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【都麦】568ml(ハートランド)

「あ、(すみれ)ちゃんやっほー!」

 都麦はカウンター席のいちばん奥に、金髪の小柄な少女を見つける。


「都麦先輩、ちーすです!」

 菫は今日もまたマーフィーズを飲んでいた。大きなグラスの中の濃厚な黒い液体が半分ほど減っている。


 前にこのアイリッシュパブ「Keg」を訪れた同じ週の木曜日。都麦はゼミが終わったあとここへ直行し、ベルを鳴らした。さくらさんが前と同じように赤毛をハーフアップにして、温かな笑顔で「いらっしゃいませ」と迎え入れてくれる。


「となりいい?」と、都麦は菫に言う。

「もちろんどうぞ。都麦先輩、今日は化粧ばっちりですね」

「前はまさかこんな素敵なお店に来れるなんて思ってなかったから、油断してたの」


 今日はマスカラもリップもチークも、眉毛の描き込み具合もばっちりだ。服だってユニクロじゃなく、ディーホリックで新調した白のニットセーターと柄のスカートに、カンペールのスニーカーを履いてきた。今の私なら渋谷だって原宿だって歩ける。たぶん。


 菫は奇抜なシルエットの黒いワンピースに、履き潰した黒のコンバースだった。そのまま三角帽子をかぶると中世の魔女のようにも見える。


「服も飲んでるビールも真っ黒だね」

 都麦はマスターからおしぼりを受け取りつつ、感想を述べる。


「今日は大殺界(だいさっかい)なんです。朝のテレビの占いでは、もちろん黒がラッキーアイテム」

「嘘でしょ?」

「嘘です」


「魔女っ子菫ちゃんと都麦ちゃん、ローストナッツいる?」とマスターが尋ねる。

「いります!」と二人は声を揃えた。都麦はまたハートランドビールを注文する。


 温かみのあるオレンジのライトが、カウンターとテーブル席を淡く照らし出している。テーブル席では中年の夫婦がひと組談笑していた。時刻はちょうど十九時を回ったところだ。音楽はこの前と同じブルースロック。ディストーションの聞いたエレキ・ギターが小さな音量でうねっている。さくらさん、こういう曲調が好きなのだろうか?


「また大きなグラスで飲んでるねー、菫ちゃん」

 都麦はずんぐりした彼女のマーフィーズに目を細める。


「開けたばかりのエールビールだから、新鮮なうちにたくさん飲みたくて。これは1パイント。パイントっていう単位はアメリカとイギリスで違うんですけど、これはイギリスのUKパイントで1パイントは568ml。この前飲んだハートランドの中瓶よりもたっぷりなんですよ。日本だとけっこうな量ですから、この前みたいにハーフパイントで頼むことも多いですね。ちなみにビールの大瓶は633mlで、なんでこんな中途半端になっているかというと酒税法が――」


「ストーップ!」ハートランドを運んできたさくらさんが菫の頭を掴む。「だから、都麦ちゃんを困らせないの。うんちくを語るときは、三行程度に収まるようにね」

「三行?」菫が頭を押さえながら言う。


 ハートランドをゴブレットに注いで、都麦と菫は乾杯した。さくらさんが盛ってくれたローストナッツはとても香ばしくて、ビールによく合う。


「私も負けてらんないから、ハートランドについて少し勉強してきたよ!」

「都麦先輩。よくわかりませんが、さくらさんいわく三行ですよ、三行」

「うむ」


 ハートランドビールは1986年に、テレビ番組の企画を発端として麒麟麦酒(キリンビール)が作ったプレミアム・ビール。飲食店ではメーカーまで記載しないことも多いので、海外のビールと勘違いされている場合も多いのだとか。


「このエメラルドグリーンの瓶。そのデザインは、昔キャプテン・ホフマンが引き上げた沈没船から発見された瓶がモチーフとなっています。丸みを帯びたフォルムに、ラベルなしでエンボス加工を施したデザインは、当時とても斬新でした。そしてその中身は、アロマホップ100%、麦芽100%。素材の味をそのまま生かした、自然の息吹を感じられる香りと味となっています」


 都麦はひと口飲んで、その味わいを確かめる。

「ちなみにこの瓶は回収されて丁寧に洗浄。リターナブルボトルとなっているので、環境にも優しい。コンセプトとも見事にマッチ!」


 菫が持っていたマーフィーズを置き、小さな手のひらをぱちぱちと鳴らした。

「思いっきり三行は超えてましたけど、見事です!」


「決めたよ私」と、都麦はにっこりと笑って言う。「就職までの一年間、いろんなビールを飲んで、その楽しみ方とか、歴史とかを勉強する。就職先はお酒じゃないけど飲料を扱う会社だから、もしかしたら役に立つかもしれないし」


「都麦先輩がよければ、うちも力になりますよ!」と菫が両手を握る。「さくらさん、そういうことなら遠慮なくうんちくたれてもいいですよね?」


 さくらさんはふふっと口元で笑った。

「都麦ちゃんがよければ、文句は言わないけれど」

気に入っていただけましたら、評価やブックマークなどしていただけると嬉しいです。

また、お好きなビールがあればどんどん作中に登場させていきますので、ぜひご連絡ください^^

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