本当はずっと、そばに居たかった
むせかえるほど甘い花の香りを乗せ、そよ風が部屋に流れ込んでくる。窓の向こうは、青過ぎる空だった。天の滴のように太陽光が降り注ぎ、眼下の庭の色とりどりの花をより鮮やかに魅せている。
ほう、と息づいた後で、慌ててカーテンを閉めた。
目が覚めなかっただろうか、と、かたわらに眠るきみに視線を落とす。
紅潮した頰、息苦しそうな表情。額に乗せた、濡れたハンカチに触れると、それはきみの熱で温められてしまっていた。そっと手に取り、再度濡らしてこよう、と立ち上がる。
風邪を引くきみを見るのは初めてだった。
ばかは風邪を引かない、なんて言うが、まさにそれだと思っていた。
任務を終えて屋敷へ帰ってみれば、大人たちはそれぞれの仕事で外出していて、きみだけがひっそりと残っていることを知った。きみがあてがわれた部屋は小さな屋根裏部屋で、僕は躊躇しながらもそのドアをノックしたのだった。
濡らしてきたハンカチを額に乗せ、椅子に座り直す。目前のきみは苦しそうだが、その部屋に流れているのは穏やかな時間だった。
向かい合うのはずいぶん久し振りな気がした。同じ屋敷で暮らしてはいるが、お互い忙しい身だ。同じ任務についたときも、基本的には会話はなかった。
寝顔を見るのは初めてかも知れない。
そう考えたが最後、何だか落ち着かない気にさせられる。いくらきみだと言っても、女性が寝ている部屋に居座るのはまずいのではないか。
立ち上がりかけたときだった。
きみのまつ毛が、ふ、と揺れ、僕の心臓が大きく鳴った。まぶたがゆっくりと持ち上がる。
潤んだ、美しい瞳だった。
きみが僕を認める。
「様子を見に来ただけだ。もう、もう出るから」
言い訳じみたことばを吐き、立ち上がる。心臓がうるさい。ドアの方へ足を踏み出し、
「何か欲しいものがあれば呼べ」
声がうわずってしまった。我ながら格好悪かったけれど、動揺はおさまらない。熱に浮かされるきみの表情が、普段よりぐっと大人びて見えたせいだろう。
ドアノブに手を伸ばしたとき、耳をか細い声がくすぐった。
行かないで。
振り返ると、彼女は瞳を閉じていた。そして、
「ここに居てください」
視界の端でカーテンがはためいた。忍び込む、春の気配。
ことばを返せないまま、また元の椅子に戻る。うつったのだろうか、自分の頰が熱くなってきていることに気づいた。
きみが、少しだけ目を開け、そっとこちらを見やる。視線が交差する。
次の瞬間、その小さな手に触れていた。胸が痛いほどに跳ねていた。
きみがまた、目を閉じる。
本当のことを言ってしまいそうになった。胸が苦しくなる。
言わなくても伝わってしまったかも知れない。
もう、何だって良かった。