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少女と世界  作者: 美景
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猫と男


家を出てから人とすれ違うことはあったが、無反応か、避けることもせず通り抜けて行く人ばかり。

やはり、今の少女は幽霊というものなのだろう。

確かに気づいていたことだけれど、少女は自分でも驚くほどショックを受けていなかった。

ただほんの少し複雑な気持ちになるだけ。

それは今の状況が生前とほとんど変わらないから、という理由なのだが少女に知る術はない。


やがて少女はひっそりとした、あまり日の射していない鮮やかな色の紅葉に囲まれた小さな公園を見つけた。

まだ昼頃だというのに、子供が一人も居ない静かな公園。

何となく公園に足を踏み入れた少女は、水道の近くにあるベンチの下に猫が居ることに気づく。

誰が見ても美しいと言うであろう毛並みをした黒猫である。

野良猫とは思えない艶やかな黒い毛並みに、吸い込まれそうな深い青の眼。

少女は無意識のうちにしゃがんで、手を伸ばした。

「何をしてる! 」

ひっそりとした空間を破ったのは公園に響いた男の声。

少女は驚いて尻餅をついてしまった。

最も感覚はないし、死んでいるのだから痛くも何ともないけれど。

まだ心はあるのだ。

唐突に声を掛けられて不機嫌になった少女は、声の方向にくるりと振り返る。

「いきなり何ですか? 何をしようと貴方には関係ないでしょう? 」

すると男は驚いたように目を見開く。

振り返るとそこにいたのは、短い黒髪に長袖のシャツにジーンズといった格好をした中々の好青年だった。

だが、どこか違和感がある。

「関係あるさ。俺はその猫に惚れてるんだから 」

男の言葉に猫がいる方向を見ると、黒猫はその場所から動いていなかった。

何も変わらずただ大人しくまっすぐこちらを見ている。

少女は何と言ったらいいか分からなくて言葉を繰り返した。

「惚れてる……恋してるの? 飼ってるわけじゃなく? 」

少女の言葉に男は堂々と頷く。

「あぁ、もう一年以上になる。どちらかと言えば飼われてるのは俺のほうだな」

この男はどうやら、見た目とは違って変な人物のようだ。

少女は無言で男の頭の先からつま先まで視線を流した。

そして違和感の正体に気づいた。

この男も体が少し透けているのだ。

「……そう。 ねぇ貴方も幽霊なの? 」

何を言ったらいいか分からなかった少女は、猫のことはひとまず置いといて男に質問をすることにした。

「……多分そのはずだ。君もそうなのだろう? 」

男は眉をひそめて、少女に問いかける。

少女はベンチに座りながら自信なさげに言葉を返した。

「えぇ、たぶん」

少女の言葉を聞いた男は、少女の全身をじろじろと眺めていた。

そして何かを思い出すように沈黙した。

少女はベンチに座って足をぷらぷらと揺らし始めた。



公園に日陰が増えた頃、男はベンチの下の猫を眺めていた少女に向かって言葉を発した。

「君は記憶がないのか? そうなってどれくらい経つ? 」

いきなり質問されて、少女は少し驚いたように瞬きをして戸惑いつつ答えた。

「記憶はないわ。目が覚めてからは、たぶん半日も経っていないと思うけど」

男は納得したように頷いて、黒猫をちらりと見た。

「そうか、ではまだ何も知らないのだな。ネロもまだ動かないようだから、色々と教えてやってもいい」

少女は男から教わるのに抵抗があったが、他に頼れる者もいない。

この先、他の幽霊に会える保証もない。

少し悩んだ末、ありがたく教わることにした。

「ありがとう、お願いするわ。……ネロは猫の名前? 」


男は腕を組んで嬉しそうに語り出した。

「そうだ、良い名前だろう! この美しさが伝わる名前を付けたくてな! 頑張って考えたんだ。この夜空のように美しい毛並みをよく表せてると思わないか? ネロという響きも美しいだろう? 美しいネロにぴったりの相応しい名だと思っている。海のように青く吸い込まれそうな瞳を表すことが出来なかったことはとても残念だが、ネロが気に入ってくれてるようだからこの名前にしたんだ。ネロが喜ぶことが一番だからな! ネロは何をしてても美しいんだ。ほら、寝ている姿も美しいだろう? 塀に飛び乗る姿も、食事をする姿も美しいのだ。ネロの鳴き声は大変愛らしく」

「もういいわ、ありがとう! ネロへの愛情がよく分かったわ! 」

少女は一気に捲し立てられ唖然としていたが、これ以上男の話が長引く前にと慌てて口を挟んだ。

どうやらこの男は、黒猫もといネロの事となると口が止まらなくなるようだ。

恋をしていると言うより、盲愛しているのではないだろうか。

「そうか、伝わったか。あぁ……確か何も知らない君に俺が知ってる事を教えるんだったな」


上から目線が面倒だけれど、悪い人ではないようだ。

どちらかと言えば、いい人に分類されるのではないだろうか。

それに知っておいて損することはないはず。

そう考えた少女は男の眼を真っ直ぐに見て告げた。

「えぇ、ぜひ教えてください」


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