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#26 戦場告白

「全乗員の乗艦を確認!」

「機関始動!駆逐艦2130号艦、発進準備!」

「主計科より連絡!補給作業員がまだ艦内にて作業中!作業員の離艦まで、しばらく待機願います、とのこと!」

「緊急事態だ!作業途中でも構わん!作業員は、直ちに離艦せよと伝えろ!」


艦橋内が泡ただしい。すでに緊急招集がかかって1時間が経つが、まだ発進できない。おかげでアードルフのやつ、だいぶ苛立っているな。


「……で、なぜ魔術師団の団長が、ここにいる!」

「ここは、私の星だ。この戦いを見届ける義務がある。だから、乗艦した。」

「ならばなぜ、カルメラさんまでいる!?」

「私はいつも、エンリケと一蓮托生、エンリケの行くところ、何処へでもついていくわよ。」


なかなか発進できない鬱憤を、こちらに向けてきた。だが当たられても正直、困るんだが。


「副長!作業員の退避を確認!発進準備、整いました!」

「よし……繋留ロック解除!駆逐艦2130号艦、発進!」


ガシャンという音と共に、この船は戦艦デアフリンガーを離れる。ゆっくり後退したのち、上昇に転ずる。

そのまま、真っ暗な空間を全速で進む。しばらく進むと、他の船がずらりと並んでいる場所へとたどり着く。


「艦列に合流!現在、8700隻が集結!あと1時間で完了予定!」

「総司令部からの作戦指示は?」

「先ほど、暗号電文にて届きました!」


通信士が、アードルフに紙の束を渡す。その紙束を一通り目を通すアードルフ。


「……ここで迎撃するのか。」

「そのようですね。確かに、防戦側が小惑星帯(アステロイドベルト)で迎え撃つは、艦隊戦の常道です。」


作戦参謀という役目の男と会話するアードルフ。2人は、前にある大きなモニターに目を移す。


「だが連盟軍が、馬鹿正直にまっすぐ、こっちに向かってくると思うか?」

「これまでの戦闘記録からは、五分五分ですね。狙いが艦隊撃滅なのか、地球(アース)制圧なのか……」

「我々が防戦に有利な小惑星帯(アステロイドベルト)を背後に抱えて、敵もただ突っ込めば勝てないことは、重々承知しているだろう。おそらくどこかで、進路を変えるはずだ。」

「となると、作戦書の第2項の適用ですか?敵艦隊転進の際は、前進し、これを迎撃する、とあります。」

「十中八九、間違いない。敵は必ず、地球(アース)862に向かうため、進路を変える。」


この会話を聞いて、私はアードルフに尋ねる。


「おい、なんだってこの小惑星とやらを背後に抱えていると、有利なのだ!?」

「それは、ここにある多数の小惑星によって、敵のレーダーを撹乱できるからだ。駆逐艦だけでなく小惑星もレーダーに映ってしまうため、こちらの正確な位置と数を把握しづらくなる。さらに戦闘中に小惑星帯(アステロイドベルト)へ潜り込み、小惑星の陰に入れば、それ自身が盾になる。」

「つまり、地の利があると言いたいのか?」

「そうだ。だが、そんなことは敵も承知している。まっすぐノコノコとこちらに向かうとは思えない。必ずどこかで、迂回するはずだ。」


戦さの方法が、我々とはまったく違う。あんな大きな石ころに、そんな使い道があるとはな。


「しかし、それならなぜここでじっとしている?さっさと小惑星とやらに向かって動いた方が良いのではないか?」

「総司令部からの命令だ。ここで待ち伏せる、と。我々は上層部の命令には逆らえない。」

「だが、お前の話では、敵は迂回するのではないのか?」

「もし私が司令長官なら、敵の艦隊に向けて前進する。そして、会敵寸前で後退しながら戦闘に入り、そのまま小惑星帯(アステロイドベルト)に誘導する。ただ待っていれば、敵が目の前に来てくれるわけがない。まったく、総司令部の幕僚どもの能無し集団め……」


随分お怒りな様子だ。確かに、戦さに関してはこいつは一流だ。


果たしてアードルフの言うように、敵は迂回を始める。それを受けて、艦隊はこの石ころだらけの小惑星帯(アステロイドベルト)を抜けて、敵の追撃に入る。

地の利を活かせず、敵と互角な条件になってしまったようだ。


イライラするアードルフ。見ているこっちはおっかない。この近寄りがたい雰囲気を持つこの男の前に、一人の人物が現れた。


ノエリアだ。


◇◇◇◇◇


……なぜだ。なぜこいつが、ここにいる!?


