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#27 凱旋

「……で、ノエリアのやつはどこに行ったんだ?」

「決まってるでしょ?今ごろ私達と同じよ。」


駆逐艦の部屋で、カルメラと共にベッドの上にいる。同盟艦隊とやらが警戒区域を出るまでは、しばらくこの船はここにとどまらなければならないと言う。


「しかしあいつら、上手くやれるのか?」

「あら、大丈夫よ。私、ノエリアにしっかり教えたから。」

「いや、今夜のことじゃない。この先のことだ。あのノエリアが人の妻になるなどとは、到底信じられないのだがな。」

「心配いらないわよ。あの男の方だって、とても夫になれそうにない人じゃないの。外れ者同士、上手くやるわよ、きっと。」

「だと、いいんだがな……」


そう言って私は、カルメラを抱き寄せる。それにしてもこの船のベッドは、2人で寝るには少し狭い。やつらも今、同じ不満を抱いている頃だろうか。


◇◇◇◇◇


私は、うっすらと目を開ける。

いつのまにか、寝てしまったらしい。今は何時だ?

時計を見る。艦隊標準時で22時25分、王都時刻では朝の6時25分。つまり、一晩経ってしまったようだ。

にしてもだ。このベッドは、いつになく狭い。いや、その理由は薄々気づいている。私は寝起きで虚ろな頭をフル回転させて、昨夜のことを思い出す。


脳裏に、鮮明な昨夜の記憶が、蘇ってくる。


私はちらりと横を見る。そこにはやはり、もう一人いる。

ああ、あれは、夢ではなかった。

横にいるのは、ノエリアだ。


こいつはまだ、寝ている。シーツをまとい、あどけない顔で寝息をたてている。

念のため、シーツをめくってみる。

ああ……やっぱり。思わず私は顔が熱くなるのを感じる。一糸まとわぬ姿とは、こういうことを言うのか?

そう言っている私も、素っ裸だ。なんということだ。指揮官とあろう者が、こんな姿で一晩過ごすとは。敵襲があったら、遅れをとるところだった。


「おい、ノエリア。」


シーツ越しに、ノエリアの肩を揺さぶる。が、こいつ、まるで起きる気配がない。

私は王都時間の8時には、艦橋に行かなければならないのだが、いつまで寝てるんだ、こいつは。


「おい!起きろ、ノエリア!」


私に突かれて、目をこすりうっすら目を覚ますノエリア。


「へ?アードルフ……?」

「おい、もう朝だぞ!」

「あさ?いいや、私は、ノエリアだよ……」

「おい、何寝ぼけてるんだ!」

「いや、寝ぼけてないって。私は、上級魔術師……」


なんだこいつは?支離滅裂だな。ついにおかしくなったか?

いや、そういえばバレンシアさんから聞いたことがある。ノエリアは、寝起きが悪いと。

単になかなか目覚めないという意味だと思っていたが、どうやら違うらしい。なるほど、寝起きが悪いとは、こういうことか。


「おい!ノエリア!いい加減起きろ!」

「ん~ん……アードルフの腕~、アードルフのお腹~……」


こんな状態が、その後10分ほど続く。ようやく起きたのは、7時前だった。


「……で、あたいは素肌を晒したまま、ずーっとアードルフにちょっかい出してたっていうの!?」

「ああ……そういうことだ。」


赤面しながら、私に問いかけるノエリア。私も正直、恥ずかしい。

しかしノエリアよ、恨むなら、自らの寝起きの悪さを恨め。この件については、私は何もしていない。

にしてもだ。ノエリアよ、いつまでその私の脳髄をビンビン刺激する姿でいるのだ。あと1時間後には、私は職務に戻らねばならないのだが。


「ねえ、もう一回、やろうか!」

「は?」

「なによ。せっかくまだ、こんな姿なんだし、ね?」

「いや……ノエリアよ。私はすぐにでも食事を済ませて、艦橋に行かねばならないのだが。」

「ええ~っ!なによ、つまんないわね!」

「そうは言ってもだな、私はこれから忙しい……ああ、いや、ノエリアのことが嫌いになったとか、そういうのじゃないぞ!勘違いするな!」

「分かってるわよ、そんなことくらい。でもさ、ちょっと不満だなぁ。」


がっかりするノエリアを、私はシーツの上からそっと抱き寄せる。すると、ノエリアも私の背中にそっと手を回す。


しばらくの間、抱き合った後に、ノエリアと共に食堂に向かい、朝食を済ませる。そのままノエリアと別れ、私は1人、艦橋に向かう。艦橋ではちょうど艦長が、航海長と何かを打ち合わせているところだった。


