#3 接触
くそっ、撃ち漏らしたか……あの化け物め、羽もないのにあっさりと、我々の渾身の炎の魔術を避けやがった。
にしてもこの灰色の化け物、いつもの魔獣とはまったく異なる。ゴォーっという音を立てて避けたかと思うと、そのままものすごい速さでこの王都の真上に滑り込んできた。
そしてそのまま、王都の空に居座ってしまった……
にしても大きい。途轍もなく大きい。近くで見るとなお実感する。なんだこの化け物は。こんな魔獣、見たことがないぞ。
私は、ちらっと4人を見る。
魔力の少ないセサルとバレンシアは、その場でへたり込んでしまった。やはり、2発が限界か。
「ちょ、ちょっと、何よあれ!」
顔面蒼白で叫ぶのは、ノエリアだ。こいつ、魔力だけは豊富だ。まだピンピンしている。
だが、私もカルメラもかなり消耗している。私もその場に座り込む。
「な、なんだあの化け物は……ディアブロスよりもでかいぞ。こんな化け物が、この世にはいたのか!?」
私の言葉に呼応するように、ノエリアが私を罵る。
「な、何やってるのよ!エンリケがちゃんと当てないから、あの化け物、王都の上に来ちゃったじゃない!」
いや、さっきの魔術があれに当たっていたとしても、この魔獣は倒せなかっただろう。いくらなんでも大きすぎる。王宮よりも大きな化け物を倒せる魔術など、この世には存在しないのではないか?
◇◇◇◇◇
「妙ですね。哨戒機や砲台など、どこにも見当たりませんよ。」
「さっきのビーム発射地点を念入りに調べろ!小型の発射装置のようなものもないか!?」
「ありません。が、人が見えます。」
「人?」
「映像、出します!」
私はモニターを見る。そこには、甲冑を身につけた数人の兵士が見えた。
その兵達に混じって、杖を持ち、やや派手な装飾の施された衣装をまとった人物がいる。全部で5人。内4人は、その場で座り込んでいた。
ここが、先ほどのビーム発射地点だという。しかし、そこには発射装置など見当たらない。ただ、他と違うのは、この妙に派手な装飾を施した服装の男女が5人いることくらいだ。
「おかしいな……あれほどの威力のビームを放ちながら、何もないとは……」
まさか、砲台を隠したのか?だがそこは城壁の上。すぐ横に、小さく簡素な見張り小屋があるくらいだ。あれでは、とてもあれだけのビームを放った砲撃装置を隠せるとは思えない。城壁の下を見ても、機械らしきものは見えない。
にしても、あの派手な5人が気になるな……おそらく、あのビーム発射に関わる人物なのは間違いなさそうだ。
私は、決断する。
「副長、意見具申!」
「なんだ。」
「我が艦の2足歩行重機の、発進許可を頂けませんか?」
「重機を?そんなもの、どうするんだ。」
「はっ!私自身が、あのビーム発射地点にのりこみます!」
「な、なんだと!?」
「見たところ、兵器らしきものが見えません。私が想定した事態とは、あまりにもかけ離れているように感じます。状況を把握するため、小官があの発射地点に出向き、そこにいる人物と接触してみます。」
「おい、待て。それはちょっと、危険すぎないか?」
「危険は承知の上です。ですがこのままでは、事態はまったく進展しません。行かせてはもらえませんか、艦長!」
しばらく考え込む艦長。そして、私に言った。
「分かった。その具申、許可する。直ちに重機にて発進せよ。ただし、くれぐれも慎重に行動するように。」
「はっ!アードルフ少佐、直ちに発進します!」
私は艦長の指示を受け、下部格納庫へと向かう。
この駆逐艦2130号艦は、全長400メートル。通常の駆逐艦よりも長い。このため、通常の艦にはない大型の下部格納庫がある。
その下部格納庫には、主に資源探索のための人型重機と呼ばれる2足歩行型のロボットが4体搭載されている。そのうちの1体を使って、あの城壁の上へと降り立つ。あの幅では、哨戒機は降りられない。
「副長殿!発進準備、整いました!」
重機パイロットが、格納庫についた私に申告する。
「ヨーゼフ大尉、すまないが、私をあの城壁の上まで頼む。」
「承知しました。ちゃんと送り届けて差し上げますよ。」
私は、この不恰好な2足歩行重機の後部座席に乗り込む。
「1番機より2130号艦!発進準備完了、許可を!」
『2130号艦より重機1番機、発進許可了承!ハッチ開く!』
下部格納庫のハッチがゆっくりと開く。この重機はハッチに向かってのっしのっしと歩き、そして降下を開始する。
『地上付近、障害物なし!降下よし!』
「了解!1番機、降下開始!」
◇◇◇◇◇
突然、あの化け物の口が開く。魔術師一同は警戒する。
