#31 王国魔術師隊
目が覚める。
ここは一体、どこだ?
真っ白な天井が見える。体には、白いシーツがかけられている。どうやらここは、ベッドの上のようだ。
だがどうして私が、ここにいるのか?前後の記憶が、まるでない。
しばらくの間、ぼーっと天井を見たまま、おぼろげな頭の中で考え込む。すると、徐々に蘇る直前の記憶。
ああ、そうか、そうだった……私はあのとき、罪人になったのだった。そういえばあの時、白い魔の煙に覆われて、それで私は……
もしかするとここは、すでに死後の世界なのだろうか。何もかも白い。清浄なる天国に、私は送り込まれたのかもしれない。
だが、そのわりにはすぐ傍に杖が置かれている。魔術を引き出すあの忌まわしい杖は、清浄な世界に持ち込めるものなのだろうか?
「気づいたか。」
突然、私の周囲を覆う白い布の一端が開かれ、1人の人物が現れた。
その瞬間、私はまだ、この世にいることを悟った。
それは、アードルフだった。
「大丈夫か?何か欲しいものがあれば、持って来させよう。」
アードルフが、私に話しかける。だが、妙だな。私の記憶によれば、私はアードルフと対峙し、アードルフらに向かって魔術を放った。あの格納庫の一部も破壊した。それがどうして今、牢獄ではない場所でアードルフと共にいるのだ?
「おい、アードルフ。一体ここは……」
「ああ、貴殿らは格納庫内で起こった哨戒機の武装暴発事故に巻き込まれて、この病室に運ばれたのだ。皆、気を失ったようだが、幸い怪我はほとんどなく無事だった。」
「な!いや、あれは我々の魔術で……」
「エンリケ殿、この事故のことは、ぜひとも他言無用で願いたい。王都の民に知れれば、我々への不信感につながってしまう。今回は実に不運な事故だったが、滅多に起こることではないゆえ、我々を信頼してもらいたい。」
私の言葉を塞ぐように、アードルフは話す。私は思わず、首を軽く縦にふる。
「ところでエンリケ殿。2つ話があるのだが。」
「な、なんだ。」
「一つは、貴殿とのブリーフィング中に不用意な発言をしたあの士官を更迭した。別の幕僚が、もうすぐこの王都に到着することになっている。貴殿らには、不愉快な思いをさせてしまった、すまない。」
「い、いや、別に謝る必要はない。」
「そしてもう一つ、貴殿ら王都魔術師隊に、要請がある。」
「魔術師隊に要請?いやまて、我々は魔術師団だぞ?」
「上級魔術師だけではない、王都にいる中級魔術師30人を含む人々も合わせて、魔術師隊と呼称させていただく。その魔術師隊に、オーガスタ殿からの要請を受け取った。」
「魔族の王からだと?何の要請だ?」
「救援要請だ。」
「救援?」
「そうだ。空の魔族との戦いで、地の魔族だけでは苦戦している。そこで、元は同郷の者同士で、かつては良好な関係にあった人族の魔術師と、手を組みたいと申し出てきた。」
「なんだと……?」
「私からもお願いする。王都にいる魔術師を束ね、空の魔族を追い込むには、貴殿の団長としての人望と力が必要だ。」
なんとなくだが、これがアードルフが裏で走り回って、どうにかたどり着いた妥協点なのだろう。我々に与えられた最後の機会なのだろうな。断る理由はない。
「分かった。その要請、受け入れよう。300年前には仲間であったと聞く地の魔族とあらば、我らが助けるのが筋であろうからな。」
「受け入れ、感謝する。では、私はそれを魔族の王と司令部に伝えるため、席を外す。」
立ち上がり、帽子をかぶるアードルフ。そのアードルフに、私は尋ねる。
「そうだ!おい、アードルフ!カルメラは、他の皆は、どこにいるのか?」
「この病棟の同じ階にいる。この病室には貴殿とセサル殿が、隣の病室にはカルメラさん、ノエリア、そしてバレンシアさんがいる。まだ、皆は目覚めていないようだが、様子を見るのは自由だ。」
「そうか、分かった。」
私が返事をすると、アードルフは軽く敬礼して、その場を離れた。
明らかに、やつは嘘をついていたな。どう考えても、あれは暴発事故などではない。私の記憶通りのことが起きていたはずだ。事故の話をしているときはどことなく表情が硬いし、目もややそらし気味だ。普段は嘘がつけない男だから、こういうときは分かりやすい。
だが、それを突くのは野暮というもの。本来ならば死をもって償うべき我らの行動を、なかったことにしたのだ。やつの好意を、甘んじて受け入れるのが筋だろう。
◇◇◇◇◇
オーガスタ殿と司令部に魔術師隊の件を伝えた後、私はノエリアの病室に向かう。
