#12 漆黒の戦闘
「出港用意よし!繋留ロック解除!駆逐艦2130号艦、発進します!」
「後退微速!ドック離脱!」
「後退微速、ヨーソロー!」
気づけば、ここに来てもう6日が過ぎてしまった。我々は、戦艦デアフリンガーから離脱するところだ。
ロルフ大尉に、彼らの魔術の調査結果を尋ねたが、分析には思いの外、時間がかかるとだけ告げられる。結局、この6日の内に結論は出なかった。
私もあれから戦史資料館に行こうと試みるが、ノエリアのやつが私にまとわりついたおかげで、その機会を奪われる。考えてみれば、この街でノエリアに付き合ってくれる仲間がいない。
肝心のローゼリンデ中尉も、あの日以来なぜかノエリアのことを私に押し付けて出かけてしまう。バレンシアさんもエーリク中尉と共に行動しているらしく、戦艦デアフリンガーに滞在中には、ついに姿を見なかった。おかげで私は残りの2日間、ずっとノエリアの相手で費やしてしまい、ついに一度も資料館に行けなかった。
「ねえ、なんだってあんた、軍人になったの?」
昨日の昼食の際に、ノエリアからこんなことを尋ねられる。
「決まっている。私はシュタウヘンベルグ家の次男だからだ。」
「は?しゅ、シュタウヘン……なんだって?」
「シュタウヘンベルグだ。私の星のベルゲン帝国という国の貴族の一つで、シュタウヘンベルグ子爵家というんだ。その家の家督を兄が継ぐので、私は軍人の道を歩むことになった。」
「ちょ、ちょっと!なんで貴族の次男だと軍人になるのよ!?」
「この星の貴族もそうだと思うが、嫡男が家督を継ぎ、次男以下には継承権がない。昔ならば部屋住みで一生を終えるところだが、宇宙時代以降は貴族の次男以下の男子は皆、宇宙に出て、故郷の星に尽くすという道が当たり前となった。ゆえに私はその慣習に則り、軍大学へと進み、軍人の道を選んだ。」
「へぇ、そうなんだ……でもさ、もしお兄さんが亡くなったら、どうなるの!?」
「その時は軍を辞めて家に戻り、家督を継ぐだけだ。だが……」
「どうしたの?」
「いや、今さら帰る気は起きないな。私はこの艦隊、この駆逐艦の中で相応の地位を得る事が出来た。今さら家に戻れと言われても、正直困るな。」
今思うと、どうしてノエリアとこんな会話をしたのだろうか?現在のところ兄はピンピンしているし、私が家督を継がされる心配もない。
戦艦デアフリンガーを離れ、途中で合流した僚艦10隻とともに、我々は地球862へと向かう。
そして私は今、艦橋に立っている。
このまま何事もなくカンタブリア王国に戻り、再び魔獣襲来に備えて王都周辺の防衛に戻る。私はそう考えて、この艦橋の艦長席の横に立っていた。
順調に航行するはずだった我が10隻の艦隊。地球862まであと1時間。だが、ここにきて不穏な動きが確認される。
「2126号艦より通信。レーダーに微弱反応あり、位置は地球862基準座標で、2133521、2456631、21542。2130号艦の探信レーダーにて確認されたし。以上です。」
「微弱反応か……よくある星間ノイズではないのか?」
「分かりません。ですが、確かにこちらのレーダーにもわずかな反応を感知してます。距離120万キロ。念のため、探信レーダーを使用するべきと具申致します。」
「分かった、探信レーダーの使用を許可する。」
「了解!探信レーダー、作動します!」
私の許可を受けて、レーダー手が我が艦に搭載された探信レーダーを起動する。
この駆逐艦2130号艦は、全長が400メートル。通常の駆逐艦は300メートルであり、我が艦はかなり長身であるが、その理由は拡張された格納庫と、この探信レーダーという特殊なレーダーを搭載するためである。
このレーダー、非常に指向性の高いレーダーのため、狙った方角しか探知できないが、300万キロ先にある数メートル単位の物体をも見分けることができる極高感度のレーダーである。今回のように、通常のレーダーでは判別の難しいものを調べるのに有利だ。
「右へ回頭、12.2度、俯角3度!」
「よし、探信波放て!」
極超短波の電波が放たれる。その直後、レーダー手が画面を見て叫ぶ。
「レーダーに感!艦影10!駆逐艦サイズ!距離、122万キロ!」