「おお、副長か、ちょうどいいところに現れた。」

「艦長、どうかしましたか?」

「総司令部より電文が届いた。艦隊標準時0時をもって警戒態勢解除、全艦、小惑星帯(アステロイドベルト)へ集結し、補給作業に移れ、だ。」

「そうですか。意外と早かったですね。」

「ああ、貴官がノエリア君と一夜を過ごしているうちに、敵は警戒域を出てくれたようだな。」


この艦長の一言に、艦橋内は一瞬、空気が凍りつくように感じた。私自身にも、穏やかではない何かが心の中をよぎる。


「そ、それはともかくだ。これより本艦は、戦艦デアフリンガーへと向かう。副長、指揮を頼む。」

「はっ!ですが、なぜ、デアフリンガーに?」

「エネルギー粒子の補給もあるが、あそこに客人を残したままだろう。オーガスタ殿にセサル殿、バレンシア君など、本艦が迎えに行かねば帰れない人々が、あそこで待っているじゃないか。」

「あ……そうでした。危うく忘れるところでした。」

「というわけだ、副長、あとは頼んだぞ。」


そう言って艦長は敬礼し、艦橋を後にする。残された私は、航海長と共に戦艦デアフリンガーへ入港すべく準備を始める。

にしてもだ。艦橋内の連中は、私を見てコソコソと内緒話に興じている。一体何を……いや、大体想像はつく。どうせ私とノエリアのことを、アレコレと話しているのだろう。私は、ただ黙ってそれを見過ごすしかない。


と、そこに、エンリケ殿とカルメラさんが現れる。しかしこいつら最近、この艦橋を気軽に出入りし過ぎちゃいないか?


「よぉ、アードルフ。昨日はノエリアとお楽しみだったそうじゃないか!」


しかも開口一発、品も配慮もないこの発言だ。私はムッとして返す。


「なんだ、今、忙しいんだ。用事がないなら、出て行ってくれ。」

「冗談じゃない、ここにいる皆が知りたがっていることを、わざわざお前に尋ねるために来たんだ。大事な用事には違いないだろう。」

「な!そういうのは、こんなところでやることじゃない!」

「いいや、昨夜、お前とノエリアの間に何があったのか、すぐに明らかにせねば、ここにいる連中も任務に集中できない。違うか?」

「そうそう、アードルフさん、覚悟してくださいね。でね、私、予めノエリアにいろいろと教えたのよ。あなたみたいに奥手な男は、まずは大胆に攻めなさいって。エンリケの時も、そうだったから。」

「おい、カルメラ!なぜここで私が出てくる!?」

「エンリケもね、最初は驚くほど無垢だったわよぉ。私の身体を見て倒れそうだったんだから。今じゃすっかり、私の身体の虜なんだけどね。」

「おい、カルメラ!私のことはいい、アードルフだ、アードルフ!」

「これからアードルフさんの恥ずかしいことを聞き出そうって言うのに、まずこちらが出してやらないと、心開かないでしょ?こんなの、戦さの常道よ。」

「お、おい、カルメラ……」


なぜかこの後、この艦橋では、私とエンリケ殿の夜伽の暴露会のようになってしまった。そこにノエリアまで現れて、戦艦デアフリンガーに着くまでの3時間の間、およそ戦闘艦の中枢とは思えないような品位のかけらもない、際どい発言が飛び交うことになる。


◇◇◇◇◇


戦艦デアフリンガーにたどり着き、私とカルメラは、街に繰り出す。

この街は、狭くて賑やかだ。こんな狭いところに、よくまあこれだけたくさんの人と店を押し込めるものだ。

戦いの後だからだろうか、心なしか、いつもより人が多い。激しい戦闘を乗り切った人々が、命あるを喜び、自身の存生(ぞんじょう)を確かめるが如く、街で興に乗じているようだ。


カルメラも、そんな者の一人と言えよう。私を連れ出し、また服を買うのだという。お前、つい先日、何着も買ったばかりであろう。


で、ローゼリンデに教えられたという大きな店にやってきた。そこには男用の服もあるらしい。まさか、私の服も買うというのか?

