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#28 新生活

 あの艦隊戦に勝利し、王都に凱旋してから、1週間が経った。


 この1週間は、大きな出来事が2つある。

 一つは、地の魔族どもの食糧問題が解決したこと。

 そしてもう一つは、空の魔族の群の一つを、地の魔族の王、オーガスタの配下に加えることができたこと。


 一見するとまったく脈絡のないこの2つの事実は、実は大きく一つに繋がっている。


「おーい、ご飯だぞ!」


 調達員と呼ばれるこの男が、不毛の地で大声を張り上げる。その声に呼応して、向こうからたくさんの獣たちが走ってくる。

 だがそれは、普通の獣ではない。

 大きな一本の角を持ち、人の背丈の倍はあろうかという、大きな狼。そう、一角狼と呼ばれる魔獣達だ。

 角の先に魔力を込め、群れをなし一斉に突撃する。少々の柵や砦ならば、その魔力の込められた突撃の前に脆くも砕け散らせるほどの威力を持つ突撃魔術を持つ魔獣。それが、一角狼という魔獣だ。


 そんな魔獣達が、この調達員の与える餌を前に、まるで飼い犬のように尾を振りながら、喜んで走り寄ってくるのだ。

 彼らが持ち込んだ「ペットフード」と呼ばれるこの獣用食糧は、すっかり彼らを虜にした。

 獣的には、上々の味付け。それでいて栄養の偏りもなく、持てる力を遺憾なく発揮することができる食材。そんなものを我々が宇宙に出かけている間、毎日、彼らは与えられ続けた。

 その結果、彼らは宇宙艦隊の従順な下僕(しもべ)へと成り下がっていく。


 これは、一角狼だけではない。イノシシも、ヘルハウンドも、その他の地の魔獣たちも、それぞれに新たな食べ物を与えられ、そして彼らのもたらす食糧に依存する生活を過ごしている。


 この光景を目の当たりにして、初めは呆れていた魔族の王だったが、結局はその新たな生活を受け入れる。なにせ、危険を冒してまであのフォルトンの地に入って、食糧を得る必要がなくなった。さらにこの新たなる食糧は、魔獣達の魔力を高める効果がある。魔族の王にとっても、これほど都合の良い話はない。


 そして、この新たな食べ物が効果を発揮するのは、地の魔族だけではなかった。


 我々が取り逃がしたと思っていた、あのガルグイユの群れが見つかった。

 奴らは一時、フォルトンの地へと逃げ延びたが、あの宇宙へとつながる闇に追われて、すぐにこちらの世界に戻っていたようだ。彼らの存在は、宇宙より空の魔族を探していた、とある駆逐艦からの通報で発覚する。

 だが生き残ったガルグイユは食べるものもなく、森の中で息を殺してじっと生き延びる他なかった。

 だが、そんな彼らに、我々はある作戦を実行する。


 実に、単純な作戦だ。


 その森の近くに、たくさんのペットフードを積み上げる。

 当然、その匂いにつられて、ガルグイユ達が群がってくる。

 そして、その餌を前に、彼らを一網打尽にする。

 たったそれだけの作戦だ。この単純な作戦に、糧尽きた彼らは引っかかる。当然、その中には、ガルグイユの(おさ)もいた。


(わらわ)は、地の魔族の王、オーガスタである!汝らガルグイユの生殺与奪は、(わらわ)の心次第である!食べ物か、死か!ガルグイユの(おさ)よ、いずれかを決めるが良かろう!」

『地の魔族の王よ……我らの食は絶え、すでに戦う力なく、明日をも生きる希望を持たぬ。この先、我らに肉と水を与えてくれると約束するならば、我らはあなた様の軍門に降りましょう』

「分かった。魔族の王の名誉にかけて、約束しよう」


 と、地の魔族の王の呼びかけに、ガルグイユは地の魔族の王に忠誠を誓うこととなる。

 そのガルグイユ達は今、一角狼の群れの向こうで、同じようにペットフードを食べているところだ。


 我ら上級魔術師が、全力を尽くしてようやく1、2体を倒すことができたあのガルグイユを、なんとこのペットフードという食べ物は、一夜にして彼らを従順な下僕(しもべ)に変えてしまった。

 恐ろしいことだ。たかが、食い物だぞ?まさかあのペットフードには、魔力でも込められているのではあるまいな?


