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市谷 零 と永遠の魔女

 レイのお気に入りの侍女から服を持って来てもらった。

 茶色のズボンに薄い黄色の長袖のシャツ。それにレザーのベスト。僕のセンスではないが、文句を言える立場でもないので渋々着替える。何より年寄りのゴルフ行くみたいな恰好。

 

 着替えてから、この僕がレイの騎士をわざわざ背負って本来の本宮にあるレイの部屋にやって来た。そもそもこの馬鹿は僕の従者でもある。それをこちらの話は一切無視で斬り殺しに来るなんてなんて普通にどんなに緩い基準だとしても騎士失格だろ。

 

 僕は優秀な方だと自負しているからこそ、絶対に失敗を繰り返さないように肝に銘じている。それに一度たりとも例外はない。

 今回は椅子も二つあるから間違いを起こさないようにベッドには気絶したエドを寝かして、僕とレイがベッドから少し離れた位置に机を動かし座っている。

 こうして、レイと呼ぶようにしたのは諦め半分と、あとはこのゲロ姫をお姫さんとお世辞でも言うのは姫と言う単語に冒涜している気がしたからだ。他に疑われるような他意はない。


「それで、お姫さんよ。今更なんだけど、錬ってなんだ?」


「私の名前だけど?」


「…………言うと思ったよ。予測済みだよ。この寂しがり屋さん。ふざけないでリアルに答えろ」


「女心を理解していない発言よね。渋々でも構わないから少しは乗りなさいよね。勿論、渋々だとは相手に気が付かれない程度にね。分からないかもしれないけど、ネタを軽く無視されるのは精神的にも厳しいから」


 後者についてはかなりの切実さを感じたけど、そんなボケを呑気に拾う余裕など今の時点ではない。ただでさえ、僕とレイのカップルの噂は光の速さで午後には王国内に広がっていたらしい。きっと僕の対戦相手の勇者候補もそれを聞いてやる気をさらにヒートアップさせている姿は想像に固くない。

 

 僕としても、女にかまけて負けたなど言われるのは心外だ。損得無視しても、絶対に負けられない。

 そんなことを考えると豆腐メンタルな僕の胃はキリキリと痛む。この世界の未発達文化には洋式トイレがないと言うのに。和式は苦手なんだ。出来れば、トイレに行くのは避けたい。


「あのな。結構、マジで僕が勝たないとやばい展開になってきているからそろそろシリアスパートに入ってもいいか? ギャグパートはもう終わったろ」


「…………その話は私も胃が痛いから協力することはやぶさかじゃないわ。この世界に来て5日も経過して今更、錬について知りたいんだっけ? エドから少しも聞いていない訳?」


 そう言えば、あの馬鹿は何か重要なことを話そうとしていたけど、全部こちらの事情でことごとく遮ってしまっていた気がする。実際、錬について話そうとしていたのか。冒頭すら聞いていないから、違う可能性も十分にありえる。だから、僕は悪くない。


「聞いてはいないがさっきの攻防で推測なら微妙に立つ。鉄の剣で、あそこまで綺麗に木製のタンスや鉄製の机を文字通り真っ二つに切断するなんてプロの剣士でも科学的に言えば、不可能だ。だから、錬と言った不思議な力で剣を強化したんだろ? つまり、錬とは武器そのものを強化する力のことか?」


「10点くらいかな。一応は合っているけど、まだまだ遠いわね。ほら、私の手を見ていて。どう見える?」


 これが異世界に召喚される前の学校なら間違いなく、「中二乙」の一言ことで片づけていただろう。きっと街頭インタビューでもしてみて欲しい。ただの手を見て、どう見えるなんて聞かれても普通と答えるのが関の山だろう。


 だが、ここで問題となるのはこの世界の常識と僕のいた世界の常識はかなり異なる点が多々ある。つまり、見えないことの方がここでは僕がおかしいのかもしれない。


「普通の手だな」


「その言い方は微妙に腹が立つのだけど。もっと綺麗な手とか言い方があるでしょ? 語彙貧弱勇者」


「話が進まないから、バリエーション変えて罵るのは後にしろ。てか、後でもするな。そもそも偉そうに偉そうに言ってはいるけれどもお姫さんも実は良く理解していないとか言うオチだろ。分かった。他の騎士に聞くよ」


