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【芽衣】それは二人だけで行われるべきだ

 芽衣のもとには、都麦からも何通かメッセの着信があった。画像も添付されている。


(なんだろこれ)芽衣は順番に見ていった。


〈やればできる子!〉というコメントとともに部屋の写真が一枚。なんの変哲もない、都麦の部屋だ。一瞬なにがしたいのかさっぱりわからなかったが、すぐに気がついた。


(そか、掃除したのか)

 部屋はきれいに片付けられている。床には埃ひとつ落ちていないようだったし、雑誌や漫画も散らかっていない。


〈頑張ったねー! えらいえらい〉

 芽衣は返信を入れる。そしてちょっぴり寂しくなる。


(明日やってあげるって言ったのにな)


 ほかにも何枚か写真が送られていた。

〈今日思い立って、近くの居酒屋に行こうとしたんだ。前に二人で行ったところ。でもお店変わってて、こんな素敵なところだった! 一緒にいたお客さんとお店の人に、内定祝ってもらっちゃったよー! 今度一緒に来ようね!〉


 お店の内装や料理の写真。黒ビールが満たされたグラスの写真。そしてお店の店員らしい人と、派手な髪色をした女の子との自撮り写真。満面の笑みを浮かべて、こちらにピースサインを送っている。お店の照明の淡いオレンジ色が都麦の顔を優しく照らしている。お酒を飲んでいるからか、頬が赤らみ、髪の毛がいくらか無造作に見える。とても開放感に溢れていて、楽しそうだった。


 都麦のメッセージと数枚の写真を何度かスクロールしているうちに、地下鉄が駅のホームに到着した。レーザービームのような甲高い音と強い風を伴って、その無表情な鉄の箱はゆっくりと停車する。チャイムが鳴り、ホームドアが開く。芽衣はスマートフォンをショルダーバッグにしまい込み、足早に乗り込んだ。


 車内は適度に混み合っていた。芽衣は手すりにつかまって、中刷広告を見上げる。月刊誌の来月号の内容を知らせる雑多な文字列、円山公園駅徒歩五分のところに新しく建設中の分譲マンションの宣伝、室蘭やきとりを食らう男の子のイラスト、「広告募集」の広告。


 そう言えば就活中はひとつひとつを注意深く観察して、どういった言葉が響くのか、どういう文字の配列が人目を引くのかを熱心に学んだ。芽衣にとってそれはとても楽しい作業だった。地下鉄の中はそういった思考を巡らせるのに、案外最適な場所だった。


 スマートフォンのバイブレーションが鳴る。

 咲からのお礼のメッセージ。


 あの子の恋は、叶うだろうか。

 現実的に言えば、かなり厳しいだろう。店長には付き合ってもう三年になる彼氏がいる。同じ会社の先輩で、もうすでにお互いの両親とも仲がよいらしい。その彼は東京の本社にいるので今は遠距離だが、店長は店長で、別に男と毎日ベタベタしたいようなタイプでもない。むしろ札幌への転勤を喜び、気ままなひとり暮らしを楽しんでいるようにも見える。遠距離だからと言って、それが直ちに破局の根因になることはなさそうだった。


 「大人の恋愛だな」と、芽衣は思う。

 そしてそう遠くない未来、二人は結婚するのだろうなと思う。


 それに比べれば――とても率直な表現をすれば――咲はまだ子供だった。

 そしてもっと直接的で現実的な障害としては、彼女は「女の子」だ。


 誰が誰を愛そうと、もちろん文句はないし、いっこうに構わない。

 でも、相手が同じようにこちらを向いてくれるかどうかは、また別の話だ。


 そして芽衣はまた、都麦のことを考える。


〈栗山って、島牧のことになると、なんつうかとたんに乙女だよな。惚れてんの?〉

 と、店長が頭の中で言う。


 正直わからなかった。

 この問題について考え始めるといつも、身体の中心に亀裂が入って、左右にきれいに引きちぎれていくような感覚に襲われた。


 私の半分は都麦のことを、高校時代からの気の置けない仲であり、大切な親友だと思っている。私も都麦もそれぞれ別の方向を向いているものだと思っているし、彼女が彼女自身の幸せを追求することを、心から応援したいと思っている。


 しかし私のもう半分は、かなり傲慢(ごうまん)な性格だった。

 都麦には私を見ていてほしい。私も都麦を見る。でもただ見つめ合っているだけじゃない。その全身に触れたいと思っている。手のひらや指、唇や舌で、身体中を愛撫し、興奮を覚えてみたいと思っている。都麦ももちろん、これ以上ないくらいに気持ちよくなっている。今まで漏らしたことがないような声を漏らす。私はさらに興奮する。心臓が大きく鼓動し、ものすごい速さで血液が循環する。


 そして何より大事なことは、それは二人だけで行われるべきだということだった。


 だから、都麦が送ってきた写真に好意的な反応を示すことが、どうしてもできなかった。頭が妙に冷めてしまい、それから静かに苛立ちを感じた。


 こんな気持ちを持ち合わせるようになったのは、いったいいつからだったろう?


(嫉妬なんて、バカバカしい)

 芽衣は思う。


 大人にならなければ。

 いつもどおりのマイペースな栗山芽衣に戻らなければ。


 あと一年。都麦の近くにいられるのは、あと一年だ。

 そのあいだ、私の傲慢な性格のほうは、大人しくしていてくれるだろうか。


 お酒がたくさん入ると、あるいは難しいかもしれない。

 あの成人式の夜のように。

気に入っていただけましたら、評価やブックマークなどしていただけると嬉しいです。

また、お好きなビールがあればどんどん作中に登場させていきますので、ぜひご連絡ください^^

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