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#19 共同初戦

 作戦は、決まった。

 一角狼やトゥルッフ・トゥルウィスの手下の中型イノシシ、それにヘルハウンドと呼ばれる比較的小さな魔獣には、銃を改造した武装を施す。

 そして、地の魔族最大の魔獣であるトゥルッフ・トゥルウィスには、我々の持つ中型砲を取り付ける。その製作には、ロルフ大尉が当たることとなった。

 もちろん、防護も施す。彼らにもバリアシステムを取り付ける。これは、ロルフ大尉の発案だ。

 問題は、その装備を誰が操作するかだ。魔獣の知能では、とてもじゃないがこの装備は操作できない。その辺りは私が考えると言うことでその日は解散となり、翌日を迎える。


 さて、一角狼以外にも、イノシシ、ヘルハウンドにそれぞれ知能の高い魔獣がおり、それぞれ名前が与えられている。

 イノシシ集団だが、意外にもトゥルッフ・トゥルウィスではなく、手下クラスの中型イノシシの中に知性持ちがいる。トゥルッフ・トゥルウィスはただでかいだけで、さほど賢くはない。

 で、イノシシ集団の頭領の名は、バイロンという。5つのトゥルッフ・トゥルウィスの集団をまとめて戦ってもらう。

 で、黒い悪魔のようなヘルハウンドの頭領は、なんとメスだ。名をタバサという。


「あ……あの、よ、よろしくお願いします……」


 一応同性ということで、ローゼリンデ中尉が挨拶に来たが、この外観にさすがのファンタジー好きなローゼリンデ中尉もビビりまくりだ。それはそうだろう。真っ黒な身体、赤く光る目に、鋭い牙を持つ大型犬よりふた回りほど大きな犬。そんな不気味な魔獣と仲良くしろと言われても、正直困る。


『ああ、あなたがローゼリンデさんね!私、タバサ、よろしくね!』

「へ?あ、よ、よろしく……」


 ただ、外観に似合わず、この通り愛想がいい。見た目とのギャップが大きすぎる。

 ギャップが大きいといえば、バイロンもそうだ。


『オーガスタ様……本当にこやつらを信用なさってもよろしいのですか?人族が我々と共闘するなど、前例がありませんぞ。』

「ならば、これが前例となろう。我らと彼らの目的は一致しておる。むやみに疑うのは良くない」

『御意。ですが、警戒するに越したことはありませんぞ……』


 突然、異質な者同士が手を組むことになった。ゆえに、これはこれで正しいことをなんらか述べているとは思うのだが、それを言っているのがイノシシというところに引っかかる。イノシシのくせに、猪突猛進とは正反対な性格だ。うーん、イメージとは違いすぎる。

 そんな個性的な魔獣達に専用の武器を供与するのは、ロルフ大尉だ。

 なんと大尉のやつ、たった一晩で魔獣用の武器を作り上げてしまった。なんだこいつ、天才か?


「一角狼やヘルハウンド、それにイノシシの皆さんには、銃を改良したこの射撃装置をつけてもらいます。これには、バリアシステムも一体化しており……」

「ちょっと待て。群れで行動する彼らが一斉にバリアを展開すれば、互いのバリアが干渉して大変なことにならないか!?」

「いえ、大丈夫です。このバリアシステムは、傘のように上面にしか展開しません。どのみち、相手は空の魔族ですし、上だけ防げれば十分ですから」


 しかもこの魔獣用兵器は、取り付ける魔獣と同じ色の毛並みで覆われていて、武器を持っているように見えないというものだ。一見すると、地の魔族が皆、遠隔魔術を手にしたように見えるという。よくまあこれだけ手の込んだものを、たった一晩で作れたものだ。

 これだけ仕事が早いのに、なぜ魔術の解明にあれほど時間がかかっているのか、不思議でならない。だが、誰しも得手不得手というものはある。ロルフ大尉の場合、工作は得意だが、きっと分析が苦手なのだろう。


 照準は自動、バリア展開と射撃タイミングは、我々が遠隔操作で行う。射撃タイミングも各群れのリーダーに頼もうかとも考えたが、訓練なしには不可能だ。そしてトゥルッフ・トゥルウィスには、哨戒機と同じ中型砲がつけられる。

 なお、群れの動きは各リーダーに頼るしかない。彼らは念話のようなもので、群れに指示を出すことができる。

 そして、その総指揮は、私が取ることとなった。


 で、私とオーガスタ殿に各群れのリーダー、それにエンリケ殿は今、駆逐艦2130号艦の艦橋にいる。


「それにしても、静かですね」


 このシュールな雰囲気の中、レーダー手が呟く。


「何がだ?」

「いえ、つい4日ほど前までは、連日のように空の魔獣が現れてたのに、ここ最近ぱたっと途絶えてます。なんなのでしょう?」

「同じような報告が、他の都市にいる艦からも来ている。ここ数日は、襲撃がないと」

「そうですよね。気味悪いですよね。どうしたんでしょう?」


 確かに奇妙だな。何かあったのだろうか?


