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#23 魔族王、宇宙へ

「どうだ、少佐、ノエリア君とは上手くよりを戻せたか?」

「はっ!艦長!おかげさまで!」

「そうか。ならば良い」


 翌朝、私は艦橋に向かうと早速、艦長が私とノエリアのことを尋ねてくる。私は、短く応えておくにとどめる。


「ところで副長、貴官のあの任務だが、しばらく中断することとなった」

「は?任務とはその、『空の魔族服従作戦』のことですか?」

「そうだ。我々が単独で作戦を履行していたが、この艦が宇宙に転送される事態を受けて、艦隊司令部付きの案件として取り組むこととなった」

「はあ……そうなのですか」


 今さらなんだ?そういうことは、もっと早くから取り組んで欲しかったのだが。


「ついては、その魔族の王と我々軍司令部の代表との間で会談を行い、特例条約を締結することに決まった」

「そうですか。ということは、我々は少し、楽になれるということなのでしょうか」

「いや、そうでもない。アードルフ少佐指揮の元、地の魔族を使い空の魔族を屈服させるという方針には変わりない」

「は?では一体、何が変わるのです?」

「そうだな、昨日のように我が艦が宇宙に放り出されても、司令部はそれを追認する、そんなところか」


 なんだそれ?事実上、何もしないに等しいじゃないか。そんなことのために、わざわざ特例条約を結ぶというのか?


「もちろん、それ以外にもメリットはある。艦隊を挙げて、上空から空の魔族の住処を探索してくれるそうだ。現在、低軌道上に2000隻を展開して、探索にあたる計画が挙がっている」


 ああ、なんだ、それなりにサポートはしてくれるのか。それは有り難い。


「では、艦長。その特例条約締結のために、司令部から誰か派遣されてくるのでしょうか?」

「いや、オーガスタ殿とリーダーの魔獣達には、我々と共に戦艦デアフリンガーに出向いてもらう。そこで会談と、条約締結を行うことになっている」

「えっ!?魔族の王を連れて、宇宙に出向くというのですか!?」

「そうだ。何か問題でも?」

「この地上に、その王の配下である数百匹の魔獣を地上に残すことになりますよ?王と(おさ)を連れてこの星を離れてしまったら、残された魔獣達が地上で暴れ出さないとも限りません。その際は、どうされるおつもりですか?」

「それについては、オーガスタ殿に伺った。王や(おさ)がいなくとも、数日程度なら問題はないらしい。ただ……」

「何か、条件があるのですか?」

「うむ、一つある」

「何ですか、その条件とは」

「……エサだ」

「エサ?」

「彼らは不毛の地に居を構えているため、食べるものがない。このため時折、近くの異世界通路を通って元の世界に戻り、食糧を調達していたようだ」

「そういえば地の魔族の住む山は、草木もほとんど生えない場所。どうしてあんなところで暮らせたのか不思議でしたが、そういうことだったのですか」

「だが、食糧調達にはそれぞれのリーダーが率いる必要がある。さもないと、群れもろとも闇に飲まれかねない。しかし、そのリーダーとそれを統治する王がいなくなれば、食糧調達がままならず、たちまち食べるものに困る。いやそもそも、あの世界も消滅しかかっており、いつ食べ物が手に入らなくなるか分からない状況だ。そこでオーガスタ殿は宇宙行きと引き換えに、我々に彼らの食糧の供給を要請してきた」


 そうだよな。いくら魔獣でも、食べ物は必要だ。今回の件は、彼らにとって食糧事情を解決する意味でもいい機会だったようだ。

 しかしだ、魔獣って何食うんだ?一角狼のウォーレン殿は先日、ハンバーグを喜んで食べていたが、あれは知性の低い他の一角狼でも同じだろうか?それにイノシシやヘルハウンド、その他の種族の魔獣は、何を食べているのだろうか?

 その辺りの引き継ぎを今、オーガスタ殿と艦隊司令から派遣された調達員の間で行っているそうだ。それが終わり次第、オーガスタ殿を引き連れて出発することになった。


 そして、その日の午後。


「繋留ロック、解除!」

「両舷微速上昇!駆逐艦2130、発進!」


 前日に引き続き、魔獣の(おさ)と魔族の王を乗せて、我が艦は発進する。

 目的は、魔獣平定までの特例条約をこの魔族の王との間で締結するため、そして、オーガスタ殿の魔力測定を行うためである。

 我が連合側において、人ではない種族との条約締結は、ほとんど前例がない。ましてや戦闘協力など、初めてのことだ。

 初めて尽くしのこの旅に、我々は出立する。


「……で、どうして今回の旅に、エンリケ殿がついてくる?」

「何を言う、私は王都における魔獣討伐の(おさ)だ。今回の件は、王都への影響を無視できない。だから、私の職務の範疇として見届けさせていただく」

「……なら、どうしてカルメラさんまで?」

「私はエンリケを補佐する立場、ついていくのは当然でしょう?」

「あの、バレンシアさんは別に来なくても……」

「……私、エーリクと、夫婦になったから……」

「はあ……そうなのか。では、セシル殿は?」

「我がトゥルエバ家が今度、交易を仲介することになったんです。それで、私が戦艦デアフリンガーに出向き、商人と交渉することに……あ、もちろん、パトリシアも一緒ですよ」

「なるほど、重要なことだ。……で、最後に聞く。ノエリアはなんでついてきた?」

「魔術師団で、あたしだけ行かないって変でしょう!」


 なんだ、結局この間と同じ面子が揃ってしまった。いや、これに魔族の王と(おさ)がついてくる。


 ロ「でね、デアフリンガーの街の第3階層に、新しいお店ができたんだってさ!」

 カ「へぇ~、楽しみね」

 ノ「楽しみ~!」

 バ「……楽しみ……」

 パ「楽しみです」

 タ『楽しみだわ!』


 ……おい、ちょっと待て。一人、いや一匹、妙な女子が加わったぞ?

