第28話 誰がために鐘は鳴る
「ヴァスカルカさん、ありがとうございました」
ミカ姉が深々と頭を下げると、かけつけていた孤児院の子供たち全員が続いてお辞儀をした。
北側斜面の開けた場所に建つヴァスカルカの家からは、まだ朝日は見えない。
それでも、冬の明け方の澄んだ空は、うっすらと藍色に染まっていた。
皆、存分に泣いて、泣いて。
ヴァスカルカはその中、徹夜でルノと作り上げた人体修復術の魔方陣などを駆使して、アランの身体をほぼ元通りに復元してみせた。蘇生を諦めたからこそ取れた時間だったと本人が寂しそうに語っていた。
切り落とされた腕の接合痕だけは、元通りとはいかなかったのだけど、それでも、綺麗な顔を取り戻したアランを見た全員が、その時初めて笑顔を見せた。
それが、つい三十分ほど前のことだ。
懸命にアランに尽すヴァスカルカを見守っている間に、皆がそれぞれ気持ちの整理を付けたのだと、不沈城塞から戻った僕は感じた。
「じゃあ俺が背負って家まで行くわ」
言うなり、ジャックは移動式寝台に乗せてあったアランの小さな身体を背負おうとする。
それをミカ姉とサーシャ姉がフォローする。
「距離がある。馬を用意しよう」
父さんが言う。
けれど、ジャックは首を横に振る。
「ありがとうございます。でも、最後だから、俺が家まで背負って帰ってやりたいんす」
「わかった。では、また正午にそちらへ全員で向かう」
「はい」
ジャックは父さんと、もう一度ヴァスカルカに頭を下げると、家路に就いた。
孤児院の面々も、もう一度こちらへ頭を下げ、ジャックの後を追う。
皆が去り、静寂が戻ってきた。
冬の朝は、空気と同じで、しんと静まり返っていた。
「ヴァスカルカ。君の夜を通しての作業に、皆も少なからず報われた事だろう。本当に助かった。ありがとう」
「いいのヨ。結局ワタシ、あの子たちの望みは叶えられなかったのだかラ」
大きな嘴の付いたマスクを被ったままのヴァスカルかが俯く。
「そんなことない。皆、最後は喜んでた」
「うん、僕も実際、綺麗になったアランを見て、嬉しかった」
ルノと僕が口々に言うと、ヴァスカルカは仮面を脱ぎ、寂しそうな顔で微笑を浮かべてから、空を仰ぐ。
「我々が、人の命をどうこうするなんてネ、大それたことはやはり……」
「命……。どうこう、する……」
ヴァスカルカの呟きに、ルノが囁き返す。
でもそれは、誰に向けた言葉でもなく、自分で自分に何か問い掛けているような感じだった。
「さて、我々も家へ戻り、一眠りしてから葬儀へ行こう」
「はい」
「うん」
「かしこまりました」
僕とルノ、チコの三人は同時に返事をした。
すると父さんが、ルノと僕を抱え上げ、肩に乗せた。
「わっ、高い!」
「な、なんですかいきなり」
「ではヴァスカルカ。またな」
「うん。またネ」
僕らは手を振り、チコはお辞儀をし、ヴァスカルカの家を後にした。
父さんは僕らを乗せたまま、歩く。
チコは、その斜めすぐ後ろを付いてくる。
「お前達はそろそろ旅立たねばならん。だから、こうして二人の重さを味わっていたくてな」
「え、なんで……?」
驚きを隠さずノアが言う。
「このような事があっては、フォーサイス留学の移動に、王都を経由する訳にはいかん。極力、この領土以外の属領地も避けたい。となると、大幅に旅の期間は長くなる」
「そう、か……」
僕は納得しながらも、心の中は穏やかじゃかなった。
けれど、僕はそれ程のことをしたのだ。
その対価が、父さんや、大好きなこの場所で過ごすことの出来る時間だったことは言うまでもない。
「わかったけど、でも、どういったルートで行けばいいの?」
ルノはもう切り替えたのだろう。
未来のことを話すルノに、僕はすごいなと感心しつつも、驚く。
「見てもらいたい場所は沢山ありすぎて困るが……。そうだな、海洋国家シースヴェルクの首都、バステアニールはお勧めだ。ここでは食べられない新鮮な魚介類、二人とも興味があっただろう。しかし、良い機会だ。旅の経路は二人で考えなさい」
「お魚-! 魚ぉー!」
ルノが喜びの声をあげる。
たぶん心の中では、お刺身を連呼していることだろう。