「馬鹿にしないでくれる? 少なくともエドよりは理解しているし、きちんと使いこなせているわ」


「あっそ。自慢乙」


「死ね。そう言えば噂だと、内力活径をもう一人の勇者候補は使える兆しが見えたそうね。このままだと勝ち目ないわね。残念でした」


「勝つためにその説明を求めているんだが。残念でしたって状況的になんでそんなに他人事なんだよ。僕らは呉越同舟状態だからな。お前、本当に人間か?」


「なら、カエルにでも見える訳?」


「そこのチョイスが謎過ぎるわ」


「錬について分かった?」


「バックログを見せることが出来ればどんなに楽なことか…………僕が間違っていた。違う人に聞くわ。その方が何百倍も速い」


「ネタなんだから…………本当に二日酔いで薬飲んだけどあんまり効いてなくて頭えらく痛いのに頑張っているのだけど。もう、寝ていいのかしら?」


 この時代の科学力から鑑みるに無論、僕は薬など飲んでいない。科学的な根拠のない薬なんて毒よりも怖い。どうせ、試してみて何人かに効いたから取りあえずこれ飲めばいいや的な浅はかな考えだろ。


「先客がいる状況で、フタマタ疑惑が追加で流れても構わないなら僕は止めないが? そしたらもう僕は国から逃げるからな」


「それもそうね。仕方ないからもうふざけないで真面目に話してあげるわ」


「ネタ切れだろ。見栄を張るな。全く、ここまでマジで2ページ近くも無駄な話しかしていないからな。延ばすなよ。ラノベ作家じゃないんだから」


「言っていること分からないけどかなりの問題発言であることは察するわ。私、いい女だからね」


 そう言って、レイは目の前に置かれた机に手を触れた。途端に、机が跡形もなく爆散した。

 僕は驚いて、後ろ方向に椅子ごとひっくり返った。ギャグみたいな転び方だったが、衝撃で頭を地面にぶつけてリアルでかなり痛かった。


「…………机を突然、壊すな」


「面白いわ。そんな転び方する人なんてね。キョドりすぎだわ」


「あのな。目の前で机がいきなり爆散すれば、誰だって驚くわ。ぶっちゃけ、何を聞こうとしていたか忘れたわ」


「そんなことですぐに忘れるくらいなら大した用事では何のではなくて?」


「阿呆か。冗談だよ。どうせ、説明するより見せた方が早いとか考えたんだろ? 単細胞生物過ぎるわ。どうせ、これもほんの一部なんだろ?」


「嫌味も兼ねてね。でも、これで話をする前にそんなのありえないなんて考える無駄な思考時間は削れたでしょ?」


 それは一理ある。と、思ったが、言うのは止めておく。調子に乗られてどうせ、面倒なだけだ。それに正しさが時には全てではない。


「錬と言うのは簡単に言うと体内の流れる気の力を自在に使うことを言うわ。大きく分けて、身体能力を強化する内力活経と武器なんかを強化したり、攻撃に使える外力活径の2種類に分けられるわ」


 話が長くなりそうとだと思い、僕は肝心なことを先に聞いた。何度も言うが、僕はバトル系主人公になんぞなる気はない。無駄は可能な限りは省略しないと間に合わない。


「それで、今からだと僕に技は使えるのはあるのか?」


「ないわね。初歩の初歩を身に着けるだけでも最短でも20日はかかるわ。それこそ、もう一人の勇者が5日で内力活径を少しでも使えるようになるなん100年に一度クラスの才能に恵まれているわね。正直、エドは錬の修行を5歳の頃からやっているけど未だにちゃんと錬を使いこなせないのよ。だから、きっともう一人の彼も錬が仕えたとしても腕の握力や足の瞬発力を一瞬だけ強化するのが関の山だとは思うけど、それでも通常時の3倍くらいの力は出るわよ。ダメもとでも今から修行してみる? 1000年に一度の才能の落ち主。勇者を神話へと変えた光の勇者クラスなら可能かもよ?」

 