店に入るや、小走りで店の奥に向かう。そんなカルメラの後を追っていると、ふとある2人に目が止まる。


「やっぱりさ、こういうのがいいのかな?」

「さ、さあな。私に聞かれても、こういうことはさっぱりだ。」

「ふーん。でもさ、下着はもうちょっと細いのがいいって言ってたじゃない。」

「いや、あれはデザイン的な意味で言ったわけではなく、男として機能的な面を求めた結果だな……というか、おい!こんなところで、下着の話をするな!」


そこで頭の悪いやり取りをしているのは、アードルフとノエリアだ。なんだ、こいつらも来ていたのか。


「よぉ、アードルフに、ノエリア。こんなところで、何をしている。」

「なんだ、エンリケ殿か。何と言われても、ここは服屋だ。服を選びに来ている。他に何をするというんだ?」

「そんなことは分かっている。何のために服を選んでるのか?」

「エンリケ!私ね、この魔術師の服くらいしか持ってないでしょ?だから、新しいのが欲しくてさ、それで、アードルフに選んでもらってるの!」

「なんだ……だがノエリアよ、この男が服など選べると思うのか?こう言ってはなんだが、そういう感性は低いと言わざるを得ないだろう。」

「あら、エンリケ、あなただって人のことは言えないでしょ?」


そこに、カルメラが参戦する。


「……なんだ、カルメラ。散々つきあわせておいて、言うことはそれだけか?」

「ええ、せっかくノエリアがいるから、2人で一緒に選ぶわ。服が選べない者同士、そこら辺で待っててちょうだいね。」

「ふん!勝手にしろ!」


というわけで、私はアードルフと一緒に、男服売り場に向かう。


「おい、どうして私が、エンリケ殿の相手をせねばならないのだ?」

「それは、こっちの台詞だ。何ゆえ上級魔術師の私が、こんな戦さ馬鹿と一緒に、服を探さなければならないのか?」

「戦さ馬鹿とはなんだ。そんなに気に入らないのなら、他の店にでも行けばいいだろう。あ、おい、そこにある服は通気性がよくて、動きやすい。お前におすすめだ。」

「なんだと?そうか、ならばこれを一着買うことにしよう。」

「それから、あの服はポケットが多く、道具を持ち歩きやすい。何かと便利だから……」


いつのまにか、私はアードルフに勧められて、あれこれと服を選び始める。そんな2人のところに、ある人物が現れる。


「……副長にエンリケさん。こんなところで何してるんですか、しかも男2人だけで……」


ローゼリンデだ。まるで侮蔑するような眼差しで、こちらを睨んでいる。なんだってこいつが、こんなところにいる?


「カルメラさんとノエリアが、ここに服を選びに来ているんだ。我々はそれを待っているだけだ。」

「ああ、副長、なんだそうだったんですか。てっきり副長、ノエちゃんと喧嘩別れして男同士で傷を舐め合っているのかと……あ!そうだ!そういえば、艦橋勤務の人から聞きましたよ!昨晩、ノエちゃんと一緒に過ごしちゃったとか!」

「……おい、中尉よ、そんなこと、誰から聞いた?」

「誰も何も、2130号艦の皆が知ってますよ。戦闘中にノエちゃんが副長に告白して、しかも一晩過ごして……夫婦になるのも、時間の問題だろうと。」

「はぁ~……もうそんなに噂になっているのか?」

「何言ってるんですか、副長。2人のことはすでに、食堂でみんなのおかずにされてましたよ。知らないのは、お2人くらいのものです。」


ローゼリンデのやつ、アードルフにズケズケと艦内の裏事情を暴露している。だが、ひとつ引っかかることがある。私はローゼリンデに尋ねる。


「おい、ローゼリンデ。今、夫婦になるのは、時間の問題だと言ったな。」

「ええ、言いましたよ。」

「時間の問題も何もこの2人、もはや夫婦ではないのか?」

「えっ!?」

「えっ!?」


ローゼリンデとアードルフが、同時に声を上げる。何を驚いている?私は何か、変なことを言ったか?


