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#24 再実験

オーガスタとアードルフ、それに他の魔獣の(おさ)どもは、ホテルのある会議室とやらに出向き、この戦艦を統べる者との会談に臨んでいる。

その間、我々は街に出向き、またカルメラの買い物に付き合わされる……はずだったのだが、ロルフ殿が我々を、あの射撃場に誘ってきた。


「なんだ。またあの実験とやらをするつもりか?」

「ええ、そうです。が、あなたがたにとっても悪い話ではないと思いますよ。」


含蓄あるこの一言につられて、我々魔術師団は再び、あの射撃場に赴く。


「今度こそ、ノエリアのバカ魔術のとばっちりは受けないわよね……」

「何よ!なんで私の魔術がバカ魔術なのよ!」

「だってあんた、狙い通り飛ばないじゃない。」

「ああ、カルメラさん、心配しないでください。今回、ノエリアさんは実験に参加いたしません。前回、魔力を出せなかった、他の4人が対象です。」

「えっ!?どういうこと?だって私達、魔術が使えないって……」

「それがですね、もしかしたら、使えるかもしれないんですよ。とにかく少し、私に付き合っていただけません?」


いきなり妙なことを言い出すロルフ殿だ。我々がこの宇宙で、魔術を使えるだと?前回は魔力の片鱗も出せなかった我々が、だ。


「では早速、エンリケ殿から行いますか。その前に、ちょっとその杖を貸していただけますか?」

「あ、ああ、構わないが。」

「はい、じゃあちょっとお借りしますね。」


ロルフ殿は杖を受け取ると、杖の先についている水晶に何かを貼り付ける。私は尋ねる。


「おい、なんだそれは?」

「そうですね、仮想エーテル屈折率変換フィルム、とでも呼んでおきましょうか。」

「かそう……エーテル……なんだって!?」

「エーテルそのものの存在は未だ確認されていませんが、私の仮説が正しければ、このフィルムを用いてあなた方魔術師も、こちらの宇宙に普遍的に存在するエーテルを捕捉できるようになるのではないかと考えたのですよ。」


こいつ、何を言っているのか、全く解せないな。この男の発想は、どこか我々を超越している。

とにかくロルフ殿曰く、そのフィルムという透明な紙を水晶に貼り付けた杖を使えば、我々もこの宇宙で魔術を使うことができるかもしれないと言う。だが、たかが透明な薄い紙を貼り付けただけで、そんなことが本当に出来るというのか?

私は杖を受け取ると、半信半疑で私は詠唱を始める。その杖を、前に突き出す。


「……我が炎の精霊よ……我が前に、万物を焼き払う紅蓮の炎を具現し……」


詠唱を始めるや否や、私の杖の先に、変化が現れた。

紅い輪が、杖の先で生じる。間違いなく、魔力が集まっている。私は、手応えを感じた。


「……醜悪なる悪魔を昇華せよ!出でよ、紅炎光槍(クリムゾン ライトランス)!」


紅い輪は杖の先で集束し、太陽のように眩しく光り輝く。にしても、いつもより明るく、力強い。唱えた私自身、この明るさは信じられない。

その光はやがて一点に集約し、やがて光の槍となって、この射撃場の真ん中を貫く。

端に置かれた的に、その光の紅い槍が突き刺さる。その槍は標的を引き裂き、粉塵をあげながら大爆発を起こす。

巻き上げられた粉塵と爆風は、透明な壁によって遮られる。だがその威力は、明らかに地上の時よりも強い。

信じられない。以前ここで魔術を使おうとした時は、まるで手応えが感じられなかった。それが今度はどうして、威力が上がったのだ?

