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#13 遭難

 地球(アース)862に帰還して、1週間が経った。

 いや、帰還というのも変な表現だ。まだベース基地もない星。王都のそばに今、10隻分のドックが建設されているが、完成にはもう少しかかる。

 しかし、これができれば駆逐艦の常駐が可能となる。となれば、もう少し本格的にあの魔獣のことを調べることができるはずだ。

 魔獣の存在も不思議だが、彼らの魔術の謎も解けていない。その謎の解明につながるのか、先の戦艦デアフリンガーで行われた魔術調査の結果を持って、ロルフ大尉が今日、ここにやって来ることになっている。

 そのロルフ大尉を乗せた艦が今、目の前を降下している。


「行こうか、エンリケ殿」

「ああ」


 私は、エンリケ殿と共に降りてきた駆逐艦1200号艦に乗り込む。この艦は司令部付きの艦だが、全長は250メートルと短い。どちらかというと、伝令用の艦のようだ。全長400メートルの我が艦と並ぶと、その短さが際立つ。


「お久しぶりです、アードルフ少佐」


 最上階にある会議室で出迎えてくれたのは、ロルフ大尉だ。


「で、大尉、早速だが、魔術に関して何か分かったことはあるのか?」

「いきなりですね。挨拶もなしですか?」

「当たり前だ。それを聞きにきたのだからな。それ以外の用事はない」

「あはは、なかなかまっすぐなお方ですね。で、結論ですが……正直言って、何も分かっていない、というのが今回の分析結果です」

「なんだ、そうか。では、帰るぞ、エンリケ殿」

「ちょっと、少佐殿!もう少し、私の話を聞いてもらえませんか!?」

「貴官は言ったではないか、何も分かっていないと」

「そうですけど、仮説はあるんです!それを検証するために、私はここまでやってきたんですよ!」


 引き止めるロルフ大尉に圧されて、私とエンリケ殿は渋々残る。ロルフ大尉は机に座り、話し始める。


「……さて、魔術師達のことだけでなく、この宇宙にある事例もいろいろと調べてみたんです」

「そういえば、他の星にも魔術や魔導を持つ人々の住む星があるそうだな」

「そうです。それらの星でも調査、研究が進んでいて、様々なことが分かってます。それらの星での調査結果と、この星の魔術師の話と比較してみたんです」

「それで?」

「魔術、魔導、魔法、呼び名はいろいろありますが、全てに共通していることは、魔法というのはなんらかの物理力を制御して引き起こされる、ということです。空を飛ぶ魔女ならば重力を、火や水を放つ魔法使いならばなんらかの化学反応を、そして雷を放つ魔術師ならば電磁力を操っていることになります」

「だろうな。そうでなければ、現実空間上に魔術など具現化することはできない。だが、人の力でそんなものを制御できることが不思議ではあるが」

「その通りです。物理的に可能な現象とはいえ、それを人の力だけで引き起こすのは常識的に考えて不可能。ですが最近、これらの現象を説明する新たな仮説が出てきたのです」

「新たな仮説?」

「はい、我々はそれを『エーテル制御説』と呼んでいます」

「エーテル……制御説??なんだそれは?」

「はるか昔、光の波動を説明する理論として、エーテルという媒質がこの宇宙空間に満たされているという仮説が存在しました。が、光が媒質を伝わるのではなく、粒子であることがわかると、エーテル仮説は消滅。しかし、この世界にはなんらかの物質で満たされているという考えは依然として残り、その謎の物質に『エーテル』という名が残されたのです」

「……よく分からないが、そのエーテルという媒質は、例えるなら水や空気のようなものなのか?」

「確かにそういうものに近いですが、物理的な作用が全くないため、我々が感じ取ることができないものなんですよ」

「なんだそれ?そんなものが、魔術の根源などと言えないのではないか!?」

「ですが、このエーテルによって媒介される力が、この宇宙を覆うダークエネルギーの正体だと言われています。実は我々が用いる重力子エンジンだって、エーテル仮説に基づく理論の上で成り立っている機関なのですよ!?なのに、その肝心のエーテルの正体にたどり着けていない。だけど、人の力だけであれだけの魔力を出すということは、エーテルに対する人の作用力が……」


 この後、ロルフ大尉は、さっぱり分からない話をし始めた。

 が、たったひとつ分かったことがある。魔術の調査のためロルフ大尉が我が艦に乗り込んで、この地にとどまるということだ。

 ということで、ロルフ大尉を運んできた駆逐艦1200号艦は上昇して宇宙に帰っていく。離脱する駆逐艦を見送りながら、我々は2130号艦に向かう。

 やれやれ、あの実験がもたらしたのは、マニアックな技術武官を抱える羽目になったということだけだ。乗せたはいいがこいつ、我々や魔術師らに何かをもたらしてくれるんだろうな?


