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#11 戦艦の街

「ごっめーん!今日はどうしても会いたい友人がこの船に来るんだよ!だからみんな、今日はそれぞれで楽しんでね!」


と言い残して、ローゼリンデ中尉は大急ぎでホテルを飛び出していった。

なんでも、同期の友人が今日、補給のためにこの街にやってくるらしい。同じ遠征艦隊に配属されて1年、だが、違う艦のため、会う機会がなかった。たまたま6日間もの滞在期間のある今回、偶然この戦艦への入港が重なったらしい。

まあ、1年ぶりに会える友人ならば仕方がない。それにもう、かれこれ4日も経つ。スマホも手に入れて、街のことも大体分かってきたようだ。


「しょうがないわね。じゃあエンリケ、私たちだけで行きましょうか。」

「あ、ああ……」

「どうしたの?」

「いや、こんな繁華な街をカルメラと2人きりだなんて、な。」

「なによ、今さら照れているの!?さ、いくわよ!」


なぜかカルメラさんに絡まれているエンリケ殿。本当にその通りだ。ここに来てからというもの、カルメラさんとはずっと同じ部屋で過ごしているくせに、何を今さら意識しているんだか。


「そうだね、そろそろ僕らも独り立ちしなきゃね。4日もいたら、この街のこともだんだん分かってきたし。そうだパトリシア、昨日見たあの雑貨屋というところに行こうか!」


セサル殿を見つめたまま、コクリと頷くパトリシアさん。基本的に無口だな、この貴族の令嬢は。


「ったく、しょうがないわねぇ。じゃあバレンシア、私と一緒にどこか行きましょうか?」

「……いや、それが、私、ある人ともう約束していて……」

「はぁ!?だれよ!」

「……あのね、エーリクさんっていう人。」


エーリクといえば、エーリク中尉のことか?駆逐艦2130号艦に搭載された4機の人型重機の3番機担当のパイロットだ。だが、いつのまにバレンシアさん、エーリク中尉と知り合ったのだ?


「なによ!いつのまにあんた、男なんかと知り合ったのよ!」

「……ああ、ええとね、宇宙に出る5日前に、食堂でね……」

「はぁ!?そんな前から!?」

「うん、だから……ここにきてから彼に、街を案内してもらってるの……」


そういえばバレンシアさん、2日目から姿がなかったな。あまりに存在感が薄いので、気づかなかった。


「……というわけで私、いくね……」


と、そそくさとロビーの奥に向かう。そこに立っていたのは、やはりあのエーリク中尉だった。

そういえば、エーリク中尉もどことなくバレンシアさんと似てて、ちょっと寡黙なところがある。噂では、わりと物知りな男らしいのだが、奥手な印象しかない。まさかバレンシアさんを誘うような人物だとは思えなかった。

だが、バレンシアさんも知識欲旺盛だという。性格もよく似てるし、それほど意外には思えない。


というわけで、この場には私とノエリアさんだけが取り残された。


「どうする?一人で行くのか?」

「あ、あんたはどうするのよ!?」

「私は一人、本屋に行こうと思っている。それ後は戦史資料館に行って調べ物をしようかと……」

「はぁ!?戦史資料館!?なにそれ?」

地球(アース)097を始め、連合側の戦闘記録が収められた資料館だ。今日は120年前に行われた第21993中性子星域会戦のことを調べようかと……」

「あんたさぁ、よくそれで人生楽しめているわねぇ。」

「戦争の歴史は、人類の歴史だ。命のやり取りの先には、究極のドラマが存在する。私が知りたいのは、そんな極限状態における人間の葛藤や決断、そして紙一重の勝利を手にする、そんな歴史だ。」