他の4人は、なかなか目覚めない。おそらく、催眠ガスを吸った量がエンリケ殿よりも多いのだろう。
気の毒なことをしたが、あの場を収めるには、あれしか手がなかった。
そのエンリケ殿でさえ、目覚めるのに10時間かかっている。その10時間の間、私はこの一件を収めるため司令部内を奔走していた。
私はまず、あの幕僚を更迭することに決める。するとあの幕僚は司令部に駆け込み、私のこの決定を不当だと訴えたのだ。
どのみち、後処理も含めて司令部を説得する必要がある。私はすぐに司令部に出向き、経緯を説明する。
その上で私は、司令長官に申し上げる。今回の一件、何ゆえ魔術師団長が暴発したか?
そうでなくても、我々の出現で自身の立場に不安を抱えている魔術師達だ。不用意な発言で、こうなってしまうことは十分想定できたはず。私のこの訴えが認められて、晴れてあの幕僚の更迭が承認された。
で、私はさらにその善後策を提案する。これは格納庫内で起きた事故であり、魔術師団の5人はそれに巻き込まれたこととする。そうすれば、彼らに罪を負わせる必要がなくなる。
「貴官のその提案だが、それは貴官の妻がいるから、そのような提案を持ち込んだのか?軍の施設に少なからず損害が出た。お咎めなしとはいくまい。たとえ貴官の身内がいるとはいえ、処罰を与えるべきではないのか」
「いえ、私的な事情よりも、王都に与える影響を考慮してのことです。」
「どういうことだ?」
「王都には、中級魔術師が30人いると聞いております。彼らもまた、エンリケ殿と同様、不安を抱えた日々を過ごしているはず。そこで我らが上級魔術師に対し何らかの処罰を加えたとなれば、理由はどうあれ彼らとその家族、そして王都の人々の一部に、我々への敵意を植えつけることになるでしょう。」
「なるほど……貴官の言にも、一理あるな。だがそれは、裏を返せば魔術師達がいつ暴発してもおかしくない、ということではないのか?」
「そうです。なればこそ私は、魔術師隊の創設を進言いたします。」
「魔術師隊?なんだそれは。」
「はっ!上級、中級の魔術師を全て束ねて、何らかの役割を与えるのです。エンリケ殿をその隊長とすれば、今回の一件での汚名を返上すべく、一心不乱に働くことでしょう。」
こうして王都司令部は、私のこの提案を正式に了承した。
だがおかげで、魔術師隊などと急にその場で思いついた組織のことまで処理せねばならなくなった。私は急ぎ、オーガスタ殿の元に向かう。
「なるほどな……そのようなことがあったとはな。」
「無論、彼らも反乱など本意ではなかった。役割さえ与えてやれば、彼らは不安を抱くことなく過ごせたはずだ。」
「そうであろうな。で、なにゆえアードルフ殿は、妾の元のやってきた?」
「オーガスタ殿に、彼らへの役割を与えて欲しい。」
「妾がか?で、何を与えればよいのじゃ?」
その場で私は、オーガスタ殿の救援要請を引き出すことができた。
そして今、私はノエリアのベッドの脇に座っている。
まだ、目覚める気配のないノエリア。もう11時間以上、意識を失ったままだ。
このまま翌日を迎えてしまうのではないかと思った矢先、突然、ノエリアが動き出す。
「ううーん……」
うっすらと目を開けるノエリア。私は声をかける。
「おい、大丈夫か、ノエリア。」
「ううーん……アードルフ……」
なにやらニヤニヤしながら、私の腕を抱き寄せる。ああ、いつものことだな。ほんとこいつは、目覚めが悪い。
「うふ……アードルフの手……アードルフの腕……」
つい今朝方、私に魔術を向けていたことなど、すっかり忘れてやがるな。まあ、できればその方がいい。私はしばらく、ノエリアのしたいようにさせていた。
だが10分ほどして、ノエリアは正気に戻る。急に我にかえったノエリア。
「はっ!アードルフ!私、あのとき……その……」
「どうした?」
「いや、私あのとき、杖を握って、アードルフに向けて魔術を……」
「何を言っている?お前は格納庫内で起きた暴発事故に巻き込まれて、この病室に運び込まれたんだ。」
「は?事故?なんのことよ!?」
「幸いなことに、たいした怪我もなく皆、助かった。他の4人もいる。先ほどエンリケ殿も目を覚まし、私が事情を話しておいた。そろそろ他の3人も目を覚ますだろう。」
そう話すと、ノエリアのやつ、私の顔をじーっと見つめて、こう言い出す。
「……あんたさ、嘘ついてるでしょう。」
なんだ、こいつは?私の嘘はそんなに、顔に出ているのか?
