#14 制御
「グルルルル……」
見かけは異様だが、性格は狼のようだ。じわじわと我々を囲み、威嚇する。私は銃を構える。
だが、困ったことに、エネルギーパックを一つしか持ってきていない。迂闊だったな、残りは車に置いてきてしまった。
携帯バリアシステムがあるから、突撃してくる狼の魔獣を撃退することは可能だ。だが、数が多い。襲いかかってくる瞬間に合わせて、スイッチを入れなくてはいけない。かといってスイッチを入れっぱなしでは、すぐにバリア粒子を使い果たしてしまう。
エンリケが言っていた。魔獣というのは、その場にいる生きとし生けるものすべてを殺戮しようとする本能があると。ということは、こちら側かあちら側のどちらかが全滅しない限りは、攻撃をやめないということだ。
我々に向かって突如、3匹が襲いかかる。私はとっさに、銃を撃つ。あっという間に3匹を倒したものの、それがかえって彼らの闘争本能に火をつけた。
「どどどどうするのよ、これ!?」
「銃で倒す。が、すぐに弾切れとなるだろう。あとは襲いかかってきたところを、バリアで弾くしかない」
「な、なんなのよ、バリアって!」
いちいちこんなところで、ノエリアの疑問に答えている余裕はない。そんな襲撃を数回ほど撃退したところで、ついに銃の弾が切れる。
ああ、今日は運がない。エネルギーパックを忘れる、ノエリアが崖から落ちる、おまけに、魔獣に囲まれる。
ここは人々から見放された山。ゆえに、近くにはこの王国の人々の姿もない。仮に誰かがいたとしても、この角の生えた狼に襲われるだけだ。もはや、絶対絶命である。
「くそっ!せめてエンリケのように、魔術でも使えれば……」
あとはバリアしかないと思っていたその時、ふと私はノエリアの顔を見る。
「な、何よ、こんな時に!?」
「おい、そういえばお前、魔術が使えるじゃないのか!?」
そうだ、忘れていた。そういえばこいつ、上級魔術師と言われる娘だった。こいつの魔術の破壊力は私も2度、目にしている。あの狼の群れなど、一撃で粉砕できるのではないか?
「ちょっと、ダメだって!私の魔術、まともに当たんないんだよ!?あんたも見たでしょう!」
「それはそうだが、あの魔術ならここにいる狼どもを一撃で……」
と、そこにあの狼が襲いかかってくる。私はとっさにノエリアを抱き寄せ、バリアシステムのスイッチを入れる。
2匹の狼が、黒焦げになる。だが、向こうにはまだ2、30匹はいる。バリアだけで相手にするには、あまりにも数が多い。
私一人ならば、バリアだけを使って何とか突破できるかもしれない。が、今、動けないノエリアを抱えている。
「……ちょ、ちょっと!いつまで抱き寄せてるのよ!」
バリアの有効範囲は80センチ足らず。こうしてノエリアを抱き寄せていなければ、2人を同時に守ることはできない。
「あの狼から身を守るためだ。我慢しろ!」
「いや、我慢って……いやぁぁぁ!」
とそこに、角を立てたあの狼の1匹が襲いかかってきた。再び、バリアを発動させる。
黒焦げになって落ちる狼。岩壁を背に、周りをぐるりとこの狼の群れに囲まれる。
が、あまりに仲間をやられたためか、角付き狼の動きが止まる。こちらを睨んだまま、お互い膠着する。
さて、相手の動きが止まったのはいいが、打つ手がないな。向こうが襲いかかってこない限り、こちらも奴らを倒せない。
ここはどうにかして、ノエリアの魔術を使いたい。だがこの魔術師は、狙い通りに魔力を当てられないという致命的な欠陥がある。ああ、せっかく威力ある雷の魔法が、こんな時に活かせないとは……
いや、ちょっと待て。
そういえば、ノエリアの魔術は雷だ。
もしかして、ノエリアの魔術は、制御できないのではなくて……
私の脳裏に、ある考えが浮かぶ。私は、ノエリアに向かってささやく。
「……ノエリア、合図と同時に、あの魔術を使え」
「ちょっと!私の魔術は……」
「大丈夫だ。多分、当てられる。私を信じろ」
それを聞いたノエリアは、杖を構える。
私は、そばに落ちていた木の枝を拾うと、その枝の先に、王都で使われている銅貨を一枚、差し込んだ。
「よし!行くぞ!魔術を頼む!」
私の号令とともに、ノエリアは詠唱を始める。
「……わ、我が雷神の精霊よ……我が前に、空を切り裂く雷を顕現し、邪悪なる者を灰塵と化せ!」
杖の先端に、琥珀色の輪が現れる。徐々に集束し、バチバチと音を立て始める。
「出でよ、橙黄雷電槍!」
最後の呪文に合わせて、私は銅貨を挟んだ木の枝を狼の群れの真ん中に投げ入れる。それが地面に触れた瞬間、ノエリアの杖の先から、あの魔術が発動する。
そしてその魔術は、私の投げた木の枝めがけて放たれる。
思った通りだ。
私は、バリアのスイッチを入れ、ノエリアを抱え込む。次の瞬間、地を裂くほどの大爆発が起き、あの狼どもを跡形もなく吹き飛ばす。
その爆風を、バリアでしのぐ。静けさが戻って辺りを見回すと、そこにはあの狼の角だけがたくさん、散乱していた。
「あ……れ?は、初めて思った通りに、当たったよ……」
ノエリアは呆然としている。静けさを取り戻したこの谷底で、私は立ち上がって、その角を一つ拾う。
「あの、さ……どうして、私が魔術を当てられると思ったの?」
ノエリアが私に尋ねる。私は、応える。
「ああ、即席の避雷針を使ったからだ」
「ひ、ひらいしん?」
ノエリアの魔術が制御不能なのは、ノエリアのせいではない。
ノエリアの放つ魔術の特性のためだ。
雷というやつが、どこに落ちるかなど、予測することも制御することもできない。だが雷というやつは、地面に接し、導電体のついた尖った物体に落ちやすい傾向はある。
さっき投げたあれが、そうだ。
そして思惑通り、ノエリアの魔術は、この即席の避雷針に落ちてくれた。
いや、もしかしたらそんなものを使わずとも、あの狼の頭についている鋭く大きい角に落ちたかもしれない。だが、ともかく、ノエリアの魔術のおかげで、何とかその場の危機を乗り越えることができた。
その時、私のスマホが鳴り出す。
『副長!アードルフ少佐殿!応答願います!』
おそらく、帰りが遅い私の身を案じて、駆逐艦の乗員が迎えにきてくれたようだ。私はスマホを手に取り、応える。
「こちらアードルフだ!」
『あっ!副長!どこにいるんですか!?予定時刻になっても戻らないので、捜索に来たんですよ!しかもついさっき、物凄い爆発音がしましたが……』
「その爆発音のする方へ向かえ。私と魔術師が一名、谷底にて立ち往生している」
『了解!直ちに向かいます!』
スマホをポケットに入れると、私の顔をまじまじと見つめるノエリアがいた。
「なんだ?」
「あ、いや!何をしてるのかなって思ってさ」
「ああ、駆逐艦の乗員が、私を捜索にきたようだ。今、こっちに向かっている」
「ええっ!?じゃ、じゃあ私達、助かったんだ……」
いつものノエリアならば、ここで飛び跳ねても良さそうなところだが、さすがに足を怪我している。おまけに、魔術も放ったばかりだ。いつもの能天気は、さすがに発揮できないようだ。
そしてノエリアはそのまま私の肩に顔を寄せて、救助が到着するのを待っていた。