常々言ってたし。
「経路が決まれば、私にも教えてもらえると嬉しいがな」
「もちろんっ」
「で。ノアはどうした。浮かない顔をして」
「いえ」
昨夜、父さんにあれだけ泣きついて、甘えて。
みっともない所を沢山見せて。
今更どの口で、自分のせいなのに、父さんとこんなに早く離れなければならないことが寂しいなどと言えるというのか。
「当ててみせようか」
なのに父さんは、僕の心情を見透かしているかのような笑みを浮かべて、そんな事を言う。
「いいです」
僕は即答する。けれど、
「わかった。良いんだな」
「ちが――」
「父さんも、ノアと離れるのは寂しい。だが、いつか子は育つ。それに今回はまだ巣立ちではなく、留学だ。いずれにせよ、また会える」
僕を見てにやっと笑う父さんに対して、僕はふんっとそっぽを向くことで、小さな反抗を示すしかできない。
これだと、恥ずかしいって言ってるようなものじゃないかと、後になって気が付いた。
そう思ってしまうともうだめで、
「父さんはやっぱり意地悪です」
と、僕は悪態をつくのであった。
※
一頻り旅のことで盛り上がった僕らは、帰ってすぐに眠ってしまった。
チコに起こされたのは、正午まで後一時間という、用意を含めてぎりぎりの時間だった。
僕らは慌ただしく着替え(強引に着替えを手伝われ)あれよあれよと孤児院へ到着する。
薄い雲が空一面を覆っていて、そんな空に溶け込むかのように、似たような色をした尖塔が寂しそうに佇んでいた。
村の人達もそこそこの人数が揃っている。
皆に挨拶をしながら進むと、ジャックとミカ姉、それに、サーシャ姉や四人の子供たちが僕らを出迎えに来てくれた。
僕よりも年上の子が一人と、年下の子が三人だ。
年上の女の子は、母さんの葬儀の時、僕らに興味津々だったジェシカという子で、僕らより二歳年上だ。
一番下の二歳の男の子は、ジャックが旅の帰路の途中、盗賊か何かに荒らされた馬車の中にいた子で、彼が連れ帰ってきた。
もう二人は、四歳の双子の男女で、母親はラービット村の住人だった。けれど、出産と同時に亡くなり、孤児院で引き取ることになったのだ。父親は重い病で亡くなったと聞いた。
子供たち四人が全員、アラン兄ちゃんのために鐘を鳴らすのは自分だ! と言い張り、争いだした。
一番下の子も、理解はしていないようだけど、何となく兄姉のノリに合わせて楽しんでいる感じで、収拾が付かない。
頼りのミカ姉は、体調が思わしくないようで、ルノが付き添い庭の木に吊されたブランコに腰かけていた。
ジャックは父さんと話すために院内へ向かってしまう。
取り残された僕とサーシャ姉は、自然と視線を交わす。
サーシャ姉だって、昨夜はあまり眠れていなかっただろう。
アランが死んだこともそうだけど、自分だって大変な目に合わされたのだ。
だから、子供たちを治めるくらいのことは、僕がしなくちゃと思い、彼等の輪の中へ入る。
「あの、鐘を鳴らすのさ、皆で上に行って、順番ずつにしない?」
僕の提案に子供たち三人は目を丸くし、賛成賛成! と飛び上がり、鐘を独占したかったジェシカは少しふて腐れたように頬を膨らませた。
「だからさ、サーシャ姉も一緒に行こうよ」
「え……、でも、いつも鐘当番は一人って決めてて……」
「いいと思うよ。今回くらいは」
言いながら僕は、アランが眠る院内の方を見る。
僕の意図を汲んだようで、サーシャは頷いた。
「そう、ですね。ノア様が一緒にいてくださるなら、怒られる心配もないし」
「誰も怒らないよ」
少しはにかんだサーシャ姉が「はい」と答える。
僕らは六人連れ立って、狭い螺旋階段を上る。
⇔
ちらちらと、雪が舞い落ちてきた。
ルノは、ノアがサーシャや子供たちを連れて尖塔へ入るのを見送ると、父やジャック、村の男性陣がアランが眠る棺を表へ出して来た。
「ミカ姉。まだしんどい?」
ルノが尋ねると、ミカは悲しそうな顔をする。
「うん、まだ少し」
言いながら、ミカは臍のしたあたりに手を置いた。
ここまで数分という短い時間の中ですら、ミカの様子を観察していたルノは察した。
ミカ姉、妊娠してる……?