「……連戦、連敗」


 そこで急に、あの魔族の王が呟く。


「なんだ?」

「やつら、空の魔族らは汝らに連戦連敗している。さすがに連中も、このままでは全滅すると思ったのだろう。少なくとも、今まで通り攻めてくることはない」

「だが、それで引っ込んだところで、何をするつもりだ?このままずっと、戦わないつもりなのか?」

「そんなことはしないだろう。おそらく、数を揃えて攻めてくる。その時は多分、やつらの(おさ)も出てくるはずだ」

「それはありがたいが、その場合、どうやってその(おさ)を見分けるんだ?そいつを倒したら、元も子もないあろう」

「大丈夫、(おさ)は前面には出てこない。必ず、後方にいる。何かあれば、真っ先に逃げられる位置にいるはずだ。(おさ)の死は、一族の死。それをわきまえているはずだから、必ず前には出てこない」


 ああ、そういうものなのか。言われてみればそうだな。我々の艦隊もそうだが、指揮官ならば後方に控えていて当然だ。自らの保身というより、一族の運命を担っている。迂闊に前面に出しゃばるわけにはいかないだろう。

 とまあ、そんな会話をしていると、実にいいタイミングで奴らは現れた。


「レーダーに感!機影、多数!3時の方向、距離40、速力45、高度200!総数35!」

「光学観測!魔獣と確認!モニターに投影します!」


 艦橋の大型モニターに、レーダーの捉えた機影の姿が映し出される。モザイク状の画像が徐々に処理されて、鮮明画像に変わっていく。


「これは……ガルグイユの群れか……」

「おい、これ全部、ガルグイユか?」

「ああ、この映像を見る限りはおそらくな。首長の龍、黒い体、紛れもなく水の使い魔、ガルグイユだ。しかし、これほどたくさん現れたのを見たのは、初めてだな……」


 エンリケが呟くように私に言う。それを横で聞いたオーガスタ殿は、私に尋ねる。


「アードルフとやらよ、どう攻める?」

「後方にトゥルッフ・トゥルウィス以下、イノシシの群れを回り込ませる。進路上には、一角狼の群れを配置。ガルグイユの群れの右側面に、ヘルハウンドの群れを回す」

「なぜ、右側面なのだ?」

「これまでの空の魔族との戦いで、撤退を試みる魔獣は、左腕で自身をかばいながら逃げる癖が見られる。ゆえに必然的に、右に転進してしまう。だからその退路を断つには、右を抑えるしかない」

「なるほど、そういうものか。だが、一箇所だけ空いているように思うが、良いのか?」

「あえて一箇所、逃げ道を作る。それも、作戦の一つだ。そこには、我々が向かう」


 どういうわけか魔獣も人間同様、右利きが多いようだ。ゆえに、本能的に左腕を盾代わりに使おうとするようだ。今までの戦闘記録を分析して分かった。魔族の王は、そこまでの考えには至らなかったらしい。

 だが、私はあえて地の魔族で包囲網を作らないことにした。魔族同士の争いは、確実に殲滅戦となる。このため、彼らだけで囲い込むことはしない。あえて一箇所開けておくのは、わけがある。

 無論、私は、空の魔族らを逃がすつもりはない。


「本作戦は、ガルグイユの群れの後方にいる(おさ)を屈服させること。そのためには、退路を断ち、奴らを追い込む必要がある。貴殿らには作戦成功のため、奮闘されることを切に願う」


