彼女の話 その3
「あの、吸血鬼なのに人間を吸血鬼にする方法を知らないんですか」
変なところで図々しいくせにいざ部屋の中に入れてやると彼女はどこかかしこまったように座りにくそうにしていた。座布団を敷いたうえに正座なんてしているから私なんかよりひょっとしたら育ちがいいのかもしれない。恥を承知でいわせてもらうと実は私は正座が長時間できない。
「うん。実はね。ていうか私が吸血鬼になったのもつい最近のことでさ」
「でも、吸血鬼は仲間を増やしてくって」
「それってなにかインターネットのサイトか何かで見た情報とかでしょう?駄目だよ。ああいうのはデマ多いんだから。ネットの書き込みなんて誰にだってできるしね。どうしてそんな情報が出回っているのかとかちゃんと自分で考えて判断しないと。普通に考えておかしいでしょう。吸血鬼が自分の力で仲間を増やしていくとしてもそんな情報誰から漏れるんだよって話」
吸血鬼が巷で話題になった時に吸血鬼にまつわる審議不明な様々な噂が流れた。身近な人間が吸血鬼でないかどうか探るためには、相手を鏡に写して見て移らなければ吸血鬼であるとか、ニンニクを食べさせるといいとか、川を泳がせてみればいいとか…。吸血鬼である私に言わせるとどれも的外れだ。私も実際やってみたがどれもこなすことができた。まあ、さすがに川を泳ぐのは試してみていないがきっとできるだろう。そのうちの一つに吸血鬼は仲間を増やすといった情報があった。
この子はそんなネットの情報を信じたのだろうか。意外とかわいいところがあるのではないか。
「ああ、いや全くのデマって訳でもないか」
年上らしく諭してから何だか間の抜けた話だが私は一つ修正した。
「吸血鬼を増やしていく核となる吸血鬼ならいるみたいだよ」
「核となる、吸血鬼?」
最初否定された時は意気消沈していた顔がきらきら光り出す。そんなにも吸血鬼のことに興味があるのだろうか。まあ、別に僕に興味がある訳ではないことは知っていたけれども。
「ああ。僕を吸血鬼にした吸血鬼だね」
「それは、いったいどこで出会ったんですか」
「昔会ったのは僕の学校でだよ。今どこにいるのは知らないなあ」
のんきな調子で答えると、彼女は目をきりっとさせてきつい口調で聞いてきた。
「あなた、本当に知らないんですか」
「うん」
僕はおどけた調子で
「そもそも吸血鬼についてなんて何も知らないんだ。気がついたら血を飲まなくては生きていけない体になってったてだけ」
「そんなんでいいんですか。自分の正体もわからずに生きてて」
真面目に少女は僕を問い詰めてくる。大学にも入ると、適当な人間というものはだんだん増えていくものだ。僕はそのまっすぐさを羨ましいとは思わなかった。ただ自分にもこんな時期があった気がすると懐かしく思った。
「そんな自分の正体なんて知らなくても生きていけるしね。生活に困ったら考えてみるよ」
「夜な夜な獲物を探す毎日は困っているとはいえないんですか」
「うん。まだ困っているとはいえないかな」
実際問題そうなのだ。僕はどこかの紛争地帯の子供のように明日をもしれない生活をしているわけではない。自分が吸血鬼であるにも関わらず夜の散歩くらいしか特徴としてあげられるものはない一般的な大学生の生活をしている。だから自分が吸血鬼として目覚めてしまった事実もどこか他人事としてとらえている節がある。
「ほかの吸血鬼について知っていることもないんですか」
「…まあ、そうだね」
「わかりました」
苦々しそうな声で彼女は言った。
「私の名前は星城美香。あなたのことを吸血鬼として行動を監視します」
そして今更過ぎる自己紹介をしてからどこか偉そうに宣言した。