッポカムポスの(おさ)に告ぐ』


 拡声器で僕は、彼らに対し呼びかけを始めた。


『君らはすでに、鉄の囲いの中にいる。ここを脱出しようとしても、簡単には乗り越えられまい。たとえ集団で乗り越えようと画策しても、空にはガルグイユ、ディアブロスをはじめとする魔獣が群れをなしており、焼き尽くされるのが関の山だ。さりとて、この船を襲おうにも、こちらには人族最強の魔術師が集結している』


 海は、静まり返っている。音声は確実に、海の中まで届いているはずだ。やつらは私の言葉に、耳を傾けざるを得ない。この、絶望的な状況では。

 そこに、光を当てる一言を、私は告げる。


『だが、魔族の王であるオーガスタ殿に従うと約束するならば、この包囲を解き、開放することを約束しよう。そればかりか、働き次第では我々も食や生活の安定を保証する。返答や、いかに?』


 拡声器でそう言い放った私の言葉に、一匹のヒッポカムポスが水面から顔を出す。そして、こう告げた。


『今の言葉……誠である保証がどこにあるか?』


 信用などしていない人族からの提案だ。当然、そう返してくると思っていた。が、私はこう答える。


『現に、空を舞うあの魔獣たちにも同様の契約を交わしている。それゆえに彼らは我々のために働き、その見返りにこの作戦に加担した。それが、何よりの(あかし)だ』

『なるほど……誇り高き空の魔獣どもが、こうもあっさりと人族の味方をするなどとは、何かおかしいとは思っていたがそういうことか』


 するとヒッポカムポスの(おさ)らしき者は一度、水面に顔を沈める。と思えば、すぐに顔をだし、こう答える。


『どのみち、選択肢はあるまい。従属か、死か。そういうことであろう』

『そういうことだ』


 私は言い切る。間違いではない。ここで反攻に出れば、我々はこの海の魔獣どもを殲滅するつもりでいる。

 王国魔術師隊やオーガスタ殿には伝えていないが、すでに上空2万メートルより哨戒機隊が50機、待機している。最悪は彼らからの遠距離射撃により、一匹残らず殲滅するつもりでいる。が、その手を使うまでもなく、ヒッポカムポスの(おさ)は決断した。


『わかった。魔族の王、オーガスタの軍門に下るとしよう』


 その一言を得た私は、山と積まれた魚の脇に置かれた、大きなロボットアームを操る。


『では、友好の証だ。まずはこれを、受け取ってくれ』


 僕は拡声器で叫ぶと同時に、その魚の山をロボットアームを使って彼らに次々と投げ入れる。

 バシャバシャと、音を立ててそれに食らいつくヒッポカムポスの群れを観ながら、エンリケがこう呟く。


「やれやれ、『餌』役からこんどは、いけすの番人か」


 むわっと広がる魚臭さと、水しぶきによる潮の香り。ノエリアは僕の腕をつかみながら、こう呟く。


「うっ、な、なんか気持ち悪い臭い……」


 こればかりは同感だ。正直、臭いのことまでは考えてなかった。皆、その何とも言えない悪臭に鼻を覆うのが精一杯だった。

 まあ、いい。ともかくこれで、海の魔獣すらも配下に付けた。

 あと、空の魔獣がいくつか残っているが、時間の問題だろう。この世界にいる魔獣の多くはいずれ、オーガスタの配下となる。

 だが、今度のような作戦は今後、ごめんだな。臭い作戦は、避けるようにしよう。そう私は誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