#1 蒼炎の上級魔術師団
「伝令!北の砦より、狼煙が上がりました!」
見張りの兵が、私に報告する。
「何色だ!?」
「赤2つ、黒1つ!」
「……ガルグイユか。厄介だな。」
「魔術団の皆様には、至急、北の城壁へお越し願います!」
「分かった。すぐに向かう。」
ガルグイユとは、大型の魔獣だ。首長の龍で、口から水を吐き、その水流で建物を破壊する。王都に入られるとかなり厄介なことになる。
私は詰所の中に入る。そして、その場にいる4人に声をかける。
私の名は、エンリケ。歳は25。カンタブリア王国の王都サンタンデールで、魔獣討伐を担う上級魔術師の1人だ。
この王都には5人の上級魔術師がいるが、私はその5人を束ねる立場にある。
そして今、私は城壁のそばにある詰所の前で、魔獣が現れたという報を受けたところだ。
「北の城壁だ!皆、直ちに出立する!」
そこにいるのは、女3人、男が1人。皆、この王都にいる上級魔術師ばかりだ。
「ええ~っ!?もう魔獣が現れたの!?ついおとといに殺ったばかりだよ、やだなぁ……」
文句を言うのは、ノエリアだ。この魔術団の3番手。魔力は多いが、いかんせん自分の魔術を上手く制御できない娘だ。単独では、まず敵に攻撃を当てられない。
「何をおっしゃっているんですか、ノエリア!大事なお役目ですよ、この王都を守るという、とても大事な!」
それをたしなめるのは、カルメラだ。我が魔術団の2番手。冷静で、頼りになる私の右腕である。
「で、今度の相手は何なのですか?」
私に尋ねるのは、この5人で最年少の魔術師、セサルだ。
「ああ、ガルグイユらしい。」
「なんですって!?それ、水使いの龍ですか!嫌な相手が現れましたね……」
「ああ、だからこそ、ガルグイユが到達するより前に、叩き落とすしかない。」
「そ、そうですよね。こ、ここはパトリシアのためにも、頑張らなきゃ……」
セサルは最年少ながら、この中で唯一、婚約者がいる。というのも、彼は魔術師団で唯一の王国貴族、トゥルエバ男爵家の嫡男である。パトリシアというのは、同じ王国貴族の、グラシアン男爵家の娘だ。
「えへ、えへへ、ガルグイユか……久しぶりだなぁ……」
壁に向かって何かぶつぶつと話している娘は、我が団5番手の魔術師、バレンシアである。なぜかいつも、人よりも壁と会話していることが多い。
「とにかく急げ!空を舞う魔獣だ、ぐずぐずしていると、すぐにここまでやってくるぞ!」
「はいはい、分かりましたよ。」
「うわぁ……久しぶりの大型魔獣だ……大丈夫かなぁ……」
嫌そうなノエリア、オロオロするセサル、相変わらず壁と話すバレンシア。そんな3人を、私とカルメラで引っ張り出す。
「さ、急ぐわよ!」
馬車が到着する。それに乗りこみ、北の城壁まで一気に駆ける。
城壁の脇の階段を上り、城壁のてっぺんにたどり着く。私は、狼煙の先を見た。
見えた。やや黒ずんだ大きな身体、大きな羽根、2本の鋭利なツノ、醜悪な牙。およそ空を飛びそうにない巨大な獣が大きく羽ばたきながら、こっちに向かって飛んでくる。間違いなくあれは、ガルグイユだ。
「周囲の民は!?」
「皆、狼煙を合図に、木陰や岩陰に潜んでいるはずです!」
「そうか。では、始めるか。」
私は振り向く。そこには、4人の上級魔術師が立っている。私が頷くと、皆は杖を私に向ける。
私も手に持った杖を、ガルグイユの方に向ける。その杖の先端についた大きな蒼い水晶に、4人の杖先も向けられた。
一人一人の魔術では、あのガルグイユは倒せない。
