#30 魔術師の乱
きっかけは、オーガスタ殿と私と司令部幕僚、そして魔術師団団長であるエンリケ殿を集めて開いたブリーフィングだった。
「なぜ私が、この会合に顔を出さねばならないのか!?」
そのブリーフィングの途中、突然、エンリケ殿がこう言い放つ。
「ここは王都のすぐそばだ。空の魔族は、あなた方の住む王都目指して侵攻してくる。ゆえに、エンリケ殿の出席を求めた次第だ」
「ならばなぜ、我々には攻撃の機会が与えられない!?」
「それは、地の魔族の王の元に空の魔族を従わせるために必要な処置であって……」
「であれば、やはり我々は不要ではないか!何ゆえに、我らを呼びつける必要があるのか!?」
なにやらエンリケ殿の中で、不満が溜まっているようだ。このままでは暴発しかねない。私はエンリケ殿にその真意を尋ねようとした、その時だ。
あの幕僚が、不用意な発言をする。
「仕方ないだろう。あなた方が不甲斐ないゆえに、我らがこうして出張っているのだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない!」
「……なん……だと……?」
この大尉の一言を聞いて、みるみる顔が赤くなるエンリケ殿。
「おい、エンリケ殿……」
「……今の言葉が、宇宙艦隊司令部とやらの総意か!ならば我らは、そなたらには従わぬ!」
そう言い残して、部屋を出て行くエンリケ殿。
「おい、ヴィルナー大尉!言い過ぎだぞ!」
「構いませんよ。彼らに何かできるわけではないでしょう。放っておいても、問題ありませんよ」
そう言って気にも留めないこの幕僚の一言で、再びブリーフィングに戻る。
だがこの一言が、致命傷だった。
ブリーフィングも終わりかけの時だった。
突然、出入り口の扉が開き、1人の士官が飛び込んでくる。
「大変です!司令部格納庫で、エンリケ殿が!」
「なんだ、エンリケ殿がどうしたと言うのか!?」
このブリーフィング中は、緊急時以外の連絡を受けないことになっている。その場に、血相を変えた士官がエンリケ殿の名を語りながら飛び込んできたと言うことは、ただならぬ事態がエンリケ殿によって引き起こされたことを物語っている。
直ちにブリーフィングは中断され、私は格納庫に向かう。すでに重機隊が4機と、士官が数名、銃を片手に格納庫を取り囲んでいた。
「少佐殿!」
ある士官が、私に向かって叫ぶ。
「何が起きた!?」
「はっ!エンリケ殿を始め、王都魔術師団の5名が格納庫に立てこもり、我々司令部直属部隊と交戦!」
「なんだと……交戦?」
「はっ!すでにあちら側から炎の魔術が3発、放たれました!ゆえに人型重機隊を招集し対峙、こう着状態に陥ったところです!」
想像以上に、事態は悪化していた。そういえば先日、ロルフ大尉が施したあの杖の仕掛けのおかげで、魔術の使用回数が大幅に増えてしまったのだった。このままでは、まだ魔術を使いかねない。
いや……ちょっと待て。魔術師5人だと?
つまり、ノエリアもあちら側にいると言うのか?
「司令部に伝達!緘口令を敷く!ここでの出来事は、この司令部以外の誰にも漏らすな!」
「はっ!しかし、再び魔術を放たれてはそれも……」
「なんとかして私が説得する!重機隊は待機!私の指示を待て!」
このまま彼らが立てこもり、王国の知るところとなれば大変なことになる。何としても、この場を納めなくては。
私は格納庫へと向かう。できたばかりのこの建屋の小さな扉の前に、エンリケ殿が立っているのが見える。私は叫ぶ。
「エンリケ殿!今ならまだ、間に合う!今すぐ、我らの元に戻れ!」
「断る!我ら魔術師団は、貴様らに従う気は無い!」
ダメだ、あの団長め、すでに冷静さを失っている。このままでは、彼らは本当に罪人になってしまう。
「魔術師団に告ぐ!このまま宇宙艦隊司令部の建屋を占拠するならば、我らは相当の手段をもってこれに対処する!場合によっては、貴殿らの生命の保証もいたしかねる!」
このタイミングで、よりにもよってあの大尉が拡声器で余計なことをふっかけてきた。馬鹿かこいつは。今ここで火に油をそそぐような行為に出て、どうするつもりだ?