「アードルフ!」


ノエリアが呼ぶ。私は応える。


「おい、ノエリア!なぜ、ここにいる!なぜ乗艦した!戦艦デアフリンガーに残れと言っただろう!」

「だってあんた、さっきまでフラフラだったじゃない!心配しちゃいけないの!?」

「バカ!この艦はもうすぐ戦場に突入するんだぞ!なんで乗ってしまったのか!?」

「バカとは何よ、バカとは!」


突如始まったこの痴話喧嘩に、艦橋にいる乗員が一斉に振り向く。


「副長、今は戦闘配備中である。今さら、乗ってしまったことを責めても、引き返せるわけではない。艦隊戦への備えに集中せよ!」

「は……はい、失礼しました。」


あまりの罵り合いに、艦長から苦言を受けてしまう。いかんな……その通りだ。もう敵は、目の前にいる。


両艦隊は、すでに40万キロまで接近している。射程内まで、あと5分。

すでに総司令部より、艦隊戦用意の指示が送られてきた。


「砲撃戦、用意!」

「砲撃戦用意!航海科より、艦の操縦系、砲撃管制室に移行!」

『砲撃管制室、艦操縦系、受領!』


操縦系は、砲撃管制室に移された。もはや、砲撃戦は避けられない。


「敵艦隊まで、あと31万キロ!」

「司令部より目標(ターゲット)指示!ナンバー4421!」

『砲撃管制室より艦橋!目標(ターゲット)捕捉(ロックオン)!』

「敵艦隊まで、まもなく30万キロ!射程に入ります!」


怒号のような状況報告が、この20名がひしめく狭い艦橋内に飛び交う。いよいよ、大規模戦が始まる。


「総司令部より合図信号!砲撃開始!」


ついに、戦闘開始の合図が送られる。私は叫ぶ。


「砲撃開始!撃ちーかた始め!」

目標(ターゲット)ナンバー4421、撃ちーかた始め!』


砲撃長の復唱と同時に、キーンという甲高い装填音が艦橋内をこだまする。9秒の装填を経て、ついに戦いの火蓋が切られる。


ガガーンという、雷に似た砲撃音が鳴り響く。窓の外は、やや青みがかった白い光に覆われる。艦全体が、ビリビリと響く。

駆逐艦は、艦の大部分が砲身であり、艦の全身を使って撃つ。艦を揺さぶるほどの衝撃をもって打ち出されるこの1発は、たった一撃で王都サンタンデールの強固な城壁をも打ち砕き、その内側にあるものを一切残らず消滅させられるだけの威力を持っている。

そんな威力の砲を、最大5時間も撃ち続けられる能力を持つ。だが、これは敵とて同じ。武器に関しては、敵もまったく同じ武装を持っている。

同じ威力の武器の撃ち合いは、大抵の場合、膠着状態に陥ってしまう。同じ実力同士、同じ戦法。よほどの天才か、よほどの運がないと、この先をひっくり返すことはできない。


だが、戦闘は戦闘だ。膠着しようがしまいが、死人は出る。


「直撃弾、来ます!」

「砲撃中止、バリア展開!」


艦内に、緊張が走る。一瞬の判断ミスが、死を招く瞬間だ。

観測班が敵の砲撃を予測し、その予測を基に防御兵器を駆動させる。直後、光の筋が艦を覆い、ギギギギという金属同士を削り合うような耳障りで不快な音が、この艦橋内に響く。

だがこの音は、防御システムが働いている証拠でもある。この音が鳴り響く限り、我々は助かったことを悟る。

だがこの直撃、この不快音は、思わぬ事態を引き起こす。


「きゃあああぁ!」


砲撃訓練など受けたことがなく、そもそも砲撃音にすら耐性のないノエリアだ。このバリアとビームの不快な干渉音に恐怖を覚え、私の腕にしがみつく。

ガタガタと震えているのが分かる。私の腕から離れない。だが今は戦闘中、正直言って、邪魔だ。


「おい、ノエリア。ここにいると邪魔だ。それに艦橋より、艦の中心部にある食堂の方が生存確率が比較的高い。直ちに食堂に向かい……」

「いやっ!」


私の忠告を、震えるノエリアは全力で拒絶する。

困ったものだ。先頭が怖いことは、前回の小規模戦で経験済みだろう。それを承知で乗ったのではないのか?

