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#16 魔族

 私の向こう側に、ただでさえ妙な奴が、さらに度を増しておかしな格好で座っている。

 アードルフのやつめ、顔の前に腕を組み、対面に座る私を睨みつけながら、ただ黙って座っている。


「……さっきから黙って座っているが、何の用で来た?」


 長い沈黙ののちに、私はアードルフに尋ねる。


「……エンリケ殿にお聞きしたい。これまでにノエリアが、微弱な電流魔術を発したことがあるか?」

「は?微弱な電流魔術?なんのことだ?」

「なんというかな、こう、全身にビビッと来る感じがするやつだ。あんな感触は初めてだ。だからもしや、ノエリアの魔術ではないかと思ってな」

「てことはその時、ノエリアはお前のそばにいたのか?」

「ああ、いた。好きなものを買ってやると言って、それを購入して渡した直後のことだ。嬉しそうな笑顔で私の手を握った。その瞬間、私にその電気ショックのようなものが襲い掛かったのだ」

「ノエリアは微弱な魔力を出したりしないぞ。だいたいあいつは、ただでさえ魔力の調整が効かないやつだ。それは単なる気のせい……」


 そう言いかけたところで、私はふと気づいた。ああ、分かった。ある意味でノエリアの魔術だが、その魔力の源はノエリアではなく、この男の中だ。


「……いや、なんだ。お前も普通の男だったのだな。てっきりお前は、あの二足歩行重機とかいう化け物を小さくした奴だと思っていた」

「二足歩行重機が小さくなるわけがないだろう!どういう意味だ!」


 つくづくからかい甲斐のある奴だな。これほどまでに冗談の通じない奴だとは。


「まあ聞け。お前、ノエリアのことを、どう思っている?」

「どうって……強力な雷の魔術を使う、上級魔術師だろう」

「いや、そういうのじゃなくてだな。そうだな……女として、どうかと聞いている。例えば、ノエリアと一緒に寝たいと思ったことはないのか!?」

風紀紊乱(ふうきびんらん)なことを言い出す奴だな。そのようなこと、思っていても口には出さないものだ」

「なんだ、ということは、思ってはいるんだな」

「なななな何を言い出す!そんなことはない!」


 いいぞ、壊れ始めた。ますます面白くなってきた。


「ノエリアはいいぞ?あの分厚い魔術師装束の下には、おそらく手付かずな色白の滑らかな肢体が……」

「おい!何を言いだすんだ!私は帰るぞ!」

「怒ることはないだろう。夜はともかく、またノエリアを誘って街にでも行ってやれ」

「検討しておく!」


 何やら癇に障ったようで、アードルフのやつ、怒りながら外に出て行ってしまった。


「……あんな言い方したら、あの性格では怒って当然でしょう?」

「分かってる。分かっているから、怒らせたんだ」

「なんでよ……せっかくノエリアとの間がうまくいきそうなのに、わざわざ壊すつもり?」

「正攻法ではあの男は動かない。これくらい言ってやらないと、あの鈍い心に風穴を開けることなどできない」

「そんなものかしら……」


 カルメラのやつ、呆れた顔で私の方を見ている。だがカルメラよ、お前も今、見てただろう。やつの心にほんの少し、風穴が空いた瞬間を。


 と、今度はノエリアが現れる。こちらはあの堅物と違い、上機嫌だ。


「ねえ、見て見て!銀の指輪、もらっちゃった!」


 自慢げに、それを私とカルメラに見せびらかすノエリア。


「おい!ちょっと待て!指輪だと!?」


 私は思わず、ガタッと立ち上がる。それを見てビクッとするノエリア。


「な、なに!?ただの指輪だよ!?」

「ただの指輪だから問題だ!なんだあの男、指輪を渡していたのか!」


 なんという鈍い男だ。あいつ、この贈り物の意味が分かっているのか?