 そんな脳筋プレイを誰がするものか。あいにくと、僕は奇跡だのといった運任せな事柄は好きではない。確実に成功する道を選びたい。だが、そうとなるときっとこれしか方法はないかな。ポケットに入っている一枚の紙をなんとなく握りつぶす。これも運であることには変わらないが、運と才能よりは奇策の方がアドバンテージにはなると思う。


「奇跡的に習得可能だったとしてもあの勇者と同じ程度かそれ以下なんだろ? 剣術でも僕は勝てないんだから錬で並んだところで大して意味ないだろ」


「かなり冷静な分析じゃない。でも、ならどうやって勝つ気なの?」


「あんまり気が向かないが、残りの可能性に賭けてみるしかないだろ。幸い、向こうから招待状が送られてきているし」


 ポケットの中で丸めてしまっていた紙を取り出して、レイに渡した。


「………………これは私からの超絶優しい助言だけど、気を付けなさいよ。いや、止めた方が良いとはっきりと言うべきかしら? これは危険な賭けよ」


「冗談としては面白い。不思議なことがあるもんだな。お前に心配されるとは思ってもみなかったよ」


「招待状の送り主は永遠の魔女と呼ばれている最高位の一文字を持つ魔女の一人。中でも神代以前から存在すると言われている最古参の魔女だわ。各国の魔法道具の基礎を造ったと言われているわね。ビジョンミラーは知っているでしょ? それもその一種よ。生活の一部にまで魔法を浸透させた」


「実物は見ていないが、名前は聞いたよ。それに魔法が使えるようになれば状況は変わると思うし、相手はきっと魔法なんて想定していない。逆に言えば、これしか僕に使える有効なカードは存在しないんだよ。僕としても会ったことなない人物に未来をベッドするのは正直なところかなり危険な橋だと思ってはいるが、道がそれしかないからな。かなりの苦渋の選択だけどな」


 それから少し時間が経った後、やっと無能な騎士が起きた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 この国で魔術は基本的にはタブーとなっていると騎士が寝ている間に、レイは言っていた。

 この国は世界でもトップレベルの錬使いを輩出するどうも武術に偏った国であるらしくて日本の漫画やラノベでもお馴染みの展開である魔法使いと格闘家は犬猿の仲と言うことらしい。


「だが、奇妙な話ではあるな。この国はこちらの世界でもトップレベルの錬使いが沢山いたはずだろ? 実際問題、ベリアルは悪魔の中でも上級ではあるがそんなに有能な錬使いがかなりの数いれば、勇者なんて呼ばなくとも何とかならないのか?」


「………………それもそうよね。エムザルドに次いで、うちの国は強いはずよね。どうしてかしら、エド?」


 どういった流れでこうなったのか、説明するのは時間の無駄なので省略するが、現在の状況としては3人で招待状に記してあった場所を目指すべく街中を歩いていた。

 勿論、お忍びだ。

 僕自身は王様から直接、城の外に出ることは固く禁止されているなんてことは無い。ただ、街を円状に取り囲む50メートルもの壁の外には魔族がいて命に関わる可能性があるのでそっちは禁止されている。

 しかしだ。僕はこないだの一件からどうやら有名人であることが否応なく判明し、外に出ようものなら街の女に追い回されることになるだろう。時間がない今、そんな呑気なことをしている余裕はない。

 同様に、レイも形式上はお姫様で絶世の美女なので僕とは反対に男がたくさん寄ってくる。

 騎士はこの際には別にどうでもいいのだが、周囲からの認知度は高い。そんで立場がレイの騎士と僕の従者であることも分かっている。

 だから、二人だけ変装しても街の人には感づかれる恐れがあるので、3人はそこら辺の庶民の女の格好をしている。

 元々、これから悪魔と戦おうとしている戦士としてはどうかと思うが、僕も騎士も線が細くシルエット的には女みたいだったので普通に服もサイズがあったし、顔も中性的で、

 もはや女より女だった。メイクをしてくれたレイと仲良しらしい侍女もかなり気合が入っていた。メイドは洋服ももっと綺麗なものと言っていたのだが、素朴な茶色の絹で造られたドレスを着ることに。変に悪目立ちしたくないし、ぶっちゃけ男の姿よりも目立つのは意味がないというもの。

 レイはこないだみたく三つ編みにして、眼鏡をかけて服装をかなり地味にするだけであった。しかし、普段から煌びやかな衣装ばかりを着ているレイのイメージが強い為か、人とすれ違っても誰も気が付かない。