睨みつけるように私の顔を見つめるノエリア。ここは下手な言い訳などせず、素直に返した方がいいだろう。
「……その通りだ。だが、今はその嘘の方がここでは真実だ。これはエンリケ殿も、王都司令部も了承済みのことだ。ともかくノエリア、今は身体の回復を優先させよ。」
そう話すと、ノエリアのやつは私の顔をまじまじと見つめる。
「ふうーん……あんた、どうせまたなにか、やったんでしょう。」
「まあな。ともかく、そんなことはどうでもいい。明日にはうちに帰れるよう、しっかり寝ておくんだ。」
「うん、分かった。」
「ところで、お前、もう11時間も寝ていたんだぞ。何か、欲しいものはないか?」
「うん、そうね……パエリア味とドリア味のポテチが欲しい。あと、コーラ。」
「ああ、分かった。じゃあ、ちょっと買ってくる。」
いかにもノエリアらしい要求だな。だが思ったより、心のダメージは少ないようだ。
で、要望されたスナック菓子とコーラを持ち込むと、それを無造作に食べ始めるノエリア。
「おい、ここは仮にも病室だぞ!いくらなんでも、勢いよく食べ過ぎじゃないか!?」
「いいのよぉ~!あのときはもう、食べられないかと思ってたんだから!それがこうして再び食べられたのよ!」
何だこいつは、空淡蒼爆炎を放った直後に涙を流し、錯乱状態に陥っていたというが、それは私に対してではなく、このスナック菓子との別れを惜しんでのことだったというのか?
「ねえ、それ何?」
「あ、カルメラじゃない!ジャガイモでできたお菓子なんだけど、美味しいのよ、これ!」
勢いよくバリバリと音を立てて何かを食べているノエリアの様子が気になって、カルメラさんが現れた。ああ、彼女も目覚めたのか。
「……ああ、ほんとね、美味しい!でも、ほんとにこれ、ジャガイモなの!?」
「不思議でしょう~!でね、この闇属性の飲み物がよく合うのよ!」
「へぇ~そうなんだ。じゃあ、ちょっともらうわね……って、ちょっと!何これ!?口の中で強烈な泡が吹き出たわよ!?」
「まあ、文句言わずにもうちょっと飲んでみて!癖になるから!」
「……なにここ。もしかしてここは、天国……?」
「あ、バレンシア!あんたもこれ、食べて飲みなよ!」
「いや……闇属性の飲み物は私……」
「何言ってんのよ、あんた、闇の使い魔でしょうが!ねえ、アードルフ!ポテチをもう4袋と、闇飲料を3本追加!お願いね!」
ああ、ノエリアのベッドは、すっかりパーティー会場と化してしまった。その後私は、ジャガイモのスナック菓子と闇属性飲料を3回ほど、買いに走るはめになる。
こうして長い1日は終わり、私の思いつきで王都魔術師隊が結成されることになった。
その最初の任務は、ヒッポカムポスの包囲戦である。