#25 出身
「……で、お前の旦那は、そのまま使い物にならなくなってしまったのか?」
「いや、旦那じゃないけどさ……でもさ、どうしちゃったんだろうね?会談で、疲れちゃってたのかな?」
なんということだ。たかがノエリアの肌を見ただけで意識を失いかけるとは、情けない限りだ。やはりあいつ、ノエリアと出会うまでは、聖人にでもなるつもりだったのか?
「で、エンリケさ、何よ急に呼び出したりして!」
「ロルフ殿が、緊急で話をしたいと言ってきた。」
「なによ。今朝会ったばかりでしょ?まだ何か、用事あるの?」
「さあな、こっちも街を巡っていたところだというのに、突然呼び出されたんだ。まったく……何をそんなに急ぐ必要があるのやら……」
私のスマホに突然、ロルフ殿から連絡があった。魔術師団の諸君、すぐにホテルに戻られたし、と。
今朝会ったばかりだというのに、突然の呼び出し。この短時間で、何か重大なことが判明したというのだろうか?
しかしこういう時に、肝心のアードルフが使い物にならない。下着店から帰るや、寝込んでしまったそうだ。
ホテルのロビーで待っていると、すぐにロルフ殿が現れる。
「いや、急な呼び出しで申し訳ない!」
「構わないが……一体、なんだ?」
「いえ、あなた方の血液の遺伝子検査から、とても重大な発見があったのですよ!」
こんな短時間で、もう重大な発見だと?どういうことだ。
「なんだ、その重大な発見とは?」
「いえ、それが……もしかすると、我々の常識をも揺るがしかねない、そんな発見なんですよ!」
珍しくロルフ殿が興奮している。私は、ただならぬものを感じた。
「どういうことだ。たかが少量の血から、何が分かったというのだ!?」
「結論から言います。あなた方の内、ノエリアさんだけが異なる遺伝子を持っていたんですよ。」
「いでんし?なんだそれは?」
「なんて言えばいいんでしょうね……我々がこの姿となるように、身体の中に埋め込まれた設計図、とでも言えばよろしいでしょうか?」
「つまりだ、その設計図がノエリアだけ違うと、そう言いたいのか!?」
「はい、魔術師団の中では、そうなります。」
それを聞いたノエリアは、ロルフ殿に食ってかかる。
「ちょ、ちょっと!それどういうこと!?本当に私だけおかしいの!?」
「いえ、そうではないんです。実は念のため、パトリシアさんの血液も調べてみたんですよ。」
セシルの婚約者であるパトリシアは、もちろん魔術師ではない。そんなやつの血など調べて、どうするつもりなんだ?
「その結果ですね……実は、ノエリアさんとパトリシアさんは、遺伝子がほぼ一致したんです!」
「……すまないが、それが何を言っているのか分からない。だから要するに、どういうことなんだ?」
「この星の魔術師はフォルトンの地からやってきたと、あの魔族の王オーガスタ殿は話していましたよね?」
「そうだったな。そんなことを言っていたな。」
「ですが、遺伝子で見る限り、ノエリアさん以外の魔術師は、魔術師でないパトリシアさんとの相違が大きい。が、パトリシアさんとノエリアさんはほとんど同じ。ということは、ノエリアさんはフォルトンからやってきた人族ではない可能性が高いと、そういうことになるんです!」
薄々、この男が我々を呼び出した理由が見えてきた。
「……ということはだ。我々の内、4人は魔界出身で、ノエリアだけはこの世界の人間だと、そう言いたいのか!?」
「遺伝子で言うならば、この星の住人も我々も、ほぼ同じでした。あなた方だけが、この世界の住人とは、大きく異なるのです。」
愕然とした。覚悟はしていたが、やはり我々はこの世界の人間ではなかったことが証明されてしまった。
「ああ、勘違いしないでください!大きく違うと言っても、その差は0.2パーセントもありません!人としてはほとんど一致してますから、同じ人間同士であることは確実です!ただ、人の中での差としては大きいと、そう申し上げているだけなのです。」
ロルフ殿の言葉とは裏腹に、私は心の動揺を抑えきれない。ノエリアがおかしいのではない。むしろ他の4人の方が、異質であったと。
「……で、これの何が重大な発見なのだ?我ら魔術師が異なる世界から来たことは、オーガスタ殿の話で予め分かっていたこと。それだけのことにどんな発見があるというのか、私にはさっぱり理解できないのだが。」
「いえ、重大なことです!オーガスタ殿の話では、この世界の人々は元々、魔術など持たない人々であったと、つまり、我々と同じであったと言ってましたよね!?」
「ああ……確かにそう言っていたな。」
「と、いうことは、ですよ!?私を含むこの世界の人々が、後天的に魔術を身につけられる可能性があると、結論づけられるんです!」
「……は?なんだと?」
ロルフ殿は、何を言っているのだ?それはつまり、ロルフ殿でも魔術を使えるようになるということか?