「…………そんなことよりどうにかなりませんか? 心なしかいつもより注目されているのですが?」


「騎士なんだからしっかりしろよ。たかが、服装が変わっただけで動揺するなんて女々しい男だな。男なら心で示せ」


「ですから、女装などしていることが知られれば、ルイスの家に知られば、とても不味いのです。最悪、恥知らずとして切腹ものですよ」


「誰も気が付かないわよ。どこからどう見ても今のエドは可愛らしいお嬢さんよ。少なくとも男には見えないわ」


 女装した男二人がこれまた可愛らしすぎるものだから、返って男どもの視線を集めることになっているのだが、それは言うまい。

 それにしても、美少女はなんて素晴らしいのだろう。市場を歩いているだけで、店主のおっさんから色々なものを無料でもらえる。男として、本能が貞操の危機を感じる場面が多いのは恐怖を感じるがそれを差し引いても、サービスが桁違いに良い。

 僕が普段の格好をしていると、何もしていなくとも通りがかりの人に唾をかけられたり、屋台で金を払っても普通の人の4分の1しかもらえなかったりとイケメンに対するバッシングは酷いものがある。


「先ほどの話ですが、王直属の命令によりかなりの情報規制されているのです。ですから、姫様でも噂程度も耳にしないと思います」


「私、あんまり時事系には興味ないからどうでも良いと思っていたけど、確かに言われてみればそうよね。王国最強筆頭のリトヴィア帯剣騎士団はどうなのよ? 強いんじゃないの?」


「遠征の途中で謎の男に襲われて大半がそこで死に、生き残った数人のメンバーも王国内で全員が何者かによって王宮内で殺されています。事実上の全滅です。犯人は判明していません。これ最重要機密のSランクに分類される極秘情報なので他の誰にも言わないで下さい。私が大層、怒られます」


「…………もっと早く言えよ」


「事件が最後に起こってから既に2か月は経過しているのでもう大丈夫かと」


 最悪なシナリオが僕の頭に突如として浮かんだ。だが、そんなに王国には無能しかいない訳じゃあるまい。なんで警告しないんだ。僕が一言聞いただけで想像できたんだ。いや、証拠がないから余計心配をさせたくなかったのか。そこは分からないけど。


「もし、ベリアルと騎士を殺しまわっている犯人に関係があったとすると、次に狙われる可能性があるのは勇者候補の僕かもう一人だぞ」


「それもそうね」


「…………どういうことですか?」


「物分かりが悪い子ね。例えば、ベリアルは国を滅ぼそうとしているわね。ベリアルの協力者が王国内にいて国を滅ぼそうとするベリアルの邪魔になりそうな人物。主に、戦力となる人を殺し回っているのだとしたら、次の標的は一騎当千の力。敵からすれば、倒されるかもしれない可能性を持つ勇者候補を殺そうとするのはありえなくはないでしょ?」


「確かに。言われてみればそうですね。至急セキュリティーを強化するように国王陛下に進言致します」


「無駄だよ。王国内でも実力者たちとまっとうに戦える奴なんでこの国に何人いるんだよ?」


「それは…………相性によります。あと、状況によっても」


 本当に頭が固い騎士だな。話がなかなか進まない。僕的にはこういう奴の相手も本当に苦手と言うか、面倒くさい。別に対処できない訳じゃないところが味噌だ。話を聞かない奴の次に苦手だ。

 さっさと必要なことだけに答えろ。


「簡単に言うと生き残った何人かに対して、100パーセント勝てる人物はいないんだろ?」


「それはそうです。それが出来れば、騎士団の団長になれますよ。ですが、あの黒マントの男ならば可能性はあります」


「あいつじゃないだろ。それに関して証拠はないけど。僕の予想だときっと犯人は騎士たちの顔見知りだ」


「どうして断言できるのですか? そんなの分からないではないですか」


「顔見知りだったからと油断しているところを一撃で仕留めたんだろ。だから、それらしい手掛かりもないまま犯人の特定が未だに出来ないんだろ?」


「実際に現場を見たのですか?」


「疑問を疑問で返すな。ただ僕は話を聞いて推理しただけ。犯人の条件だが、顔見知りであること。常に剣を帯刀している者。そうでないと、不自然に剣なんて持っていたら警戒されるからな。最後に、城の中でも身分の高い者だ。どうせ、一日に全員が殺された訳じゃないんだろ?」


