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【芽衣】塩辛、ザンギ、ラーメンサラダ(サッポロ・クラシック)

「先輩。私の飲み物、これですか?」


 咲がいささか不満そうな顔で、芽衣を見る。


「当たり前でしょ。チューハイ一缶で致死量のあなたが、最初からお酒らしいお酒を頼めると思った?」


 予約していたダイニングバーのボックス席で、二人は向かい合って座った。

 安っぽい純和風の内装だが、全室に引き戸のついた個室になっている。カバンを下ろして、店員がタブレットの簡単な説明を終えて去ってしまうと、思いのほかゆったりとくつろげる空間だった。


 咲の目の前にはハイボールのグラスが置かれている。もちろん中身はハイボールじゃない。「ハイボールのソーダ割り」だ。芽衣がお酒のほかに空のグラスと炭酸水を注文し、即席で作り上げたものだった。もとのハイボールが五パーセント程度のアルコール度数だとすれば、これは二パーセントくらいの「超薄ハイボール」だ。


「こんなの絶対美味しくないじゃないですか」咲が唇を尖らせる。

「飲めるようになってから文句を言うこと。はい乾杯」


 芽衣は自分のビールと咲のハイボールもどきをこつんとぶつける。


 しかたなしに、咲はハイボールのグラスを両手で傾け、ぐいっと喉へ流し込んだ。

 そして顔を歪ませる。

「やっぱり薄いですよこれ。度数も一パーセント切ってるんじゃないですかね? もうちょっとだけ、入れましょう?」


 咲はハイボールの()()が入っているジョッキに手を伸ばすが、芽衣が途中でその手を捕らえる。


「絶対だめ。まずはそれで一時間過ごすこと」

「えー、栗山先輩のけち」

「けちじゃない」

「でもこれじゃあ練習にならないと思うんですよ」

「いい咲。チューハイ一缶でゲロゲロしちゃうってことは、たぶんあんたは雰囲気だけでも酔いが回っちゃう可能性がある。だから私は慎重にならざるを得ない」

「じゃあ先輩のひと口飲ませてください!」

「話聞いてる?」


 さて。まずわかったことがある。


 飲めない人間にときどきみられるのだが、「あまり飲めないくせに、あたかも飲める人間のように振る舞おうとする」という特徴が、咲にはあるようだった。

 自身のアルコール摂取量の限界を忘れているわけでは決してない。しかしなぜかその量をきちんと守れない。たぶん「周りに追いつく」ことを優先し「控える」ことをしなくなるのだ。これはいくつかある特徴の中でも特にタチが悪く、周りがなにもしていないのに勝手に酔いつぶれるということが多い。


 咲から「サークルの新歓でトイレに立てこもった」という話を聞いたとき、ひょっとすると無理に飲まされたのではと心配になったが、これではっきりした。

 こいつはたぶん、サークルでも面倒くさがられている。


「先輩はなに飲んでるんですか?」

 咲がお通しの塩辛をつまみながら言う。


「見てのとおりビール。ここは――」芽衣はタブレットをスクロールする。「お、サッポロクラシックじゃん。どおりで美味しいわけだよー」


「クラシック? ときどき聞きますね。良いビールなんですか?」

「私も詳しくはないけど、黒ラベルと違って北海道限定なんだよね。くせが全然なくて、私的には『ザ・ビール』って感じで好きだよ」


「ええと、どれどれ」咲はいつのまにかスマートフォンを熱心に操作している。「ホントだ! 北海道限定のビールですね。地域限定のビールの先駆けで、1985年に発売開始らしいです。2001年から今まで毎年売上が伸びてるんですね、すごい! 麦芽百パーセント、『ファインホップ』百パーセント――こっちはイマイチすごいのかどうかよくわかんないですね。先輩、ちょっとだけ飲ませてくださいよー」


「だからだめ」芽衣はきっぱりと告げる。「ほら、なんか料理頼んでよ」


 頬を膨らませながら、彼女はタブレットでメニューをいくつかタップし始めた。

 まあ私特製の超薄ハイボールなら、さすがに咲でもすぐに酔っ払いはしないだろう。


 芽衣は悠々とした気分で、サッポロクラシックをもうひと口飲んだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「なんで? ねえ咲、なんで?」


 芽衣は唖然とする。


「ふぇい?」咲が真っ赤な顔で芽衣を見る。

「ふぇい? じゃなくて! どうして()()で酔うの?」


 咲はテーブルに肘をついて、ひらひらと手を振った。

「いやいや、栗山しぇんぱい、なに言ってるんすか?! 酔ってるとか――うぇへへ、それまじですか? ま? ですか? あはは――」


 芽衣は頭を抱えた。

 開始三十分足らず。彼女が摂取したのは塩辛、ザンギ、ラーメンサラダ、そしてアルコール度数二パーセント以下になった、ほとんどソーダ水のハイボール。

 想像をはるかに超えた弱さである。


「せんぱい、次はなぁに頼みます? 私はびーる!」


 咲は無造作に髪をかきあげた。赤く染まった小さな耳が(あら)わになる。


「咲はもうお酒終わり! それ以上飲んだら帰れなくなっちゃうでしょ?」

「だいじょーぶですよー。帰れますってー」

「あんた琴似(ことに)だっけ?」

「そです! ことにっこー」

 とろんとした瞳で、咲はご機嫌にタブレットをスクロールしている。


「JRだよね? 私地下鉄だから改札までしか送れないよ。無事家に着いたら連絡して」

「任せてくださいよ! 今からメールの送信予約、入れておきます!」

「それ意味ないから!」

★ ★ ★


咲「最近はテーブルに置いてあるタブレットで注文とるお店も増えてきましたよね」


芽衣「そうだねー。でも、居酒屋って『すみませーん』って店員さん呼んで、口頭で注文する感じが意外とよかったりしない?」


咲「えーそうですか? 私はぽんぽんってメニューをタップするだけで料理が来るほうが、楽でいいですけど」


芽衣「店員さんが、カッコいい年上の女性だったら?」


咲「そしたらもちろん呼びまくりますよ! 料理を小分けにして何回も、その人が近くを通りかかったときを見計らって!」


芽衣「咲」


咲「はい」


芽衣「あんたみたいのがいるから、タブレットが導入されるんだよ」


★ ★ ★


気に入っていただけましたら、評価やブックマークなどしていただけると嬉しいです。

また、お好きなビールがあればどんどん作中に登場させていきますので、ぜひご連絡ください^^

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