 だが、彼らの食材の虜になったのは、魔獣達だけではない。


「おい、アードルフ殿よ!次の定期便は、いつ到着するのだ!?」

「ああ、オーガスタ殿か。王都時間で、今日の15時だ」

「今は一体、何時だ!?」

「14時過ぎだ。もうすぐ、到着する」

「ああ、待ち遠しい……ローゼリンデのやつ、確か今日は、アイスというものが届くと言っておったな……それにしても遅い、何をぐずぐずしておるのか」


 アードルフに、軍務とは無関係な物資輸送便の確認をしているのは、あの魔族の王だ。

 3日に一度、定期便が新たな食べ物をもたらしてくれる。それを心待ちにする魔族の王が、ここにいる。

 そう、この魔族を支配する王は、一方で人間のもたらしたスイーツの虜なのだ。こいつもすっかり、人族のもたらす食文化に取り込まれた。


 そう、全てはこの王都の周りに展開する、遠く200光年以上離れた星からもたらされる食文化の前に、彼らは屈したのだ。


 そして、今日。


 我が王都の横に、新たな街が開かれる。


 ◇◇◇◇◇


 今日でやっと私は、地に足をつけて生活できるようになる。

 この星に来て、ずっと駆逐艦2130号艦で暮らし続けていた。だが、やっとこの星に、我々の街が作られた。

 そして今日、私はこの星の上に、ようやく住居を得られたところだ。


 まだ建設中の宇宙港の建屋のすぐそばに、佐官用住居が40戸ほど作られた。その一つに、私が入ることとなった。

 鍵を受け取り、2階建ての住居の前に立つ。プレハブの簡素な一戸建てだが、駆逐艦暮らしよりははるかに快適な生活を送ることができる。


「うわぁーっ!なにこの家、すごく綺麗!ねえ、これが私達の家なの!?」

「そうだ。ここが今日から、私とお前の住まいだ」


 私の横でぴょんぴょんと跳ねながら興奮しているのは、ノエリアだ。


「ねえねえ、早速入ろう!」

「分かった分かった、そう興奮するな」


 私は扉の前に立ち、鍵を開ける。そして、その新居に足を踏み入れる。


 つい、1時間ほど前のことだ。


 私とノエリアは正式に、戸籍上の「夫婦」となった。

 街の入り口に開設された事務所で、この街の住人登録を行う。といっても、我々軍属はすでに登録済み。民間人の一部が、登録手続きを行っている。そこで、ノエリアは住民票を得た。

 この宇宙港周辺に作られた街は、我々、地球(アース)097の住人が暮らす街として作られた。ゆえに、地球(アース)862の住人は立ち入ることはできても、住むことはできない。


 ただし、例外はある。


 この街に居住権を持つ地球(アース)097の者と婚姻関係にある者ならば、地球(アース)862の出身者であっても、この街に居住することができる。


 その第1号が、ノエリアだ。

 この事務所で、私と共に婚姻届を提出する。その瞬間、ノエリアは私の妻となり、そしてこの街の居住権を得た。ノエリアには、住民票が発行された。


 ちなみに第2号は、バレンシアさんだ。私のすぐ後にエーリク中尉との婚姻手続きを済ませて、この先にできた高層アパートで中尉と一緒に住むことになっている。


「この家、中はがらんとしてるね」

「それはそうだ。家は手に入ったが、冷蔵庫とベッドしかない。大半の家具や家電はいずれ、調達しなきゃならないな」

「ねえ、カデンってなに?」

「ああ、冷蔵庫や電子レンジ、調理ロボットなどなどだ」

「調理ロボットって、あの食堂の奥にあるあれのこと!?」

「そうだ」

「あんなものが、うちにもつけられるの!?信じられない……」

「別に調理ロボットの一つや二つ、自宅につけることはそれほど珍しいことじゃないぞ。勝手に朝食を作ってくれるし、食器も洗ってくれる。私も地球(アース)097に住んでいた時には頼っていたものだ」

「ふうん、そうなんだ。私も料理は得意じゃないし、勝手に作ってくれる方が嬉しいなぁ」


 だが、家電類を手に入れるには、次の調達便を待たなければならない。そもそも食材も手に入れられないし、だいたい調理器具がこの家には一切存在しない。ここしばらくは、駆逐艦内の食堂に通う他なさそうだ。