「そうです。2日置きとかに、1人ずつ夜に殺されたと報告がありました」


「なら、当然、日に日に城の警戒レベルも上がるだろうし、かなり身分の者でないと夜は部屋から出られないんじゃないか? 夜なんて特に用事もないだろうし、きっと城の連中も犯人はもしかしたら内部犯と可能性を考えるだろうから、取りあえず部屋から出さなければ殺人は無理だし、事件が起これば確実なアリバイとなって犯人を絞れるからな」


「なるほど。確かにその通りかもしれません」


「そう。だから、今更、セキュリティーなんて上げてもきっとそれらから逃れられる城内でも立場の高い人物。つまり、権力者である人間の犯行の可能性が高いって訳だ」


 もしかしたら、これらすべてが勇者を呼ばせる為に引き起こしたのかもしれない。そうしたら、狙いはきっと聖剣かな。いや、これは流石に考えすぎだろう。少し推理小説を嗜んだ程度の知識で分かってしまうような簡単な事件にそんな奥深い陰謀が潜んでいるようなことはないだろう。いや、そんなことは無いだろう。異世界だろうとここは現実なんだ。


「ちょうど推理も終わり、ここが魔女の指定したポイントだ。アニメに出てきそうな居酒屋だな」


 招待状に記載されていたのは街の外れのさらに裏道にあるこのメンバーとは縁も所縁もななさそうな汚い酒場だった。

 木造建築の建物だが、肝心な木材は腐食し、今にも崩れてしまいそうな様子。

 日当たりは悪いし、道のあちらこちらで酔っ払いが倒れていたり、追剥に会い裸な人物など、日本では目にすることのない珍しいドラマのような光景が沢山あった。本当にゴミ臭くて治安が悪い場所だ。だが、幸いなことに絡んできたリ、襲ってきたりする悪い輩はいなかった。


「さて、入るとしますか」


「ちょっと待ってください。ゼロ、馬鹿ですか? こんな危険なところに入るなど愚策以外の何物でもありませんよ。私、一人ではお守り出来ませんよ」


「元々、僕にすら勝てないような騎士が大きな口を叩くな。さっきはレイにも負けていたし。仕えている姫に負ける騎士ってどうなんだよ?」


「…………分かりました。そこまで言うのでしたら、中で何が起ころうともゼロのことは絶対に見捨てますから。見捨てますからね」


「私もエドに賛成。いきなりは流石にリスキーだと思うけど?」


「そうですよね、姫様」

「なら、初めは外で待っていろ。僕が頼んだ仕事だけをしてくれればいいから」


 別に当初の予定ではこの二人の存在はないので、これで構わない。正直、こんな治安の悪そうな場所に3人で入れば悪目立ちして、僕の仕事が思うように出来ない。

 木製のスイングドアを押し、僕は一人で店内に入った。


 店内にはまだ太陽も落ちていないのにも拘らず、酔い倒れている汚らしい男どもがわんさかいる。いくら庶民の一般的な服とは言え、清潔感のある服はこの場では完全に浮き、好奇の視線を集める結果となった。