「もし、さ。いつかミカ姉に赤ちゃんが出来たとするよね」
ルノが唐突に話題を変える。
ミカは戸惑い、
「えっ? う、うん」
と目を丸くし、ルノを振り返る。
「どんな子が欲しい?」
どんな……、と呟くミカの口元を、ルノはじっと見つめる。
「そうだなぁ。元気に育ってくれればどんな子でもいいかな」
「元気にって、アランみたいな?」
「あはは。もしアランみたいな子が産まれたら、あたし怒ってばかりで、それはすっごく大変そうだけど、でも……」
言葉を句切り、ミカはブランコを揺らした。
つい数ヶ月前、このブランコにミカを座らせ、アランが馬鹿みたいに立ちコギではしゃいでいたっけ。と、ルノはその光景を今のミカと重ねる。
「幸せだろうね」
ぽつり、と。
呟いたその口元は、手のひらに落ちた雪が溶けるみたいに、すぐに閉ざされた。
「……うん」
私は何を考えているんだ。
こんなことは、やっちゃ駄目なことだって、子供でも分るのに。
内心ではそう自制しながらも、ルノの本音は違う。
ルノには、アランの魂を、未だ空席である器、すなわちミカの胎児へ転生させる術を自分が持っていることを知っていた。
《転生魔法》。これが私の魔法。
三年前に読んだ〝アーシュレインの書〟には、ルノの魔法は《空間魔法》だと書いてあった。けれどもそれは、おそらく、アーシュレインによる予想と嘘だ。
アーシュレインは、六百年前から、転生したルノが空間魔法を使ってしまうことを予見していたのだ。
そのうえで、あえて、空間魔法を使うなと書いた理由は、簡単に想像がついた。
私が一番使いそうな魔法をあえて明記することで、言外に他の能力を使うなというアーシュレインからの忠告だったんだ。
《竜の子》には本来一つの特殊能力しか宿らない。
ノアは反転魔法で、アーシュレインは書いてあるとおり竜の目。
ルノは、自分の能力を自覚したときに、自然と理解できた摂理だった。
このことは、実はノアに確認済みでもある。
反転魔法に目覚めたノアに「そういった特殊な魔法っていくつもあるの?」と聞いてみたのだ。
するとノアは「いや。たぶんこれ、竜の子の特殊能力で、持てる数は一つだけって分るんだ」と、断言したのである。
けれども、私には、八年間で少しずつ把握しただけでも五つもある。
もし空間魔法以外を使っていたら、その時点で複数の特殊能力を持っていることがばれてしまうが、そこはもう賭けだったのだろうと、ルノはあの本を書いたアーシュレインの、自分への気遣いを想像した。
事実、ルノは当時把握していた特殊能力の内、一番便利な空間魔法のみを使うようにしていた。
この行動は偏に、ルノが一番最初に自覚した特殊能力が、転生魔法だったからに他ならない。
まず使う機会の少ない魔法であることと、本来の自分の魔法を自覚した時点で、竜の子のルールをも知れたことが大きかった。
アーシュレインが、竜の子の能力が一つしかないと明記しなかった理由。
それは、ルノがその事実を知る前に、複数の特殊能力をノアの前で使ってしまう可能性を考慮したからに他ならないと、ルノは考えた。
もしそうなっていれば、竜の子のルールの適用が、個々によって違うとゴリ押ししたのだろうか。それとも、自分にだけ複数もの能力があることの謎を解明するために、ノアと行動に移したのだろうか。
ルノはそのことばかりを何年も考え続けた。
そうして出したルノの答えは、生まれたときから抱き続けている〝暗い不安〟そのものだった。
アーシュレインはルノが複数もの特殊能力を持っていることを知っている。
けれど彼は、そのことをノアに隠そうとした。
なぜ隠すの?