「ならば、我らはそれに抗うまでのこと!我らが力、とくと知るがいい!」
その挑発に乗ってしまったエンリケ殿。扉の奥に入るエンリケ殿。
それを見た私は、とっさに下令する。
「重機隊全機、前進!密集隊形にてバリアシステムを稼働、待機せよ!」
『了解!』
重機隊長のヨーゼフ大尉が返答する。おそらく、大尉も何が起きるのかを察したことだろう。我々の前に体長4メートルの巨体が並び、壁を作る。
おそらく、いや間違いなく、あれを放ってくるだろう。
「格納庫内の監視カメラ映像を、こっちに回せるか!?」
「はい!送ります!」
私の手元にあるタブレットで、格納庫内のカメラ映像を見る。
5人の魔術師が、エンリケ殿の元に集まって何かを話している。
『……ってよ!本当に撃つつもりなの!?』
『当然だ!もはや我々は、奴らの敵となった!今さら何も為さず、奴らに倒されるなど、なるものか!目にもの見せてくれる』
『ちょっと、エンリケ!冷静になりなさいよ!あんたちょっと、おかしいわよ!?今ならまだ……』
『無理だ!』
怒り心頭のエンリケ殿を、他の4人が説得している。いや、4人のうち、カルメラさんだけはエンリケ殿を諌めている。ノエリアはといえば、カルメラさんのそばで杖を握ったまま、黙り込んで立っている。
つい先日、ノエリアは他の4人の魔術師とは異質の存在であると知らされた。もしかしたら、そのことが尾を引いているのだろう。いつものノエリアならば、この場でもっと反論しているところだ。だが今は、カルメラさんだけがエンリケ殿の説得を試みている状態だ。
『カルメラ、もしここで奴らの前に出て行ったなら、我々、特に私とお前はどうなると思う?』
『どうって……』
『考えても見ろ。すでに不要となった魔術師、しかもこの格納庫に立てこもり、罪人となった。どう考えてもこの先、生きて帰れると思うか?』
それを聞いたカルメラさんは、言葉を失う。
『皆を巻き込んだこと、すまないと思っている。だが、我ら王都魔術師団が地の魔族以下の扱いを受けることなど、たとえこの命に代えても、絶対に認めるわけにはいかぬ!そのときは、魔族が統一した暁には、我々魔術師団は、いや王都に住む魔術師達は皆、地位も名誉も失うことになる!それだけは、どうしても許すわけにはいかない!』
その言葉を、黙って受け入れる一同。そしてエンリケ殿は、杖を高々と掲げる。
『いくぞ』
他の4人も、エンリケ殿の声に従い、杖を差し出す。そしてエンリケ殿は、詠唱を始める。
『……我、ならびに我に従う魔術師の力に契りし精霊たちよ……我の前に集い……』
私は、無線機で重機隊に指示を出す。
「くるぞ!重機隊!攻撃に備え!」
再びタブレットの映像を見る。エンリケ殿の杖の先の光の輪が、徐々に収束し始めていた。
『出でよ!空淡蒼爆炎!』
ついに、魔術が放たれる。私は叫ぶ。
「総員、衝撃に備え!」
次の瞬間、格納庫の壁が裏側から、弾け飛ぶ。
その内側から青白い光の柱が、まっすぐこちらに向けて放たれる。
だが、光の柱は4機の人型重機の作るバリア障壁によって、阻まれる。その代わりに猛烈な爆風が、我々に襲いかかる。
辺りの木々も、爆風にさらされてなびく。あまりの強い風のため、その枝の何本かがへし折られて、辺りに散乱する。
この間、わずか数秒。だがその長い数秒間が、ようやく終わる。風はおさまり、辺りは静けさを取り戻す。