他の4人も同様だ。そのフィルムとやらを貼り付けた杖で各々魔術を放つと、かつてないほど強力な魔術を放つ。

しかもだ。魔術を放った後にはいつも精気を吸い取られたように疲労感が襲うものだが、それが全く感じられない。これならばあと何発かは、紅炎光槍(クリムゾン ライトランス)を放つことができそうだ。


「……思った通りですね。やはり、ノエリアさん以外の方の魔術の謎が一つ、解明できましたね。」

「おい、ロルフ殿!どういうことだ!?なぜ突然、杖の水晶に薄く透明な紙を貼り付けただけで、魔術が使えるようになったというのだ!?」

「私の仮説が正しければですが、ノエリアさん以外の方は、あちらの世界のエーテルで魔術を起こしていたんですよ。」

「……なんだと?あちらの世界?」

「フォルトンでしたっけ?あなた方がそう呼んでいる異世界から溢れ出るエーテルを拠り所に、あなた方は魔術を使っていた。だから地上を離れ、宇宙に出た途端、フォルトン由来のエーテルが届かなくなり、魔術が使えなくなった。」

「……今ひとつ飲み込めないが、ではどうしてそんな我々が、魔術を使えるようになるのか?」

「あなた方の魔力がこの世界のエーテルに同調するように、小細工したんですよ。」

「小細工?もしかして、それがこの……」

「そうです。それがこのフィルムなんです。駆逐艦2130号艦がフォルトンという世界に出向いた際に、私はその世界の光の屈折率、重力場の空間歪、電磁力の伝播などを計測していたんです。すると、いずれの物理量でもおよそ4パーセントのズレがあることが分かったんです。それで私は、これはエーテル自身の屈折率の差ではないかと仮定し、1.04倍の屈折率を持つこのフィルムを入手して……」


もはや、こいつが何を説いているのか、私にはまるで理解できない。だが簡単に言えば、我々はフォルトンの地、魔族らが魔界と呼ぶあの世界の何かを使って魔術を発揮していたようだ。

それを、こちらの世界にあるその同じ何かを使えるようにする仕掛けを、我々の杖に施した。その結果、我々は魔術が使えるようになった。

だが、私には新たな疑問が浮かぶ。


「ロルフ殿よ、我々が魔術を使えることは分かった。だが、2つの疑問が残る。まず、私はいつもより強い魔力を感じた。他の者もその威力を見る限り、おそらくは同じだろう。しかも、疲労感が全くと言っていいほどない。なぜだ?」

「それは、こちらの世界にふんだんにあるエーテルを利用するからではないですか?遠くにあるものを無理やり引き出そうとするよりも、周囲にある普遍的な力を集める方がはるかに楽で、しかも強い力を出すことができます。」

「なるほど……ではもう一つ。なぜノエリアだけは最初から、宇宙でも魔術が使えたというのだ?」

「ええ、そうなんです。私もそれは気になりました。そこでですね……」

「なんだ。」

「……血、もらってもいいです?」

「はぁ!?血だと!?」

「ええ、ちょっと医学的に、確認したことがあるんですよ。」


怪しげな仕掛けの後は、血をよこせと言ってきた。もっとも、2、3滴ほどあればいいらしい。各々の指先から、少しづつ血を抜き取られる。


「では魔術師団の皆様、今日の実験はこれで終了です!結果は後日、お知らせいたします!」


ロルフ殿は我々に向かってにこやかに宣言すると、手を振って送り出す。

迎えの車に乗り、ホテルの前まで走る魔術師団一行。


「どういうことなんでしょうね?なぜ、ノエリアだけが……」

「ほんとねぇ、ノエリアだけ、どこかおかしいのかしら?」

「……ノエリアだけ、おかしい……」

「ちょっと!なによ、あたしどこもおかしくはないわよ!」


まあ、ノエリアがおかしいのは認めるとしても、同じ上級魔術師だ。雷属性という少し珍しい属性を持つ魔術師ではあるが、特段、我々との違いを感じることはない。

しかし、ノエリアはこの世界にあるものを使って魔術を放っていた。だから、他の者に比べて魔力の回復が異常に早かったというのか。我々が先ほど魔術を放った後に、全く疲労を感じなかったように。