「うわぁ……変わり者だと思ってたけど、そんなことが好きなんだ……」

「この4日間、魔術師団の相手ばかりで行けなかったからな。ようやく皆、手離れしてくれた。というわけで、私はいつも通りのミッションをこなそうと思っている。では。」

「ああ、ちょっと待って!私も行くわよ!」

「なんだ、ノエリアさんには退屈な場所だぞ。」

「一人で放り投げられた方が退屈よ。仕方ないから、ついて行くわ。」


というわけで、私はノエリアさんと行動することになった。

まずは本屋へと向かう。私は戦史物を読んでいた。ノエリアさんも一緒に本を見てはいるものの、字が読めない。


「ああ、もう!私が読めるような本ってないの!?」

「そういえば、もうスマホを持っているだろう。」

「持ってるわよ。それがどうしたの?」

「こっちに来い。」


私が案内したのは、電子書籍のコーナーだ。


「ここなら、気に入った本をそのスマホに入れて持ち帰ることができる。」

「いや、私、ここの字が読めないんだけど……」

「電子書籍なら、スマホが読み上げてくれる。字が読めなくてもなんとかなるぞ。」

「えっ!?そうなの!?って、どんな本があるのよ?」

「うーん、そうだな……」


なぜかこちらの用事をそっちのけで、ノエリアさんに付き合う羽目になった。話を聞くと、どうやら彼女は物語が好きらしい。


「……でさ、最後に凛々しい騎士が現れて、私のようなか弱い乙女を助け出してくれるような話。そういうのがいいなぁ。」

「なんだ、ノエリアさんのどこがか弱いんだ?あんたなら、自身の魔術で撃退できるだろう。」

「なによ、いいじゃない!私だって中身はか弱い女なんだから、それくらいの夢は見たいわよ!」


いや、あれだけの雷を放っておいて、か弱いはないだろう。いくらなんでも、無理があり過ぎるだろう。

などと思ったが、そうは言っても本人の望むものを探さなければ意味がない。私はそのコーナーにある彼女の望むような書籍を探し当てる。


「……で、あとはスマホをここに当てれば、ダウンロードされる。」

「だ、ダウンロード!?ああ、これに入れるってことね……へぇ、もう入っちゃったんだ。」

「あとはだな、このアプリを立ち上げて……」


なぜか彼女の本を買うのに付き合わされてしまった。なんだかよく分からないが、どうやらこの本が気に入ったらしい。


「ねえ!そういえばさ、映画ってやつ、見に行かない!?」

「映画か……例えば、どんなやつだ?」

「そうねぇ……まあ、なんでもいいわ。」

「そうか。」


なぜか映画に行こうという話になったので、2人で映画館へと向かう。

映画なんて、私はまるで興味がないが、タイトルを見ていたらひとつ気になる映画を見つけたので、それを見ることにした。


『敵艦隊、接近!砲撃開始!』

『放てーっ!』


太鼓が鳴らされ、ガレオン船の側面にずらりと並べられた20門もの大砲が、一斉に火を噴く。と同時に、向こうの艦隊からも大砲が一斉に火を噴いた。


大航海時代幕開け期の海戦を描いた映画だ。


双方1列に並んだ木造の大型帆船が、互いの船めがけて大砲を撃ち合う。

うーん、この時代の砲撃戦は、至近距離だ。わずか100~200メートルほどの距離での撃ち合い。だがそれでは決着がつかず、相手の船に乗り込んで斬り合う。

とまあ、私の趣味で選んでしまった映画だから、ノエリアさんにはちょっと退屈か……と思いきや、思ったよりのめり込んでいるようだ。


「あー、もう!何よあの映画!むさ苦しい男どもが、魔導を撃ち合うだけの映画じゃないの!」


だが、終わってみるとこの通り、文句ばかり言ってくる。


「だから、あれでいいのかと聞いたんだ。私の趣味では、ああいう映画にならざるを得ない。」

「ほんと、つまんない男ね!でさ、さっきの映画、なんなのよ、あの大砲とかいう魔導具は!?」

「あれは魔導具ではない。火薬というものを使って鉄の玉を押し出し、撃ち合う武器だ。」

「へぇ、火薬。火薬って何?」

「火をつけると爆発的に燃焼する薬剤だ。火薬の発明とその応用法の確立により、剣と槍、弓矢が中心だった戦争の形態が、一気に変わった。」

「そ、そうなんだ。でもさ、あんたの星って魔術はないんでしょう?」

「そうだ。だからああいう武器が考案されるまでは、広範囲を一度に攻撃できる手段は存在しなかった。」