「光学観測!艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」
「なんだと!?こんなところに、敵艦隊か!」
いきなり想定外の事態だ。地球862を目前にして、敵艦隊の存在が確認される。数は、我々と同じ10隻。
「警報発令!艦内哨戒、第一配備!これより、敵艦隊を追撃する!最大戦速!」
「了解!両舷前進いっぱい!」
「僚艦にも連絡!全艦で敵を追尾する!急げ!」
「敵艦隊から多量の重力子を検知!最大出力で前進中の模様!」
「くそっ!やはり気づかれたか……このまま逃げきるつもりだな。簡単に逃してなるものか!艦隊司令部に打電!我、敵艦隊発見せり!増援を乞う、と!」
「了解!艦隊司令部に打電します!」
警報が発令される。けたたましいサイレン音が、艦内に鳴り響く。と同時に、艦内放送が流された。
『敵艦隊発見!艦内哨戒、第一配備!総員、戦闘配置!』
そこに艦長が現れる。私は敬礼し、艦長を出迎える。
「敵の艦隊は?」
「はっ!現在、距離122万キロ!我々の動きを察知し、全力離脱を図るつもりのようです!」
「そうか。艦隊司令部には!?」
「先ほど増援要請を行いました!まもなく、近隣の艦艇が駆けつけるものと思われます!」
「では、我々はあの敵を足止めする。進路そのまま!敵艦隊に追いつき、艦隊戦に持ち込むぞ!」
「了解!」
すでにエンジン出力は目一杯で、大気圏離脱時のように壁や床、そして座席までがガタガタと震えている。
「そうだ、エンリケ殿に連絡!」
「はっ!」
「直ちに艦橋へ来るよう、伝達せよ!」
「承知しました!」
ここで私は、エンリケ殿を呼び出すことにする。おそらくはこの地球862の星域で、初めての艦隊戦が行われることになるだろう。この先、連盟という勢力は、彼らにとっても敵となる相手。彼らにとってもその連盟との初の遭遇戦。リーダーであるエンリケ殿には、その歴史的な戦闘の立会人になってもらわねばならない。
◇◇◇◇◇
急にこの船の中が、騒がしくなった。けたたましい音が鳴り響く。何が起きたのだ?
直後に流れてきた艦内放送では、敵がどうとか言っている。どうやらここに、あの連盟とかいう集団が現れたらしい。
この時、私はカルメラと部屋でスマホを触っているところだった。私はこの未知の仕掛けがよくわからない。だが、カルメラのやつはローゼリンデのところで毎日触れていたおかげで、この不可思議な板の扱いに手馴れていた。それで私はカルメラに、その使い方を聞いているところだった。
「……どうやら敵が来たようだ。我々はどうするべきか……」
「どうもこうも、どうしようもないでしょう?まさか魔術を放つわけにもいかないし。だいたいあの連盟っていう敵は、空淡蒼爆炎なんて放ったところで、通用する相手ではないというわ。」
「そうだな……ここはアードルフのやつに踏ん張ってもらうしかない。やつならば、あの連盟というてきなんぞ、蹴散らしてくれるだろうな。」
「あら、アードルフのこと認めているのね。意外だわ。」
「別に意外でもないだろう。戦闘に関する限りは、やつは優秀だ。それ以外のことがてんでダメだとは思うがな。」
「なによ、それ以外って。」
「まずは、人付き合いだ。あいつ頭はキレるくせに、女といっしょに寝たいとか、自身をより大きく見せようとか、そういう欲望がまるでない。謙虚なのは結構だが、男としては魅力に欠ける。」
「あら、ずいぶんと手厳しいわね。でも私には、そんなにダメな男には見えないわよ。」
「なんだ、カルメラ。私からあいつに鞍替えするつもりか?」
「ふふっ、そうね。この先のことを思うと、あちらの方がいいかもしれないわね。」
「ふんっ、鞍替えしたければ、それでもいいさ。」
などとカルメラと毒舌を飛ばしあっていると、部屋の呼び鈴が鳴る。私は扉を開ける。
「エンリケ殿!副長がお呼びです、直ちに艦橋へいらっしゃるようにと。」
「私が、艦橋にか?」
「はっ!小官がご案内いたします!」
なんだ突然、私なんぞが艦橋へ出向いたところで何の役にも立たないだろうが。だいたい、今の私は魔術すら使えないのだぞ?