「いや、すまない……それは、どういうことなのだ?」
「魔術師というのは、てっきり遺伝によって決まるものだと思っていたんです。ところが、遺伝子的には魔術師でない者が、魔術を使える。これは言い換えれば、王都に住む普通の人々も、魔術とは無縁の地球097出身の我々にも、魔術を身につける可能性があると、そう言っているんです!」
ああ、そういうことか……って、なんだって!?それはつまり、誰もが魔術師になれると、そう言っているのか?
「本当なのか、それは?」
「私が解明した事実をつなぎ合わせると、そういうことになりますね。しかし、どうすればそれが可能になるのかは、まだ調べる必要がありますが。」
と、このように散々、ロルフ殿の話を聞かされた後、ようやく我々は解散する。
「ねえ、今の話、どういうこと?」
「さあ……ともかくこれで私達、魔術師団がどうにかなるわけではないから。」
「そ、そうだけどさ、カルメラ……」
かつて、魔術師は魔術師同士でなければ結ばれないという規則があった。
それは、魔術師とそうでない者が結ばれ、生まれた子は、魔力が弱まってしまうと言われていたからだ。
しかし時代は下り、そんな縛りはいつの間にか消えてしまう。魔術師とそうでない者が夫婦になることは、それほど珍しいことではなくなってしまった。
そんな中でも、私やカルメラを始め、上級魔術師の一族は魔術師同士の決まりを頑なに守り続けてきた人々だ。ゆえに魔力が強く、魔獣にも対抗できるだけの力を保持できたと思っていた。
だが、ノエリアだけは、上級魔術師の中では例外だったのだ。
魔術師どころか、そうでない者から生まれた上級魔術師。そんなものが存在したという事実。
私にとっては、その事実こそが、一番心に引っかかる。
◇◇◇◇◇
「……で、むしろ異質なのは、その4人だというのか?」
「ロルフさんはそんなこと言ったんだよ!?でもさ、魔術師としてはあたし、やっぱりちょっと変わってるってことにならない!?」
遺伝子の検査までやっていたのか、ロルフ大尉め。私が意識を失いかけて寝込んでいる間に、なんてことをしていたんだ。
だが、実に興味深い事実だ。つまりノエリアは、こちらの世界の人間だったということになる。
それは、ロルフ大尉のいうとおり、我々にも、魔術師になれる可能性があることを示している。
この世界は、我々にもまだ、分からないことがある。
800を超えるこの宇宙に点在する地球に住む人々の遺伝子が、ほぼ一致しているという謎だ。
数百光年も離れた者同士、いや、最大1万4千光年も離れている星の人々の遺伝子が、ほとんど同じものだという事実。
常識では、とても考えられない。たった数光年離れた星同士でも、ワープ航法を使わない限りは数万、数十万年はかかる。これほどの年月を経て拡散したのならば、遺伝子が一致するわけがない。
どう考えても、はるか昔に知的生命体が存在し、この1万4千光年の領域にその人類存在がワープ航法を用いて遺伝子ないし原始生物を拡散したとしか考えられない。
だが、それを証明する遺跡なり伝承なりが、一切存在しない。よって、この宇宙に同じ遺伝子を持つ人類が不自然に存在する理由は、謎のままである。
むしろエンリケ殿らのように、遠く離れた星同士の生命体の遺伝子には、不一致がある方が自然なのだ。
にしてもだ、それならばなぜノエリアは、魔術師になれたのだろうか?