「そ、そうだよねぇ。まあその点、こっちの星には魔術があるからね!私だったら、あの敵の船に向かって、ドーンと魔術を放ってやるわよ!」

「というかノエリアさんの魔術は当たるのか?」

「い、いや、当たるわよ!何回か撃てば!」

「その前に、味方の船を沈めてしまうんじゃないか?」

「ううっ……でも、今はそんな戦いしないんでしょ?いいじゃないの、そんなことでいちいち私を責めなくったって!」


いかんいかん、ついムキになってしまった。確かにそのとおりだ。もはや、彼女の魔術を使って戦闘する時代ではない。

だがこの先、この星がさらに発展して大航海時代に突入すれば、魔術師同士の戦いというのも起きたかもしれない。我々の歴史にはない戦いだ。だが、我々の出現により、そんな戦いが起きる機会は失われてしまった。

しかし、魔獣が存在する限り、あの星には大航海時代そのものが訪れなかったかもしれない。周囲の魔獣との戦闘で精一杯、そんな状況では、とても交易どころではない。

にしてもだ。魔獣というのは、どこからやってくるのだろうか?どう見てもあれは、異質な生命体だ。以前から思っているのだが、正常な生態系の元に発生した生物ではない。目についた生物を片っ端から殺しにかかる。そんな生命体が進化の過程で生まれたとすれば、あの星は魔獣だらけになっているに違いない。

だから、突然変異というか、いや、突然湧いてきたというか、そういう生命体だとしか考えられない。しかし一体、どこから……


「……アードルフ、アードルフ!」


ノエリアさんが私を呼ぶ声がする。私は応える。


「なんだ。」

「なんだじゃないわよ!何ぼーっとしてんの!?」

「ぼーっとしてたか?」

「してたわよ!私があのお店に行きたいって言おうと呼び止めてるのに、どんどん歩いて行っちゃうんだもん!」

「ああ、済まない。で、どの店だ?」

「ほら、あれよあれ!昨日も見たんだけど、通り過ぎちゃったから気になっててさ。あれって、なんのお店?」

「あれか、あれは……いわゆるスイーツ店だな。」

「スイーツ?なにそれ?」

「2日目に、アイスクリームというのを食べただろう。ああいうものが何種類も売っている店だ。」

「えっ!?アイス!?うわっ、食べたい!」

「仕方がないな。まあ、ちょうどいい時間でもあるし、行くか。」

「うわーぃ!やったーっ!」


なんという単純な娘だ。ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。私は、ノエリアさんとともにそのスイーツ店に向かう。


◇◇◇◇◇


カルメラのやつ、さっきから服の店ばかり物色しているな。


「ねえ、これなんか似合わない!?」

「なんだ、さっきも同じようなやつを買っただろう。」

「何言ってるのよ!全然違うわよ!ほら、ここのところがなかなかいいのよね……」


カルメラめ、あのローゼリンデという娘に、すっかりここの文化を擦り込まれてしまったようだ。私には同じようなものにしか見えない服を、次から次へと手にとって鏡の前で自身の体に当てている。


「あら、お似合いですよ、これにこちらの上着を組み合わせると……」

「うわっ!いいですね、これ!」


すっかり店員と意気投合している。だが、相手は店の儲けのために動いている。魔術師とあろうものが、こうもあっさりと口車に乗せられるのは考えものだろう。


しかし、そんなにたくさんの服を買ってどうするつもりだ?貴族でもあるまいし、魔術師風情が、毎日着替える必要などないだろう。


「あら、機嫌悪いのね。」

「当たり前だ、そんなにたくさんの服、どうするつもりだ!?」


店を出て、私はカルメラに食ってかかる。するとカルメラのやつ、こんなことを言い出した。


「あら、こっちの星の人たちは皆、これくらいの服を買ってるそうよ。」

「我々はこっちの星の人間ではないだろう!いちいち合わせることはない!」

「まあ、エンリケって案外、頭硬いわねぇ。だめよ、それじゃあ。」

「硬いことはない!何を言っている!無駄遣いをするなと言っているだけだ!」

「へぇ~っ、言うわね。じゃあエンリケ、さっき買ったこの服、どれくらいの値段か知っているの?」


突然、カルメラのやつが挑発してきた。

カルメラが差し出す服は、薄いが伸び縮み自在な贅沢な布地を使っている。通常、これくらい贅沢な服は王国大銀貨5枚はする。我々の賃金は月に大銀貨で50枚。こんな服を10着も買えば、たちまちにその月の給金が底をつく。


