彼女の話 その2
「昨日ぶりですね。お兄さん」
少女が目をきらきらさせて私に向かって話しかけてきた。僕は彼女を知っている。名前や住所までは知らないが確かに彼女と会ったことがある。そう、昨日私が襲った少女であった。吸血行為を受けた後は意識がもうろうとして記憶には残らないはずなのに。少なくとも私が今まで襲った人間はそうであった。しかし彼女昨夜のことをしっかり覚えていた。そして僕の正体を突き止めてきた。
「お姉さん、吸血鬼ですよね」
そう、確かめるように彼女は問いかけてきた。僕はとりあえずとぼけてみることにした。
「あの、突然何の話かな?」
「えええ、覚えてないんですか、昨日会ったばかりじゃないですか」
「ごめん。人の顔を覚えるのが苦手で」
「そっか。お兄さん、吸血鬼ですもんね。人間の顔なんて見分ける必要ないってやつですか」
一人納得してより嬉しそうに彼女はうんうん頷いた。昨日会った時はひどく陰鬱な様子がした彼女だが今出会った少女はむしろ朗らかな様子だ。おかしな話だ。今日彼女がここに来たのは私の正体が吸血鬼であるとばらしに来たはずなのに恐れる様子は微塵もない。
「覚えてもらえないのはかなりショックでしたが、これから吸血鬼になった私のことを覚えてもらえばいいんですよね。むしろ人間だったころのことを覚えてられるなんて黒歴史物ですよ」
楽しそうに彼女は続ける。
「いやさ、そもそもなんで私が吸血鬼だなんて思うの?」
玄関先で続ける話ではないとは思うが、私は彼女を部屋に入れたくなかった。部屋に入れてしまったら最後、自分の部屋が乗っ取られるようなそんな変な予感がして。いつでもドアを閉められるようにドアを手で押さえながら私は話しを進めた。
「え、ここで話してしまうんですか。ちょっとそれはさすがにちょっと。もちろんお兄さんの指示には従いたいとは思っていますが…。お姉さんのためにはならないと思いますよう」
余裕たっぷりの態度に少し気圧されている自分を感じる。もともと私はこういう駆け引きというかやりとりは苦手なのだ。たとえ相手が自分より五つは離れているだろう子供でも優位に立てない自分にふがいなさを感じる。しかし自分のやり方でやるしかない。どこにも味方はいないのだから。
「カメラです。カメラでとっておいたですよ。私が襲われるところ。えへへ。実は私毎日待っていたんですよ。あなたがくるのをあの場所で。本当に本当に長かったな」
そして彼女は遠い目をして見せた。ここではないどこかを見るような目をしながら僕にしっかり目を合わせてきた。
「私はあなたを待っていたんですよ」
ぞっとするほど透き通る目でこちらを見つめ無邪気な声で要求した。
「お願いですからどうか私を仲間に入れてください」
「あのさ、君は一つ勘違いをしている」
「もしかして仲間に入れてくれない気ですか?ちょっと、警察に訴えますよ」
さらりと物騒なことを彼女は口走った。この行動力を持っている位だ。彼女はやると言ったら本気でやるのだろう。
「そうじゃなくてさ、私人間を吸血鬼にする方法なんて知らないんだよね」
彼女は年相応の驚いた顔を浮かべた。それは彼女が初めて浮かべた年相応の表情だった。それと同時に、僕は本当にころころ表情の変わる子だと少し関心した。
「あのさ、少し入って話しをしない?」
長い話になるだろうと思い、彼女を中に入れることにした。大学を休まなくてはならなくなってしまった。大学の単位は大丈夫だろうか、そんな日常的なことを考えながら、彼女の始末をどうしようかという非日常的なことを考える。日常も非日常もきっとたいした違いはないのだろう。日常と非日常の違いなんてなれているかなれていないのか位しかないかもしれない。彼女の押しの強さを考えると、もしかしたらこれからは彼女のいる日々僕にとって日常になっていくのかもしれないと少し不安に思った。