#18 共同戦線
結論から言えば、地の魔族との交渉は、成立した。
締結された内容は、ごく簡単なものだ。互いの種族への攻撃の中止、あの山の麓における地の魔族の自治権の承認。
そして、空の魔族に対する共同戦線を張ることである。
すでに地の魔族は500を切る勢力となっていた。かつては2千を超える勢力であった地の魔族だが、半数が彼らの世界を襲った闇によって、そして残った半数も空の魔族との戦いの中で失われたという。
残っているのは、一角狼が数十頭を筆頭に、ヘルハウンドと呼ばれる真っ黒な犬の姿の妖精の群れ、大型のイノシシであるトゥルッフ・トゥルウィスと7匹の中型の手下が数集団、その他諸々である。
魔獣とはいえ、突進くらいしか取り柄のない種族ばかり。飛び道具がない。おまけに、空を飛ぶことができない。これではとても、空の魔族に勝ち目などないだろう。
彼らが自らの種族存続のために我々に和睦を申し入れたことは、間違いなく正解だった。
「……アードルフ、アードルフってば!」
私を呼ぶ声がする。ノエリアだ。
「ああ、なんだ?」
「なんだじゃないわよ!なにまた一人で、別の世界に飛んでるのよ!」
「そういうお前こそ、何をしているんだ?」
ノエリアはと言えば、一角狼のウォーレンの灰色の毛並みの身体にしがみついている。
「これさ、とっても気持ちいいよ!アードルフもしがみついてみればいいのに」
「いや、私は……」
「この狼さん、さっき洗ったばかりでしょう!?ふかふかでほんと気持ちいいよ!」
狼だというのに、明らかに嫌そうな表情を見せるウォーレン。
『おい、何だこの娘は!?』
「なんだと言われても、別に害はない」
『さっきからずっとこの通りだぞ!なんとかしろ!人間!』
「ハンバーグ代と思って、おとなしくしてろ。じきに離れる」
だが、間の悪いことに、そこにローゼリンデ中尉まで現れた。
「うわぁ!ほんと気持ちいいわ!魔獣というだけあって、気持ち良さが段違いだね!」
「ほんとね、この頭の角がなければ、もっと抱きつき甲斐があるのにねぇ」
狼でも、これだけ嫌悪感を表現できるのかと思うほど、嫌そうな顔でこちらを見つめるウォーレン。だが、今ここで交渉をしている主人の手前、暴れるわけにもいかず。気の毒なものだ。
ここでは今、交渉官と地の魔族の王との間で話し合われている。内容は、共同戦線を張る上での取り決めごとだ。
すでに話し合いは、1時間以上も続けられていた。
◇◇◇◇◇
日が暮れようとする頃、ようやくあの魔族の王と名乗る娘との打ち合わせが終わる。途中からアードルフも呼ばれたため、私がこの一角狼の相手をする羽目になった。
「じゃあね、ウォーレンちゃん!」
「また、もふもふさせてね~!」
すっかり女どものお気に入りになってしまったな、あの誇り高き一角狼は。その上に乗る魔族の王も、我らに手を振って別れを告げる。
「で、どういう話になったのだ?」
「ああ、ちょっと厄介なことになってな」
「なんだ、厄介なこととは。まさか、あの連中に恫喝されたのではあるまいな?」
「そうではない。空の魔族を攻撃し、これを屈服させるということで双方が合意した。問題は、その方法だ」
「たいしたことではないだろう。あのビーム兵器とやらがあれば、空の魔族など恐れるに足りぬ」
「それはそうだが……ただ、その武器を地の魔族に使わせることになったから、困っているんだ」
「はぁ!?地の魔族にだと!?あのビーム兵器をあの連中に与えるのか!?」
「いや、どうせ与えたところで使いこなせまい」
「ならばなぜ、あいつらにビーム兵器を渡すというのだ!?」
「渡すというより、我々のコントロールの元、地の魔族に取り付けたエネルギー砲を使わせて、あたかも地の魔族が攻撃したように見せかける、とでも言った方が正確だな」