だが今は、ノエリアばかりを相手にするわけにはいかない。ノエリアをしがみ付かせたまま、私は指示を続ける。


「僚艦に連絡!標的ナンバー4423へ砲火を集中!これを撃沈する!」

「了解!」


この艦の指揮下にある10隻の僚艦に下令し、特定の敵艦に攻撃を集中させる。一隻でも沈めて、敵に動揺を与えるためだ。

すぐさま、私の指示は実行に移される。司令部より付与された標的ナンバー4423と呼ばれる敵艦に、我がチーム10隻の照準が一斉に向けられる。

ここから見る分には、無限に広がる虚空の闇に向けてビームを放っているだけだ。だが、ナンバー4423と呼ばれる艦では、おそらく一斉に砲火が集中して大混乱に陥っていることだろう。


そんな生死のやり取りの中、ノエリアのやつは私がこうして指示を出している間も、ずっと私の腕にしがみついたまま離れない。戦闘中ゆえに極力、意識はしないよう心がけているが、そうは言っても気にならないわけではない。

にしてもノエリアって、こんなに強情な性格だったか?喜怒哀楽が激しいという印象だから、砲撃音に恐怖し、わめきながら椅子の上で縮み上がる方が、まだノエリアらしい。

だが、時折響く砲撃音やバリア駆動音に怯えながらも、私の腕にしがみついたまま耐えている。

かなり変だな、ノエリアのやつ。これほど自身の感情を押し殺したような彼女を目の当たりにするのは、おそらくこれが初めてだ。


しばらくの間、ノエリアをしがみつかせたまま、戦闘は続行する。この不自然な光景がその後、30分以上続く。

そばにはエンリケ殿とカルメラさんもいるが、何も言わずただ黙って、窓の外やモニターを眺めている。彼らは戦いに参加しているというより、見物しているだけだ。ここにいたからと言って、何かを成せるわけではない。

ならばいっそ、ノエリアを連れ出して欲しいものだ。


そして、そんな沈黙を打ち破るように、ノエリアがついに口を開く。


「……大嫌い……」


妙なことを口走ったぞ?なんだって、大嫌い、だと?


「何か言ったか?」

「大嫌い!!」


大声で私に向かって叫ぶノエリア。


「は!?な……おい、どうしたんだ!?」

「あんたのことが、大っ嫌いだって言ってるの!」


いきなり罵声を浴びせられる私。真っ赤な顔で、私を睨みつけるノエリア。


「おい、ノエリア、今は戦闘中だ。なんだか分からんが、文句は後で聞いてやるから、食堂に行って……」

「あんたさ、私がこうして抱きついてるっていうのに、なんで平気でいられるのよ!?」


私の腕を投げ捨てるように振りほどき、怒りをあらわにする。

勝手に艦橋に現れ、勝手に腕に抱きつき、勝手に投げ捨て、そして勝手に怒り出す。私は、ノエリアのこの態度に苛立つ。


「おい!お前は何をしてるか分かってるのか!?私は今、10隻の駆逐艦を預かる指揮官、一つ間違えたら、我々は敵の砲火に飲まれてしまうんだぞ!?」


そしてついに私は怒りをあらわにして、ノエリアを怒鳴り散らす。

するとノエリアのやつ、今度は急に泣き出す。


「……こんなの、死んだほうがマシだよ……私、せっかくなけなしの勇気振り絞って、あんたのところに来たのに……」

「お、おい!ちょっと待て、突然何を……」

「そんなに私、魅力ないのかな……わ、私だって……」


目をこすりながら泣き崩れるノエリア。いかんな……この事態を受けて、私は艦長に具申する。


「艦長、しばらくの間、単独指揮をお願いできますか。」

「ああ、分かった。」


そして私は、ノエリアの前に立つ。


「ノエリア、その、なんていうか……少し、きつく言い過ぎた。すまない。」


するとノエリアのやつ、今度は私にしがみついてくる。胸元に顔を埋め、ぶすぶすとむせている。


「あの、ノエリアよ、一体、どうしたというんだ?」


かなり情緒不安定だな。こいつ一体、何がしたいんだ?

