#17 魔族の王
「おい、本当に来るのか!?夢でも見ていたんじゃないか!?」
「そんなことはない。話通りであれば、そろそろ来てもおかしくはない」
私は、駆逐艦2130号艦のドックから少し離れた場所で、あの一角狼を待つ。すでに日は登り、私と交渉官、それにエンリケ殿が立っている。
「にわかには信じられないな。本当に、一角狼と話したのか!?」
「この件で私が嘘をついても、何の得にもならない。とにかく、待つだけ待ってみよう。結論は、それからだ」
という私自身も、本当に魔獣の主人が現れるとはあまり信じていない。
考えてもみろ、私自身を襲った魔獣が、我々と和睦したいなどという。そんな話、にわかに信じろというのが無理だ。
だが、一度交わした約束だ。こちらから、反故にするべきではない。
とにかく、待ってみよう。
と、それから、10分ほど経っただろうか?
草むらから、あの灰色の毛並みの、一本のツノを持った、ふた回りほど大きな狼が現れる。
が、その狼の背に、何かが乗っている。黒いローブのようなものに身を包み、その大きな狼にまたがっている。
魔獣の登場に、こちら側には緊張が走る。私は腰の銃に手をかけつつ、その狼に接近する。
近づいてみて分かった。狼の背に乗っていたのは、人だ。いや、ローブで覆われており、はっきりとは分からない。が、二本の足に二本の腕、体型もまさしく人そのものだ。その人物は一角狼の大きな角に手をかけて、ゆっくりと背中から降りる。
ノエリアくらいの背丈だろうか。その小さな人物は我々の方を向くと、ローブを取り始める。
この場にいる誰もが、予想もしない姿を目の当たりにする。
女だ。いや、娘と言った方が適切か。銀色の髪の毛、身にまとった黒い装束とは対照的な白い肌の顔、大きな青い瞳。
だが同時に、人ではないことも分かる。頭のてっぺんには、羊のような角が左右についている。
まさか、これが地の魔族の「主人」か?
「失礼だが、あなたがこの狼の主人なのか?」
私は尋ねる。すると、その人ならざる人物は、私の問いに応える。
「そうだ。妾は、かの者の主人である。汝は?」
「私は、地球097遠征艦隊、駆逐艦2130号艦の副長、アードルフ少佐だ」
「妾の名は、オーガスタ。齢300と21になる、地の魔族の王である」
は?300歳以上だって?それ、本当か?どうみても、二十歳そこらの娘にしか見えないが……
しかし、一角狼を従えてここに現れた。「地の魔族」の長なのは事実なようだ。
「あなたに問いたい。何ゆえ、我々との和睦を申し出たのか?」
「汝らは強い。これまで、我々が相手にしてきたどの魔術師よりも、はるかに強力な魔導を使う。また我らも、長きに渡る空の魔族との争いで多くの獣臣を失っておる。その上で汝らと争うのは、得策ではない」
「ならば、空の魔族とも和睦すればいいことではないのか?我々とだけが、和睦の相手ではなかろう」
「いや、空の魔族との和睦は不可能だ」
「なぜだ?」
「この者より聞いたであろう。空の魔族には、主人がいない」
「どういうことだ」
「奴らは今、統率する者がいない。特に、ここ3年はやつらの暴走が酷い。おそらくは3年前にやつらの王が死に絶え、魔獣のみとなっておるのだろう」
そうなのか?我々はまだ、ここにきてひと月ほどだ。それ以前のことは知らない。
「……確かに、ここ3年ほどは空からの魔獣の動きが特に激しくなった。それまでも魔獣の襲撃はあったが、今ほど頻繁ではなかった。この3年ほどは、空からの魔獣に警戒する日々が続いているな」
エンリケが私に口添えをする。どうやらこの娘、いや、地の魔族の王が話していることは、本当らしい。
「地の魔族は、空からの襲撃に弱い。ゆえに、多くの下僕を失った。そんな時、汝らがあの空の魔族を、いともたやすく打ち破る姿を目にした」
「それで、我々と和睦をしたいと」
「それだけの力がありながら、この地上に覇を唱えることを汝らはしていない。ゆえに、汝らとの和睦の道はあるのではと考え、妾自らここにやって来た」
見かけによらず、状況判断は正しいようだ。300歳オーバーは伊達ではないということか?