「なおのこと解せぬ!なにゆえ、魔獣の集団にそこまで肩入れするのか!?」
アードルフめ、らしくないことを言い出すな。納得のいかない私は、アードルフを問い詰める。それにアードルフは淡々と応える。
「簡単だ。我々が協力して、魔族の統一を手助けし、あのオーガスタという魔族の王に、この星にいる全ての魔族をまとめてもらう」
「なんだと!?おい、正気か?」
「正気だ。そうでないと、我々が困る。まさか我々が魔獣のリーダーになるわけにもいかない。そういうことは、魔獣に精通しているあのオーガスタ殿に全て任せた方がいい。その上で我々は、そのオーガスタ殿と同盟を結ぶ。それでこの星にいる魔獣は落ち着く。一件落着だ」
なんということだ。魔族の王に、魔獣を従わせるだって?やはり、正気の沙汰ではない。
「……なのだが、そのための作戦を、私が立案することになってしまった。だから、厄介だと言っている。司令部にはもっと優秀で、暇なやつはいるだろうに、なんだって私が……」
ぶつぶつと文句を言い出すアードルフ。確かに、地の魔族に華を持たせる役目を押し付けられることは、厄介ごとには違いない。
これまで魔術師団の長として、攻め入る魔獣を敵として排除し続けてきた。そんな私ならこんな仕事、とっくに断っているところだ。
「はぁ~……」
詰所に戻り、王宮へあの魔族との折衝の内容を報告するため、羊皮紙に書き留めていると、ノエリアが戻ってきた。最近、ため息が多いな。どうせ、またあの男絡みだろう。
「どうした。いつのまにか、ため息をするのがすっかり得意になってきたようだな」
「んなもん得意にするものじゃないでしょう!いろいろあったから、こうしてため息ついてるんじゃないの!」
「なんだ、いろいろとは?」
「アードルフのやつ、あの後もずーっと考え事してて、私がいるというのに、まるでうわの空なのよ!まったく、何を考えてるんだか!」
「いや、今度ばかりはしょうがない。あれは難題だ。さすがに私もアードルフに同情せざるを得ないな」
「えっ!?エンリケはアードルフの悩みを知ってるの!?」
「ああ、知ってる」
「ちょっと、何なのよ、それは!」
というので、一応ノエリアにも聞かせてやった。
「……それで、なんだって地の魔族が戦ったことにしなきゃならないのよ?」
「だから!あのオーガスタって言う魔族の王に、空の魔族も支配させるためだって言ってるだろ!あの宇宙艦隊の連中が手を出せばあっという間に済む話のところ、そんな厄介な話を持ち込まれたから、やつは悩んでいるんだ!」
「だから、なんで魔族の王に支配させるのよ!そんなことしたら、こっちが危ないじゃないの!」
何度説明しても、納得しないな、こいつは。ダメだこれは。話にならない。
「……では聞くが、アードルフという男がやろうとしていることで、今までで間違った結論に進んだことはあったか?」
「うーん、いや、ないわね。アードルフのおかげで、こうして私達は今、あの船の人達と上手くやれてるし」
「だろう?そのアードルフが取り組んでいることだ。我々にとっても、決して悪いことにはならないはずだ」
「そう……そうよね。そういうことにかけては信頼できるよね、アードルフは。分かった。じゃあ、信じてみるよ」
面倒になってきたので、アードルフの名前を出した。あっさりと納得するノエリア。
「そういうわけだ。少しはお前も、やつの役に立ってやれ」
「いや、役に立てって……何すればいいの?私って馬鹿だから、魔獣をどうしろなんて考えつかないし」
「そんなことは期待しない。だが、男は女が寄り添ってくれるだけで、かなり気が安らぐんだ。私とカメリアの間柄を見てれば、分かるだろう」
「そうね、そうだよね。うん、分かった。じゃあ私、もう一度行って、アードルフを和らげてくる」
