エドワード・ルイス と冒険
砂塵舞う大地。周りには砂しかない。
永遠に広がるかのようにも感じるような砂漠に私は来てしまった。なんだかんだで、私が個人的に城の門の外に来たのは人生で初めての経験だ。そもそも近年のアルマーズ王国は他国ともあまり仲が良い関係とは言えず、王家同士などの交流はない。だからと言って、完璧に断絶していることもないので商人たちの行き来はある。ただ、本当に交流と言えば、それだけなのだ。
南の城門前には冒険者たちが1000人と王国中の鍛冶職人たち300人が集結していた。今回に限りは武器も全て、王国が提供することになっている。つまり、金の心配は無用のこと。ぎりぎりまで鍛冶師が冒険者たちの武器を調整して、装備を整え、少しでも勝つ確率を上げる作業を行っている。それが完了次第、冒険者たちはいよいよ王国城壁の外の野戦陣地へと進む。
私は初めから、武器の手入れは完了していたので素通りで外に出た。
果ての見えない砂漠。こんなところで、一人で死ぬかもしれないと思うと怖い。死ぬのは怖い。だが、もっと怖いのは一人で死ぬことだ。孤独死。誰にも知られずに、死ぬのは怖い。怖い。怖い。怖い。
「何を呆けているんだ、兄ちゃん。案山子になっている余裕は少なくともここにはないぞ」
日に焼けた冒険者が一人。私に話しかけて来た。2メートルはある大きな男だ。獲物である頑丈であることが有名な黒石で出来た1メートル半の大剣。それを背中に担いでいる。
動物の鱗で造られた頑丈な鎧はもう傷だらけで、傷一つ一つが壮大な冒険の記録を語っている。ベテラン冒険者。
「君たち、冒険者はいつもこの砂漠を一人で歩くのか? 私は足が竦む。今にも砂漠に吸い込まれそうだ」
「面白いことを言うな。いや、素直なだけかな。冒険者だってそんな無謀なことはしない。人は世界みたいな大きい存在と比べれば、小さい。あまりにも小さいんだよ。冒険者は皆が口を揃えてそれを言んだ。それにな。冒険者って言っても、決して一人じゃないんだぜ。常に仲間と一緒に旅をするんだ。だから、一人じゃない。兄ちゃんは違うのか?」
「私は騎士です。騎士は最前線には来ません。ですから、今の私には仲間と呼べる人は今はいません」
「騎士がわざわざ前線にね。訳ありだろ? 理由は聞かないさ。そこまで空気の読めない男ではないさ。冒険者なんぞ普通のまともな人がなる職業じゃないさ。ただ、今回は通常の報酬を奪い合うクエストじゃない。国の存亡をかけた人間と魔族との闘いだ。大袈裟に言えば、ここにいる皆が仲間だと思って全力で死ね」
冒険者は笑いながらそう言った。確かに、今日は王国始まって以来の最大規模の魔族との戦闘になる。仮に勝ったところで犠牲者は相当数出ることになる。それも最前線ともなれば、大半死ぬだろう。それを覚悟してきたはずなのだ。
「…………死ね…………ですか」
「そりゃ、今回の予想ではここに集まった1000人のうち10人生きれば、御の字ってもんさ。冒険者はなにせ立場が低いからな。初めに、魔族と激突する捨て駒同然の役割を与えられるんだよ。王国のお偉いさんは俺たちのことなんぞ捨て石くらいにしか思っちゃいないさ」
「そんなことは決して…………」
いやいや、気にするなと言って、
「別にお前さんを責めている訳じゃないさ。言ったろ。冒険者になる奴はまっとうな人生のレールから外れてしまった、クズばかりだ。それが戦場で生き残れば、普通の人ではなしえない富と名声が手に入る。本来は許されない、人生の大幅な軌道修正が可能な舞台なんだ。だから、それくらいのリスクは必要なんだよ。ハイリスク・ハイリターンはこの世の原則だぜ」
私は甘いかもしれない。冒険者はしっかりと現実を見て覚悟を決めている。
私は今にもこの場を抜け出してしまいたいと言う気持ちでいっぱいだ。
「怖くないのですか?」
「俺はこう見えてもベテランだ。だから、もう慣れた…………なんてことは口が裂けても言えはしない。だから、死んでもいいように昨日は他の冒険者と死ぬほど上手い料理を食って、死ぬほど上手い酒を飲んだ。若い連中は女を抱いたり、王様にでもなったかのような気分でもう死んでもいいってくらい全力で遊んださ。だから、死ぬ覚悟は出来ている…………いや、嘘だな。実際、そうしたが、これだけしたって、まだまだ死んでもいいなんて思えないな。心底、怖いよ」