「ところで、貴殿ら魔族は、こことは違う世界から来ていると聞いた。なぜ、その世界で安住せず、人の住むこの世界に来るのか?」
「我らとて、この世界に来たくて来たわけではない。止むを得ず、この世界にいるのだ」
「それは一体、どういうことだ?」
「まもなく、我らの住んでいた魔界は、消滅する」
穏やかではない言葉が、魔族の王の口から飛び出した。やつらの世界、魔界が消滅だと?
「まもなく消滅、ということは、まだ存在しているのだな」
「ある。だが、もはや生きとし生ける者の安住できる場所ではない。早ければ明日にでも、もってあと数年で、我が魔界は完全に消滅するだろう」
「だが、なぜそんなことが分かるのだ!?」
「魔界を、闇が覆い始めている。これも3年ほど前から起こっている。それゆえに空の魔族も、地の魔族も、逃げ場を求めこの世界にやって来た」
「ということは、いずれ……」
「そうだ。生き延びた魔族の多くが、この地を訪れることになるだろう。私はその魔族を統率し、ここに我らの国を作り上げるため、やって来たのだ」
また穏やかではない話をし始めたぞ。魔族の国を作る?ということは、場合によっては再びこの星に住む人々と、衝突する恐れがあるということか?
「ということは、すでにこの世界に移住した魔獣達はいるということなのか?」
「妾を含め、いる。地の魔族の大半が今、ある場所に住んでいる」
「どこなのだ、それは?」
「そなたが一角狼の群れを倒した、あの山の麓だ」
「は?あの山の麓!?」
「人も訪れぬし、ちょうど魔界の入り口にも近い。好都合であったがゆえに、あそこを根城にさせてもらっておる」
なんだと?あそこはすでに、地の魔族の巣窟だったのか。そうとは知らず、私は足を踏み入れていたのか?
にしても今、魔界の入り口があると言ったな。まさか、魔獣はそこからこの世界に入り込んでいるのか?
「おい、それじゃあ空の魔族ってやつらも、その魔界の入り口からやってくるのか?」
「いや、やつらは別の入り口を使っている。この世界には、何箇所か魔界への道が存在する。我らが使っているのは、その一つに過ぎない」
「だが、なぜたくさんの入り口が?空の魔族は、どこから入ってくるのだ?」
「いっぺんに聞くでない。魔界からの道がここに開いた理由は、妾も知らぬ。そして、空の魔族の使う入り口も知らぬ。やつらは、統率が取れておらぬ。おそらくはやつらの主人は、魔界を襲うあの闇にのまれたのであろう」
「ということは、あの連中はただここに来て人々を襲い、街を破壊し続けているということなのか?」
「そうだ」
「だが、あなたは魔族一統を図ると聞いている。しかし、そんな理性のない連中を、どうやって統率するというのか!?」
「魔獣の内、まれに知性を持つ者がいる。ここにいる一角狼のウォーレンのように。その者を説き伏せ、あるいは屈伏させれば、その者の配下にいる魔獣は従うであろう。そのために、我らは空の魔族に挑んでおる」
「だが……勝てないと」
「元々、空の魔族は最強の種族。空を舞い、火や水、氷を吹き、地上をも支配できる力を持つ。我ら地の魔族はこれまで、空の魔族との戦いを避けていた。空の魔族の王も、我らを力で滅ぼそうとはしなかった。その均衡が、3年前に破れてしまったのだ。ゆえに我らは、不利な戦いに身を投じざるを得なかった」
「……ということは、その空の魔族にいる何匹かのリーダーを従わせることができれば、あの空の魔族は人を襲うことはなくなる、と」
「そうだ」
