#15 芽生え
アードルフとノエリアが、王都の近くにある不毛な山で遭難した。
しかもその時、一角狼に襲われたらしい。だがどういうわけか、ノエリアの魔術を使って撃退したのだという。
で、そのノエリアの様子が、明らかにおかしい。
「はぁ~……」
単独の魔術で、初めて魔獣を倒した。足の怪我もたいしたことはなく、一晩で普通に歩ける程度までには回復した。多少の不運はあったとはいえ、私ならばこの功績を嬉々として誇ってまわるところだ。だがこいつ、何を落ち込んでいる?
そんなノエリアに、カルメラが声をかける。
「あら、どうしたの?柄にもなくため息なんかついて。ノエリアらしくないわね」
「うーん、ちょっと、ね……」
「なに?もしかして、アードルフさんのところに、行きづらくなったから?」
「そうなのよ~!私のせいで、あんなことがあったばかりだし、さすがにしばらく、あそこには行けないでしょう!」
「そうかしら?そんなこと、多分アードルフさんは気にしていないと思うわよ?」
「そ、そうかなぁ……」
「そうよ。あの遭難騒ぎから、もう2日も経ってるのよ。ほとんど毎日顔を出していたのに、この2日ほど顔を出さないなんて、あちらも心配してるわよ、きっと」
「う、うん、分かった……じゃあとりあえず、行ってくるわ」
「魔獣には、気をつけてね~!」
西門に向かって歩き出すノエリアを送り出した後、私の前ににやにやしながら戻ってくるカルメラ。
「……なんだ、嬉しそうだな」
「まあね。バレンシアに続いて、ノエリアもようやく女に目覚めたみたいだし」
「だが、ノエリアの場合は相手が難題だぞ。まるで神像か聖人でも目指しているようなやつだ。そういう方向には、まるで無欲だぞ」
「そうね。でも、それほど難しい相手とは思わないわね。単にそういうことを避けているだけのような気がするわ。そういう男には、ノエリアのように少し図々しい方がちょうどいいのよ」
カルメラはそう言うが、私にはあまりあの2人が意気投合するとは思えない。感情的なノエリアに、理屈と正論の混ざり合った粘土で作られた伝説の論師のようなアードルフ。どこをどうすれば、あの2人が通じ合えるというのか?
◇◇◇◇◇
どうも、調子が悪い。
別に身体的な何か悪いわけではない。が、どうにも仕事に身が入らない。
この2日ほど、いつもと違う。それが何なのかが、私には分かっている。
だが、つい3週間前までの状況に戻っただけだ。にもかかわらず、これほどまでに調子が狂うとは、どういうことだ?
「……副長!次をお願いします!」
「ああ、すまない。それじゃBブロックの点検に入るか」
「大丈夫ですか?副長。2日前に魔獣とやりあったばかりですよね?」
「別に怪我をしたわけではない。大丈夫だ」
私は今、主砲身の点検作業に立ち会っている。いつまた、連盟軍が侵入してくるかもしれない。砲撃科の士官と共に入念にチェックしているところだ。
「副長、ノエリアさんがいらっしゃいましたよ」
そこに、ノエリアを連れて、別の士官が現れる。
「あ、ああ……ご苦労。すまない、ノエリア、もうすぐ終わる。少し待っててくれないか?」
「え、ええ……」
「そういえば、足はもういいのか?」
「この通り、もう歩けるわよ」
「そうか」
実に2日ぶりのノエリアとの会話だ。私は点検作業を急ぐ。
「Bブロックは随分と捗りましたね、副長。終了です、あとはやっておきますんで」
「そうか、頼む」
砲撃科の士官が、ニヤニヤしながら私を見送る。ノエリアと共に、主砲身の脇の狭い通路を抜けて、居住区に戻る。
「そうだ、ノエリア。君が来たら渡したいものがあったんだ」
「えっ!?私に!?なになに!?」
私はエレベーターでノエリアに話す。それを聞いてなぜか喜んで、ぴょんぴょん飛び跳ねるノエリア。