冒険者の男はそれだけ言って、作業があると集団の中へと消えて行った。
私はまだ何かを聞きたかったがそれをする時間はもうなく、何を聞きたかったのかも忘れた。
出撃までまだ幾分か、時間がある。冒険者と違って、しっかりと前もって整備していたのが大きい。その分、暇と言ってはなんだか時間に余裕があり、どうしても手持ちぶたさがある。他の冒険者みたいにやるべきことがあれば、それに専念できるのだがないと、余計なことばかりを延々と考えていくうちに終わりのない思考の迷路に迷い込んでしまっている気分だ。
「おい、兄ちゃん。やることないからこれを引いてくれ」
さっきの冒険者とは違う。額に白いタオルを巻いた日に焼けた黒い肌の男だ。冒険者だから、屈強な男であることには間違いない。さっきの男よりも顔には迫力がある。
私は少し恐縮してしまった。
「それは何ですか?」
「何って役割決めだよ。もしかして、新顔か? 確かに、組合では一度も見たことない顔だな。まぁ、いい。これで初めに馬に乗って先陣を切るか、あとから歩兵として行くかをくじで平等に決めるんだよ。別にどっちの役割が生存率が高いとかはないさ。生き残る奴は何しても生き残るし、死ぬやつは死ぬ。ほら、知っての通り馬にはどうしても数に限りがあるからなこうして決めるんだ。分かったら、時間がないんだ、さっさと引け」
魔術道具の様だ。木製の棒を一本だけ冒険者の男は握っている。
引いてみると、棒全体が赤く光った。
「臨時であそこら辺に造られた馬小屋がある。早い者勝ちだ。店主に言って好きな馬を選んで来い。文字通り、命を預けることになる。騎馬組はもうすぐ出発するから時間がないから急げよ」
指を指された場所までは歩いても7分ほどの距離があった。見た目とは裏腹に歩いても、歩いても辿り着かなかった。砂漠ならではだ。
自分のやることが出来たのは少し嬉しかったが、もう時間がないなんて言われるとそれはそれで緊張感がどんどん増してくる。聞かなくてもいい情報だったのかもしれない。
考えごとをしながら歩いていると、すぐに目的の仮設の馬小屋に到着してしまった。えらく緊張しているせいで、時間の流れは私が認識しているよりもかなり早く流れているようだ。時間が過ぎるのがこれほどまでに早く感じるのは今日が初めてだ。心臓が皮肉にもこれから止まるかもしれないに、五月蠅いくらいに鼓動が聞こえる。心底、生きているって感じる。
時間はまだまだかと思ったら、馬小屋にはもう20頭と馬は残っていなかった。それ以外は皆、出払ってしまったみたいだ。
これでも私は有名な騎士の家系だ。馬に乗る訓練だって当然、受けている。だが、その時には残念ながら馬の選び方なんて教わってはいない。なにせ馬はプロが良い馬を調達してくれていた。ゼロなら、だからお前らは馬鹿なんだと言うだろう。確かにそうかもしれない。才能なんて私にはこれっぽっちも持ち合わせていなくとも、高度な訓練を受けて来た。冒険者みたいな荒くれ者とは受けて来た教育が違う。時間が違う。そこに多少なりとも自負があったがそんなこと、今は持ち合わせていない。
戦場においでは高度な教育なんてこれっぽっちも役に立ちそうにない。そもそも高度な教育なんて名目だけだったのかもしれない。ただ、努力していたとポーズを取っただけに過ぎない。少なくとも、私にはこれから命を預けるかもしれない馬一つ選べないでその場で情けなくも悩んでいた。その間にも、冒険者はどんどん馬を選んで行き、最後の一頭になった。私は馬一頭を選ぶことすらできない。愚か者なのだ。
それでも私はどうしようもなく思ってしまう。生きて帰りたいと。
自分の未熟を知る度に、もっと学びたいと思ってしまう。今日だけでない。ゼロに指摘されるたびに、未熟さを知った。自分の人生は今まで何をしてきたんだ。時間が今まで止まっていたかのようだ。