「……アードルフ!アードルフってば!」
と、ノエリアの叫び声が耳に届く。
「……ああ、すまない。」
「なによ、まだぼーっとしてるの!?」
「いや、大丈夫だ。考え事をしていただけだ。」
「ふーん……」
ベッドの上で座る私の脇に寄り添い、肘をついて薄ら目で微笑しながら、私の顔を眺めるノエリア。
「ところであんたさ、どうしてさっき、急に調子が悪くなったの?」
「えっ!?いや、その……」
「その前に長時間、話し合いをしていたから、急に疲れが出たのかと思ってたけど、どうなの?」
「ああ、そうだな、そうだった。確かに、疲れが出たのだろうな。うん。」
「今はどう?もう治った?」
「ああ、大丈夫だ。」
「そう。」
何気なく答えた私の前で、ノエリアは突然、立ち上がる。
そして、急にあの魔術師特有の分厚いコートのような服を脱ぎ始める。
「ちょ……ちょっと、ノエリア……何を……」
ばさっと音を立てて落ちる服。そして私の前には、ノエリアの鎖骨の辺りの肌があらわになる。
「ねえ、どう、これ。」
私の視界は、自然とその下をスキャンしていく。そこには、あの店で見かけたピンク色の布でできた2つの物体が付いている。
「結局ね、これ買ったのよ。どう、似合う?」
どうと言われても、私の目はそんな些細な布切れよりも、もっと別のところへ移っている。
文字通り、分厚いベールに包まれていたノエリアの白い胸周りの肌が、丸見えである。
ピンク色の控えめな下着に抱えられたそれは、予想以上に大きいな……華奢な身体だから、もうちょっと小さいものと思っていたが。ノエリアのやつ、こんな大きなものを胸元に抱えて、今まで暮らしていたのか?
その下には胸とは対照的に、すらりとしたお腹が見える。そしてその下に目を移すと……ほんのり膨らんだ腰骨から下を、申し訳程度に覆い隠すピンクの布が見える。
「おい、お前……」
「なに?」
「いや、こんな姿を男の前で見せても、平気なのか……?」
「いや、何言ってんの!こんな姿、誰にでも見せるわけじゃないのよ!あんただけだって!」
「へ?私……だけ?あの、それは一体、どういう……」
未だ嘗てない変な声が出てくる。再び上昇する私の頭頂部の温度。私を睨みつけるノエリアの顔が、揺らぎ始めた。
が、危うくまた倒れそうになる私を、現実に引き戻すが如く、スマホがけたたましく鳴り響く。
「な、なに!?何なのよ、急に!?」
その音に驚くノエリア。だが、私の中に、緊張が走る。
この呼び出し音は、緊急事態を知らせる音だ。
「アードルフだ。」
急いで私は電話に出る。すると、通信士の緊迫した声が聞こえる。
「副長!直ちに艦へお戻り下さい!緊急事態です!敵艦隊接近!総司令部より入電!全艦、直ちに発艦し、戦闘準備に備えよ、とのことです!」
「なんだと!数は!?」
「一個艦隊、およそ1万!まもなく、この星系にワープアウトする模様!」
なんということだ。敵の侵入を許したのか?一個艦隊もの敵が星系内に入るなど、哨戒部隊は一体何をしていたのだ?
「ノエリア!すぐ部屋に戻れ!この戦艦内で待機してろ!」
「ええーっ!?ちょ、ちょっと、何がどうなったの!?」
「敵が攻めてきた!出撃する!」
私はそう言い残すと、部屋を飛び出す。
地球862の星域内で、まさに大規模な戦闘が始まろうとしていた。