それはきっと、今の私にとって不都合なことだから。
アーシュレインはおそらく、私が特殊能力をいくつも持つに至った〝経緯〟を知っている。
けれども、その経緯を、ノアにだけは知られたくないと、いつか真実を知った私が考えるだろうと見越しているんだ。
幸い、私は、ノアの前では空間魔法しか使っていないし、他の能力を試したこともない。
だから、従来通りの竜の子という建前は維持できている。
現状では上手く立ち回れている、はず……なのだけれど……。
ルノがどう納得し、どう取り繕おうが、本来一つであるはずの能力が複数ある事実は覆らない。
漠然とだけれど、おぞましい何かが私にはあるんだって、感じるんだ。
それが、ずっと、私の中にある〝形の無い不安〟の元。
そのおぞましい何かが原因で、私には複数の能力が宿っている。
言うなればルノは、竜の子のイレギュラー。
普段のルノなら、両手離しで喜び、ノアに自慢したことだろう。
けれど、そのイレギュラーはアーシュレインが隠そうとする程、自分でもおぞましいと感じられる程、不安なものなのだ。
複数の特殊能力は隠さなければならない。
今ここで私の魔法を使うことで、アーシュレインの忠告を破り、それに、もし、ノアにばれたら、嫌われてしまうかもしれない。
だからどうした。
なんて、主人公みたいにかっこいい台詞を私は吐く勇気もない。
でも……。
鐘が鳴る。
大きな音の波が押し寄せ、ルノの身体を通り抜けた。
それはまるで、今までの悩みや葛藤をも一纏めに攫ってしまう波のように。
その波には、アランを想う意思が込められている。
子供たちが、サーシャ姉が、ノアが。
それぞれがそれぞれの想いを胸に、鐘を鳴らす。
私はこの鐘の音を聴いて何を思う。
うん、
決めた。
大地と雲の間が、音の余韻を奏でる。その中を、ルノはミカの手を引きアランの遺体の元へ行く。
アランの死に顔は、とても綺麗で、ミカが、
「いつもこれくらい大人しく寝てくれれば、あたしも安眠できるのに」
と、涙と一緒に零した。
ルノはミカの手を握り、もう片方の手をアランの額へ添える。
そして、すぐ隣にいるミカにも聞き取れない程の小声で、囁くように、それを唱えた。
「奉魂の時、我望むるは汝のもう一度の肉と命。其の魂魄、此の者に宿る命を器とし、幸福な人生を全うすることを願う……、転生……」
ノアが母にしたような、反転魔法による魂の葬送とは違った。
あの時は、金色に光り輝く魂が、空へと昇った。
けれど、今は、ただただ舞い落ちる雪の中、吐く息の白さが際立つだけだった。
でもルノには分った。
転生魔法は、ルノの意図した通りの成功をみたことを。
可視化されないアランの魂は、役目を終えた肉体から、ミカの子宮に宿った命の中へと入ったことを、ルノは感じ取っていた。
不意に、ヴァスカルカが呟いた言葉が脳裏を過ぎった。
――我々が、人の命をどうこうするなんてネ、大それたことはやはり……。
彼はこの台詞をどう締めくくろうとしていたのだろう、とルノは考えた。
例えそれが、
禁忌だとしても、
エゴだとしても、
偽善だとしても――、
私は。
お父様のように、誰かのためって言えるほど、私は強くないし、力もないし、何より自信がない。
けれど、私もいつか、お父様みたいになりたい。
何が正しいかなんてわからない。
私のしたことは最低なことで、自分勝手なエゴに塗れた自己満足だって怒られるかもしれない。
それでも私は、私が正しいと思った道を行くしかないんだ。
アランみたいな子供だと幸せだって、ミカ姉が言ったからじゃない。
私が、幸せだって言ったミカ姉を見たいんだ。
私は誰かに自分の意思を被せることを私は拒む。
私は誰かの意思を自分に被せられることを拒む。
私は私の為に生きるんだ。
ノアじゃないけれど、こんなやり方しか私にはできそうもないから。
でも、このやり方で、私は、私になる。お父様みたいな、私にいつかなる。
なんて考えをしてること自体、言い訳ばっかりで、よわよわだけれども。
って、あれ……、眠い……、魔力切れ……?