 だが、あと3ヶ月もすれば、この街にも大型のショッピングモールができる。そうなれば、食材も家電も手に入る環境が整う。それまでの辛抱だ。


「ねえ、ちょっとこの辺りを歩いてみない?」


 ノエリアが私の腕に抱きつきつつ、こんなことを言い出す。


「それはいいが、たいしたものは何もないぞ?」

「だけどさ、せっかく今日からここで暮らすっていうのに、何があるのか分からないなんて気味が悪いでしょう?さ、行こう行こう!」


 この新居に住めることがよほど嬉しいらしい。そんなノエリアに腕を引っ張られ、外に飛び出す。


 この居住エリアは建物が建ちつつあるが、商用地域の辺りはまだ、土がむき出しの区画があちこちに広がっている。街の中心部付近は、大きく四角い巨大な建物が見える。あれは3ヶ月後に開店する予定のショッピングモールだ。


「ねえ、あの建物は何?」


 と、ノエリアが通りの先を指差す。そこには、真四角でガラス張りの建物が見える。


「ああ、あれはコンビニだ」

「コンビニ?なにそれ?」

「そうだな、入ってみれば分かる」


 このコンビニ、この街の開放に合わせて開店したばかりのようだ。そんな真新しい店に、私とノエリアは向かう。

 入り口では、クレジットカードか電子マネーカードの提示を求められる。それをかざすと、店内に入ることができる。

 ここは基本的に、無人の店だ。商品が並び、中にいる数人が、いくつかの商品を手にとっている。


「ねえ、この店さ、店子(たなこ)がいないけど、どうやって買い物をするの?」

「ああ、商品をとって、店を出るだけだ。それで買い物が終わる」

「ええーっ!いつお金を払うのよ!?」

「入る時に、このカードを当てただろう。あとはそのカードの持ち主が何を持ち出したかを自動で認識して、料金を引き落とす。そういう仕組みだ」

「ええっ!?じゃあ、ここにある物をただ、手にとって店を出ればいいんだ。でもなんだかちょっと、後ろめたいなぁ……」

「大丈夫だ。盗人にはならない。店を出る時に自動的に精算される。そういう店だ、ここは」


 やはり無人コンビニは、ノエリアにとっては違和感なく受け入れられる店ではないようだ。店員が、まったくいない。そんな店自体が、この星には存在しない。

 そんな無人店に戸惑いながらも、店内をうろつくノエリア。そこで、あるものに目を留める。


「何これ?」


 ノエリアの指差す先にあるのは、スナック菓子だ。それも、このコンビニ限定のやつだ。


「ああ、これはいわゆるスナック菓子だな。ええと……王都パエリア味?何だそれは」

「ええっ!?パエリア!?お菓子なのに!?気になる、食べたい!」


 この限定スナックに、パエリア好きのノエリアが早速食いついた。

 たいした値段ではない。せいぜい1ユニバーサルドルだ。この安い菓子とジュースを2本買って、コンビニを出る。

 会計もなしに、出入り口を出る。精算が終わったことを示すピローンという音は鳴ったが、お金を払った形跡もなく、外に出る。当然、ノエリアは不安になる。


「ねえ、今ので本当にお金払ってるの!?」

「そんなに気になるなら、スマホで確認すればいいだろう」

「ああ、そうね……って、本当だ!本当にお金、減ってる!」


 王都の貴族なら、勝手にお金を抜きとられたと騒ぎかねない事態だが、すでにこちら側の文化に馴染み始めているノエリアだけに、驚きはするが、怒ることはしない。


 ドリンクとスナック菓子を手にしばらく歩いていると、公園を見つけた。なんだ、公園まで作られていたのか。

 ここは元々、森だったところのようで、その森の木々の一部を残し、公園として整備しているらしい。敷きたての芝生の上に、真新しいベンチがいくつか並んでいる。その一つに、ノエリアとともに座る。