腑に落ちないまま、私は艦橋へと向かう。中に入ると、そこはもはや戦場だった。
「敵艦隊まで、あと74万キロ!」
「敵の動きは!?」
「全速で地球862へ向かっている模様!」
「副長、まさか敵は、地球862に降りて、地上に紛れ込もうとしているのでは……」
「その可能性もなくはないが、おそらくは地球862の重力を用いたスイングバイによる増速を行い、我々を振り切るつもりだろうな。」
「では、このままでは……」
「いや、大丈夫だ。そういうこともあろうかと、艦隊司令部にその旨を打電しておいた。スイングバイを行った際の予測進路上に、味方の艦艇が急行することになっている。」
慌しいようだが、私はアードルフに尋ねる。
「おい、私にここへ来いと言っていたそうだが、何の用だ?」
「ああ、エンリケ殿か、よく来た。あなたに是非やってもらいたいことがある。」
「なんだ、魔術でも放てというのか?」
「そんな無意味なことはしない。我々の戦いを見届けて欲しい。それだけだ。」
「なんだと?戦いを見届ける?そんなことして、何の意味があるのだ!」
「あなたは、あの王国の中で最強の魔術師団のリーダーだ。だから、この星系で行われる初めての戦いの行く末を見届ける義務がある。」
「……言っている意味が、よく分からないな。なぜ私が、貴殿らの戦いを見届ける義務があるのだ?」
「それは、あなた方の星の周りで行われる初めての戦いだからだ。戦いの火蓋が切られた瞬間、目の前にいるあの連盟艦隊は、この先あなた方の敵となる。この星の運命が決まる瞬間だ。その歴史的瞬間に、立ち会わないわけにはいかないだろう。」
歴史などと重いことを言い始めたぞ、この男は。しかし、これから先、我々の敵となる相手か……そういえば、我々の王国は連合側に加わることを決めた。そして我がカンタブリア王国の仲介で、いくつかの国が彼らとの交渉に入ったとも聞いている。もはや我々は、連合という勢力の一部になる道を選んだ。となれば、連盟という連中は我々にとって敵となるべく相手だ。
しかしだ、いくら窓の外を目を凝らして見ても、星しか見えない。この船のけたたましいエンジン音は聞こえるが、敵など全く見えない。
だが、彼らの戦い方は、目では見えないほど遠くの敵との撃ち合いだ。私の目には見えないだけで、彼らはレーダーという千里眼のような道具で、はるか遠くにいる敵の船を見通すことができる。
「しかし、アードルフよ。私は今、魔術も使えない。ノエリアにすら劣る男だ。そんな男が、この戦さを見届けたところで、何の意味があるのだ?」
「あなたは魔力だけでリーダーになったわけではないだろう。魔術師をまとめ上げる統率力と決断力があるからこそ、他の4人があなたに従っているのだ。なればこそ、私はあなたがこの戦いを見届けることに意味があると思う。」
こいつは私のことを、やや買いかぶり過ぎてはいないか?私にはこいつほどの何か強い信念があるわけではない。ただただ、明日を生きるために自らの力を使って戦ってきた、それだけの存在だ。
だが、彼のいう通り、これは間違いなく歴史的瞬間だ。誰かが見届けねばならない。私には過分な役目だが、代わる相手もいない。この際は、じっくり彼らの戦いぶりを見させてもらおう。
「敵艦隊まで、あと32万キロ!」
「艦長、このままでは、我々が追いつく前に地球862にとりつかれるか、あるいはスイングバイされてしまいます。」
「そうだな、副長。どうすればいいと思うか?」
「射程外ですが、我々は敵の後ろを取っております。」
「そうだな……それが最善だろう。」
「はっ!ではこれより、足止め作戦に移ります!」
意味不明な会話ののちに、アードルフのやつはなにかを決断したようだ。一体、何が始まるんだ?
「砲撃戦用意!目標、敵艦隊背後!」
「あの、副長、まだ32万キロあり、まだ射程外で……」
「復唱はどうした!」
「はっ!砲撃管制室へ!砲撃戦用意!」
『管制室より艦橋!砲撃戦用意!主砲、装填開始!』
そういえば、私はこの船についている武器が使われるところを見たことがない。どれほどの威力を持つのか、興味深い。
アードルフの指示の後、すぐに艦内にはキィーンという音が鳴り響く。アードルフが再び、叫ぶ。
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
『砲撃開始!主砲、撃ちーかた始め!』
その直後、ノエリアの魔術を一度に2、30発は放ったような、強烈な雷音が響き渡る。
目の前鳴り響く窓は、真っ青になる。ドドドドッと大きく揺れた後に、青白く太い光の筋が伸びていくのが見えた。
なんだ、これは。とんでもない威力じゃないか。これほどの力を、こいつらは地上ではずっと封じていたのか?