「え、うそ……」
意識が朦朧とする中、ミカの呟きが聞こえた。
手を握り合っていたミカが、片方の手でお腹を押さえる。
「何か、アランの声が聞こえたきがする……」
「……え?」
ルノは訳が分らず、一言だけ返すと、
「早く産んでくれよ! って……。幻聴……だよね、うん」
ああ、もう、無理だぁ……。
でも、でも。
「ミカ、姉……」
「ど、どうしたのルノ様!」
ふらつくルノに気付いたミカが、ルノの肩を抱き、支えてくれる。
「赤ちゃん、ね」
「うん……?」
ルノは渾身の笑顔で最後にこう添える。
「きっと元気な男の子だから、」
アランみたいな。と、最後までは言えなかった、けれど。
涙を溢れさせたミカの顔を見届けることのできたルノは、眠りに落ちていった。
⇔
母さんの葬儀のときに聞いた鐘の音は、母さんの魂を送るためのものだと感じた。
けれど、今回は違った。
子供たちやサーシャ姉、そして僕が鐘を鳴らしたのだけど、僕は、鐘を鳴らすとき、様々な出来事が心を満たした。
それは、思い出、と皆が言うものだ。
アランは、皆に愛され、皆を愛し、大好きな村の人達と、このラービット村で生きてきた。
以前までの僕なら、このような事実は、ただの出来事としか捉えられず、心で理解することはできなかった。
この地を故郷とすら思えず、ただ一人、この世界に紛れ込んだ異物のようだと僕自身が感じていたのだから。
けれども、アランの死がきっかけで、不沈城塞でルノと、父さんとぶつかったことで、僕はこの場所を心から故郷だと呼べる自分になっていたことを知った。
僕がそのような変化に気付けたきっかけが、この鐘の音が鳴らされる要因だなんて、とても皮肉なことだと自分でも思う。
鐘の音は、ラービット村に住む人達、それぞれの、思い出や風景の中へ、アランと共に染み行くのだろう。
人の人生は季節と共に歩み、雪みたいに消える。
けれどそれは連綿と繰り返される循環の中、一つの人生が閉じ、また開き、この地に生きる皆の記憶を、意思を乗せて、皆がそれぞれに見出す意味を、鐘の音が改めて教えてくれるのだと僕は感じた。
だからこそ、僕には、この鐘を代わる代わる鳴らしているアランの家族の想いを慮る義務がある。
この後一時間は、鐘の音が鳴り止むことはなかった。
鐘の音を聞きながら、または自分で鳴らしながら、僕は、
復讐や謎の解明という目標以外に、
この村で生きる皆のためになることをすると誓い、
僕自身もまた、いつかここへ帰ってきて、
この村で生きたい、という夢をもった。
⇔
アランの遺体は、孤児院の裏手にある共同墓地の一角に埋められた。
墓石はまだ完成しておらず、後の設置になる。
村人達は皆家へ戻り、孤児院の面々も、今はカーライル家にてチコの料理が振る舞われていることだろう。
まばらに降っていた雪も、今は少し強い。
冷たい北風が時折激しく吹き付け、その時だけは吹雪のように雪が舞う。
薄雲に透けた夕日が、山裾へと今にも沈まんとしていた。
丁度、アランが立ちながら息を引き取った、昨日と全く同じ時刻のことだ。
土が下から盛り上がり、縫い跡が生々しく残る、血の気の無い腕が土中から生えた。
腕は、うっすらと雪に覆われた地面を、何かを確認するようにまさぐる。不気味に動く腕が止まった瞬間、棺の上に薄く盛られた土が、雪ごと吹き飛んだ。
棺の蓋を突き破っていた腕が中へ戻ると、ゆっくりと蓋が、ひとりでに持ち上がる。
中に眠るアランの身体が、糸で引かれるように、不自然に、直立したままの姿勢で起き上がった。
それが、一歩を踏み出す。
棺の段差を超え、大地へ足を下ろした。
それは振り返ることもなく歩きだす。
それの背後では、さきほどの光景を逆に戻すかのように、蓋がしまり、土が被さり、雪が覆う。
この異常な出来事を微塵も感じさせない、元通りの状態へと戻る。
それは天を仰ぐ。
それが今まで閉じていた瞼を持ち上げた。
その目は、太陽もない灰色の世界の中だというのに、まるで強烈な輝きに透かされたかのように澄んで輝くルビーのように、怪しく光っていた。
~to be continued~
1章完結までお付き合いくださり、ありがとうございました。
お恥ずかしい話ですが、アクセスや評価など考えるところがあり、それがなかなかモチベーションへと結びつかず……次話の投稿はこれまで以上に間隔があくと思います。
もしよろしければ、第2章再開のおりには、また拙作をご一読くださればと存じます。