で、そのままノエリアと共に会議室へと向かい、そこで私はあるものを手渡す。
「……なによ、これ……」
「これか。この尖った部分がこうやって伸びるようになっていて、その土台は重りになっている」
「……はあ」
「で、これを伸ばした状態で投げると、簡易式の避雷針に変わる。プレゼン用の指示棒と重りを組み合わせて作った、ノエリア専用の雷魔術アイテムだ」
「はあ……で、これってつまり……」
「そうだ。お前の魔術の命中率を上げることができる。前回のような場面に出くわしても、迷うことなく魔術が使える。どうだ?」
長い間、ノエリアは自身の魔術制御に悩んでいたという。これは、その悩みに対する最良の解決策となりうるだろう。
「……ありがとう……だけどさ、アードルフって、いつも戦いのことばかり考えてるのね。それってさ、疲れない?」
「いや、別に」
「はぁ~……いやね、こういうのが悪いことだと言ってるわけじゃないよ。でもさ、あの一角狼に囲まれて、共に戦った仲じゃない。それが、このヒライシンとかいうものだけでいいわけ!?」
「そうか、すまない」
「謝る必要はないわよ?私だって、アードルフのおかげで初めて自分の魔術を狙い通り放つことができたわけだしさ、それに、こうして心配までしてもらっちゃって。でも……」
簡易避雷針については、どうやら気に入らないというわけではないらしい。が、何か物足りないといいたいようだ。
「ノエちゃん、お久しぶり!元気してた!?」
そこに、能天気な主計科士官、ローゼリンデ中尉が入ってきた。
「あ、ローゼリンデ、ちょっと聞いてよ!」
「えっ!?なに!?どうしたの!?」
ノエリアのやつ、ローゼリンデ中尉をつかまえて、会議室の端でこそこそと話し出す。
そして、2人はこちらを見る。2人の視線が、妙に冷たい。
「……なるほど、そりゃあ大問題ね」
「でしょ?てことでさ、どうにかしてこの男に分からせてやってよ!」
「はぁ……しょうがないわねぇ」
「おい、なんだ。何の話だ?」
ローゼリンデ中尉が、私の前に立つ。
「副長、単刀直入に伺います。今までに、恋愛関係の本や映画は?」
「……唐突になんだ。そんなもの、観たことも読んだこともない」
「では、そういう経験は?」
「軍大学に身を投じて以来、軍務一筋だ。我が地球097のため、シュタウヘンベルグ家のため、自らの力を高めることに全力を注いできた」
「はぁ……やっぱりダメだ、重症だわ……」
ローゼリンデ中尉がため息をついて、冷めた目つきで私の顔を見る。
「副長は確かに、戦闘指揮においては極めて優秀でいらっしゃいます。が、私生活の充実を図るという点においては、まるでダメですね。階級に例えるなら、二等兵以下ですよ」
「手厳しいな」
「そこで副長、そのレベルをせめて少尉クラスにまで上げていただきます。ノエリアさんとともに、王都の街に出向き、ノエちゃんの望む物を購入し、手渡す。それが、ランクアップのためのミッションです!よろしいですか!?」
「あ、ああ、分かった。ノエリアの好むものを調達すればいいのだな?」
「調達って……まあ、いいです。はい、その通りです。では早速、ミッションを遂行してください」
「今からか?」
「何かすることがあるんですか?」
「いや、特にはない」
「ならば、ノエちゃんを待たせてる場合じゃないでしょう。直ちに出撃して下さい!」
「ああ、分かった」
そして、ローゼリンデ中尉は私に敬礼する。
「副長!本作戦を完遂されることを、お祈り申し上げます!」
「分かった……では、アードルフ少佐、これより作戦行動に移る」
たかがノエリアの買い物をするだけだというのに、大げさなやつだ。私はローゼリンデ中尉に返礼しつつ、ノエリアとともに駆逐艦を降りる。