最後の一頭に白い馬。私からしたら、他の馬と比べてもサイズもそこそこ大きくて、怪我もない。健康状態に問題がないと思えた。ただ、本当に白い馬なので目立つと言うのはある。それだけしか、私にはデメリットが感じられなかった。
「どうした。どうした。これから戦うと言うのに今から死人のような顔をしているやないかい。大丈夫か?」
話しかけて来た男は茶色い馬を引いていた。私よりも少し小柄な馬だ。だが、やたら馬に懐かれているように見える。
「貴方も冒険者なのですか?」
「おうよ。まぁ、これが初戦だけどな。こないだまでは傭兵。その前は騎士。んで、その前は農家の長男をやっていたな。どれも長くは続かなかったけど」
騎士に傭兵。そんな異色な経歴を持つ男は初めてだ。だが、人とは異なる独特な雰囲気を纏っているのは私でも分かる。なんとなくゼロに近い。見た目は私と同じでそこまで筋肉質でもない。ひょろっとしている。外見や服装を含めて、城に招かれていた吟遊詩人と言われた方が納得する。
「俺はガイル。歳も近そうだし、仲良くしてくれや」
「私はエドワードです」
「そうか。長いから、エドで構わん?」
「何でもいいですよ、ガイル。処で一つ、聞いても宜しいですか?」
「固いな。カッチカチやな。まぁ、ええで」
「武器はどうしたんですか? 剣を持っているようには見えないのですが?」
「武器はこれや」
私からちょうど死角にあたる部分に背負っていた弓を見せてくれた。しなやかでいて、頑丈そうな木製の弦。ガイルの外見とは不釣り合いなほどの豪華な品だ。
「盗品とか思っただろ? よく言われるんだよ。でも、列記とした俺の持ち物でな。先祖代々から伝わってきた裕所正しき品なんだとよ。詳しいことは俺もあんまり知らないが、使いやすいんだよ」
ガイルは誇らしそうに弓について語った。だが、弓はあくまでも遠距離攻撃がメインとなる。近接戦では役に立ちそうにないし、そもそも矢が切れれば、攻撃手段を失う。流石に、乱戦が予想されるこれからの戦場ではとてもじゃないが良い選択とは言えない。
「矢が切れたらどうするんですか?」
「そしたら、一目散に逃げる。矢のない弓兵なんて無能じゃん。それにさ。律儀にわざわざ命賭けんでもな。死んだら、本当に意味なんてないさ。まぁ、こんなこと他の冒険者に言えば、死ぬほど怒られるけどな。冒険者としては新人だけど、俺はずっと戦場で生きてきたから良く分かるよ。どんな強い信念があろうと、死体は何も語らないんだよ。見ていて、気持ちが悪いだけ。だからよ。せっかく、こうしておしゃべりした仲間なんだ。死ぬなよ。俺としても、後味が悪い」
「…………分かっていますよ。私だって死ぬつもりは毛頭ないです。それに私には勇者とした約束があります」
「良い目だ。バニャークのようなしぶとく生きそうな目をしているね。どううやら、俺は無駄なことを言ってしまったらしい。これはとても恥ずかしい」
バニャークは生命力に溢れた生物として有名。ただ、生きるしか能のない動物として有名だ。可愛くもない。どちらかと言えば、リアルで気持ちが悪い。少なくとも誉め言葉では使われない。
「馬鹿にしているのですか?」
「俺としては純粋な誉め言葉のつもりだったんだよ。何せ、世の中で一番生きることが大切。生きている奴が勝者。これは俺のモットーだけどな」
「有難く受け取っておきます。そろそろ時間なのでは?」
「知らん。俺も初心者だからな。組み分けみたいなのが、あるのもさっき知ったくらいだ。エドの方が詳しいんじゃないのか?」
「恥ずかしながら、私もなんです」
「お、さっきの騎士じゃねえか。お前も騎馬組になったのか?」
世紀末覇者みたいな馬鹿みたいに大きい黒い馬に乗った初めにあった冒険者のおっさんが話しかけて来た。馬に乗った姿が似合う。
「あれ? ベテランの方だよね。ちょうど良かったわ。俺もこいつも初心者でどうすれば良いか流れ的なものを教えてくれないか? どうすればいいか分からなくて困ってたんだわ」
「それは構わないが」
「良かった。良かった。俺はガイル。あんたは?」
「ドイソルだ。ほら、呑気に立ち話をしている余裕はないぞ」
「はいよ。了解。了解」