少しもやもやとした気持ちを抱えたまま、我々はホテルにたどり着く。そこで我々は解散し、各々で街に向かうことになった……


◇◇◇◇◇


会談は滞りなく進み、条約締結で合意した。明日ここで、調印を行うことに決まった。

ようやく堅苦しい雰囲気から解放された魔獣と魔族の王は、ホテルの廊下で凝った体をほぐしている。


「ん~ん!にしても、疲れたのう!おい、アードルフ殿よ!」

「なんだ。」

「早速、街へ行くぞ!(わらわ)は、スイーツというやつを食べてみたい!」

『私も食べたいわぁ!』


頭から角の生えた、見るからに魔族と分かる女子と、およそ女子には見えない真っ黒で紅い目を持つ魔獣とが、藪から棒にスイーツを要求してきた。

だが、オーガスタ殿はともかく、ヘルハウンドは街に連れて行ってもいいのか?確かここは、ペット禁止だぞ?


「ああ、申し訳ありません。魔獣の(おさ)の皆様には、このホテルで止まっていただきます。」


すると、艦隊司令部から派遣された士官が一人、3人、いや、3匹の魔獣の(おさ)を呼び止める。


『ええーっ!?私、街に行けないの!?』

「はい、誠に申し訳ありませんが……その代わり、スイーツはこちらで用意させていただきますので。」

『えっ!?ほんと!?じゃあ、クレープとか、ケーキとか、アイスとかいうやつ、いただけるの!?』

「はい。無論、夜はこのホテルで皆様と共に、我々司令部の者や魔術師団の方々もご一緒に、晩餐会へご招待いたします。」


やはり、街に魔獣はご法度だったか。体良く司令部が引き止めた。


『おい、ダバサよ。お前、人族の街に行くつもりだったのか?』

『なによバイロン、何か文句でもあるの!?』

『人族の施しを受けるなど、言語道断。毒を盛られるやもしれぬというのに……』

『いいや、バイロンよ。人族の食べるものは、我らの想像を超越したものだ。我もハンバーグというものを食べて以来、彼らの食べ物に並々ならぬ関心を持っておる。』

『なんと、ウォーレンまで……そなたらは、手放しに人族を信ずるというのか?』

「おい、バイロンよ!彼らを疑うではない!もしも毒を盛るつもりなら、わざわざこのような天空の果てまで連れてくる道理がなかろう!素直に、彼らの行為を受け入れよ!」

『はっ!オーガスタ様、御意のままに……』


魔族の王に恫喝されるイノシシのバイロン。しかしこいつ、本当に慎重過ぎるイノシシだな。通常のイノシシから抱く印象とはまるで正反対のこの性格、見ていて調子が狂う。


「では、(わらわ)は街へ行くとしよう。アードルフ殿よ、案内(あない)せい。」

「承知した。では、ローゼリンデ中尉を呼び出す。」


300歳超とはいえ、仮にも女子だ。女子の相手は、女子の方が捗るだろう。そういうわけで私は、ローゼリンデ中尉に丸投げすることにした。

ロビーに行くと、ローゼリンデ中尉、そしてノエリアがいた。


「来た来た!オーガスタちゃん、待ってたわよ!」

「ちょっと、アードルフ、聞いてよ!あたし、おかしいって言われちゃったよ!」


ノエリアはのっけから機嫌が悪い。何を行っているんだこいつは。おかしいのは元々だろう。


「ではローゼリンデ中尉、オーガスタ殿とノエリアの相手、任せた。」

「はい?ちょっと副長!ノエちゃんの相手は副長の役目でしょう!」

「そうよ!私、ずっとアードルフが出てくるを待ってたんだよ!」


はぁ……やっぱりこっちに押し付けられるのか。結局私は、ノエリアと共に街に出る。


「……確かに、おかしいな。」

「いや、おかしくないって。」

「言われてみれば、ノエリアだけなんの仕掛けもなしに、この宇宙で魔術が使える。他の4人はそのエーテル屈折率変換フィルムとやらを用いてようやく魔術が放てた。なのに、お前は最初からそれができた。気にはなるな。」

