#20 発祥
魔術師団、魔族の王は今、我々とともに駆逐艦2130号艦に乗り込んでいる。
「これより本艦は、ガルグイユ追撃のため出撃する!両舷、微速上昇!」
「機関始動、両舷微速上昇!」
「高度200で面舵60度、微速前進し、ガルグイユの消滅した空間点に向かう!」
駆逐艦2130号艦はゆっくりと上昇する。目指すは、あの空の魔族の消えた場所。
そこは、魔族が「魔界」と呼ぶ場所。せっかく追い詰めたガルグイユをなんとかこの地の魔族に従属させるべく、我々は後を追う。
よりによって、高度200メートル付近にある魔界への出入り口に逃げ込んだため、こうして駆逐艦まで駆り出して突入することになった。
もちろん、駆逐艦を駆り出したのにはもう一つ、理由がある。
「……オーガスタ殿、魔界という場所は、闇にのまれかけていると言っていたな」
「ああ、言った」
「具体的に、闇とはなんだ?一体、その魔界とやらで何が起きている?」
「それは突然現れて、周囲を飲み込む闇だ。まるで裂け目のような闇が広がり、辺りにあるあらゆるものを飲み込みながら迫る、悪魔のようなものだ」
魔族が悪魔だというからには、相当なものだろう。その話を聞いた私は、駆逐艦で出動することに決めた。
光速の10パーセントまで加速可能な駆逐艦、さすがにその闇とやらも、この船を飲み込むことなどできまい。
そう考えての、駆逐艦による魔界侵入である。
「前方に、空間の歪みを検出!」
「……なんだそれは?」
「いえ、この部分だけ、対地レーダー波の反射が確認できない領域がありまして……」
レーダー手が指差す画面を見ると、そこだけ反応がおかしい部分がある。つまり、そこだけ異質な空間につながっているということだろう。そこが先ほど、ガルグイユの逃げ込んだ別の空間の入り口だと確信する。
「これより駆逐艦2130号艦は、こことは異なる世界に突入する。各員、警戒を厳にせよ」
私は下令する。駆逐艦2130号艦は、この不可思議な空間の歪みに向けて、前進を続ける。
「ね、ねえ……大丈夫なの?」
ノエリアが、私に尋ねる。
「大丈夫だ。何があっても、最新鋭の技術で作られたこの駆逐艦なら乗り切れるはずだ」
「そ、そうよね、この船、あの真っ暗な宇宙を平気で行き来できる船なんだもんね……」
と言いながらも、不安げな表情を隠せないノエリア。
「まもなく、特異点を通過します!」
青空の下をゆっくりと進む駆逐艦2130号艦。だがその直後、船体が一瞬、大きく揺れる。
「!なんだ!?」
一瞬、辺りが暗くなる。なんだここは?もしや、ワープ空間に入ったのか!?
だが、すぐにその空間を抜ける。目の前には、再び青空が広がる。
一見すると、先ほどと同じ場所に戻ったかのように思える。青い空に、森の木々。まさか、元の場所に戻ってしまったのか?
私は艦橋の窓際に向かう。ここがさっきまでいた世界なのか、それとも別の世界なのかを見極めるためだ。
だが、窓の外には、ここがさっきまでの世界とは明らかに異なる場所だということが分かる光景が広がっていた。
山が見える。だが、よく見るとあれは、山ではない。
ひし形の巨大な岩が、空中に浮かんでいる。てっぺんだけを見れば大きな山の頂だが、その麓は大きく削られ、尖った岩が地面に向かって伸びている。その岩の先がわずかに地面に接している。
いつ倒れてもおかしくない岩だが、あれは多分、あのまま安定しているのだろう。岩肌を見ると、草木が生えており、昨日今日に出来たものではないことがすぐに分かる。
魔力的な何かで突っ立ってるのは、間違いない。
あんなものは、ついさっきまで存在していない。だから、ここが我々の世界とは異なる場所であることを示している。
「な、なんなのよ、あの岩は……」
あれが、私だけにしか見えない幻想ではないことは、他の人の反応でも分かる。ノエリアやエンリケ殿、ローゼリンデ中尉、そして艦橋にいる一同が、不可思議な岩山の姿に目を奪われている。
「ここは魔界。人族が『フォルトン』と呼ぶ地だ」
オーガスタ殿が口を開く。それを聞いて、私は尋ねる。
「そう言えば最初に、ウォーレン殿が言っていたな、フォルトンというところから来たと」
「そうだ。かつて人族はこの地を、その名で呼んでいた」
それを聞いたエンリケ殿が叫ぶ。
「ちょっと待て!どういうことだ!?こんなところがあること自体、伝承でしか知らないぞ!ましてやフォルトンなどという地名など、聞いたことがない!なぜ人族がそう呼んでいたと言えるのか!?」