「射程外だが、2万キロ程度ならば多少のエネルギーは届く。バリアの効かない背後であれば、少なからずダメージを与えられる。となれば、敵は我々の攻撃を避けるため、回頭するはずだ。」
「なるほど!そういうことだったのですね!だから射程外で砲撃命令を!」
アードルフが部下に何かを説いている。だが、私はやつに尋ねる。
「おい、アードルフ!」
「なんだ、エンリケ殿!今、戦闘中だぞ!」
「これほどの力を持ちながら、なぜ魔獣退治に使わなかったんだ!?」
「この砲撃一発で、王都が吹き飛ぶほどの威力があるんだ!そんな危ないもの、地上で撃つことはできないだろう!」
なんだと……?王都が吹き飛ぶだって?そんなに危ないものなのか、これは。
そんなものを今、こいつらは御構い無しにバンバンと撃ちまくっている。確かに、無限とも言えるこの漆黒の空間、しかも相手は遥か遠くにいる。これほどの魔導でなければ、届かないのだろうな。
「敵艦隊、回頭します!距離、まもなく30万キロ!」
「そうか。敵の砲撃がくるぞ!回避運動!」
「エネルギー波、感知!まもなく敵の砲撃、来ます!」
こちらの魔導は続けざまに放たれているが、向こうも魔導を使い始めたようだ。青白い光の筋が飛んでくる。
あちらも、こちらと同じ魔導を使うらしい。互いに、一撃で王都をも吹き飛ばせるほどの光の魔導を撃ち合うとは、一体、どんな戦いになるというのか?
「副長!直撃弾、来ます!」
「砲撃中止!回避運動!バリア展開!」
危険を察知した1人の乗員の声に呼応して、アードルフが指示を出す。その直後に、凄まじい光と音が、この駆逐艦を包む。
ギギギギという、なんとも耳障りな音が鳴り響く。この船が大きく揺れる。窓の外は光に包まれしまい、何も見えない。その衝撃で、私はその場に倒れこむ。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、ああ……大丈夫だ。だが一体、どうなったんだ!?無事なのか、この船は!?」
「敵の直撃を、バリアシステムが弾いただけだ。艦は無傷だ。」
さらっと言ってのけるアードルフだが、よく考えるとこいつ、とんでもないことを言っている。
王都が一撃で吹き飛ばせるほどの魔導を、はじき返したのか?バリアとは一体、どれほど凄まじい魔導なのだ?
この世で最も強い矛と、この世で最も強い盾を競わせたらどうなるかという問答があるが、こいつらの場合は盾が勝つということか。ということは、敵も同じものを持ってしまえば、この戦いは永久に勝敗がつかないことにならないか?
「……なるほど、そう思うか。だが、バリアも万能ではない。展開しっぱなしでは砲撃ができなくなるから、常に使えるわけではない。それに、バリアにも使用限度がある。バリア粒子が切れればそれ以上使えない。だから、本当に危ないと判断される時にしか展開しない。相手も同じだ、だから、その隙を突いて沈める。我々の戦いとは、そういうものだ。」
アードルフが私の疑問に答えてくれた。あのバリアという仕組みが使い続けられるわけではないという。ということは、あの猛烈な光の筋に飲み込まれることもあるということだ。
王都ですら消し飛ばせる力の光だ、あの盾無しに当たれば、確実に死に至るだろうことは容易に想像できる。
砲撃は続く。あのけたたましい音にも徐々に慣れてくる。だが、いつ終わるのだ?まさかこのままずっと撃ち続けるわけではあるまいな。
「おい!」
「なんだ、エンリケ殿!今、は戦闘中だ!忙しいんだぞ!」
「一体、いつまで撃ち続けるつもりなんだ!」
「知るか!敵に聞いてくれ!」
「まさか、何の手も打たずに戦さに突入したというのか!?」
「我々とて、全く手を打っていないわけではない!そうだな……いや、そういえば、そろそろか?」
時計という時を告げる仕掛けを見ながら、アードルフは考え込む。
「艦長!副長、意見具申!」
「なんだ?」
「そろそろのはずです、この辺りで、敵を撹乱するべきではないかと。」
「……そうだな、もうこんな時間になっていたのか。分かった、任せる。」
「はっ!」
また艦長と不可解な会話をし始めたぞ?何かを企んでいるな。
「全艦に伝達!バリア展開!3バルブ砲撃、用意!」
「了解!」
聞き慣れないことを言い始めた。なんだ、3バルブ砲撃とは?