 僕は取りあえず、開いていたカウンターの椅子に座り、招待状を店長に危ない薬の取引みたいに店主にこっそりと渡す。


「ほらよ」


 歳の読めない冒険者崩れみたいな片目のワイルドな巨乳の女店主は、注文もしていないのに年代物のワインを出してきた。かかる息はタバコ臭くてたまらない。


「これはなんだ?」


「トマトジュースにでも見えるのか? 赤ワインだよ」


 これは笑うところなのか? 昨日の晩にレイが同じようなことを言っていた気がする。流行っている異世界ジョークなのか。微塵も面白さを感じない。


「僕は注文していないぞ。サービスか?」


「馬鹿を言え。不良娘に大事な商品をサービスするような寛大さなんて持ち合わせていない。金がないなら帰れ」


 ガラの悪い女店主だ。中学校の頃に少数だったけどいた不良と呼ばれる連中とはそもそもの空気が違う。何と言うか、身の危険を感じるやばさがある。


「………………つまり、これが魔女からの答えと言うべきか」


 酒なんて昨日の不祥事をまだ引きずっているから本来ならば、微塵も触りたくないが、仕方なく触る。

 店内で一番でかい声で自分の武勇伝を語る騒がしい男の側により、頭上からワインをこぼす。

 髭面の男の仲間たちは僕から見えない、男の憤怒が見えるのかとてもカモシカのように怯えている。


「…………これはどう言う意味だ?」


「暑く苦しかったからこれで少し覚ましてやろうと思ってな。酒ならどこから摂取しようとご褒美だろ? アル厨さんよ」


「なんだと。女風情がこの俺を馬鹿にしやがって。ぶっ殺してやるよ」


 …………女風情。男の僕にそんな当てはまらない罵倒を飛ばすなんてこの男、頭が酒でいかれてんじゃないかと思ったけど、自分が女装していたことをすっかり忘れていた。

 吐く息は酒臭くて、近づくだけで吐き気がする、まぁ、酒場だからそれは我慢するから良いとして、他人から借りて来た衣装なので胸ぐらを掴むのは止めて頂きたい。


「その腰に下げている剣は木製か? 使って見ろよ」


「もう絶対に許さない。ぶっ殺してやる」


 男の一人が怒りに任せて殴りかかってくるけど、単純で遅い攻撃だから余裕。

そのまま右手のストレートをかわし、右手を掴み勢いを利用して巴投げの要領で隣のテーブルに投げ飛ばした。柔道を中学の体育で少しかじっただけにしては上手く決まったな。僕の満足とは裏腹に、予定通り周りの雰囲気は最悪になってきている。いつ、乱闘が起きてもおかしくないレベルに。


「てぇめら、さっきからでかい声は我慢していたがもうこれは我慢できない。俺たちに喧嘩売ったこと後悔させてやるよ」


「俺たちがやったんじゃないけど、やってやるよ。上等だよ、こら」


 僕の火種をきっかけに酒場ないが乱闘騒ぎが起こる。場には止める者もいなく、毎日の生活で溜まりに溜まった鬱憤が一気に爆発。国内でも特に治安の悪い掃き溜めのような場所にある居酒屋で昼間から酒を飲んでいる連中だ。元より自制心の欠片もない。

 最早、殴る相手も理由もどうでも良くなって、仲間でも誰でも殴り合っている。僕にも何人か挑んできたが、ここでノックアウトさせると事態が沈下する恐れがあったので、かわして、軽く殴る。その繰り返しの簡単な作業だった。


 この乱闘騒ぎのおかげで、僕の目的もちゃんと果たせた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「どこに行く気だよ、魔女さん? つれない態度をとらないでくれよ。僕に招待状を送ったのはお前だろ」


 乱闘騒ぎから20分くらい。その後、僕は店を後にした一人のとある客を追っていた。

 実際、追跡をしていたのは店の外にいた二人なんだけど。そこは軽く無視して、どや顔で推理をしよう。憧れだったんだもん。


「はぁ? 何のことだ、クレイジーなお嬢さん」


 声は完全におっさん。見た目もだけど。この世界の冒険者崩れのおっさん系は元の世界にいたヤンキーとは者が違う。かなり筋肉質で厳つい。野生のオーラみたいなのが溢れている。僕としても目を背けたいのは山々だし、そもそもな話で人と話すのは正直得意分野ではない。出来れば話したくないが、ここが正念場。

引くわけにも、逃げるわけにはいかない。


「熟練の冒険者の割にはそっちこそ生娘のような綺麗な手をしているよな。顔や首に傷があって、手に傷が一切ないのはいくら何でも不自然だろ。ボロボロになって新しい手にでも交換したのか?」


「面白い冗談を言うな。手は普通、冒険をするときにはグローブをするから傷がつかないんだよ。世間知らずな、お嬢さんだぜ」


「この国の気温は35度を超える灼熱の国だぜ。太陽の光を舐めるなよ」


「だから、なんだというんだ? そんなこと遥か昔から知っているよ」


「なら、お前さんはこの暑さでも冒険中には長袖の服でも来ているのか? 手袋している手半袖から露出している手の肌の色が同じなんておかしくないか? 日焼けしないように日焼け止めでもその面で塗っているのか? そもそも荒くれ者の冒険者が乱闘騒ぎの最中に、誰一人として殴らないなんて平和主義者なんてあんな治安の悪い場所に一人では初めから行かないんだよ」