「それにしても、綺麗な指輪ね」

「そ、そうでしょ!?大銀貨16枚もするんだよ!」

「まあ、そんな高いものをポンと買ったのね、あの人は」

「……えっ?もしかしてもう、これを買ってくれた人のこと、知ってるの?」

「知ってるも何も、そんな人は1人しかいないでしょう?」

「ま、まあね。そりゃそうだけど……」

「それで?これを頂いた後、その人とどうしたの?」

「うん、街の真ん中にある店で、一緒にパエリア食べて別れた」

「ぱ……パエリア……」


 うーん、こっちも大概だな。指輪を貰っておいて、そのあとはパエリアで終わりか?


「はぁ……アードルフだけではないな。2人とも、男女の付き合いというものを学ばないとダメだぞ」

「はぁ!?何よ!アードルフはともかく、私のどこに問題があるのよ!」

「大ありだよ。他の男なら、とっくに愛想をついているところだ」


 急に機嫌が悪くなったノエリア。なだめるカルメラ。何れにせよ、この2人が通常の男女の関係になるには、いささか時を要することになりそうだ。


 ◇◇◇◇◇


 私は、西門を出た。すぐ外に作られた10隻分のドックの一つに、駆逐艦2130号艦は接続している。


 にしてもだ、エンリケ殿め。なんてやつだ。私にいかがわしいことをさせようと、虎視眈々と狙っているようだ。そんなことをして、なんの得があると言うのだ?

 ノエリアと一緒のベッドに寝るだと?戦闘艦の副長だぞ。そんな綱紀を乱すようなことを、私の立場でできるわけがない。何を言っているんだ。

 しかし、ノエリアのやつ、いつもブカブカの服を着ているが、中は案外スレンダーなようだ。崖の下にいたあの時、背中におぶって実感した。ということは、あの服を脱いだなら……