「んなこといわれても、知らないわよ!別にあたし、角が生えてたり、手が4本あるわけじゃないんだから!」


そういうことを言っているんじゃない。ノエリアだけがこの世界のエーテルを魔術に変換できるという点が特異だと言っているんだ。


「ともかく、その件はロルフ大尉に一任している。そのうち、何か分かるだろう。」

「うう……なんだか嫌なことが分からなきゃいいけど……」


ノエリアめ、よほど他の魔術師との違いが気になるらしいな。


「大丈夫だ、ノエリア。誰しも、人にはない何かを持っているものだ。魔術師同士の些細な差など、気にすることではない。」

「そうかな?」

「そうだ。そもそも私などは魔術が使えない。それからみれば、お前の持つその魔力は、十分賞賛に値する力だ。もっと自信を持て。」

「そ、そうだよね!あたし、やっぱり凄いんだよね!」


この娘の扱い方が、だんだんと分かってきたような気がする。うまくおだてれば、すぐに元気になる。実に単純な魔術師だ。


「ところでさ、アードルフ。」

「なんだ。」

「あたしね、ちょっと、行きたいお店があるんだ。」

「スイーツの店だろう?」

「いや、そこも行きたいけどさ……」

「なんだ、映画か?それとも、本屋か?」

「違うわよ。服よ、服。」

「服?」

「カルメラが言ってたのよ。この街に来たら、下着と服は買った方がいいって。」


なんだこいつ、おしゃれなどには全く興味がないと思っていたが、意外に女の子だな。


「といっても、私はそういう店を知らないぞ。」

「ああ、大丈夫。ローゼリンデがね、いい店を教えてくれたから。」

「そうか。」


というわけで、ノエリアのスマホに記された、ローゼリンデお勧めの店とやらに向かう。


……で、店には着いた。だが、私はとても、その店に踏み入ることはできない。

入り口からして、過激過ぎる。女物の下着が、まるで双璧のように左右に立ちはだかる。

そもそもこの店は下着しかない上、ピンク色過ぎる。店内にある大半の下着、看板、装飾、棚、そして店員の服装までもがほぼピンクだ。

なんだ、この亜空間は。そんなところに、この佐官の飾緒をつけた軍服姿の私が入るなど、場違いも甚だしい。

そんな背徳の香り漂う店の奥で、ノエリアが私を誘う声がする。


「ねー、アードルフ!こっちこっち!」


おい、お前、何をにこやかに手を振っているのだ?お前は私を、このピンク地獄の奥深くに誘い込み、私を殲滅するつもりか?


「ああ、彼氏さんですね。大丈夫ですよ、このお店に軍服姿の方がいらっしゃるのは、珍しいことではありませんから。」


あんたは大丈夫だろうが、私は大丈夫ではない。変な汗が出る。

だがノエリアのやつ、私の手を引いて、その店の深遠なるところに私を誘い込む。(あらが)うこともままならず、あれよあれよと、私はその陰謀に飲み込まれる。

そこで私は知る。入り口付近の下着は、所詮は斥候に過ぎない、と。奥にある下着は、この世のものとは思えないほど過激なスタイル。布の使用量は極端に少ないくせに、値段は入り口付近のそれの倍以上はする。

頭頂部に微熱を感じる、徐々に意識が朦朧としてくる。風景がぼやける。店員とノエリアが和気藹々と話す姿が、なんだか(かす)んで見える。


「ねえ!見て見て!これなんかどう!?」


ノエリアのやつめ、おそらく私の意識を失わせようとしているのだろう。試着室から、あの分厚い服を脱ぎ捨て、あられもない姿を私に見せる。

布の使用量が少ないということはだ……つまり、肌の見える面積が大きい。自明の理だ。しかし、そんな理屈はこの際、どうでもいい。その結果おそらく、私の脳内の奥深くに封印されし本能的な何かが、沸々と呼び覚まされる。


「ちょ、ちょっと!アードルフ!?顔が赤いよ!?目が虚ろだよ!?大丈夫!?」


ノエリアよ、お前、なんという綺麗な肌をしているのか……いつもは、分厚い服の下、見ることはなかったお前の真の姿(からだ)を、私は図らずも直視することになってしまった……

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