「それはかつて、この地にいた人族が、ここをフォルトンと呼んでいたということだ。今、汝らがここをどう呼んでいるかは知らぬ」
「なんだと……?ここに、人が住んでいたというのか?」
「そうだ」
それを聞いた私は、オーガスタ殿に尋ねる。
「『かつて』と言ったが、それはつまり、今はいないということなのか?」
「そうだ。今はいない。ここは我らが魔族だけの世界になってしまった」
「なんだと!?どういうことだ!」
エンリケが、ものすごい剣幕で叫ぶ。
「まさか、お前たちが滅ぼしたのか!人族を!」
「いや、魔獣が人族を支配してはいたが、滅ぼしてはおらぬ」
「ならばなぜ、ここに人がいないのか!?」
「およそ300年前に、この魔界と汝らの世界を結ぶあの通路を辿り、人族はこの地を去った。だから、ここには人族がいない」
「なんだと……?」
思わぬ話が飛び出した。ここにはかつて人が住んでおり、ある時ここを去ったという。そんな歴史があったというのか?私は尋ねる。
「オーガスタ殿の言う通りならば、我々の世界の側には、その末裔がいることになるが」
「いる。ここにいた人族は、今もあちらの世界で生きている」
「なんだと!?なぜ、そうだと言い切れる!」
オーガスタ殿のこの回答に、エンリケ殿が食ってかかる。
話の筋からして、人族とはこの世界では支配される側の種族だったようだ。この地を去った理由も、その迫害から逃れるためだろう。それを承知しているから、エンリケ殿がこれほどまでに憤慨している。
だが、オーガスタ殿の次の一言が、ここにいる一同を震駭させる。
「汝らの世界に住む魔術師と呼ばれる人間、それが、ここに住んでいた人族の末裔だ」
魔術師団の一同は、この言葉を聞いた途端、凍りつく。常に冷静なはずのカルメラさんでさえ、かなりの衝動を受けたことが、その表情から読み取れる。
「ちょ、ちょっと待って!どう言うこと!?」
「我々魔術師の間に、そんな話は伝わってませんよ!それ本当なのですか!?」
カルメラさんとセシル殿が、この魔族の王に尋ねる。オーガスタ殿は応える。
「かつて彼の地には、魔術というものは存在しなかった。一方でこの魔界では、人族が魔術を使うことはごく当たり前のことだった。300年前にここを去った人族が、彼の地に魔術をもたらしたのだ」
「ちょっと待て!ならばなぜ、我々魔術師の間に、そのような伝承が残っていないのだ!?聞いたことがないぞ、このフォルトンという地から人族がやってきたこと、そして我々の世界に魔術をもたらしたなどという話は!」
確かにおかしいな……オーガスタ殿の話が事実なら、伝承のひとつも残っててもおかしくはない。
「何ゆえに、汝らの間に伝承が残っていないのかは知らぬ。だが思うに、この地にいた人族が彼の地に渡った際、そこに住む人々に別の世界から来たと正直に申し出ておれば、果たして受け入れられたであろうか?」
この一言に、魔術師一同は黙り込む。
「……つまり彼らの祖先は、あの地で生きるために、自らの出自を消し去った……と、そう言いたいのか?」
「妾の推測に過ぎぬ。が、そう考えてもおかしくはない」
それを聞いたエンリケ殿が、突然怒鳴りだす。
「出自を消した!?それが事実とすれば、それはお前ら魔族のせいだろう!」
「何がだ」
「何がだじゃねえ!我々魔術師の先祖がこの世界にいられなくなった、それはどう考えても、お前ら魔族による迫害から逃れるためだろう!つまり、お前らは我らが先祖の仇ということになる!違うか!?」
「違う!我ら地の魔族は、決して人族と仲が悪かったわけではない!」
「なぜ、そう言い切れる!」
「地の魔族と人族の間には、少なからず交流があった。現に妾は、人族と魔族の間に生まれた者だ!」
「なんだと……人族と、魔族の……?」
今日は衝撃のオンパレードだな、天と地の狭間の世界に来たかと思えば、ここが魔術師の先祖のいた地であったこと、そしてこの魔族の王が人と魔族のハーフだと言う。
「妾は、人族を父とし、ヴァフォメットを母とする者ぞ。魔力は母より受け継ぎ、姿は父より受け継いだ」
「おい、待て。なんだ、ヴァフォメットとは!?」
「半人半獣の魔族だ。母は、ヴァフォメット族最期の一人で、地の魔族の王であった。だが、人族の父と恋に落ち、妾が産まれた。妾の持つこの角は、母の面影を残す唯一のものだ」
手元のスマホで「ヴァフォメット」を調べてみたる。現れたのは、頭が山羊で、身体が女体の悪魔。もしこの通りの姿であったなら、確かにオーガスタ殿の話の通り、角だけが母親の面影を残す唯一のもののようだな。