だが、5人の魔力を重ねれば、あの大型の化け物を一撃で粉砕できるほどの大魔術となる。
私は、魔術の詠唱をする。
「……我、ならびに我に従う魔術師の力に契りし精霊たちよ……我の前に集い、あらゆるものを焼き尽くす蒼き業火を涌現し、彼の邪悪なる者を昇華せよ!」
杖の先に、蒼い炎の輪が出現する。この輪は、徐々に大きく広がっていく。
その輪に向けて、4人の魔力が込められていく。徐々に太く、大きく広がる蒼い炎の輪。
大きく広がるその輪は、徐々に縮み始める。収縮と同時に、青白い光の球となる。
「出でよ!空淡蒼爆炎!」
私の掛け声と共に、その光の球は猛烈な爆音を放ちながら、ガルグイユに向けて一本の光の筋となる。
巨大な炎の筋は、ガルグイユを覆う。その光に気づくガルグイユ、だが時すでに遅し。ガルグイユは、我々の放った蒼い炎柱に包まれた。
その炎は、ガルグイユに達するや爆裂する。凄まじい爆音とともに、塵を含んだ熱風がこの城壁にまで到達する。我ら魔術団と壁の上の兵士達はその場に伏せ、この爆風をやり過ごす。
しばらくして風が止む。私は顔を上げ、城壁の外を見る。もはやそこに、ガルグイユの姿はない。あの蒼い炎が、あの化け物を血肉の一片も残さず昇華してしまった。
「ふぅ……」
私はその場にしゃがみこみ、思わずため息をつく。それを聞いたカルメラはこう言い放つ。
「相変わらず凄まじいわね、5人の合成魔術は。」
「ほんとですよ~!5人が別々に自身の魔術を一度にガルグイユへぶつけたとしても、これほどの威力にはなりませんよ!なぜ合成すると、これほど強力な魔術に変わるのでしょう!?」
セサルは言うが、どうしてこれほど強力な魔術が放てるのかなど、私にもわからない。だがこれまでも5人の上級魔術師の魔力を合わせて、神出鬼没な最恐の魔獣どもを撃退していったのは紛れも無い事実だ。
「さあ、終わった。皆、ご苦労だったな。引き返すぞ。」
「うわぁ!終わったぁ!今回は楽勝でよかったわね!」
「そうよね、この間は1発目で狙いを外したから、2度も魔術を放つ羽目になったのよね。誰かさんのおかげで、ね。」
ノエリアの歓喜の声に便乗して、以前の私の失敗を皮肉るカルメラ。なんだこいつ、あのことをまだ根に持っていたのか?
力を使った我々魔術団は、兵士達が持ってきた水を飲み干す。そして城壁のてっぺんから地上に向けて降りようとした、その時だった。
見張りの兵士が突如、叫び出す。
「再び、北の砦より狼煙!」
なんだと……?ついさっき、ガルグイユをやったばかりだぞ?まだ魔獣がいるのか?
「どういうことだ!?狼煙の色は!?」
「はっ!それが……白一色!」
「なんだって……白が一色!?」
白1本の狼煙、それは、正体不明という意味だ。
得体の知れない魔獣が現れた。5人の上級魔術師に、緊張が走る。
「見えました!空飛ぶ魔獣……あれは、何だ!?」
見張りの兵が叫ぶ。その兵の指差す方向を、私は見た。
「な、なんだ……あれは?」
そこに見えたのは、見たことのない巨大な魔獣だ。
いや、そもそもあれは魔獣なのか……灰色の真四角な身体、羽根もなく、正面にまるで目のような大きな丸い穴が見える。
とにかく、巨大だ。狼煙を上げた砦の向こう側にいるというのに、すでに砦よりも大きく見える。察するに、先ほどのガルグイユの軽く20、いや30体分はある。
あれは魔獣というより、まるで石砦のようだ。そんな馬鹿でかいものが、この雲ひとつない蒼い空の只中をゆっくりと、そしてなだらかに飛んでいる。
私はそれを見て、叫ぶ。
「上級魔術師達よ!あれに向けてもう一度、空淡蒼爆炎を放つ!」