 さて、私はなんの役に立つか分からない研究ばかりに構っているわけにはいかない。魔獣退治以外にも、我々にはやらなくてはならない事がある。

 それは、資源探査だ。この星から、我々の艦の維持に必要な物質を可能な限り自給自足せねばならない。いつまでも、200光年以上離れた地球(アース)097からの補給に頼るわけにはいかない。


 というわけで、その翌日、私は王都からほど近いところにある山に来た。

 そこは名もない山、黒ずんだ地肌に木も生えぬ痩せた土に覆われた、この王国では誰一人見向きもしない山だ。


 しかし、こういう山こそ、鉱物資源の香りがする。


 地上にいると、副長という立場は暇になる。平時においては、艦長がいれば大抵のことは間に合ってしまう。私が忙しくなるのは、非常時である戦闘時だけだ。普段のことは、艦長だけでも持て余す。

 で、暇になった私は、資源探査のため、この王都近郊の山にやってきた。

 ところで、前回の補給時に地上探索用のため、車を載せてきた。全部で3台。

 燃料消費の多さが馬鹿にできない哨戒機や人型重機に、いつまでも頼るのはよくない。そこで車を調達し、近郊の資源探査ができるようにした。

 で、私一人で出かけるはずだったのだが、一人、余計なのがついてきた。

 ノエリアだ。


「うわぁーっ!この馬のない馬車、気持ちぃーっ!」


 最近、私によく絡んでくるな、この魔術師は。こいつも暇なのか?


「……なぜ、ついて来るんだ?」

「何よ!さっきエンリケに、この辺りの案内人が欲しいってあんたが言ってたから、仕方なくついてきたんじゃないのよ!」

「ああ、そうか、そうだったな」


 とは言ったものの、こいつ、案内などできるのか?

 というかこの山、誰も見向きもしない場所だと言っていたな。そもそも、そんな場所を案内できるやつなど、あの王都にいるのだろうか?

 しかもついてきたのは、あまり頭が良いとは言えない魔術師だ……どう見ても、人選を誤ったな。

 まあ、連れてきてしまったものは仕方がない。足さえ引っ張らなければ、こちらとしては文句はない。

 で、細く急な路地に差し掛かったので、車を降りて歩き出す。当然、あの魔術師もついてくる。


「ふんふふんふふ~ん!」


 ……にしてもこいつ、楽しそうだな。こんな殺風景な山道を歩いて、何が楽しいんだ?


「ノエリア、何かいいことでもあったのか?」

「何よ!いいことがなきゃ、歌っちゃいけないの!?」

「いや、別にそういうわけではないが」


 どうしてこの娘は、こういつも強気なんだろうか。聞けば、魔術師団の中でもいつもこの調子のようだ。エンリケ殿が言っていたな。


「おい、ノエリア、気をつけろよ。ここはいつ魔獣と遭遇してもおかしくはない場所だ。気を引き締めていかないと、危ないぞ!」

「大丈夫よ、こう見えても私は、王都最強の魔術師の一人なのよ!簡単にやられるわけが……」


 調子に乗ったノエリアが急に黙る。どうした?何か、現れたのか?

 振り返ると、ノエリアの姿がない。ここは遮るものなどほとんどない、不毛の山の細い道の上。ノエリアめ、一体、どこに消えた?

 と、突然、叫び声が響く。


「ああぁぁぁぁ!」


 ……間違いない、ノエリアの声だ。道の下から聞こえる。

 というか、そこは崖だぞ?まさかノエリアのやつ、ここから落ちたのか?


「ノエリア!」


 私としたことが、油断した。ノエリアの落ちたであろう崖めがけて、私も飛び降りる。幸いこの崖は絶壁ではなく、きつめながら斜面だ。どうにか滑って降りられないことはない。私はその斜面を滑りながら、ノエリアを追う。