「おい……エンリケ殿に尋ねるが、カンタブリア王国では何をしたら夫婦なのだ?」

「いや、普通、一緒に住んだ時点で夫婦とみなされる。」

「はぁ!?おい、それだけなのか!」

「当たり前だろう。それ以上に何が必要だ。夫婦というものは、そういうものだ。」

「いや、待て!戸籍に登録したり、式を挙げたりした後でないと、普通は夫婦とは呼ばないのではないか!?」

「コセキとは何だ?それに夫婦になるためにわざわざ式典を挙げるなど、王族か上級貴族以上の話だぞ。普通はそんなこと、するわけがない。ああ、そうだ……強いて言うなら、妻となる女の左手薬指に、指輪をはめてやるくらいだな。」

「はあ!?おい、ちょっとまて!まさか指輪をはめるって行為は、あの王国では結婚を意味していたのか!?」


何だこいつ、そんなことも知らずに、ノエリアに指輪を贈ったのか?


「……ああ、もうダメですね、副長。こちらの流儀によれば、ノエちゃんと副長はもう夫婦ってことですよ。せいぜい、幸せになって下さいね。」


ローゼリンデが、アードルフに投げやりな祝福を贈っている。アードルフはというと、衝撃的な事実を知ってしまったようで、その場でしばらく動けなくなっていた。


「ああ、そうだ!こんなことしてる場合じゃない!オーガスタちゃんの服を選びに来たんだった!」

「なんだと?あの魔族の王の服だと!?」

「だって彼女、服をほとんど持ってないって言うんですよ!?先日、ヒラヒラの可愛いやつをオーガスタちゃんに買ったんですけど、頭に角が生えてるから、まるでサキュバスみたいになっちゃって……で、今日はもうちょっと、威厳重視の服を探そうと思いまして!」


というと、あの魔族の王を引き連れ、カルメラやノエリアのいる店の奥に向かって歩いていく。


さて、女どもはこの店で各々気に入った服を手に入れたらしく、そのまま今度はスイーツの店へとなだれ込む。男2人も伴って。


「いいなぁ、ノエちゃんもカルメラちゃんも、こんな旦那がいてさ。私なんて全然そういう浮いた話、ないのよねぇ。」

「何言ってんの、ローゼリンデ。2130号艦なんて、見渡す限り男だらけじゃないの。いるんじゃないの、気に入ったのが1人くらい。」

「いや、いないわよ!だって、うちの艦には、まるで艦隊戦の前の駆逐艦のように同じ姿の連中がずらっと並んでいるだけだよ!?くそまじめで、つまんなくて……あの男どもの違いが、まったく分からないわぁ!」

「よく言うわね。その中から、ノエリアとバレンシアが一人づつ抜き取っちゃったわよ。」

「もうあと2、3本抜いてもらってもいいですよ。今なら、もう1本おまけで。」


ローゼリンデのやつ、まるで市場の安物の瓜のような感覚で、この艦の男性諸君を切り売りし始める。


「にしてもこのケーキ、おいしいわ。」

「でしょ!?特に、このイチゴのムースがやばいわぁ。」

「ほんと、やば~い!」

「……おい、なんだ『やばい』とは?」

「ああ、オーガスタちゃんも食べてみれば分かるわ。」

「そうか……ん!なんだ、この味は!?これが……『やばい』というものか……」


本当にどうでもいい話題で盛り上がっているな、この女どもは。


「おい、アードルフよ。ところでこのケーキ、表が妙に赤いが、まさか血で染めているわけではなかろうな!?」

「そんなわけないだろう。これはイチゴだ。気にすることはない。」


我ら男性諸君は、この低劣卑俗なる女どもの話に惑わされることなく、思わず頼んでしまったこのケーキとやらを食べることにする。

うん……認め難いことだが、このケーキは確かに美味い。女どもが騒ぐのも、分からないでもないな。


この後も女どもの買い物に、2人の堅実な男が付き添うという時間が過ぎる。結局そのまま戦艦の街を後にして、数時間後に出発する。


そして翌日。我々はこの星で初めての大規模艦隊戦の勝利の報と共に、王都サンタンデールへ凱旋した。

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