そんな中でも、戦闘は続いている。ついに、敵艦が一隻、撃沈される。


「ナンバー4423、撃沈!」

「僚艦に連絡!続いて、ナンバー4424へ砲撃を集中!」

「了解!」


時折響く砲撃音、敵の猛攻を紙一重でかわしつつも、戦闘は続行している。敵艦を一隻沈めたものの、それだけで敵の攻撃が緩むわけがない。緊張状態は、依然続く。


「こ、怖い……ここはやっぱり、たまらなく怖いよ……」


ガタガタと震えるノエリア。相変わらず情緒不安定なままだが、なぜかさっきよりも少し、感情の変化が見られる。

そうだ、戦闘に恐怖し震える方が、まだノエリアらしい。さっきまでの無言で忍耐強いノエリアの方が、どこか異常だ。


「お前この間一度、戦闘を経験して分かってることだろう。なのになんだって、ついてきたんだ?」

「だ、だって……もしここであんたが死んじゃったら、私一人、取り残されちゃうじゃん!そっちの方が嫌なの!」

「嫌だと言ってもだな、この艦がそう簡単に沈むことはない。一般的に、艦隊戦の損耗率は2パーセントほどだから、よほどのことがない限り……」

「あたし、あんたと一緒になりたいの!」

「は?」

「わかんないの!?あんたと、夫婦(めのと)になりたいって言ってるのよ!」


なんの脈絡もなく、突如放たれたこの一言に、艦橋内は一瞬、凍りついたように静まり返る。

もしこの瞬間に敵艦が我が艦を砲撃していたら、おそらくこの艦は撃沈されていたことだろう。味方の防御力をも奪いかねないこの一言、だが私は、返す言葉を見出せずにいた。


昔から、連合の駆逐艦乗りに伝わる戦場伝説に、「戦場告白」というものがある。

戦闘直前、または戦闘中に生死の狭間に立たされた男女が、艦内で己の思いをぶちまけるように告白をするという、そんな様を表す言葉だ。

だが、そもそも戦闘時に男女が向き合うなど、めったにない。ましてや、臨戦態勢時に告白などする余裕などあろうか?そんな思いもあって、この戦場告白という行為は戦場伝説として語られている。


だがノエリアのこれは、まさに戦場告白である。


敵と味方の砲火の音、バリアの防御音が与える恐怖が、ノエリアの背中を押してしまったようだ。

だが、私はなんと応えればいいのだ?今の率直な私の気持ちは、まるで映画か何かのワンシーンに突然放り込まれた気分だ。自分ごととは、到底信じられないでいる。


「おい、アードルフ。」


と、そこで突如、エンリケ殿が口を開く。


「なんだ。」

「おまえ、なにか勘違いしちゃいないか?」

「……なんのことだ。」

「いや、うまくは言えないのだが……もしかして、お前の中にある見栄や虚栄心が、邪魔しているんじゃないかってな。」

「なんだと……?」

「おっと、気を悪くしたのならすまない。だが、ノエリアは勇気を振り絞って訴えているんだ。それに応えない無神経なやつをみてると、つい苛立ってな。」


エンリケ殿め、いちいち感に触る物言いをしてくれる。つまり私が、自らのプライドを優先して、ノエリアに対してだんまりを決め込んでいるというのか?


「ここにいる全員は、あなたが気の利いたことを語りかけるなんて、ちっとも思っちゃいないわよ。気取らずに、あなたの言葉で応えればいいんじゃないかしら?」


カルメラさんまで余計なことを……しかし、この一言は私の背中を押してくれる。私は、ノエリアに言う。


「ノエリア。」

「な、なに!」

「とりあえずだ、この場は、生き延びよう。」

「はあ!?なにそれ!?」

「なんだ、お前。まさか死にたいのか?」

「いや、そんなんじゃないけどさ!なんていうか、その……それがあんたの、私のあの言葉に対する返事なの!?」

「ああ、そうだ。生き延びなければ、お前とこの先暮らすことも、一緒になることもできないだろう?」


それを聞いたノエリアは、みるみる顔が赤くなる。そして再び、私の軍服に顔を埋める。

どうやら私の意思は、ノエリアに伝わったようだ。私は確信する。


「艦長、アードルフ少佐、軍務に復帰いたします!」

「了解した。指揮権を、貴官に戻す。」

「はっ!」


私は再び、戦線に復帰する。一隻沈められた敵は怯むどころか、猛攻をかけているようだ。


「砲火を集中!敵を混乱に陥れるぞ!」


私は、艦橋内で檄を飛ばす。だが、ノエリアは相変わらず私にしがみついたまま離れない。こいつは今、どういう想いで私に抱きついているのだろうか?