「ああ、そうするといい」
ノエリアのやつ、私の言葉を聞いて吹っ切れたのか、飛び出していった。
「あら、珍しくノエリアに的確なことを言ってたじゃない」
「何を言うか。こっちは王宮への報告で忙しいんだ。体良く追い出すためさ」
「なんだか、あなたもアードルフさんのようになってきたわね。ダメよ、素直にならなきゃ」
「何を言う。私はいつも自分に素直だよ。あんな仕掛けだらけの堅物人間とは違う。好きな女がいれば、回りくどいことはせず手を出すさ」
「ちょ、ちょっと、エンリケ、ここは詰所よ!?」
セサルもバレンシアも、今は所用でしばらく戻らない。ノエリアも出て行ったばかりだ。ここにいるのは、私とカメリアだけ。珍しく動揺するカメリアを抱き寄せて、私はその唇を奪う。
アードルフのやつも、魔獣を倒すことばかりではなく、たまには自身を獣にすればいいのだが。
◇◇◇◇◇
あの大型イノシシなら、武装を取り付けるのに向いている。だが、数は一角狼の方が多いと聞く。あれを使って上手く空の魔族に対抗できる攻撃方法があるといいのだが。
どういうフォーメーションを取ればいいのか。一角狼なら、小銃程度の武装が関の山だ。ある程度引き寄せないと、これまで見てきた空の魔獣を倒すことはできないだろう。しかし、どうやって?
いや、それ以前に、空の魔族のリーダー格をどうやっておびき出す?他の連中と見分けがつくのか?
リーダーを倒してしまっては意味がない。そいつを屈服させるには、リーダー格を見分ける術がいる。しかし、どうやって?
考えれば考えるほど、どうすれば良いか分からなくなる。
「……アードルフ!」
あれ、私を呼ぶ声がするぞ?誰だ?
「ちょっと!何ぼーっとしてんのよ!」
ああ、ノエリアだった。なんだ、こんな時に。
「何の用だ?」
「何の用じゃないわよ!私がいるというのに、何ずーっと考え込んでるのよ!」
「地の魔族との共同戦線に関する作戦立案だ。ノエリアには、関係ない」
「ないこたぁないでしょう!私だって、上級魔術師よ!魔獣と戦う役目を負った魔術師として、関係ないなんて言えないでしょう!」
「ああ、そうだったな。すまない」
「すまないじゃないわよ!あんた、なんだって一人で抱え込んでるのよ!?」
「いや、それは……」
「それはじゃないわよ!!なによ、もう!だいたいねぇ、周りにこれだけの人がいるのよ!!もうちょっと、頼ろうとか思わないの!?」
いつになくお怒りモードのノエリア。珍しいな、こいつがこんなに怒るなんて。
「では、どうすればいいんだ?難題だぞ、今度の話は」
「そんなの、周りにいくらでも相談する相手がいるでしょう!エンリケとか、カルメラとか、艦長とか、ええとそれから……ほら、あの魔力を測定していた、あのなんとかという大尉さんもいるじゃない!」
私はふと思い出す。ああ、そうだ。言われてみれば、ロルフ大尉がいたな。魔力の研究と称して、ずっと表に出ず何かをしているが、そんな無駄な研究をしている暇があったら、魔獣を屈服させる方法でも考えてもらったほうがいい。
思えば、ここにいる10隻の艦艇には、作戦幕僚だっている。ノエリアのいうとおり、エンリケ殿やカメリアさんは、魔獣のことを我々以上に心得ている。
それにだ。地の魔族のことは、その王に尋ねるのが一番だ。我々の持つ武装を見てもらい、適した魔獣を紹介してもらえばいいのではないか。
解決の糸口が見えてくる。なんだ、一人で悩んでも答えなんて出るような話ではなかった。ノエリアの一言により、私の脳内に解決の道筋が浮かんでくる。
「ノエリア」
「何よ!」
「いや、ありがとう。道筋が見えてきた。何とかなりそうだ。すぐにでも、エンリケ殿とカルメラ殿にきてもらおう。それから、ロルフ大尉にも参加してもらう。明日にはオーガスタ殿もくるから、皆で作戦会議を行う。もちろん、ノエリアにも参加してもらう」