 いかんな、エンリケ殿の思考が伝染ってしまったようだ。私は立ち止まり、一息つく。いつもの冷静さを取り戻さねば、2130号艦に戻れないぞ。


 と、私は駆逐艦ドックのある簡易宇宙港までの道のりの途中、草原広がる王都の郊外で立ち止まる。

 すると、草むらがなにやらガサガサと動く。


 その草むらから、のそっと何かが出てくる。その姿を見て、私は戦慄を覚える。

 それは、一匹の一角狼だった。そう、あの崖の下でノエリア共々戦った、あの一角狼である。

 私は腰の銃に手を添える。が、その時突然、声が聞こえる。


『聞け!』


 なんだ?誰が話しかけてくる?私は周りを確認する。

 が、どこを見ても、誰もいない。いるのはこの一角狼だけだ。


『聞け、人間よ!』


 音声なのか、それともテレパシーのようなものなのか、分からない。だが間違いなく声の主は、この一角狼だ。


「……なんだ、私に何の用だ!?」


 私は応える。するとその一角狼らしき声も応える。


『我が一角狼の群れを皆殺しにした人間よ。お前に、尋ねたいことがある』


 やはりこいつは、あの時の狼の群れの仲間か。


「……なんだ、尋ねたいこととは?」


 この状況、どう考えても私に復讐するつもりだろうな。私は、腰にある銃に手をかけたまま、この一角狼に返す。


『我が目的は、殺戮ではない。そなたらのことを、知りたいだけだ』


 妙なやつだな。てっきり、あの崖の下の時のように、襲いかかってくるものかと思っていた。


「我々は、地球(アース)097という星からやってきた者だ」

『星か……やはりな。あの国のものにしては、妙な魔術ばかり使うと思っていた』

「そういうお前はなんだ!私に一族を殺され、復讐に来たのではないのか!?」

『そのような無益なことはしない。いまさら、死んだ者のために命を投げ捨てるようなことなど、するはずもない。我は今、主人(あるじ)のためにここに来ている』

主人(あるじ)だと!?誰だ、それは!」


 言葉を話す狼というだけでもおかしな存在だが、さらにこいつの上には、別の主人(あるじ)の存在があるようだ。一角狼は、続ける。


『我が主人(あるじ)は、そなたらとの和睦を望んでいる』


 唐突に、魔獣から和睦という言葉が出てきた。


「なんだ、和睦とは!?」

『そのままの意味だ。我らフォルトンの魔族は、そなたらを攻撃しない。そなたらも、我らフォルトンの魔族を攻撃しない』

「……フォルトンとは、なんだ!?」

『おそらくは、耳にしたことがあろう。天と地の狭間にあるという、魔族の住む地のことを』


 そういえば、そんなようなことをエンリケ殿が言っていたな。まさか本当に存在するのか、そんな場所が。


「……そんなことは、私の一存では決められない。我々の政府の代理人である、交渉官との折衝が必要だ」

『そうか。ならば明朝、我が主人(あるじ)と共にここに来る。その代理人という者も連れて参れ。それで、良いな?』

「その返答の前に、一つだけ確認したいことがある」

『なんだ?』

「お前達と和睦すれば、魔獣との戦闘は無くなるのか?」

『それはできない』

「なぜだ!それでは、和睦とは言えないではないか!」

『魔族は一つではない。この世界には、2つの魔族がいる』

「は!?2つ!?」


 衝撃的な事実が判明する。なんだと、魔獣の集団には、2つあるのか?


「おい、それじゃあ、仮にお前達と和睦したところで、他の魔獣と区別がつかないではないか!」

『いや、それはない。簡単に見分けられる』

「どういうことだ!?」

『我らは地の魔族。そしてもう一つは、空の魔族だ』

「地の魔族?そして……空の魔族だと!?」


 要するに、陸海空ならぬ、陸、空ということか?


「ということは、この王都に襲いかかって来たことのある、ガルグイユだのディアブロスだのというのは……」

『それは、空の魔族だ。我らは空を飛ばぬ。大地を駆け、地上を支配するのが我ら地の魔族』

「ならば、以前見かけたイノシシの化け物は!?」

『トゥルッフ・トゥルウィスは、我らが一族の者。それをそなたらが、いともたやすく倒したことは、我らが主人(あるじ)も存じている』

「ならばもう一つ、尋ねたい!お前ら魔族の目的は何だ!この地上の支配か!」

『いや、我らの目的は、この地の支配ではない』

「では、何だ!」

『魔族一統、それが、我が主人(あるじ)の目指すところのものだ』


 魔族一統?どういうことだ。


「……その口ぶりからすると、魔族というのはバラバラな存在なのか」

『そうだ。我ら地の魔族は、我が主人(あるじ)が治めている。だが空の魔族は、我が主人(あるじ)の支配にはない』

「ということは、その空の魔族とは、戦争状態にある、ということか?」

『いや、あちらが暴走していると言った方が良いだろう。おそらく空の魔族には今、支配者がおらぬ。やつらは思うがままに行動しているだけのこと。知性もなく、本能的にこの地上のあらゆるものを破壊し尽くそうとしているだけだ』

「なんだそれは?そんなことをして、何になるのか!?」

『支配者がおらぬから、そんなこともわからぬのだ。だが、我が主人(あるじ)は違う。破壊の先には、滅亡しかない。そのことを、我が主人(あるじ)は心得ている』

「そういうお前らだって、人の住む街を破壊しようとしたではないか?」

『あれは空の魔族との戦いのために進軍の途中、通り道にたまたま街があっただけに過ぎない』


 通り道に街があったから壊す。申し訳ないが、こっちも相当知性が低いな。


「では、和睦により少なくとも地上にいる魔獣については戦わなくても良くなると、そういうことか?」

『我らの目的が果たせるなら、人間どもと戦うつもりなどない。むしろ、空の魔族には我々も相当悩まされておる。そなたらの力を借りれるならば、共存の道を選んでも良い』


 随分と高飛車な言い分だな。まあ我々としても、魔獣の殲滅を志しているわけではない。和解できるのであれば、するに越したことはない。


 というわけで、なぜか私は魔獣との交渉に応じることとなった。それにしても、地の魔族の主人(あるじ)とは何者か?あのイノシシのようなやつか?それとも、ライオンのような風貌か?

 いずれにせよ、あれだけの猛獣の上に立つ者だ、王者にふさわしい獣なのは、間違いないだろう。去っていく一角狼の後ろ姿を眺めながら、私はふと考えていた。

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