 地上に向かうエレベーターの中で、オーガスタ殿以下、魔獣の(おさ)の前で、私はこう語る。


『本来であれば、人族が我らに指図するなど以ての外。なれど、我らは王に従い、汝らの作戦とやらを遂行させていただく』


 要するに、渋々ながら我々の指示に従ってくれると、このイノシシの(おさ)は宣言してくれたようなものだ。


『あら、私は快く従うわよ!だって、これまで敵わなかった空の魔族を奔走できるのよ!そんな痛快なことはないわ!』

『我ら一角狼一族も、ハンバーグ……いや、空の魔族に一矢報いることに、歓喜を感じている!アードルフ殿に従い、これまでの恨み、晴らさせてもらう!』


 ヘルハウンドと一角狼の(おさ)の支持は取り付けた。こうなると、あの慎重派のイノシシの(おさ)も、同調せざるを得ない。


「では、出発する!」


 駆逐艦の出入り口より、魔族と魔術団、そして我々、宇宙艦隊の面々が出発する。

 敵……いや、空の魔族は、距離30キロまで迫っていた。我々は進軍を急ぐ。

 一角狼、イノシシ、ヘルハウンドの群れはそれぞれ、所定の位置に向けて進軍を続けていた。それぞれの(おさ)が各々の群れを率いる。そんな彼らに、私が無線機により呼びかけを行う。

 ただし、あちらの念話は、無線機では聞き取れない。こちらからの一方的な指示が伝えられるのみだ。上空から彼らの動きを見ながら、指示を出すしかない。


 そして私とローゼリンデ中尉、それにロルフ大尉、魔術師団、そしてオーガスタ殿は、2台に車に分乗して向かう。


「ねえ、私たちは何をすればいいの?」


 ノエリアが私に尋ねる。


「出番はある。おそらくな」

「出番って……あんたらのあのビーム兵器ってのを使えば、私らの魔術なんて必要ないでしょう!」

「いや、そうでもない。地の魔族向けのビーム兵器は作ったものの、明らかに準備不足だ。追い詰められた敵、いや、空の魔族に止めを刺すのは、魔術師団のあの魔術に頼るしかない」

「あの魔術って……もしかして、空淡蒼爆炎(ホリゾンブルーエクスプロージョン)のこと?」

「そうだ。本当はこの車に砲を搭載できればよかったのだが、この車では中型エネルギー砲の反動に耐えられるような代物ではない。だから、魔術師団の魔術に頼るほかない」


 今回の作戦は、相手を殲滅するこのではない。飛び道具で牽制しつつ、逃げ道を塞ぐ。これが、基本方針だ。

 敢えて包囲を三方に絞っているのもそのためだ。一方の逃げ道を残し、そちらに誘い込む。

 ちょうどそこには、森がある。森の中から、魔術師達にあの魔術を放ってもらう。


 一筋の希望が打ち砕かれ絶望に浸った時に、相手になんらかの方法で降伏を呼びかける。それで奴らはおそらく、地の魔族の軍門に下るだろう。


 ◇◇◇◇◇


 どうも気にいらない。


 なぜ、我々が魔獣の一団に肩入れせねばならないんだ?

 迫り来るガルグイユの群れを前にして、私は憤りを感じずにはいられなかった。


 作戦は、アードルフの思惑通りに進んでいる。

 まず、一角狼の群れにガルグイユどもは立ち向かう。ところがあとちょっとで一角狼に水の魔術をかけられるというところで、突然見たことのない青色の魔術を放たれ、30匹以上もいるガルグイユどもは混乱に陥った。

 そこで、やつらは右に転進する。すると今度はヘルハウンドの群れ、やはり同じく、あのビーム兵器の洗礼に会う。

 そして、さらに右に回ると今度はトゥルッフ・トゥルウィスと手下のイノシシの群れ。今度は3匹のトゥルッフ・トゥルウィスにつけられた大きめのビーム砲というやつを浴びせられて、大混乱に陥った。

 地の魔族は無傷、一方の空の魔族はすでに4、5匹落とされた。だが、これまで自身より格下だと思っていた地の魔族の魔獣どもに追い詰められ、思惑通り、地の魔族のいないこちら側にやつらは向かってくる。

 そこでアードルフは我々に、あの魔術を撃てと言ってきた。


「断る!」


 だが、私はアードルフにこう応える。


「なぜだ、魔術団の一撃がないと、この作戦は……」

「これだけ深い森ならば、二足歩行重機とやらを潜ませることもできたであろう!なぜ、我々なんだ!?」

「いや、これは人と魔獣の共同戦線だ、ここはあなた方に頼りたい!」

「そんなことをしても、我々には何ひとつ良いことなどないではないか!」

「いや、ある」

「なんだ、それは!?」

「……言いにくいことだが、このままでは魔術団の存在意義を問われる。我々がこの星に出現し、魔術師でなくても、魔獣の攻撃に対抗できるようになってしまった。魔術師団の、存続のためでもある」