 崖の下にたどり着く。そこには、倒れこんでいるノエリアなる姿があった。


「おい!ノエリア!」


 私は急いで、ノエリアのところに駆け寄る。


「ったーい!」


 どうやら意識はあるようだ。だが、倒れたまま動かない。


「どうした!?」

「あ、足……」


 足を見ると、滑り落ちながら左足を激しく擦りむいたらしい。足首からすねにかけて、赤い血が滲んでいる。


「ちょっと、足を出せ!」


 私はウエストポーチから消毒液を取り出す。座り込んだノエリアの左足の傷口に、消毒液を吹き付ける。


「イタタタッ!」

「ちょっとの間だ!我慢しろ!」


 消毒液で殺菌し、ハンカチで汚れを拭い取る。そしてポーチから貼り薬を取り出し、貼り付けた。


「ちょ、ちょっと!もうちょい優しくできないの!?」

「優しく措置をすれば、その分痛みの時間が長くなるだけのことだ。少々、痛みをともなってでも、早く怪我を処置する方が早く痛みが引く。それだけだ」

「ううっ……」


 怪我を治してもらっているというのに、相変わらず突っかかってくる。まあ、この怪我以外は無事だという証拠だ。


「おい、立てるか?」

「ちょっとまって……っつー!痛ぁい!」


 魔術に使う杖をついて立ち上がったものの、やはりノエリアのやつ、歩けそうにない。


 上を見上げる。思わず夢中になって降りてきてしまったが、意外に高い。降りることはできても、登るのは無理だ。ましてや、足を怪我したノエリアがいる。

 スマホを見るが、圏外の表示しかない。10キロ圏内に誰かがいれば、無線機として使える仕様のスマホだが、今はその圏内に誰もいない。連絡して救援要請するのは無理だ。

 周りを見渡す。ここは浅い谷底だ。少し歩けば、もしかしたら(ふもと)に出られるかもしれない。


「おい、ノエリア」

「何よ!」

「おぶってやる。背中に乗れ」

「そんなみっともないこと、できるわけないでしょう!?私は上級魔術師なのよ!」

「ならば、その魔術とやらを使って、この状況を解決してみせよ」

「うっ……」

「できないのなら、ここは私に従え。ここをなんとか脱出する」


 渋々、私の背中に乗るノエリア。ここは魔獣という、出処不明な獣が出没する星の上。グズグズしていたら、なにが襲ってくるか分かったものではない。


 軍大学時代に、重さ40キロの荷物を抱えての10キロ以上の山中行軍訓練を何度か経験している。まさか宇宙遠征艦隊に配属されて似たようなことをすることになろうとは思わなかった。


 黙って背中に乗るノエリア。谷底に沿って歩く私。

 しかし、だ。いくら訓練経験があるとは言っても、やはり長時間、誰かを背負ったまま歩くというのはかなり重労働だ。しばらく歩いたところで、私はへたばってしまう。


「ちょ……ちょっと!大丈夫!?」

「あ……ああ、少し休めば……」


 長いこと狭い駆逐艦暮らしを続けていることもあり、やはり軍大学生時代と比べたら体力が落ちている。私とノエリアは、そばにある岩場に座り込む。


「……ごめんね。私がついてきちゃったばっかりに……」

「反省なら、あとで聞く。今はどうやって帰るか考える、それだけだ」


 とは言ったものの、ノエリアのやつ、いつになく沈んでいる。

 根拠もなく強気なところが、彼女らしさなんだがな。こう落ち込まれては、かえって調子が狂う。


「おい、ノエリア。いつものように、何か文句の一つも言わないのか?」

「はぁ!?さすがの私もこの状況で、そんなこと言えるわけないでしょう!?あんたまさか、そんなこと言われたいわけ!?」

「そういうわけではないが、何というか、いつのと違うのはかえって調子が狂う。こういう孤立した状況で自我を保つには、いつもらしく振る舞うことが良いとも言うぞ」

「そ、そんなこと、急にいわれてもさ……」


 うーん、あまり効果がなかったな。何かけしかければ、いつも通りに言い返してくるかと思ったのだが。


「……私ね、あんたのことが嫌いなの」


 突然、妙なことを口走る。


「そんなこと、言わずとも分かっている。だが、それがどうした?」

「いや、だからさ、あんたが私に振り回されているところを見るのが面白くて、ついあんたについて行っちゃうのよ。でもまさかそれが、こんなことになるなんて……」


 なんだ、そんな理由でついてきていたのか。考えてみれば、あの戦艦内の街以来、時折付き合わされていたが、ノエリアの性格を考慮すれば、極めて合理的な理由だ。しかし、私はそれほど振り回されているとか、迷惑だとは感じてはいなかったがな。


「なんだ、こんなところで反省されても、何の役にも立たないぞ。今は無事帰還できることに、全思考を使う。それしかないだろう」

「あーっ、もう!私だって使ってるわよ!だけどさ、ほら、わだかまりのようなものがあると、こういう時よくないでしょ!?だから私は……」


 ノエリアが、言い訳を言いかけたその時だった。

 岩場の向こうから、何かが姿を現わす。


 狼だ。それも頭に一本の角の生えた、見るからに魔獣だと言わんばかりの狼。しかも、普通の狼よりもふた回りほど大きい。

 そんな人の背丈ほどもある異様な狼が、多数現れた。


「ちょ、ちょっと、なによあれ……」


 私とノエリアは崖の下で、魔獣の群れに追い詰められてしまった。

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