 決まったな。少々のこじつけ感は否めないがどうせ魔女からしてもこんな展開は今までなかっただろうし、あっさりと騙されるだろう。それっぽいことを言わせては僕に勝てる人物はいないさ。追及されても、討論で僕がぼろを出すことは無い。僕の予想外の展開が起きない限りはな。


「…………合格だよ。女装勇者さん」


 筋肉質の男が一瞬で、黒いローブ姿の女に変わった。深いフードで顔を隠しているけど、雰囲気で美少女なのは分かる。

 ただ、ローブは綺麗な黒い綿出てきており、高級感漂う。さらに、金の刺繍まで施されており、一級品の物であることは見るだけで分かる。ただ、何と言うか、僕の世界のさながら見た目は魔女だ。


「そんな堅苦しい呼び方はしないでくれよ、先生」


「…………そこにも気が付いていたのか。目ざとい奴」


 永遠の魔女と呼ばれていた女とは僕は実は初めましてではないんだよな。

そもそも、この世界の文字について初めて教わった街の娘こそが目の前にいる不老不死と言われる永遠の魔女。

 街娘の中でもダントツで美しかったが、何故か周りの連中はそれにはあまり気が付いていなかった。魔法の力なのだろうか。

 時系列的に言うとレイに相談する前に当たる。だから、決めれたと言う要素も少なからずある。


「どうして書庫で分かったのか推理が聞きたいかい? そっちに関しては自信あるぞ」


「いらないわ。分かっていることはわざわざ言わなくてよい。時間の無駄はお互いの為にならないだろ?」


「そういう理系っぽいとこ、僕的にはポイント高いな」


「ところで、赤ワインの謎は解けたのか?」


「正直、謎については一秒も考えなかったわ。酒で痛い目に会ったからしばらくは見たくもないんだよ」


「この意味が分からずにかなり迷走する勇者をこれまで沢山見てきて、反応を見るのも趣味になっていたのだがな。つまらない解答で心底、失望したよ。思考停止なんてナンセンスだ」


「思考停止したのは魔女の方だろ。招待状を送った相手にまさか正体がバレることなんて想定してなかった

な。怠慢だ、魔女」


「魔女に縋ろうとする人間の言う言葉ではないわ」


「それは見解の相違だ。僕は君が招待するから来た。あくまで、僕が客さ。ホストはもてなすのが仕事であ

ろうか?」


「この永遠の魔女に対して、言い度胸している。殺されたいか?」


 殺すなんて言葉はこの世界においては僕に対しては基本的には最強だ。なんの武装も力もない高校生に何世紀生きたか分からん魔女に本気を出されてはかなうまい。反射のごとくそれ以降、口が開かない。


「嘘だ。ほら、後ろの二人を呼びなさい。魔術で家まで飛ぶ」


 流石は魔女だ。かなりの距離を開けて尾行をするように指示しており、僕はそこそこ敏感な一般人であるが、二人の尾行しているのなんてすっかり忘れていた。決して、悪くはないはずだの出来だったのだが。そんな二人の存在にしっかりと気が付いていた。


 仕方なく大声で呼ぶと500メートルくらいの距離から二人が出て来た。

二人とは距離が離れているので、二人の会話は聞こえないが若干の距離はあるものの密着しているように見えなくはない。いや、密着しているな。なんだかんだ言って二人は仲良さげ何だよな。僕の野望もあながち遠くないな。


「姫レイに、騎士エドワード。魔女の家に行く覚悟はおありかい?」


「私、前から興味あったのよね」


「良い返事だ」


 レイは興味ありげだが、騎士は物凄い嫌そうな顔をしている。だが、きっとそんな危ないところに姫様を一人で行かせるわけにはいきませんとか言って渋々でも着いて来るだろうがな。顔に書いてあるよ。本当に分かり易い男だ。


 ともかく、人生初のワープによって僕たちは魔女の家なる場所に行くこととなった。

 




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