#29 攻防戦
「一角狼隊、バリアを展開しつつ森の中に後退!哨戒機隊、援護に向かえ!」
「ワイバーンの群れ、高度10で左旋回!ヘルハウンド隊に向かってます!」
「まずいな……地の魔族各隊、作戦中止!全速離脱!急げ!」
私は、地上にいる地の魔族の各群れの長に撤退命令を出す。
前回、ガルグイユの群れに使った包囲作戦を使ったのだが、このワイバーンの群れには通用しない。
やつらの持つ爆炎は、思いの外遠くまで届く。このため、こちらのビーム兵器が届く前に、相手の炎によってやられかねない。
このワイバーンの群れは、低空を高速で飛んできた。このため、射角45度に固定した地の魔族の武器では、低空で侵入するワイバーンの群れを狙い撃てない。対空兵器がワイバーンを捉える時にはすでにワイバーンは目と鼻の先におり、あちらの炎の射程内に入ってしまうからだ。
一角狼の隊が接敵した途端、ワイバーンは炎を放ってきた。バリアを展開しつつしのぐが、攻撃ができない。
ガルグイユでの一件を知って、対策を練ってきたのだろうか?そうとしか思えない。
あれだけの威力を持つ兵器を持ちながら、それを活かせず、ワイバーンを攻略できない。空の魔族攻略は、いきなり頓挫した。
もちろん、我々が哨戒機を繰り出し直接叩けば、何ら問題なく攻略が可能だ。だが、それでは意味がない。
また、こちらの陣営に加えたガルグイユの群れを投入するという手もあるが、元々は仲間だった相手を攻撃させるのは、負の影響が懸念される。
もどかしい……いっそ我々が直接、空の魔族を殲滅する方がまだ楽だ。地の魔族との微妙なバランスを成り立たせながら、空の魔族を屈服させる。そのことが想定以上に困難であることを、今回の一件で思い知らされる。
「だからあのようなまどろこしいことをせず、殲滅すればいいと進言している!生かしておけば、後日災いになりかねない存在ですぞ!」
「いや、これは総司令部とオーガスタ殿との間に交わされた覚書により、決定していることだ。我々が覆して良い話ではない。」
「ならばアードルフ少佐殿、この先、どうされるおつもりか!」
「それを考えるのが幕僚殿、貴官の仕事だ。軍司令部の決定は変わらない。ならば、それに基づいた打開策を検討すべきであろう。」
作戦失敗後に、私は司令部から派遣されたこの幕僚との間で、激論を交わす羽目になった。私より歳上のこの大尉殿は、これみよがしに今回の失敗を責め立てる。
だが、百戦百勝は善なるものにあらず。失敗を糧として、作戦を練り直す。当たり前のことだが、それをなすべき幕僚が、指揮官である私に向かって善後策を問うなど、見当違いも甚だしい。
この頼りにならない幕僚とのブリーフィングを終えて、私は駆逐艦を降りて外に出る。そして車で、あの黒山の麓に向かう。
かつて、ノエリアと遭難したこの場所は、今や魔獣達の楽園と化している。私の姿を見るや、餌をくれるものかと思い、尾を振りながらよってくるヘルハウンドの群れを潜り抜けて、奥にある建物に向かう。
「おう、なんだ、アードルフ殿か。何用じゃ?」
そこは、地の魔族の王の居城、いや、3階建てのプレハブ小屋があった。そこでローゼリンデ中尉とともに、茶会をしているところだった。
「いや、今回の件で、作戦を練り直すため、魔族の視察に来た。」
「おお、そうか。手ごわい相手じゃったからな、ワイバーンは。じゃが、誰も死ななかったのは幸いだった。さすがはアードルフ殿じゃ。」
届けられたばかりのニューヨークチーズケーキを口にしながら、この魔族の王は私をねぎらってくれる。どこかの無能幕僚とは大違いだ。