ガイルも自分の馬に乗り、ドイソルの後に続いた。
私も置いて行かれないように馬に乗ろうとするが、馬は言うことを聞かない。そりゃ、会って直ぐの男の言うことを簡単には聞いてくれないだろう。乗ろうとしても馬に抵抗されてしまう。
「おい、騎士どの。馬の乗り方違うぞ。馬だって、俺らと同じでろくでなしだ。王国の騎士の為にきちんと教育された馬じゃないんだ。そんな上品な乗り方をしていると一生乗れないぞ」
私は顔が赤くなった。私の知識は何一つとして役に立っていない。悲しくなるくらいにダメな自分を知ることになっている。
「すいません。恥ずかしいのでもう騎士は辞めてください。ただのエドと呼んで下さい。その方が多少は気が楽です」
「別に恥ずかしい事じゃないさ。荒くれものの馬の調教なんて、冒険者や俺みたいな半端もんくらいしか知らなくて良い知識だ。こんな時にしか役には立たないよ」
「ですが………」
「まぁ、気にするなら教えてやる。それで覚えたらいい。俺だって、このおっさんだって初めから色々なことを知っていた訳じゃない」
同年代とは思えないくらい私には目の前のガイルが大人びて見えた。私も苦労をして今まで生きて生きたと思っていたけど、まだまだ上には上がいることを認めるしかない。
「ガイルとか言ったか。見た目の割にはちゃんとしたことを言うから驚いだ。だが、その通りだ、エド。知らないことは恥じゃない。知らないことを認めないのが本当の恥なんだよ。ほら、行くぞ」
ガイルに馬の乗り方を大至急、教わった。コツさえつかめば、簡単で要領の悪い私でもすぐに習得することが出来た。
それから慌てて、集合場所へと三人で向かった。どうやら、私たちが最後に集まった冒険者だったらしく、そしたらすぐにリーダーらしい人物が先頭に立って話を始めた。
「それでは諸君の準備が整ったようなので代表として一言だけ言わせてもらう」
見覚えのある人物だった。白いタオルを額に巻く黒い肌の男。くじ引きを持って歩いていた男だ。やはり。魔法道具を持っていただけあって偉い人だった。
「俺はギルド組合の組合長を務めているランスだ。今更、自己紹介をしなくとも大半の連中は俺の顔を知っていると思う。だが、別に俺が何だろうと今は関係ない。今回のお仕事はお前らが経験したことのないよう1000人クラスの大人数で行う大規模戦闘だ。だが、臆することは無い。内容は至極簡単だ。これからしばらくの間、視界に映る魔族をすべて殺すだけだ。報酬はお前らが望む好きなだけくれてやる。以上だ」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
野郎の野太い叫び声が砂漠に響き渡る。声の大きさだけで、皆に士気の高さは十分すぎるくらい伝わってくる。
「いつもこんな雰囲気なのですか?」
「言っただろ。俺だって、この規模の戦闘は初めてだ。だけど、出撃前はどんな現場でも大体はこんなもんさ。見掛け倒しの気合だって、ないよりはましなんだよ」
ランスは言い終わると、綱を引き先頭を駆ける。
鉄の大剣を空へと掲げ、ランスは大声で力一杯に叫ぶ。
「進撃開始」
それに続いて、冒険者たちも一斉に馬を駆け出す。
まるで、それは一つの動物の群れのようだ。数は400人。これだけでも大迫力だ。とても負ける気はしない。
私もそれに続いて、進む。
敵と激突まではまだ時間がかかる。それまではひたすら、真っ直ぐに砂漠を進む。しばらく走っていても草一つありはしない。
そんな時にだ。ガイルから申し出があった。
「エド、ドイソルさん。共闘しないか?」
「共闘ですか?」
「ああ。簡単に言えば、お互いを守りながら行動しようってことや。俺のメインは弓だからな。守ってくれる前衛職の連中が必要なのさ。援護は任せろ。腕は俺が保証するぜ」
「私は断る理由はありません」
「俺も賛成だ。他の仲間とは離れてしまっているしな。せっかくの縁だ。それに今回は厳しい戦いになりそうだ。流石に一人でってのはオブラートに包んでも厳しすぎる」
「じゃあ、背中は任せるで」
三人はお互いに了承した。
こうして、戦場にて3人同盟が結束した。