と、ここで、この戦場に大きな動きがあった。


レーダー手が、その異変を伝える。


「レーダーに感!艦影多数!敵艦隊後方、距離270万キロ!数……およそ2000!」

「なんだと!?敵艦隊か!」

「艦色視認、明灰白色!あれは、味方艦艇です!」


この瞬間、私はなぜ艦隊総司令部が小惑星帯(アステロイドベルト)から離れ、地の利を捨ててまでノコノコと敵の前に出て行ったのかを悟った。


間違いない。最初から総司令部は、この味方の増援を画策していたのか。だから敢えて、無策な前進をしたのか。一見すると悪手に陥ったように見せかけて、うまく敵に悟られず挟撃態勢に持ち込んだ。完璧な作戦だ。


当然敵は、突然現れたこの増援艦隊に気づき、後退を始める。その敵艦隊の追撃戦に入る我が艦隊。


後退する敵は、我々に背中を見せるわけにもいかず、我々の側を向いたまま、スラスターのみで後退を続ける。反転して後方を見せれば、バリアが効かない後部を我々に晒すことになる。そうなれば、敵は一気に瓦解する。

かといって、後方から2000の艦隊が接近している。いつまでもこのままの陣形とはいかない。あと20分もあれば、増援艦隊に背後を取られてしまう。2000隻から狙い撃ちに合う。どちらにしても、敵にとっては最悪の事態だ。

もちろん、味方にとっては絶好のチャンスだ。この星域に勝手に入ってきたこいつらを、ただで帰すわけにはいかない。


「味方別働隊接敵まで、あと10分!」

「総司令部からの指示は!?」

「ありません!」

「ならば、攻撃続行だ。このまま敵を挟撃し、瓦解に追い込むぞ!」


それにしても、なかなか敵は反転しない。このままこちらを向いていれば、後方の艦隊から砲撃を受け、前後を挟まれ、逃げ場を失う。

だが、そんなことは敵も承知しているはずだ。もうすぐ、なんらかの動きが、あるはずだ。


「敵艦隊の一部が反転!およそ、3000隻!」


動いた。やはり、後方の増援艦隊に備え始めた。

3000隻を反転させ、それを残りの7000隻が支援する。ある程度の被害を覚悟の上で、艦隊の崩壊を防ぐ手段に出た。これは連盟軍がよく使う手だ。


だが、味方もその反転する敵を狙い撃ちする。反転中の無防備な背後を晒す敵は、まさに絶好の獲物だ。味方艦隊の苛烈な砲火が、敵に浴びせかけられる。

だが、多くの犠牲を出しながらも、敵艦3000隻の多くは反転に成功する。その反転した敵は、後ろから接近する2000隻と対峙する。


そろそろ、潮時か。


後方の2000隻が、後退を開始する。このまま前進しても、自身よりも数の多い敵とぶつかるだけ。かえって、損害を招く。そんな不利な戦いを仕掛けても、意味はない。

もはや、勝敗は決した。我々にとっては、敵をこの星域から追い出すことができればそれで勝利だ。あとは敵の逃げ道を作ってやり、退かせるだけだ。


横一線に並ぶ味方の艦隊1万隻は、後退する敵をさらに追撃する。が、追撃戦に入ってから30分、総司令部からついに後退命令が出る。

敵艦隊が、射程外に離れる。攻撃が止む。我々の後退を察知した敵は、一斉に反転する。そのまま敵は、ワープポイントであるワームホール帯へと向かって行く……


モニターの陣形図で、敵艦隊の撤退の推移を見守る。徐々に、我々の艦隊から離れていく連盟艦隊。

総司令部より戦果の速報が送られる。やられた味方は全部で142隻。損耗率は1.4パーセント。2時間足らずの戦闘としては、ごく平均的な損害数だ。

もっとも、これは1万4千人以上の人命が失われたことを示すのだが……王都の人口の半分に相当する数、決して少ない犠牲ではない。

一方の敵は、500隻以上が沈んだ。反転時の無防備な瞬間に沈められた艦艇が多かったようだ。数の上では、我々の大勝利だ。

もっとも、勝利への喜びなどに浸っている余裕はない。我々は今、生き延びられたことを安堵するのが精一杯だった。


……にしてもだ。ノエリアのやつ、まだ私にしがみついたままだ。

顔を埋めたきり、動こうとしない。おい、こいつ、生きているのか?心配になった私は、ノエリアに声をかける。


「……おい、ノエリア。もう終わったぞ。」


するとノエリアは、ゆっくりと顔を上げる。

真っ赤な顔で、何も言わずにこちらをじっと見つめる。私も、ノエリアの目を見る。


今のノエリアの気持ちが、手に取るようにわかる。戦闘中に、皆の前で大胆にも戦場告白をぶちあげてしまった。それが冷静さを取り戻した今、急に恥ずかしくなったのだろう。これでは、顔を上げたくても、上げられない。


ところがだ。そんなノエリアを見て、艦長が急に拍手をし始める。

それにつられ、艦橋内にいる20人の乗員、それにエンリケ殿とカルメラさんまで、ノエリアに向かって拍手し始める。


それは、なけなしの勇気を振り絞り、なりふり構わず告白をしたノエリアへの、ささやかな勝利を讃える拍手であった。

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