格納庫には、大きな穴が空いている。5人の魔術師達が杖を掲げて立っているのが、その穴から見える。
「イタタ……た、大変なことになりましたね……」
横で士官が1人、帽子を押さえたまま立ち上がる。その士官に、私は指示する。
「……止むを得ない。あれを使うぞ」
◇◇◇◇◇
格納庫に空いた大きな穴を見る。
この穴は、我々がもはや引き返せないところまで来てしまったことを、如実に物語っている。
「あ……わ、私……アードルフに向かって、魔術を……」
ノエリアが半狂乱状態だ。それはそうだろう。すぐ向こうに、こいつの旦那がいる。その旦那に向かって、渾身の一撃をぶつけてしまったのだから。
だが、予想通りと言うべきか、やつらはこちらの攻撃を読んでいたようだ。
人型重機という化け物が、アードルフの前に立ちはだかっている。我々の渾身の魔術を、はじき飛ばしてしまったようだ。
「……反応が、ないわね。てっきり、すぐに武器で撃ち返してくるかと思ったのに」
カルメラが、私の耳元でつぶやく。確かに、これだけのことをした我々に対し、何らかの声明もなければ、攻撃もない。静かすぎるのは、かえって不気味だ。
「時間の問題だろう。いずれやつらは、我々に向けて撃ってくる」
「そ、そうよね。もう私達、明らかな罪人ですものね」
常に冷静なカルメラだから、今のこの状況を正直にさらりと言ってのけるが、他の3人はこの状況の深刻さに押しつぶされて、もはや使い物にならない。
「ああ……パトリシア……僕はここで命尽きる……最後に一目、会いたかった……」
「エーリク……私のこと、忘れないでね……」
すでに未来があった彼らを巻き込んだことを、急に悔やまれる。なぜ、私とカルメラだけでやらなかったのだろうか?
それにしてもだ、一向にあちらの動きがない。アードルフとその取り巻きは、人型重機を壁にしたまま、その後ろでただ黙って立っているだけだ。一体、どうしたというのだ?
しばらくの間、錯乱状態の3人のうめき声のような恨み節を聴きながら、時を過ごす。
突然、妙な音が後ろからした。
カーン……
私は、振り返る。それは、格納庫の床に落ちてきた、黒い拳大の小さな円筒形の何かだ。
そんなものが2、3個ほど、格納庫の裏側からこちらに投げ込まれてくる。
間違いない。やつらが、動き出した。私はとっさに、カルメラを抱き寄せる。
次の瞬間、その黒い物から妙な音がする。
てっきり爆裂して、我々の身体を跡形もなく吹き飛ばす仕掛けでも飛んできたのだと思っていた。が、その黒い物体から出てきたのは、白い煙だ。プシューと音を立てて勢いよく吹き出されたその煙は、我々を覆い始める。
「なんだ、これは……」
ただの煙など撒き散らして、どうするつもりなのだ。私は辺りを見る。そして、驚愕する。
さっきまで泣き叫んでいたノエリアやバレンシア、それにセサルが、床に倒れこんでいる。なんだこの煙、もしかしてこれは武器なのか?ここでようやく私は、危険を感じる。
「カルメラ!」
とっさにカルメラを抱き寄せるが、すでに彼女の目も虚ろだ。みるみる身体から、力が抜けていくのがわかる。
カルメラを揺さぶり起こそうとするが、そんな私にも異変が起こる。
手に、力が入らない……目の前が、ぼやけてくる。
猛烈な眠気とでもいうべきか、そんなものが急激に襲いかかる。なんとかして踏ん張ろうとするものの、そんな私の意思とは無関係に、視界は徐々に失われ、身体中の力が抜け続ける。
そして、目の前が真っ暗になった……