 突然、アードルフのやつが、核心を突いてきた。


「……だから、我々に華を持たせる、と?」

「そういうことだ」


 この一言で、私はアードルフを睨みつける。だが、やつの言っていることは正論だ。このままでは遅かれ早かれ、魔術師団は解散することになるだろう。


「待て!」


 その時、あの地の魔族の王が割り込んでくる。


「なんだ!」

「今は争っている場合ではなかろう。敵はすでに目の前、そういうことは、何もかも終わってからやっていただきたい」

「だが……」

「汝らが魔術を撃たぬというのであれば、(わらわ)が撃つ!」

「……は?あんたがか!?」

「なんじゃ、我は魔族の王、魔術の一つや二つ、心得ておるわ」


 どうみても、ノエリアほどの大きさの魔族が、魔術だと!?

 ……いや、ノエリアだって魔術を使うことができるな。それに、考えてみればあれだけの地の魔族を統治しているのだ。何らかの力を持っているのは間違いない。


「分かった。ならば、我らの魔術は、あんたの魔術が失敗したときのために温存する。あんたが失敗したら、我々が魔術を使う。それならば、我々は地の魔族に貸しができ、まだ納得できる」

「分かった。それでいい。元はと言えば、我らの戦い。地の魔族として、ただ人族に頼るだけでは申し訳ないと思っていたところだ」


 そういうとこの魔族の王は、ガルグイユの方を向く。そして、両手を空に掲げる。

 上級魔術師となると、その強力な魔術の制御のために、杖につけられた水晶を媒介に使う。だがこの王はそんなものを必要としないのか?それとも、手でどうにかできる程度の弱い魔術なのか?少し不安になってくる。


 ところがだ。このオーガスタという、ノエリアほどの娘にしか見えない魔族の王の両手の先に、この王の背丈の3倍はあろうかという黒い輪が出現した。詠唱もなし、水晶のような媒質もなしに、あれだけ大きな魔力円を発生できるとは、なんだこの娘は!?

 その黒い輪は、その王の腕先に徐々に集まっていく。黒光りする不気味な輪。これは、バレンシアの持つ闇の魔術と同類の魔術だと分かる。

 だが、力は強すぎる。


 私は直感する。明らかにこれは、我らの空淡蒼爆炎(ホリゾンブルーエクスプロージョン)並みの威力のある魔術だと。


闇弾丸(ダークバレット)!」


 闇の魔力が一点に集まったところを見て、魔族の王が短く叫ぶ。次の瞬間にその黒光りの点が、群れの先頭のガルグイユに向かって放たれる。

 先頭のガルグイユに当たったその闇の魔力は、あっという間にガルグイユを飲み込み、大爆発を起こす。周りにいたガルグイユもその爆風の巻き添えを食らう。

 遅れて、その風がこちらまで達する。ドーンという音とともに、我々を覆う森の木々はしなり、葉は落ち、その木の葉混じりの暴風が押し寄せる。

 車の陰に隠れる魔術師団とアードルフら駆逐艦乗りの一行。だが、魔術を放ったオーガスタはその場に残る。

 猛烈な風が当たっているはずだというのに、微動だにしないその魔族の王は、ただ空を眺めて、ガルグイユの動きを見定めていた。


「おい、ガルグイユが、転進したぞ」


 まだ風もおさまっていないというのに、我々に向かって叫ぶ魔族の王。


「方向は!?」

「右だ。あのままだと、また一角狼の群れに向かう」

「そうか。ならばウォーレンに連絡、ガルグイユの再来に備えよ、と」

「待て!」


 アードルフが一角狼の(おさ)に無線で呼びかけようとしたそのとき、あの魔族の王が制止する。


「どうした!」

「見ろ……」


 空を指差すオーガスタ。アードルフがその方向を見て、唖然としている。

 何が起きている?私もその方角に目を向けた。


 なんということだ。


 ガルグイユが、次々に消えていく。

 空に吸い込まれるように、生き残ったガルグイユが一匹、また一匹と姿を消していくのだ。


「……魔界の入り口が、あんなところにもあったとは……」


 これまでに何度か聞いたことがある。魔獣どもは、空と地の狭間にある世界から、やってくると。

 まさにやつらは、その空と地の狭間に逃げ込んでいるところだ。

 私も、こんな光景を見るのは初めてだ


「なんだって……?逃げられたのか?」


 アードルフが一言、絞り出すようにつぶやく。だが我々は、徐々に消えゆくガルグイユを、ただ見上げるしかなかった。

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