「さあて、どこに行きましょうかね~!」
街に入るや、ノエリアのやつ、妙に嬉しそうだな。まあ、ショッピングという行為を楽しいと感じるのは、古今東西一万光年、女子の本能だと言うしな。
「どこに行く?というか、王都にはどんな食べ物屋があるんだ?」
「ちょっと!なんで食べ物屋なのよ!」
「戦艦デアフリンガーの街では、お前とは映画に雑貨屋、本屋、残るは食い物屋しか行った記憶しかない。その中でここにありそうなのは、食い物屋くらいだからな」
「ったく、失礼ね!食い物屋以外だって行くわよ!」
急に機嫌が悪くなった。よく分からないな、こいつの思考回路は。
「ならば、あの店に行ってみるか」
「あの店?」
「ほら、この通りの先の、あの角の店だ」
「えっ!?いいの!?ほんとに!?」
私は何となく、豪華な外観の店を指差す。それを見たノエリアは、急に真顔になる。
ところで私は、何の店を指差したのだ?適当に選んだから、よく分かっていない。
その店に入る。そこは雑貨屋、というより、装飾品中心の品揃えの店だった。ネックレスや腕輪、そして、指輪がある。
「いらっしゃいませ。ああ、上級魔術師の方ですか?」
上品な雰囲気の初老の女性が、ノエリアに話しかける。
「え、ええ……そうです」
「まあ、このようなところに魔術師の方がいらっしゃるとは、思いもよりませんでした。で、お隣にいらっしゃるのは、もしかして旦那様ですか?」
初老の店員のこの言葉を聞いて、ノエリアは動揺する。
「ちちちち違いますよ!」
「では、婚約者です?もしかして、指輪を買いにいらしたのでございますか?」
ノエリアのやつ、すっかり顔が真っ赤だ。杖を握ったまま、オーバーヒートして停止してしまったらしい。もはや、使い物にならない。
だが、指輪か……装飾品を売ってる店だし、悪い選択肢ではないな。
「どんな指輪があるのか?」
「ええ、例えばこちらなど、いかがでしょうか?」
そういって店員の出してきたのは、銀の指輪だった。職人による手作りの、鮮やかな紋様が際立つその指輪。
「いくらだ?」
「はい、大銀貨16枚でございます」
大銀貨1枚が、たしか20ユニバーサルドルだったな……つまり、360ユニバーサルドルか。
手元には、大銀貨が20枚ある。私は、ノエリアに尋ねる。
「おい、ノエリア。これでいいか?」
するとノエリアのやつ、首を縦に振る。どうやら、了解のようだ。
「これをもらおうか」
「はい、毎度ありがとうございます!」
小さくも豪華な装飾の箱に、指輪が収められる。銀貨を渡し、私はそれを受け取る。
店を出て、私はノエリアにその箱を見せる。
「……こうしてみると、随分と小さいが……指輪よりも、ネックレスとかの方が派手で良かったんじゃないか?」
「い、いえ!これでいいです!」
なんだ、急に口調が変わった。たかが装飾品を受け取るのに、何を緊張している。らしくもない。
「あ、あのさ……私の指に、はめてもらってもいい?」
「ああ、いいぞ。手を出せ」
「う、うん……」
顔を真っ赤にしながら、そっと左手を差し出すノエリア。そういえば、指輪ってどの指にはめるんだ?そういえば、何かの戦記ものの映画で、指揮官が薬指に指輪をはめていたシーンがあったな。こういうのは、薬指にはめるものだろうか?
そこで、そっとノエリアの薬指に指輪をはめる。するとノエリアのやつ、自身の左手をまじまじと見つめている。
要するに、気に入ったということか?ならば良いのだが。
すると、私の手を握り、笑顔を見せるノエリア。そして一言、こう言った。
「やっぱりさ、こういう贈り物って、いいよね」
この瞬間、私の身体の中で、電流のようなものが流れた。