「おい、アードルフ、その3バルブ砲撃とは何のことだ!?」
「いちいちうるさいな!見ていれば分かる!一言で言えば、通常の3倍の砲撃のことだ!」
「なんだと!?3倍!?」
「ただし、装填時間が9倍の80秒はかかる!普段なら使うことはないが、ここぞという時に使う特殊砲撃だ!」
普通の砲撃でさえ、王都を吹き飛ばせる威力があるというが、その3倍の威力だと?そんな砲撃を、なぜ今になって仕掛ける?
砲撃が止み、あのキィーンという装填音が鳴り響く。その間も、向こう側から青白い筋が容赦なく降り注がれる。
2度ほど、あの不快音が鳴り響いた。敵方の魔導が我々の乗るこの船を貫こうとしたのを、バリアというやつが防いだおとだ。だが、こちらはというと、なかなか撃とうとはしない。
どれくらいの時間が経っただろうか?アードルフは時折、時計を見ながら何かを待っているようだ。そこに、砲撃管制室というところから連絡が入る。
『主砲、装填完了!3バルブ砲撃、いつでも撃てます!』
通信士も叫ぶ。
「全艦より、装填完了との報が入りました!」
それを聞いたアードルフは、ついに動く。
「全艦、バリア解除!主砲斉射、撃てっ!」
アードルフの号令に合わせて、駆逐艦が砲を放つ。窓の外を、青白い光が包み込む。
あの轟音が鳴り響く。艦が揺れる。音も揺れも、さっきよりも大きい。3倍の威力というのは確かなようだ。他の9隻も、同じ砲撃を一斉に撃ち込んでいるようだが、窓の外は自身の砲撃による光で、周りが見えない。
音と揺れが収まり、窓の外もようやく見えるようになる。レーダー手が、画面を見て叫ぶ。
「敵艦隊、2隻消滅!他の8隻も、こちらの砲撃を受けて混乱中の模様!」
「よし、全艦に伝達!通常砲撃にて、戦闘を続行せよ!」
「了解!通常砲撃に戻ります!」
再び砲撃が続く。2発撃ち込んだところで、さらに報告が入る。
「敵艦隊後方に、エネルギー波!」
それを聞いたアードルフが、つぶやくように言う。
「ようやく来たか……ちょうどいいタイミングだったな。」
こちらの砲撃は続くが、あちらからは青白い光が届かなくなった。さらに数発ほど撃ったところで、レーダー手が叫ぶ。
「援護艦隊より入電!敵艦隊、全艦消滅!」
「よし、砲撃やめ!敵艦隊宙域を再確認!」
「はっ!」
「向こう側の友軍に連絡!こちらの損失艦なし、と。」
「了解!」
短いやり取りが続く。その直後には攻撃が止む。戦いは終わったのか?
しばらくの間、何かを調べていたようだが、見えないほど遠くにいる別の味方からの連絡を受け、アードルフはついに終了宣言をする。
「敵艦隊の全滅を確認!全艦、戦闘終結!砲撃戦、用具納め!」
「了解!戦闘終結!砲撃戦、用具納め!」
そこでアードルフは、私に告げる。
「エンリケ殿、戦闘は終結した。すぐに食堂に向かってくれ。」
「ああ、構わないが……なぜだ?」
「戦闘時には、あそこに非戦闘員が集合することになっている。おそらく今ごろは混乱しているだろうから、すぐに向かって欲しい。」
「ああ……分かった。」
と言われても、私には今ひとつその言葉の意味が解せないが、ともかく私は食堂へと向かう。
食堂に着くと、アードルフの言う通り、確かに混乱していた。
「うわぁぁぁぁん!エンリケ、めちゃくちゃ怖かったよ~!」
ノエリアが泣きついてきた。
「なんなのよ、さっきのあの激しい音は……」
カルメラも頭を抱えたまま、私に尋ねる。
「ああ、あれは連盟とか言う連中との戦闘だ。だが、もう終わった。安心しろ。」
「安心しろと言われても、はいそうですかと言えないわよ!何よあれ!机は揺れるし、ものすごい魔術を使ったような音が鳴り響くし、時々、馬車が横転したような耳障りな音が聞こえるし、生きた心地がしなかったんだから!」
そう言えば私と違って、他の魔術師らはあの戦いの間、何が起きているのか分かっていない。ただあの音と揺れに耐える他なかったようだ。混乱するはずだ。
セサルは半分意識を失いかけてるようで、椅子の上でパトリシアの膝を枕にして、横になっている。バレンシアも、机の上で伏せて、ぶつぶつと呟いている。
戦いは終わった。だが魔術師達にとってこの戦いは、大いなるトラウマを植えつけることになった。ここで私がやるべきことは、少しでも早くこいつらを立ち直らせることだけだ。