というか、オーガスタ殿の父親はよくこんなやつと恋に落ちたものだな。相手は山羊だぞ、山羊!これほど顔が山羊なのに、よくまあ子を成すまでの関係にまで至ったものだ。
いや、そんなことはどうでもいい。300年以上前の話だ。今さらオーガスタ殿の父親の性癖に言及しても、何も得られない。
オーガスタ殿の話が続く。
「空の魔族は、我らが地の魔族と人族を支配していた。地の魔族も人族を下に見てはいたが、空の魔族らの支配の元、なんらかの共感はあった。その産物が、妾だ。決して我ら地の魔族は、人族を迫害などしておらぬ」
「ならば、どうして地の魔族と人族は別れたのだ!」
「いや、人族がここを去る時、地の魔族にも彼の地への誘いはあった」
「誘っただと!?先祖がか!」
「そうだ。人族が彼の地への道を開きし時に、人族の長からその当時、王であった我が母に誘いがあった。だが、我ら地の魔族は、この地にとどまることにした。人族は、彼の地に住む種族と同化することはできるが、我らは明らかに彼の地では異質な存在。いずれ、現地の人族と衝突する。ならばこの地にとどまろうと、王である母が決めたのじゃ」
次々に語られるこの世界の歴史。この星に魔術師が存在する理由。そして、真実を知る魔術師団。
「えっ!?じゃあ私、あの世界の人じゃなかったの!?」
衝撃を受けるノエリア。
「どうしよう、見知らぬ世界から来た人族だったなんて……そんな、私これから、どうやって生きていけばいいの!?」
大げさなやつだな。今さら何をそんなに絶望することがあるのか?
「おい、ノエリアよ」
「な、なに……今ちょっと落ち込んでて、忙しいんだけど……」
「なら落ち込んでいるところ悪いが、お前は重大なことを忘れている」
「何よ、重大なことって」
「ここにいる者みんな、見知らぬ世界から来た者ばかりだ。安心しろ」
魔術師がこの異世界から来た人族の末裔という話が事実なら、ここにいるのは魔術師団に魔族の王、そして遥か遠くの星から来た宇宙人。一人として、ここには地球862出身者がいないことになる。
「あ……そういえばそうよね。私、何落ち込んでるんだろう?アードルフなんかもっと遠い星の国から来たんだよね。それに比べたら、私なんてマシな方だったわ」
立ち直りが早いな。なんとなく一言多い気もするが、まあ、それでこそノエリアだ。
「……さてと、話はこの辺で終わりにして、本来の目的である、ガルグイユ追撃を……」
「ちょっと待て!今の話、一つ引っかかることがあるぞ!」
駆逐艦まで繰り出してやってきたこの世界で、やることをやってさっさと帰りたい私は、この場を収めようとする。が、エンリケ殿め、まだ何か引っかかることがあるらしい。
「なんだ、エンリケ殿、さっさと切り上げて、本来の目的であるガルグイユ追撃に集中したいのだが」
「オーガスタよ!お前、さっき『人族が彼の地への道を開きし時』と言ったよな!それはどういうことだ!?」
「どうもこうもない。そのままだ」
「なんだと!?じゃあこの世界と我々の住む世界とを繋いだのは、人だというのか!?」
「そうだ」
収まりかけていたこの話題が、再びぶり返す。
そういえばこの魔族の王は、確かにそんなことを言ってたな。人族が異世界の通路を作った?どういうことだ。
「どういう方法かは、妾にも分からない。だが、今この世界と汝らの世界を繋いでいるいくつもの通路は、302年前に人族が作り上げたものだ」
「なぜ、そんなことを……」
「あの時、空の魔族による人族への襲撃が相次いだからな。そこから逃れるために、人族は禁断の技を用いて通路をこじ開けた」
「禁断の技?何だそれは?」
愕然とするエンリケ殿に代わって、私が尋ねる。
「だから、知らぬと申しておる。だが、禁断と呼ばれる所以は知っている」
「それはつまり、道徳的にやってはならない方法だということか」
「まあ、そうだな……確かに、その通りだ」
「なんだ、その所以というのは!?」
「……生贄だ」
「は?」
「生贄を用いるのだ。詳しくは知らぬが、人族と魔族に通じた者を差し出し、その力を以って別の世界の扉を開ける。そういう技を用いたらしいと聞く」
「何だそれは!?じゃあ、この出入り口を作り上げるのに、だれかが犠牲になったということなのか!?」
「そうだ」
方法は分からないと言ったが、なぜ生贄を用いたことは知っているんだ?なぜそこだけ、確信を持っている?