「……で、作戦再考のため、地の魔族の少数部族らのことを知りたい。多数いる一角狼、ヘルハウンド、トゥルッフ・トゥルウィスらイノシシの群れ以外に、どのような魔獣がいるのか、教えてもらいたいのだが。」
「そうか。分かった。しばし待たれよ。」
そういうと、ニューヨークチーズケーキを一気に食べ、ローゼリンデ中尉が持ち込んだアールグレーを飲み干す。そして黒いマントをなびかせ、立ち上がる。
「では、この魔王城の麓へ参ろうか。」
「あ、ああ……」
なんだ、このプレハブ小屋は魔王城なのか。どちらかと言うと、工事現場の詰所の大きいやつなのだが、そんな小屋の前でマントを翻して、颯爽と出ずるこの魔族の王。なんだこいつは。いちいちカッコつけるやつだな。
「汝も知っての通り、我が地の魔族は、一角狼が全部で300、ヘルハウンドが200、トゥルッフ・トゥルウィスらイノシシが40ほど、それ以外に、少数の魔獣が何匹かおる。」
「その、少数の魔獣というのを私は知らない。どんな魔獣がいるのだ?」
「そうだな、まず、ブラキディオスが10匹ほどおるな。」
「ブラキディオス?どんな魔獣なのだ?」
「頭に緑色の粘菌のようなものをつけた、龍のような魔獣だ。」
「粘菌……なんだそれ、そんなものつけて、何の意味があるのだ?」
「バカにするでないぞ。地の魔族の中で、最強の魔術を放つ魔獣じゃ。」
「最強って、粘菌がか?」
「このブラキディオスは、その粘菌を相手に取り付けられれば、その粘菌を爆破させることで爆裂魔術を使うことができるのじゃ。その威力、トゥルッフ・トゥルウィスの群れごと吹き飛ばせるほどの破壊力。なかなかのもんじゃぞ。」
「トゥルッフ・トゥルウィスの群れを吹き飛ばすって……おい!めちゃくちゃ強いじゃないか!」
「そうじゃ。ゆえに、空の魔族との戦いでこやつらに頼っておったのじゃが、それゆえに消耗が激しくてな……当初、300いたブラキディオスは、今や少数部族になってしまった。」
まあ、そうだろうな。地面近くでは最強でも、空高くやってくる敵に対してはさすがに無力だ。
だが、ブラキディオスか……少数とはいえ、この能力は使えそうだ。
他には、ヴァレフォルという、ロバの頭にライオンの身体、ガチョウの脚にウサギの尾を持つ魔獣が8匹、フュルフールという羽根のついた鹿が5匹、アンドラスという、頭がフクロウで身体が類人猿、背中に羽根の生えた不気味なやつが4体いる。
と、地の魔族なのに羽根付きの魔獣がいるが、聞けば彼らは空は飛べないそうだ。鶏だな、まるで。
こうしてみると、少数部族にはあまりたいした奴はいないな。だが、ブラキディオスだけは違う……こいつは今回の作戦に使えそうだ。
その翌日。
「ワイバーン群、さらに接近!距離14!高度10メートル!総数150!」
再び、ワイバーンの群れが攻めてきた。昨日の我らの負けに味をしめたのであろう。低空で、しかも昨日よりも大群で攻めてきた。
「ブラキディオス隊、配置につきました!接敵まで、あと7分!」
「よし、同行する一角狼隊、およびオーガスタ殿に連絡!ワイバーン包囲作戦、開始!」
「了解!現時刻をもって、ワイバーン包囲戦、開始いたします!」
昨夜のうちに私は、この10匹からなる少数のブラキディオス隊を使い、低空侵入するワイバーンの群れを撃退する作戦を立てた。
この作戦のために、オーガスタ殿にも前線に赴いてもらう。ブラキディオス隊を指揮していただくためだ。
「オーガスタ殿に伝達!ブラキディオス隊、攻撃準備!」
「了解!」
通信士が、オーガスタ殿に私の指示を連絡をする。ワイバーンの群れはすでに、彼らの目の前にいるはずだ。
「今だ!ブラキディオス隊、攻撃開始!」
「2130号艦よりオーガスタ殿!ブラキディオス隊、攻撃開始!」