が、我々を食べるためではなさそうだ。口の中から、奇妙なものが飛び出してきた。
2本の腕と足、中くらいの化け物。頭はないようで、透明なガラスのようなもので覆われた不思議な胴体を持っている。
そんな首なしの化け物が、我々、上級魔術師のいるこの場所に向かってゆっくりと降りてくる。
「ひ、ひぃぃぃ!」
一番元気なノエリアは、そばにある見張り小屋の中に隠れてしまった。他の兵達も四散してしまう。だが、残りの4人は魔力を使い果たし、動くに動けない。
くそっ、魔獣め。悔しいが、もはや我々には力が残っていない。私はカルメラを抱き寄せ、覚悟を決める。
「あら、エンリケ、こんなところでどうしたの?私をいきなり抱き寄せるなんて……」
「今からあの魔獣に殺されるんだぞ!最後の時くらい、こうしたっていいだろう!」
「うふふ、いいわよ。」
にしても、なんであんな化け物を目の前にして、こんなに冷静でいられるんだ、カルメラよ。もっとも、カルメラのこの冷静さのおかげで、私はこれまで何度も助けられた。
が、それもここでおしまいだ。
「ひ、ひぇぇぇ!化け物がきたぁ!」
「ああ、私、ついに死んじゃうんだ……もうちょっと、いろいろなことを知りたかったなぁ……」
足元でへたばっているセサルは発狂寸前、バレンシアは城壁の石に向かってブツブツとつぶやいている。
そしてその化け物は、我々の前に降り立った。
こいつが、私の「死」か。
私はカルメラを抱き寄せたまま、その化け物と対峙する。
ところが、その首なしの化け物は我々の前に降り立つと、突然その場でしゃがみこむ。
そして、その胴体のガラスの部分が開く。
なんと大きな口だ。だが、その口で我々を食らうのかと思いきや、中に2人の人物が見えた。
そのうち、後ろにいる人物が立ち上がり、前にいる人物に何かを言いながら、帽子を被って降りてくる。
そして、その胴体の大きな口が再び閉じる。
目の前に現れたのは、濃い青色の、さして装飾もない地味な服装のその人物。戦士のようだが丸腰で、頭には中央に装飾のついた妙にさっぱりとした帽子をかぶっている。
そして、その人物は私に尋ねる。
「私の話が、分かるか?」
あの奇妙な化け物から降りてきたわりには、妙に丁寧なやつだな。私が応える。
「ああ、分かる。」
「そうか。よかった、統一語を話せる人物だったようだ。いや、突然の訪問で申し訳ない。」
そういうとこの男は、腰のあたりに手を添えたまま、こんなことを言い出す。
「私は連合側の地球097遠征艦隊、駆逐艦2130号艦の副長、アードルフ・フォン・シュタウヘンベルグという者だ。あなた方に尋ねたいことがあって、ここに参上した。」
なんだ?こいつ、おかしなことを言い出したぞ?アース?くちくかん?何のことだ。
奇妙な姿をした得体の知れないやつだが、名乗られた以上、名乗り返すのが礼儀というものだ。
「我が名は、エンリケ・アルタミラーノ。カンタブリア王国の王都サンタンデールの、5人の上級魔術師の一人だ。」
「上級……魔術師?」
意外そうな顔で、こちらを見るアードルフという男。なんだ?私は何か、変なことを言ったか?
「いや、失礼。では、あなたに単刀直入に尋ねたい。先ほど、ここからビーム兵器による攻撃を確認している。間違いないか?」
腰のあたりに手をかけたまま、その男は私に尋ねる。もっとも、どう見てもこの男、剣などは持っていないようだ。
にしてもだ、ビーム兵器とはなんのことだ?さっきからこいつ、何を言っているんだ?言葉は通じるものの、ところどころ意味の分からない言葉を発する。
「先ほどから2度、この城壁付近からビームが放たれたのを確認しているんだ。1発目は地上付近、2発目は当艦に向けられた。間違いないか?」
またビームと言った……何のことを言っている?その時、私の腕の中にいるカルメラが応える。
「もしかして……空淡蒼爆炎のことを言っているんじゃないの?」
するとアードルフという男は、カルメラに尋ねる。
「ほ、ホリゾンブルー……エクスプロージョン?なんだそれは!?」
「私達、上級魔術師5人の魔力を使って放つ魔術よ。1つ目はガルグイユに、2つ目は、今この王都の天空にいるあの灰色の化け物に向けて放ったのよ。」
「は?魔術だと?魔術とはなんのことだ!?」
変なやつだ。自分だってあの化け物を操り、空飛ぶ魔術を使って空から舞い降りてきたではないか。魔術を使うものが、魔術のことを尋ねるとは、おかしなやつだ。
巨大な化け物から降りて来た男、奇妙な姿、噛み合わない会話。こいつは一体、どこから来たのだ?