「……その生贄を、お前は知っているんだな?」
エンリケ殿が割って入る。魔族の王は、黙って頷く。
「……まさか、身内か!?」
この一言に、オーガスタ殿の顔が一瞬、曇る。
「魔族と人族に通じた者と言ったな。ならば、お前がそれを知らぬはずがない」
このエンリケ殿の追求に、オーガスタ殿が重い口を開く。
「……父だ」
「は?」
「我が父が、差し出された」
「それは、どういうことだ!」
「言葉通りだ」
「違う!それはつまり、お前の父は、人族によって殺されたのかと聞いている!」
「いや……父が自ら進んで願い出た。私がまだ19歳の時に突然姿を消し、通路を開く秘術に身を投じた」
本日、何度目の驚愕だろうか?もはや、何を言われても驚かないつもりだったが、あまりに唐突に、この魔族の王の家族の運命を知らされる。
「……つまり、あなたの父親の犠牲の元に、この通路ができた、と」
「そうだ。だが、もう300年も前の出来事。人族ゆえに寿命も短く、どのみち早くに亡くなる運命であった。嘆き悲しむ必要はない。何よりも今、300年もの時を経て、この通路が我ら魔族の命を救ってくれた。これがなければ、我らは闇に飲まれるほかなかった」
そうだ。そういえばこの世界では、闇が襲いかかると言っていたな。
だが見たところ、特に何か危険なものが接近してくる様子もない。一方で、あのガルグイユの群れもロストしたままだ。
我々がこうして話をしている間も、頂を空中に浮かせている、あの不思議な山の周囲の探索が続けられている。速力は4、50程度のガルグイユの群れだ、さほど遠くには行っていないと思っていたが、一向に捕捉できない。
「ガルグイユの群れは見つかりませんね。まさか、下の木々の中に紛れているのでしょうか?」
「分からない。とにかく、つぶさに探索を続けよ。どこかにいるはずだ」
そう私がレーダー手と会話していると、重力子センサー担当から報告を受ける。
「重力子に異常!11時方向、距離14!」
「なんだと!?あの岩山の方か!?」
「いえ、違います!その脇の森林地帯の辺り、徐々に重力子が減少中!」
なんだと?重力子が減少?あり得ない報告に、私は耳を疑う。
「センサーの故障ではないのか。だいたい森の上には何も……」
そう言いかけた私は、そのまさに森の上でのある異変に気付く。
「前方に、異常現象!あれは……何でしょうか?」
空中に黒い裂け目が現れ、それがカーテンを開いたように徐々に広がっていくのが見える。
裂け目は大きく、すでにこの駆逐艦の3、4倍はある。私はとっさに叫ぶ。
「転舵、反転!回避運動!」
「艦首回頭、180度!回避します!」
だがその黒い裂け目は、さらに大きくなる。そして、回頭中のこの駆逐艦を飲み込み始めた。
「きゃぁぁぁっ!」
ノエリアかセシルの声か、発狂する声が艦橋内に響く。
「回避、間に合いません!」
「最大戦速!なんとしても、切り抜けろ!」
だが、最先端技術の集合体である駆逐艦は、あっけなくその闇に飲み込まれてしまった……