「ねえ、さっきのやつ、早速食べようよ!」


 バレンシアさんほどではないが、ノエリアも好奇心旺盛だ。特にこういう新しいもの、それも食べ物への関心が強い。


「……ねえ、アードルフ、これ、どうやって開けるの?」

「ああ、これか、こうするんだ」


 私は袋の上端部中央を持ち、左右に引き開ける。ぱかっと開いた袋の奥に、ノエリアが初めて目にするスナック菓子が入っている。


「うわぁ、これ……って、これ、なんなの……?どう見てもパエリアには見えないけど……一体、これのどこがパエリアなの?」

「いや、これはジャガイモを薄くスライスしたものを揚げたお菓子だ」

「ええーっ!?ジャガイモ!?なにそれ、全然パエリアじゃないじゃん!」

「まあ、文句を言わずに食べてみろ」

「うう……でもこれ、ジャガイモでしょう?なんだか少し、抵抗あるなぁ……」


 彼らにとってのジャガイモとは、冬の食糧不足の時に命をつなぐため、仕方なく口にする食材というイメージが強いらしい。他の食材はほとんど保存が効かないため、薄くザラザラしたジャガイモのスープと塩漬けした干し肉で食いつないで、春が来るのをただひたすら待つ生活を強いられる。

 このため、ジャガイモを使ったお菓子と聞いて、かなり失望しているようだ。だが、そのお菓子をひとつまみ口にした途端、ノエリアの顔がぱあっと晴れる。


「ちょ……なにこれ!?本当にこれ、ジャガイモなの!?ちょっと、やばくない!?」


 いや、ノエリアよ、これはただのジャガイモではない。中毒性が高いスナック菓子として、昔から知られるスナック菓子だ。ノエリアが虜にならないはずがない。


「味は、確かにパエリアっぽいわね。パエリアにしてパサパサしているけど、これはこれでありかな」

「確かに、王都で食べたパエリアの味がするな。少し、安っぽいパエリアの味だが」

「でもさ、お菓子としては美味しいよ、これ。癖になりそう」


 ああ、早速このスナック菓子の中毒性に毒され始めたようだな。あまり食べ過ぎないといいのだが。


 そのままベンチに座ったまま、このスナック菓子に含まれる塩分によって促された喉の渇きを癒すため、買ってきたジュースを飲む。

 ノエリアは、駆逐艦でも飲んでいたぶどうジュースを飲む。私はといえば、駆逐艦では手に入らなかったコーラを買っていた。キャップをひねると、プシュッと音を立てる。

 その音につられて、ノエリアが私のコーラを見て言う。


「ねえ、その真っ黒な闇属性っぽい飲み物って、なに?」

「ああ、これか。闇ではない、コーラだ」

「コーラ?」

「気になるか?」

「気になる!」

「飲んでみるか?」

「飲む飲む!」


 果物系のジュースしか飲んだことのないノエリアが、私の飲むこの真っ黒な飲み物に興味を持つ。しかし、闇属性とは……別にコーラは、闇の飲料ではないのだがな。


「うっ!」


 その闇属性の飲料を一口含み、思わず声を上げるノエリア。おそらく、慣れない炭酸による刺激にさらされたのだろう。


「ぶはぁーっ!な、何なのよこれ!口の中が、猛烈にしゅわしゅわするよ!?」

「ああ、そりゃあ炭酸飲料だからな」

「タンサン?にしてもあんた、よくこんなもの飲めるわね!」

「そうか?王都のエールだと思えば、この程度の泡は大したことはないだろう」

「そうかしら?でもそうよね、エールだってしゅわしゅわしてるよね……でも、こっちのしゅわしゅわはちょっと、強烈過ぎない?」

「いや、それがかえってクセになるんだよ」


 というと、ノエリアはその闇属性の飲料をまた飲み始める。一口目は不満たらたらだったノエリアだが、二口、三口目と飲むにつれ、だんだんと慣れてきたようだ。どうやら、ノエリアの心の闇にはまったのだろうか、私の買ったコーラだというのに、私に構うことなく飲み干してしまう。


「……ねえ」

「なんだ」

「もう一回、さっきのコンビニって店に行かない?」


 で、結局、ノエリアと再びコンビニを訪れ、大量のコーラとスナック菓子を買い込むことになる。なんだ、やはりコーラのこと、気に入ったのか。

 我が家に備え付けの冷蔵庫に、コーラばかりが何本も収められる。キッチン下の引き出しには、あのスナック菓子が詰め込まれる。


 こうして、私とノエリアは、地上での生活を始めることとなった。

 大量のジャガイモ菓子と、闇属性の飲料とともに。

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