「あら、残念。この服、1枚なんと銅貨5枚くらいなのよ。」

「はぁ!?銅貨5枚だと!?服一着がか?」

「ええ、こっちのお金では、10ユニバーサルドルなんだって。」


ちなみに、銅貨100枚で、大銀貨1枚である。ということは……なんということだ。我々の服一着分のお金で、ここでは100着も買えるってことか?


「そうなの。だからみんな、こんなにたくさんの服を持っているのよ。」

「い、いや、それにしたって、むやみに買えばいいものでもないだろう。」

「それがね、ローゼリンデは毎月、王国大銀貨にすると100枚分の給金をもらってるそうなのよ。」

「はぁ!?100枚!?あの娘がか!?」

「ということは、アードルフさんはもっともらってるってことね。」


なんだ、こいつらは?毎月、銀貨100枚だって?一体、どういう暮らしをしているんだ。

ということは、アードルフのやつはもっともらっているということになる。やつは貴族か。

あ、いや、そういえばアードルフのやつ、実家が貴族だと言っていたな。もっとも、あの星の貴族はほとんど名ばかりだと言っていたが、給金は貴族相応にもらっているのは間違いなさそうだ。


そう考えると、ちょっと腹がたつな。あんな無欲な奴が、そんな給料を貰っているのか?


「ねえ、ちょっと、せっかくだからあそこに行かない?」

「なんだ、あそことは。」

「ほら、ファーストフードっていう店よ。」

「ああ、あれか。」

「ねえ、行きましょうよ。1日目のあの実験の後にもあの店に立ち寄ったじゃない。あの店の料理、なかなか美味しかったでしょ?」

「うむ、そうだな……だが、あれも高いんじゃないのか?」

「そうね、2人で20ユニバーサルドルって言ってたから……大銀貨1枚分ね。」

「はぁ!?大銀貨1枚もするのか、あんなものが?」

「いや、あんなものって、王国にはないわよ、あれほどの料理は。」

「確かにそうだが、たった2人1食で大銀貨1枚は高いだろう!」

「とはいうけど、こっちじゃむしろ安いほうだって、ローゼリンデが言ってたわ。」

「大銀貨1枚が安いって……まったく、どういう金銭感覚なんだ……」

「ほら、私たち、ここでしか使えないこの電子マネーっていうものをもらってるでしょう?これには大銀貨30枚分が入ってるんだって。全然大丈夫よ。だから、ね?」

「……分かった。まあどのみち駆逐艦に戻ってしまえば、これはほとんど使えないらしいからな。」


ということで、私とカルメラはファーストフードという店に入る。

そこでハンバーガーなるものを注文する。信じられないほど柔らかいパンで、臭みのない柔らかい肉を挟み込み、およそ草木も生えない宇宙とは信じられないほど新鮮な野菜を挟んだ食べ物。これに、フライドポテトというジャガイモから作ったとは到底信じられない食べ物と、飲み物が付いてくる。

しかし、カルメラのやつ、このハンバーガーという食べ物がひどく気に入ったようだ。食器を使わずに食べられるというのに、限りなく贅を尽くした食材が用いられている。我々魔術師にとってはこの上なく食べ易くて贅沢で、それでいて我々の性分に合った食事だ。

だが、それを食べるカルメラの顔を見ていると、私も思わず見とれてしまう。こんな穏やかな笑顔をするカルメラを見るのは、初めてかもしれない。


王国に帰れば、再び魔獣との戦いの日々が待っている。そんな戦いから離れ、贅沢で穏やかなひとときくらい、私も文句を言わず受け入れるべきだろう。カルメラの笑顔を見て私は、そう感じた。

以前も書きましたが、1ユニバーサルドルは大体100円です。なので、今回出てくる王国大銀貨1枚は20ユニバーサルドル=2000円ほど、銅貨1枚は50円という計算です。

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