ワイバーンの群れは、地の魔族の発するビーム兵器を警戒して、低空で侵入してくる。
ゆえに、ビーム兵器の軸線上に現れる頃には、ワイバーンは目の前にいることになる。そのため、彼らの炎の魔術の餌食となってしまう。
このため、彼らがビーム兵器を持つ地の魔族と接触する前に、彼らの陣形を乱す手を打つことにした。
そのために使うのが、ブラキディオスの爆裂魔術だ。
空中で爆発しているのが見える。
10体のブラキディオスから放たれた、魔力の成果だ。低空で侵入するワイバーンに、あの粘菌を振りかけて、爆破させる。
不意打ちを受けて、低空で侵入するワイバーンの群れは混乱に陥った。
散り散りに飛行する先頭集団に、後続のワイバーンが接近する。互いに衝突を避けるために、群れの陣形が乱れ始める。
低空での陣の乱れは、墜落しかねない危険な状態だ。このため、ワイバーンの群れは上昇に転ずる。
だが、それが我々の狙いだった。
一角狼のビーム兵器が、一斉に火を噴く。
上空に舞い上がったワイバーンの群れの先頭集団の何匹かが、ビーム兵器によって消滅する。
低空で侵入を果たせなければ、我々のビーム兵器の餌食になる他ない。次々に落とされるワイバーン達。
当然、ガルグイユの時と同様に、右に転進する。だが、そこにはヘルハウンドの群れが控えている。
結局、四方を包囲されたワイバーンは降伏し、30体の犠牲の上に、地の魔族の軍門に下った。
◇◇◇◇◇
「気に入らない……」
私は、集めた上級魔術師を前に、こう言い放つ。
「何が気に入らないのよ?」
ノエリアのやつが尋ねる。
「このところ我々魔術師団は、何一つ武勲をたてていない。圧倒的な力を誇る空の魔族に対し、地の魔族だけが次々に戦果を挙げている始末だ。これでは、王都魔術師団の存在意義にも関わることだぞ。」
「エンリケ、そんなに深刻に考えなくてもいいのではなくて?」
「いや、ダメだ!このままではいずれ、我々上級魔術師団は、解散に追い込まれるぞ!」
一瞬、場がしーんと静まり返る。
「……解散しても、問題ないのでは?」
「そうですよ、時代は変わったんです。今さら、魔術がどうとか言っても、仕方ないでしょう。」
すでに伴侶を得ているバレンシアと、宇宙での交易の足がかりを築いたばかりのセサルが反論する。
「何をいうか!この王国に魔術師団が結成されてから、すでに200年以上が経つ!我々でその伝統を、消すわけにはいかぬ!」
私は力説するが、周りはしらけている。
「ねえ、そんなに熱り立たなくてもさ、アードルフなら色々と考えてくれるはずだよ。だからさ……」
そのアードルフの軍門に下ったノエリアが、私に意見する。私は、即座に言い返す。
「……お前はいいよな。アードルフを取り込んだ、我々とは違うこの世界の人間なのだから!」
この一言が、カルメラに火をつける。
「ちょっと、エンリケ!何を言ってるの!?そんなこと、関係ないでしょ!」
「いいや、関係ある!ノエリアにバレンシアは、地球097の人間を伴侶とし、セサルはその地球097の連中を取り入ることに成功した!だが、私とカルメラはこの王都でこの先、魔術師を必要としない時代を生きていかなければならない!そんな時代を前に武勲の一つもなく、地の魔族をのさばらしたままで、この先我々はどう生き延びろというのか!?」
一同、静まり返る。特にノエリアは、下をうつむいたままだ。
「……エンリケ、あなたの言うことはわかるけど、だからと言って、どうするつもりなの?」
このカルメラの質問に、私は明確な答えをしなかった。一同、その場は解散する。
だが、この心の中のわだかまりは、後日に思わぬ形で暴発することになってしまった。