 いつの間にか、女子会に加わったヘルハウンドの(おさ)、タバサ。外観はあの地獄の使者と言う異名通りのおぞましい姿だが、中身はノエリアよりも女子らしい。

 だが、ローゼリンデ中尉よ、まさかこの魔獣を連れて、あの街に繰り出そうと言うのではあるまいな。大丈夫なのか、本当に?


「なんだか皆、楽しそうだな。(わらわ)も混ぜてくれ」


 おっと、もう一人の女子がいた。もっとも、321歳の女子だが。


「いいわよ~、オーガスタちゃん!どうぞどうぞ!」


 自身の12倍以上の(とき)を生き抜いてきた魔族の王に向かって「ちゃん」付けとは、たいした度胸だな、ローゼリンデ中尉よ。

 だが、そんな魔族の王が加わった食堂での女子会は大いに盛り上がる。異種族、異文化、異能力がそろったこの女子集団に、艦内の大多数を占める男性諸君は圧倒されている。


「副長、なんなのですか、あれは……」

「なんだと言われても、ローゼリンデ中尉曰く、女子会だそうだ」

「女子……ですか?一部、女子に見えないのがいるんですけど……」


 そんな乗員のことなど構わず、女子会は続く。にしても、女子というものはどの星、どの世界、どの種族であっても、長々と話すことが好きらしい。


「ほお……戦艦には、そのようなところがあるのか?恐ろしいものだと聞いておったが……」

「へ?戦艦デアフリンガーが、恐ろしい?なんで?」

「なんでも、20もの口を持ち、この駆逐艦とやらを30も抱えられる化け物だと、エンリケ殿が言っておった」

「ああ……あながち間違ってはいないけど、化け物では……まあ、空中に浮かぶ島みたいなものかな?」


 エンリケ殿め、適当なことをこの魔族の王に吹き込んだらしいな。


「その街というのは、どんなところなのじゃ?」

「ええとね、お食事して、服買って、映画見て……」

「映画とは、なんじゃ?」

「ああ、こういうのを大画面で見るのよ」

「……なんだこれは?小さな板の中で、人が動いておるぞ!」

「ああ、オーガスタさん、これはスマホと言って、人が入ってるわけじゃないんですよ。私も最初は、そう思ったんだけどね」

「そうなのか?うーん、見たことのない魔術じゃな……」

「こんな魔導具、あの街のあちこちにあるのよ!ほら、私だってスマホ持ってるし!」

「スマホ?ノエリア殿、スマホとは、この黒い板のことか?」

「……私も持ってる。でも私……見るのは、アニメだけ……」

「なんじゃ、アニメとは!?」


 次から次へと、オーガスタ殿の知らない言葉が湧いてくる。そういえば、彼女が我々の生活文化に触れるのは、これが初めてだったな。


 そんな女子会が、延々と続く。私が艦橋勤務に戻り、入港直前にオーガスタ殿を呼びに行くまでの7時間の間、ずっと続けられていたようだ。よく疲れもせず、しゃべり続けられるものだ。


「おい、アードルフ殿よ!(わらわ)は早く、デアフリンガーの街とやらに行きたい!」


 すっかり我々の文化に洗脳されてしまった魔族の王は、艦橋に来る頃にはすでにこの通りだった。

 戦艦デアフリンガーは目の前にある。小惑星を荒削りして作られた、この岩肌剥き出しな巨大宇宙船を前に、さすがの魔族の王も驚きを隠せない。


「……話には聞いておったが……本当にたくさんの口を持つ化け物じゃな。いや、それ以上に、周りにおるあの船の数はなんだ!?」


 この巨大戦艦よりも、周りにいる駆逐艦の数の方が気になるらしい。私は、応える。


「この小惑星帯(アステロイドベルト)宙域には、現在7000隻が展開、1000隻は隣接する宙域の哨戒任務に、残りの2000隻はこの星域内での哨戒を行なっている」

「……つまり、全部で1万隻いるというのは、本当なのじゃな?」

「よくご存知で。その通り、我が遠征艦隊は全部で1万隻。さらに地球(アース)097には、防衛任務に就く艦隊が1万隻いる」


 魔族の王ともなると、むしろ小型で数が多く、機動性の高い駆逐艦の方が気になるらしい。


「ところで、アードルフ殿よ」

「なんだ」

「あのデアフリンガーの街とやらに、ノエリア殿と一緒に行くつもりか?」


 入港中の慌ただしい艦橋内に一瞬、凍りついたような静寂が訪れる。すぐに元に戻るが、皆がこの発言に反応したことは容易に分かる。


「……オーガスタ殿、唐突に何を?」

「いやさっき、ノエリア殿が浮かれながら言うておったぞ。アードルフと街に行ける、と」


 入港前のこの緊張状態の最中、この魔族の王からは、皆の集中力を削ぎかねない発言が相次ぐ。


「オーガスタ殿、今は入港中、それが終わってからではダメか?」

「いいや、構わんよ。では、入港とやらが終わってから、じっくり聞かせてもらおうかな」


 これほど穏やかではない空気の中、戦艦への入港を行うのは初めてだ。この艦橋内も動揺しつつも、どうにか無事、繋留ロックへの接続を果たす。


 無事着いたはいいが、オーガスタ殿が微笑いを浮かべながら私の方を打ち見する。おのれ、この300歳越えの悪魔め、先ほどの話の続きをするつもりか?にしてもこいつらは一体、私とノエリアの間に、何を期待しているのか?

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