突拍子もない話ばかりだが、この娘、いや地の魔族の王は現実をよく理解している。あとは、その空の魔族をどうにかすれば、この星の秩序は保たれるということか。
「少佐殿。そろそろ私の出番ではないかと思うのだが」
艦隊より派遣された交渉官殿が、私に声をかける。私は応える。
「はっ!では交渉官殿、お願いいたします。ですが、この野原のど真ん中では……」
「そうだな。できれば、会議場のようなところが良いのだが」
「あの駆逐艦用ドックの近くに、簡易の駐留施設があります。その一室を使わせてもらうよう、手配いたします」
「うむ、頼む」
で、私は交渉官殿とエンリケ殿、それに、角の生えた大きな狼と、それにまたがる魔族の王を引き連れて、駆逐艦のそばにある駐留施設へと向かった。
「……ところで、アードルフとやらよ。この大きな岩山のようなこれは、一体何であるか?」
そのオーガスタと名乗る魔族の王は、駆逐艦を指差し、私に尋ねる。
「これは、航宙戦闘艦の一つで、駆逐艦と呼ばれる船です。ここにいるのは駆逐艦2130号艦という、比較的大型の駆逐艦でして、全長400メートル、乗員は約100名。10メートル級高エネルギー砲を1門、雷撃用発射管を左右2基備えており……」
説明はするが、この魔族の王はぽかんとした顔で聞いている。おそらく何のことだかわからないだろうな。エンリケ殿ですら、この艦が戦闘するところを見て、ようやくこれがどういうものかを理解したほどだ。
「副長!会議室を空けておきました!」
「ご苦労、ローゼリンデ中尉。では早速、客人を迎える準備を」
「はっ!では、交渉官殿と客人をご案内致します!で、その客人とはまさか……」
「いや、この一角狼ではない。その上にまたがったこちらのお方だ」
「妾はオーガスタ。地の魔族の王である。案内致せ」
「えっ!?地の魔族の王!?なにこれ、めっちゃくちゃ可愛い……い、いえ!承知いたしました!ローゼリンデ中尉が、ご案内致します!」
「うむ、よろしく頼む」
中尉に連れられて、交渉官殿と魔族の王は、この4階建ての簡易の駐留施設に入っていった。後には私とエンリケ殿、そして、ウォーレンという一角狼だけが取り残された。
にしても、シュールな光景だな。つい数日前、互いに戦ったあの一角狼と私が、駆逐艦のすぐそばでこうして並んで立っている。
「……あー、ウォーレン殿、だったか?」
『なんだ。』
「ここで待っているのも何だ。時間つぶしに、何か食べるものでも持って来させようか?」
『気遣いはいらぬ。我は魔族ゆえ、人族の施しは受けぬ。』
「とはいえ、これから先、長い付き合いになるだろう。そんなことばかりも言っていられないぞ。好意は、ありがたく受けるものだ」
『……分かった。では、頂くとしよう。』
何となく提案してしまったが、しかしこいつ、一体何を食うんだ?
まあ、狼だから、肉類なら食べるだろう。というわけで、適当に肉系の料理を頼む。
そしてこいつの目の前に運ばれたのは、ハンバーグステーキだった。大きな角を生やした狼の前に置かれたハンバーグステーキ。自分で提案しておいてなんだが、奇妙な光景だな、おい。
「おい、いいのか、こんな奴にハンバーグなんて」
「いいんじゃないか。狼なら、食べられるだろう」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
出されたハンバーグステーキを前に、匂いを嗅ぎ、それを確かめる一角狼の主、ウォーレン。
だが、それを一口食べ、一言。
『う、美味い!なんだ、この肉は!?』
それは、魔獣が我々の文化に触れてしまった、最初の出来事であった。