「えっ!?私!?」
「そうだ」
「だ、だけど私、みんなと違って頭悪いよ!?適当なことしか言えないけど、いいの!?」
「今、私にアドバイスしてくれたじゃないか。それに、実際に魔獣と対峙し、倒した経験も多い。ノエリアがいてくれたほうが捗る」
私はノエリアにもその作戦会議に参加してもらうよう促す。するとノエリアのやつ、どういうわけか真っ赤な顔をして、私の方を睨んでくる。
「あ、あんたさぁ……もうちょっと、遠慮ってものがないの?」
「何のことだ?」
「いや、よくまあ私のことをしゃあしゃあと褒めてくれるわねぇ……未だかつて、ここまで私のことを推してくれた人は、いないわよ」
「何をいうんだ、私は事実しか言わない。お前が必要だと感じたから必要だと言ったまでだ。何が悪い」
「いやさ……悪くはないんだけどね。なんていうんだろう……」
そう言いながら、ノエリアは突然、私の座る椅子に割り込んでくる。
すぐそばに、ノエリアの顔がある。頬を赤く染めたまま、体を密着してくる。
なぜだろうか、妙に心臓がドキドキする。顔が熱くなるのを感じる。
「ねえ、あんたさ、私のことを、どう思ってる?」
いつぞや、エンリケが私に尋ねたようなことを、ノエリアも尋ねる。しかも、至近距離でだ。
「計り知れない魔力を持つ、上級魔術師だ」
「いや、そうだけどさ。本当にそれだけ?」
「多分、それだけではない。だが私には、それ以上に表現する言葉が見当たらない」
「ふーん……」
呆れた顔で睨みつけるノエリア。まあ、気持ちはわからないでもないが、私は嘘はつきたくない。
「はぁ……やっぱり、エンリケのいうとおりね。こりゃあちょっとかかりそうだわ」
「何がだ?」
「いろいろよ、いろいろ!にしてもさ、こんなに私が迫っているのに、何にもないとか……あんたに男としての欲がないのか、それとも私に魅力がないのか……」
ノエリアが投げやりに言う。それを聞いて、私は思わず、ノエリアの手を取る。
「!!な、なに!?」
「いや、迫られて何も感じないことはないぞ。少なくともこれが他の女性ならば、手を握りたいなどとは思わないだろうな」
「えっ!?ちょ、ちょっと!」
「なんだ。まさか私が、何もしないと思ったのか!?」
「いや、心の準備が……ちょ、それ以上は……」
急に動揺し始めたノエリア。だが、動揺しているノエリアの前でこう思うのはなんだが、私も動揺しているところだ。
手を握った。だが、ここから先、何をすればいいんだ?
焦るノエリア、手を握ったまま、次の一手が見出せない私。
そんなこう着状態が、数秒間続く。しかし、私の人生で最も長く感じた数秒間だ。
その静寂を破ったのは、扉の開く音だった。
「副長!艦長がそろそろ艦橋に来いと……って、何やってるんですか!?」
ローゼリンデ中尉だった。手を握り合っている私とノエリアの姿を見て、動揺している。そんな彼女に、私は尋ねる。
「ああ、中尉、ちょうどいいところに来た。貴官に尋ねたいことがある」
「なななななんでしょうか!?」
「ここから先、どうすればいい?」
その言葉で、ノエリアとローゼリンデ中尉が、私のことをまるで、高級レストランにジャージ姿で現れた男のように、半ば軽蔑した目で睨んでくる。
「……ああ、やっぱり副長は……いいです、わかりました!その質問にふさわしい資料を、後でお渡しします!」
「すまない。頼む」
で、手を握られたノエリアはと言うと、呆れた顔でこちらを見つつも、その手をぎゅっと握り返す。
笑顔のような、呆れ顔のような、複雑な顔で私を見ながら、私の手を握るノエリア。その瞬間、私にあのビビッという電流のような感触が襲う。
やっぱりこいつ、私に魔術をかけているんじゃないのか?




